第一三話 初着用(鉱山炉、宇宙服)
前話は、第一二話 初入港(航路・航海、バナール球)です。
「先輩、一つ聞きたいんスけど」
「なに?」
現在時刻二三三〇、一応まだ三班の就業時間内だ。
とはいえすでに一班が船外作業で出かけて、おそらく今頃は仕事再開の打ち合わせを行っているはずだ。
であれば三班の任務は、居住スペースの確保である。二人は今、一班と三班の第一食準備として、レトルトを食事トレイにあけていた。
「仕事している間、俺らどこに泊まるんスか?」
「この船だよ」
「え、この小惑星って宿泊施設ないんスか、ホテルとか」
「小惑星たって、鉱山炉だぜ?そんな気の利いたモンねぇよ」
「そうなんスかぁ」
ちょっと残念げなグーンだった。
サルバはその様子を、どうせお泊りしてみたいだけだろ、と思っていたが、グーンの口をついて出た言葉は似て非なるものだった。
「ってことは、仕事する以外は、ずっと船に閉じ込められっぱなしッスか、せめてカラダ動かしたかったッス」
そう言ってグーンはキャビン(乗務員室)を見まわした。
停泊中はメインエンジンの火を落とすため、比較的大きい電力を食うリアクションホイールの筋トレが出来ないし、そもそも狭いうえに様々な荷物のコンテナが置いてあり、体を動かせる環境にはとても思えない。
ちなみに現状最も場所をとっているものは、二人分の会社支給ハードスーツだ。
「そういうことか。うーん、出来ねぇこともねぇんだよなー」
「?」
「まぁこれも良い経験にゃなんだろ、うん。よし、鉱山炉行こうぜ」
ここで鉱山炉について説明しよう。
鉱山炉とは、文字通り鉱山を溶かす炉である。溶かす熱源は一般的には太陽光が使われ、そしてこの場合の溶かす鉱山とは、微小惑星または岩塊もしくは粗大ゴミ、何よりも捕獲彗星である。
実はこの鉱山炉は、旧時代にジョン・デスモンド・バナールが提唱してのちにジェラード・オニールが再設計した、バナール球型スペースコロニーと非常によく似ているが、割れるという特徴があり、鉱山を丸ごと内部に閉じ込めることが出来る構造になっているのだ。中に閉じ込めた鉱山を丸ごと太陽光であぶり、溶かしてインゴットにして輸出するためだ。
ところで宇宙空間では、溶かすだけなら外側の容器は実は必要ない。真空は熱を伝えないので、一度溶かした物体はなかなか冷めないため、ゆっくり焦らず加工・形成ができるのだ。
問題は、温めて揮発する何かがあり、それこそが有用なものの場合だ。具体的には水、ヘリウム、炭化水素化合物(例えばメタン)などだ。この場合は宇宙空間に逃がさないように、容器が必要となる。
その容器としてバナール球型スペースコロニーが都合がいいのだ。建設の難易度が低いのも良い。ただし用途が用途なので中に居住することはできない。
居住することは出来ないが……。
「は?今なんて?」
「鉱山炉で運動だよ、これが結構楽しいんだ」
そう言いながら、サルバはギャレー(調理室)からキャビン(乗務員室)の間の天井から生えているテーブルの裏に移動した。
「ようロリっち、今話して大丈夫か?」
「なんだよサル」
「今どこよ?」
「港の事務所ん中」
「与圧してたっけ」
「してるよ」
「仕事の再開ってどんなアンバイよ?」
「予定通り〇一〇〇から始めるらしい。多分それまでダベりだ」
そこまで聞いて、サルバはニヤッと笑った。
「じゃそれまでヒマだな。鉱山に挨拶行こうぜ」
「あ?鉱山主への挨拶なら、十五号の監督チームがもうやってるよ、何言ってんだ」
「そういう挨拶じゃねーよ、鉱山炉の中で遊ぼうぜってこったよ」
「あぁー……、じゃ待ってろ、船長に許可貰う」
グーンのいるギャレーにもその会話は筒抜けだ。どうやらロリエも参加するらしいことはわかった。
「おし、グーン、ハードスーツ着ろ」
「了解ッス」
そう返事して、ギャレーからキャビンに飛び降りたグーンは、途端にクラっとした目眩を感じた。
船は南極桟橋に係留されて、小惑星と同じ回転数で自転している。すなわち遠心重力が発生しているのだ。とはいえ船の全長程度の回転半径では、微小重力にも満たないほどの遠心力しか発生しなかった。
ただし三半規管はごまかせなかった。室内でろくに外の風景が見えないのもよろしくない。
「うおっぷ、気持ち悪……」
「お前敏感だなぁ」
「これ遠心重力酔いって奴ッスか、生活できっかなぁ」
「すぐ慣れっから心配すんなよ」
さて、宇宙服だ。グーンはキャビンのコンテナから引き出されたハードスーツを眺めた。
「グーン、お前学校で使ってた宇宙服もこのタイプだったか?」
「はい、だいたいこんな感じの奴ッス。なんか特別なクセとかあるんスか?」
「いや、ねえよ。ごくごくフツーのハードスーツだよ。カラーリング以外」
「まぁ、カラーリングはねぇ……」
会社支給のハードスーツは、黄色地に黒ストライプの帯が各部にあしらわれたもので、あちこちにメリ建ロゴがデカデカと貼り付けられていた。
一目でどこの所属かわかるようにとの配慮なんだろうが、きっと宣伝効果なんかも期待しているんだろうな、というような派手なカラーリングだった。正直センスは悪い。
グーンはまず遊泳帽を頭にかぶった。
