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第一一話 初到着(航路・航海)

前話は、第一〇話 初操縦権(訓練校・学校)です。

 ソフィと打合せ(という名目の説教)をしていたサルバが戻ってきたのは、一九一〇(ヒトキューヒトマル)ごろだった。

 新人で初出勤なのに操縦権を受け持ったグーンは、実は内心ビクビクしっぱなしで頻繁に監視を行い、神経をすり減らしていた。

 その間にしていた話の途中でグーンはエリスを落ち込ませてしまい、任せていた右舷後方の監視もグーンがこっそりとダブルチェックを行っていたほどだ。最終的にそこそこ機嫌を直してくれたようなのが救いだった。

 そしてサルバに操縦権を返す段階で、ようやく張り詰めていた息を深く吐くことができた。エリスはソフィのもとに戻っていった。


 そして現在時刻は二〇〇〇(フタマルマルマル)、時間割では第六食の時間だ。

 しかし二班の女性二人は何故かギャレー(調理室)に閉じこもったまま出てきてくれないし、声もかからない。

 どうやらエリスがソフィに話をしているようだ。


 声をかけに行くのも少々気が引ける雰囲気で、サルバは仕方なく、船内インターフォンでソフィを呼び出した。


「姐さん、三班サルバっす。昼メシなんすけど。……んじゃこっちの新人にメシ準備させに行かせます……いえいえ」


 通話したヘッドセットを元の場所に戻しながら、サルバは口を開いた。


「しゃあねぇ、グーンお前行ってメシ温めてこい。操縦席で食うから」

「了解ッス」


 副操縦手席から滑り出たグーンは、逆さまのままギャレーに流れた。

 入ったギャレーでは、ソフィとエリスがテーブルのモニターの前で、何やらボソボソ話し合っていた。思っていたほど嫌な雰囲気ではなかったが、どこか切羽詰まったものを感じた。

 グーンは保存食を四パック取り出して言った。


「奥さん、エリス、食事温めとくんで、お食べ下さい」

「ん?……おう、ありがとな」


 グーンはレトルトの封を切って食器にあけて、蓋をしてレンジに入れた。

 二度目ということもあり、グーンはそこそこ慣れた手つきでレンジの時間を入力し、キャビン(乗務員室)のテーブルに二人分のトレイを置いて、お召し上がりくださいと言葉を残して立ち去った。

 そしてグーンは二人分のトレイを持ったままコックピット(操縦室)に跳躍し、副操縦席の背もたれにトレイを置いて、身体を持ち上げた。


「先輩、メシッス」

「おう、ご苦労さん」


 先輩は第六食のトレイを受け取ると、背もたれに胡坐(あぐら)をかいて座り、膝の上にトレイを置いた。加速重力船の特徴である微小重力のせいで、逆立ち姿勢では食事が難しいためだ。

 グーンもまた同じ姿勢でトレイを膝に乗せ、いただきますと声に出した。


 キャビン(乗務員室)からは、二時間ほど前に配信を受け取ったニュースの繰り返しが聞こえてきた。各地に点在する居住コロニーをひとつひとつ特集して、故郷の現在の様子を出稼ぎの労働者に届けるのだ。


 塩コショウの効いたペンネをもぐもぐと食べながら、頭上に位置したモニターコンソールを操作してあちこち監視するサルバ。グーンも同じように時折外部をチェックしながら、ペンネを乗せたクラッカーをかじっていた。

 グーンは食事中の話題を頭の中で探していたが、当たり障りない話題を探しきれないうちに、食事は終わってしまった。


「ごちそうさまでした」


 グーンはサルバの分のトレイを持ってキャビンに飛び降り、テーブルの二人に話しかけた。


「トレイ下げますけど、いいッスか?」

「ああ、頼む」

「はい。エリス、ちょいと失礼」

「うん」


 グーンは四人分の食事トレイをギャレーのテーブルに置いて、すでに洗い終わっていた食洗器の中のトレイ類を取り出し、かわりに食後の食器を入れて、洗浄開始のボタンを押した。

