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第一話 集団就職(居住ブロック、交通)

はじめまして、俺です。

ダラリダラリと妄想を垂れ流しますので、お付き合いのほどを。

 晴れた空。そよぐ風。

 もっともこの晴れた空は天井に映写されたものだし、そよぐ風も合成風力だ。


「グーン、それじゃ気を付けてねぇ」

「わかってるって婆ちゃん」


 ここは居住ブロック東地区の大通り。

 この日は集団就職の若者が一斉に巣立つ、門出の日だった。


 グーンと呼ばれた若者と、その手を握る老婆は、取り立てて特別な存在ではなかった。

 その証拠に、周りには同じ境遇のほぼ同年代の男女が、それぞれの家族と別れを惜しんでいたのだ。

 新社会人として故郷を旅立つものと、見送るもの。ここにはその両者しか存在しなかった。


「こんな日くらい、父さん母さん姉さんも、見送りに来てくれても良かったのにねぇ」

「仕方ねぇよ婆ちゃん、仕事なんだし」


 グーンの目の前にいる、この歳まで彼を育てた祖母は、御年七十二歳だ。

 グーンとその姉が生まれる以前に、祖母はその伴侶を事故で失っていたので、彼女はひとりで二人の子供を育て上げたのだ。共働きで家族に仕送りを続ける、両親の代わりに。


 もっともこの時代のこの地方では、そんな子育てのやり方が普通だった。

 理由は、ゼロ歳から十五歳までは、宇宙線や太陽風の届かない隔離された居住ブロックで大切に子育てし、そこから三年間の全寮制学生生活を義務化するという、政府の方針があったからだ。