この遊泳帽というものは、ハードスーツ内部の空気を循環させているエアー・コンディショナーのフィルターに、抜け毛などの異物を詰まらせないための、宇宙服には必須とされる装備品だ。薄手の布製で、髪を包むように被ってアゴで留めるだけだ。彼らは知らないが、水泳帽そのままだ。
なお描写していないだけで、船長は船の中ではだいたいこの帽子姿だ。
グーンはハードスーツ着用時の紙おむつを履くためにトイレに行った。
その一方でサルバはというと、ソフトスーツにあわせるフェイスガードを装着していた。
サルバは手慣れた様子で、小型電動インパクトレンチをフェイスガードの後頭部から頭頂部のタグに使い、既定の順番で締めていった。規定トルクになるとラチェット機構が働いて空回りするので、とても素早く締め付けができる逸品だ。ただ普通は人体に使う工具ではないので、慣れないと恐怖感が出るだろう。
同じように後頭部からうなじにかけても締め上げ、首元の鎖骨のあたりにある接続部につなげて、そこもタグ締め付けして装着完了。
その見た目は、フェイスガードの色が黒の場合は特に、ものすごくボンテージくさいものになった。
あとはフェイスガードに補器類を取り付ければ準備完了だ。空気や水の供給パイプ、貼り付けディスプレイシール、骨伝導マイクや振動スピーカーのコード、顔掻き用の孫の手などだ。
この作業を、グーンがトイレから出てスーツの下半身を履き終わる前に、サルバは完了させてみせた。
何度もサルバの行動の素早さに舌を巻いていたグーンだったが、さすがにもう慣れっこになっていたのか、うろたえたりはしなかった。むしろ対抗心から急いでミスを犯す危険性を考え、より慎重に装着を進めるくらいだった。
ようやく全てを装着し終わったグーンは、まず自分で関節接続部閉め忘れチェックを行った。
それが一通り終わると、サルバはグーンのチェックした接続部のダブルチェックを始め、やがて親指を立てた。大丈夫らしい。
そして最後にグーンは、スーツのバイザーを閉めて過与圧チェックを行った。耳を澄ませてエア漏れの音を確かめた後、音がしなかったことに安心して、バイザーを開けて気圧を逃がし、サルバに報告した。
「チェック全手順完了ッス」
「……」
「先輩?」
そうだった。グーンは思い出していた。
フェイスガード式の場合、耳を金属のイヤーガードで覆うため聞こえづらくなるのだ。これを装着した後はもっぱらスピーカーとマイクによる通信に頼ることになる。
代わりにグーンは親指を上げて合図した。サルバも親指を上げた。
おもむろにサルバは上着とズボンを脱いで、サルバはそのスポーツタイプのソフトスーツの上に、何かの樹脂でできたっぽい薄手の衣装を着始めた。それは彼らは知らないが雨合羽というもので、銅なんて使っていないのにといぶかしまれつつも、カッパという呼び名だけが残っていた。
そして着終わると、通信系統のコードを繋いで電源を入れた。
『あーテステス、聞こえるか?』
「感度良好、大丈夫ッス」
『うし、船長の弁当持ってこい。エアロック入んべ』
その言葉をサルバはカッパの袖と裾をガムテープで目張りしながら言った。
船長の分のレトルトトレイは、すでに与圧タッパーに入れられていた。それを持ったグーンを先頭にエアロックに入り、もう一着のカッパを手に持ったサルバが後から滑り込んだ。
エアロックの中は薄く黄色の照明がついていた。サルバはエアロックのパネルを操作して、空気ポンプを作動させた。エアロック内の照明が赤くなった。
コンコンというポンプの音と遠くエンジンブロックから伝わる重低音が聞こえる。ところがある一定のあたりで、自らのハードスーツからパキン、ピキンという音が響き、ポンプとエンジンの音が急速にこもりつつ小さくなっていった。空気がなくなったのだ。
学校での実習も含めて、エアロックは何度も使ったことがあるグーンだったが、いつもこの瞬間だけは妙に恐怖感を感じていた。音がなくなるというのは、人間の根源的な恐怖をあおる効果があるのかもしれない。
やがて完全に音がなくなると、赤かった照明が完全に消えて、かわりにパネルの緑色のランプが点灯した。自分の呼吸音と心音がうるさかった。
サルバがまず外に出て、次いでグーンが外に出た。
勘違いしてはならないが、エアロックでは空気が抜けただけだ。遠心力由来の重力は効いたままなので、映画で見るようなエアロックから漂い出ていく真似は、むしろ遠心力で飛ばされて危険だ。決して真似してはいけない。
ぐるぐると回り続ける星空を背景に、二人はエアロックから手すりを登り、船尾の連結装置をまたいで、小惑星南極ポールの桟橋にたどり着いた。
『うし、降りんべ』
『ウス』
小惑星南極ポールの桟橋の手すりにつかまったサルバとグーンは、そう同意を交わした。
小惑星の引力はひどく小さく、現在の二〇〇メートルほどの高さから落ちても怪我一つしないだろう。そのかわり周りにはゆっくりとだが回っている船がいくつもあり、接触事故を起こす危険を考えれば、慎重に降りるべきだ。
どこぞの少女連れヒーローのように、船の間を縫ってダイブするような真似は、素人にはお勧めできない。
サルバとグーンは手すりで勢いをつけて、自由落下よりも速いスピードで地上に流れていった。
慎重って何だっけ。
次話は、第一四話 初遊び(バナール球、低重力下の水)です。