 きれいな食器を棚に戻し、そのままテーブルの二人に声をかけることなく副操縦席に取り付き、初めての時と同じ位置で何度か突っかかりながらも席に着いた。


 テーブルの二人は、グーンの片付けのあと再びギャレーに戻っていった。

 グーンは二人が、いや、しんどいと漏らしたエリスがどんな様子なのか気になった。それは好奇心なのか後ろめたさなのか分からなかったが、しかしそれを一方的に知ろうとする欲求に従うことは許されないことだ、と自らを戒める程度の自制心はあった。

 半ば無理やり自分の意識を当直監視に振り向けたグーンであった。


 当直に限らず、監視任務がつまらないことは当たり前だ。何しろ何時間も変化のない様子を見ながら、変化が起きたときのために備えるだけなのだ。

 しかも表向き暇つぶしをしてはならない。コックピットはキャビンの照明が影響しづらく配置してあり薄暗いから、本も読めない。警告音や環境音を聞き逃さないため、イヤホンで音楽も聴けない。ややもすると居眠りしそうになる。

 だからグーンは、音を鳴らさずに空気の擦過音だけで口笛を楽しんでいた。

 サルバはそんなグーンをたしなめる訳でもなく、淡々と監視を続けていた。


 約十分ごとの監視報告を何度も書き込んだ頃、ロリエがもそもそと寝袋(シュラフ)から出てきた。


「たーくもう、誰だよガムテープなんかで固定したの」


 起き抜け早々文句を言うロリエの声に、ギャレーから顔を見せたソフィが返答した。


「アタシだよ、ぐっすり眠れたろ?」

「布テープ使ってって言ったじゃん、きれいに剥がすの苦労するから」

「だって備品単価が違うもーん」


 それを聞いてサルバは操縦席から振り向き、ロリエに声をかけていた。


「ロリっちおはようさん。船長も起こすかぁ?」

「ロリっち言うなって何度も言ってんだろ、聞いてみるよ」


 ギャレーに顔を出したロリエは、そのまま戻ってきた。


「今忙しいってよ」

「了解。うわ船長機嫌悪くなりそだなぁ」


 船長のライフリーは愛妻家だ。妻のソフィにベタ惚れしているのが、行動の端々で伺い知れるほどだ。だから船長を起こすのはソフィの役目となりがちなのだが、当然ソフィにも多忙な時はある。

 サルバはヘッドセットを装着して通話を始めた。

 同時にエアロックから空気ポンプの動作音がコンコンと響いてきた。


「三班サルバっす、船長起きてくださーい」


 ……。


「船長ぉー、サルバっす、起きてー」


 ……。


「ライフリーん、起きてーん」

『キメぇ声出すなぃ、バッカヤロ!』

「起きてるなら返事してくださいよぉ。起こすの俺ですいませんっしたね。二二〇〇(フタフタマルマル)、到着三十分前っす」

『ああ、今行く』


 船長からの返答を聞いてサルバはヘッドセットを元に戻した。

 続いてサルバはキャビンを振り向いて、ロリエに声をかけた。


「船長今来るってさ。エアロック準備サンキュ」

「おう」


 その返事からほどなくコンコン音は一分ちょっとで止まり、そしてエアロック解放のビープ音が鳴った。

 続いて重いドアが動く音が船体構造体を伝わり、ビープ音とともに空気が噴き出す音が聞こえてやがて音が止まってから、構造体越しではない空気振動特有のドア開閉音が聞こえた。