 居住ブロックは、頻繁な出入りが面倒なため通勤に向かず、出稼ぎ仕事を選択せざるを得ない。

 だから子育てや町内会活動などは、出稼ぎ生活を引退した壮年世代が担うケースが自然と多かった。


「それじゃそろそろ時間でーす、バスに乗ってくださーい」


 バスの運転手を務める、同じ町内会の爺さんがそう声を張り上げた。感情的になって予定を崩したりしないように、今回の出発に孫がいない爺さんが選ばれていた。

 バスは町内会でレンタルしたもので、今回集団就職するみんなを宇宙港まで送り届けるのだ。


「そんじゃ行ってくるわ、婆ちゃん」

「心配だよ、しっかりお勤めするんだよ」


 グーンをはじめとした若者たちは、一斉に大きなバッグを肩に担ぎ始めた。


 それにしても別れなんて四度目なんだから慣れろよな、とグーンは苦笑した。

 実は彼らは全員、全寮制の高校を卒業して集団就職を行うまでの間の数日間を、実家に帰ってきていただけだったのだ。

 姉の全寮制高校への入学、姉の卒業と就職、自分の入学、そして自分の卒業と就職、これで四度。

 だが祖母はいまだに慣れる様子はなかったようだった。


 バスの窓ははめ殺しのため、開けるわけにはいかない。だから窓ガラスを通じて最後の別れを惜しんだ。


「式次第がひと段落したら電話でも入れて頂戴な」

「わかったよ婆ちゃん」

「上司さんや先輩さんの言うことをちゃんと聞くんだよ」

「わかったよ婆ちゃん」

「仕送りだけじゃなく、将来のために貯金するんだよ、生水飲むんじゃないよ、悪い女やネズミ講に気を付けるんだよ、年の節目には帰っておいで」

「そろそろウルセーよ婆ちゃん」


 手を振る祖父祖母世代を置き去りにしてバスは動き出し、東エアロック前ロータリーに向かった。

 バスに乗った若者たちも、見送り人の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。


 さてロータリーには、他の町内会のバスが列をなし、このバスも列に並んだ。

 目的はもちろん、エアロックの順番待ちだ。


 バスの中は幼馴染だらけだから、遠慮や誤魔化しはほぼない。

 だから、どこか遠足や団体旅行のような、子供じみたワクワク感を誰も隠そうともしていない。

 それとも、それぞれが宇宙港で行く先をたがえる直前の、最後の子供時代を堪能しているのだろうか。


 もちろんそれはグーンとて一緒で、永く幼馴染として一緒に遊んだ悪ガキ連中と騒いでいた。


 エアロックの赤いランプが消えてゲートの扉が開き、バスは居住ブロックをぐるりと取り囲む高速道路に合流した。

 手順から推察すれば、この時点で運転手はオートパイロットにバスの操作をゆだねているはずだ。


 高速道路は対向車線のない一方通行に作られていた。

 バスはスピードを上げるにつれて、それに伴って真横にそそり立つ壁のほうに徐々に幅寄せしていった。同時に遠心重力が減っていく。

 そそり立つ壁と地面のつなぎ目は、ゆるやかなアールを描いて滑らかに繋がっていて、加速したバスはそのアールにそろりそろりと接近していった。


 やがてバスは加速しつつ、アールに沿ってロール方向の姿勢を約八十度横倒しにした。

というより、今まで倒れていた姿勢を地面に対して戻した、と表現するほうが正確だろう。


 ガンッ。

 姿勢が安定したころ、突如として車内に硬質な音が響いたが、それに驚いたりパニックになったりする乗客はいなかった。


「お、誘導ケーブルが吸いついたな」


 ここからは、港湾局の誘導によるオートパイロットで、バスが操作されることになっていた。

 無線でなくあえて有線なのは、物理的な接触が途切れると動けなくするため。港湾局が誘導するのは、過失の操作ミスによる事故や故意の破壊活動を防ぐため。バス側のオートパイロットへの誘導にとどめているのは、港湾局へのハッキングで一網打尽にされることを防ぐため。

 このように様々な安全保障概念に基づき、法にも明記された措置だ。初等学校でも教えられる。


 誘導ケーブルによってバスの姿勢は細かく制御され、捕獲アームにすくい上げられた。

 そしてバスのタイヤにブレーキがかかり、かなりの速度で回転していたはずの車輪は、いったんゼロに速度を落とした。


 やがてゆっくりとバスは地面に降ろされて、遠心ドラムが回転している側とは逆の壁にあいたトンネルに向かっていった。


 道の上のレールに沿って誘導ケーブルを引きずったまま、バスはそのままトンネルを進んでいった。もちろん、その間バスは私語に満ち溢れていた。それはグーンすら同様であった。


 そしてバスは突如トンネルを抜け出た。

 バスの車窓には、切り立った山脈の尾根と、それに切り取られた満天の星空。


「おおー……」


 その一瞬は、バスから私語が消え、感嘆のため息だけが聞こえてきた。何しろ、居住ブロック暮らしや普通科など校舎暮らしでは、星空を見る機会などなかっただろう。

 その絶景に喜ぶ幼馴染たちを、訓練校で星空を見放題だったグーンは好ましく思っていた。


 バスは山脈のきわから出て、まわりをぐるりと囲む山脈のほぼ中央に向けて、そろりそろりと進んでいった。

 山脈に囲まれた平地の中央つまりクレーターの真ん中には、少し離れて都市ブロックと港湾ブロックが並び、そこに目的地である宇宙港が存在した。

 ついでに、グーンにとっての母校である訓練校も見えてきた。


 宇宙港の車寄せに着いて、ボーディングブリッジ接舷の順番待ちをしているその間も、乗客はガチャガチャうるさいままだった。

 いや、一部には仲良しの友達と離れ離れになるすすり泣きの声も聞こえてきた。

 一方でスナック菓子をかじる音が聞こえてくるのは、雰囲気台無しと批難されてしかるべきだろう。


 頃合いを図ったのか、運転手の爺さんが乗客の若者に向かって語りだした。


「さて、皆さん。私の見送りもここまでです。ここからは港湾係員の指示に従って、所定の行先に向かってください。それではお元気で、ボンボヤージュ」

「ボンボヤージュ」


 爺さんの唱和に続き、若者たちも同じ言葉を繰り返した。

 それは「良い航海を」という意味の、大昔から続く別れの言葉だった。


 ボーディングブリッジを抜けて宇宙港の建物内に入った若者たちは、めいめいの行先に従って解散した。

 何しろ宇宙船の出発時間は決まっているので、ゆっくりと別れを惜しんでいる時間はないのだ。


「じゃ、俺こっちだから。元気でな」

「おう、お前もな」


 グーンが向かう先に一緒に行く幼馴染は、ひとりもいなかった。一緒になって通路をぴょんぴょんと跳躍していくのは、いずれも見知らぬ顔ばかり。うち同じ会社に向かうのは、一体何パーセント程度なのか。


 グーンはこれからの新しい生活に期待しつつも、胸に一抹の寂しさを感じてもいた。とはいえ、ひとりで訓練校に入ったときと同じだ、グーンはそうも割り切っていた。


 やがてグーンは別の地域からの集団就職生に混じり、臨時編成の宇宙船に乗った。ぎゅうぎゅう詰めの船内は同年代の男女であふれており、フライト自体はほんの数十分なのにやけに疲れた。

 着いた宇宙港の立ち食い飯屋で腹を満たして、地下鉄で都市部に入ったグーンは、予約していたビジネスホテルに泊まり、次の日の入社式に備えて寝てしまった。


次話は、第二話 入社式(礼儀作法、商談会)です。

※2019/09/23 直し忘れを修正。

※2019/10/18 前書き(ヘッダー)の書式を何部何章形式から前話形式に改変。

※2020/02/03 地名・施設名などを最新話に準じて修正。


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