「おう、バイザーにバッテン貼ったの誰だ」

「おあよざーす、船長。姐さんの指示っす」

「まーた余計なイタズラをよー、これ剥がすの手間なのによぅ……」


 船内に入ってきた船長はそうブツブツ言って、ゴツいグローブを外していた。さすがの船長もグローブ越しにガムテープをはがすことは無理らしい。


 現在キャビンにはソフィ・エリスの二班と、船長・ロリエの一班がいて、そしてコックピットには就業中のサルバ・グーンの三班がいた。


「タイムスケジュールに狂いはなかったか?」


 バイザーのガムテープの端を爪でカリカリと剥がしながら、船長はサルバに質問していた。


「順調っす。到着予定は二二三〇(フタフタサンマル)から変わらず、あと二十五分ほどで現場到着っす」

「了解。そんじゃ到着操作と手続きは俺とロリエでやっから、サルバとソフィは新人への解説にまわってくれ。十五分後に交代する」

「了解」


 船長とのやり取りを終えたサルバは、グーンに向き直って声をかけた。


「じゃグーン、最後の当直監視すんぞ」

「了解」


 ガムテープを剥がし終わった船長は、バイザーを溶液できれいに拭き上げて照明に透かしていた。

 ロリエは寝起きのトイレに向かい、ソフィとエリスは船長とロリエのぶんの朝食を準備し始めた。

 モニターで進行方向をあちこち目視確認しながら、サルバは女性三人がキャビンから出たそのタイミングで口を開いた。


「船長、報告すっけど今いい?」

「おう」

「新人のエリスが初仕事で早速自信なくしてるみてぇなんすよ」

「そっか、ずいぶん早ぇな」


 グーンはちょっとびっくりした。先輩、エリスのことちゃんと見てたんだ……。

 船長はバイザーのついでに目についたヘルメットの汚れを、ウエス(雑巾)で拭き取り始めた。一度気になってしまうと仕方ないのは、グーンにも理解できた。


「グーンにやらせた仕事とのギャップっぽいんすけど、詳細は相談受けてた姐さんにお願いします」

「まぁなぁ、新人が二人だとどうしても比較がなー、もっと多けりゃマシなんだけど」

「っすねー、二二一〇(フタフタヒトマル)、右舷異常なし」

「了解」


 そう話しながらも、サルバはとっとと監視を終えていた。速い。


「チーム仕事してナンボなんだから、個人の技量で自信なくす必要ねぇんすけどねぇ」

「そう言ってやるなよ、まだそれすら判ってねぇんだから」


 トイレ帰りのロリエが手を拭きながらキャビンに入り、腕を組んだ。

 グーンは監視をしながら、船長とサルバのやり取りを黙って聞いていた。

 俺が原因でエリスを焦らせちゃってるなんて、なんか遣る瀬ないなぁ、と考えつつ、当直の報告を行った。


二二一〇(フタフタヒトマル)、左舷異常なし」

「了解」


 その報告を、船長が褒めた。


「お、グーン案外速いな」

「アザッス」


 行程表に書き込み、これであとは船長たち一班と交代して、到着を見学して日報を提出して業務終了。

 そして船長は、ロリエと入れ違うようにしてトイレに向かった。

 かわりにソフィとエリスがギャレーから出てきて、この後の予定を語った。


「お疲れさん。この後の予定伝えるよ」

「お疲れ様っす。お願いします、姐さん」

二二二〇(フタフタフタマル)、一班の業務開始。三班は業務続行。

 二二三〇(フタフタサンマル)、現場到着。

 二三〇〇(フタサンマルマル)、桟橋への接舷。三班と二班の見学終了。二班就寝。

 翌〇〇〇〇(マルマルマルマル)、一班は打合せ。三班業務終了」


 そう、この後は現場到着というイベントがある。

 会社の格納庫からの出航はいつも同じ手順だが、しかし現場到着の様子は現場によって様々に違う。新人が見学するに値するイベントなのだ。


 一班が起床してすぐに早出業務を始めるのは、このイベントのためだ。

 三班は翌〇一〇〇(マルヒトマルマル)まで勤務時間のはずだが、現場での仕事始めは一班に譲って、船の待機状態を確保してから見学に回ることになる。

 二班のソフィとエリスが、二二〇〇(フタフタマルマル)の就寝時間を過ぎてまで起きているのも、現場到着を新人のエリスに体験させるためだ。


 ソフィはエリスを見やって、あらためて声をかけた。エっちゃん呼ばわりはしなくなっていた。


「エリス、荷物の固定は完了?」

「はい、完了してます」

「眠気は大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「そ。三十分たったら寝かせてあげっから、それまで辛抱すんだよ」

「はい」


 そうこうしているうちに船長がキャビンに現れて、操縦席に跳躍してきた。


「おう、まずは交代すんべ。グーン、席ロリエに譲れ、俺はエアロック行っとくわ」

「了解ッス」

「了解」


 グーンがどいた副操縦席にロリエがすっと滑り込んだ。どこにも引っかからない見事な着座だった。


「ユーハブコントロール」

「アイハブコントロール」


 操縦権の移譲を行ったサルバは、すぐさまロリエに業務引継ぎ事項を報告していた。

 その内容は、当直監視結果を中心に、タイムラインに沿って行われていた。途中あったベクトル変更も報告されて、最後に全体を通じての所見を述べていた。

 なおソフィからの説教タイムは「打合せ」とされていた。

 サルバとロリエはからかい合うこともなく、淡々と素早く引継ぎを済ませていった。


 エアロックのビープ音が鳴り、船長が外に出たことが伺い知れた。

 副操縦席では、ロリエによる他の船との短距離通信が始められていた。

 念のためにサルバは正操縦席に座りっぱなしだ。

 この船の現場到着まであと十分と、かなり時間が押しているからか、所作に緊張感が感じられた。


十七号船(セブンティーン)。こちら十八号船(エイティーン)担当クレシアです、応答願います。どうぞ』

「十八号船、こちら十七号船担当カオです。感度良好。どうぞ」

『十七号船、こちら十八号船。これより分離のため連結装置を解放します、どうぞ』

「十八号船、こちら十七号船。了解。ご安全に。どうぞ」


 船尾側に連結されている十八号船から、分離する旨の通信が入った。分離の主導権は船首側に連結装置がある十八号船が担うので、十七号船側は念のためカメラで様子を見る程度だ。船尾のほうから硬い金属音が聞こえてきた。


『十七号船、こちら十八号船。連結装置を解放した。どうぞ』

「十八号船、こちら十七号船。解放を確認した、以後ご安全に、どうぞ」

『十七号船、こちら十八号船。協力感謝する。そちらもご安全に。通信終わり』


 無事十八号船が離れていったので、今度は十七号船の番だ。


十六号船(シックスティーン)。こちら十七号船担当カオです、応答願います。どうぞ」

『十七号船、こちら十六号船担当リヴドゥです。感度良好。どうぞ』

「十六号船、こちら十七号船。これより分離のため連結装置を解放します、どうぞ」

『十七号船、こちら十六号船。了解。ご安全に。どうぞ』

「ライフリー船長、こちらロリエ。連結装置解除、許可。ご安全に。どうぞ」

『ロリエ、こちらライフリー。了解。どうぞ』


 コックピットのガラスの向こうに船長の赤いハードスーツが見えてきた。間をあかず、連結装置を解除した硬い音が近くで響いた。


 ロリエはその後も逐一通信報告を行い、慌ただしい様子だった。

 そしてあっという間にビープ音が鳴り、船長がまた船内に戻ってきた。サルバはするりと席を譲った。

 船長は正操縦席にどこもぶつけずスムーズに滑り込むと、すぐ操縦権をロリエから譲り受けて、モニターであちこちを監視しながら、船団の編成から抜け出るバーニアを吹いた。

 すでに十八号まで分離していたので、十七号もスムーズに分離、離脱できた。


 ここからは船団ではなく、単独操船となる。コンピュータにマスバランスの再計算をさせながら、船長は分離時のチェックシートに従って各部をチェックしていった。


「……管制、こちらメリ建十七号船メリケン・セブンティーン。了解。軌道到着後、再度連絡する。通信終わり」


 そしてロリエもまた、到着地の管制との通信を終えて、到着準備を着々と進めていた。

 船長が操縦桿をじわりと動かした。めまいにも似た平衡感の喪失があるが、すぐに元に戻った。相当細やかな軌道修正をしているのだろう。

 一応学校での操船経験もあるグーンは、自分にはここまで細かい操作できっこないなぁと、改めて技量の違いを実感した。


 そして二二三〇(フタフタサンマル)、メリ建十七号船は定刻通りに、現場小惑星の安定軌道に到着した。ドラマチックなことは何もない、淡々とした到着だった。


次話は、第一二話 初入港(航路・航海、バナール球)です。

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