3 奇跡の子
-帝歴263年 帝都ロムン-
私の名前はメルティーナ。エルフの傭兵で、皆んなからはメルって呼ばれている。年齢はヒミツ。
「面を上げよ」
皇帝の言葉に、跪いたまま顔を上げる。今、ここサンドーラ神聖帝国の帝都では凱旋式と、私達の表彰式が行われている。
私達が何をしたのかと言うと、ドラゴン退治だ。と言っても、ただのドラゴンではない。1年程前に、眠っていた古代のドラゴンが突如目を覚まし、帝国で暴れ出した。そのドラゴンは、都市を壊滅させ、大勢の人間を殺し、帝国は滅亡の危機に瀕していた。
未曾有の危機に、帝国は各地から腕利きの騎士や傭兵を集めて、神竜討伐隊というのを組織して、ドラゴンの討伐に当たった。私も、それなりに有名な傭兵だったから参加してあげたけど、その結果がこの表彰式ってワケ。
極光竜アヴレール。私達が倒したそのドラゴンは、ただのドラゴンではなかった。
ドラゴンは、その強さで5つにランク分けされ、弱い方から偽竜、竜、竜王、神竜、神竜王とランクが上がるが、私達が相手にしたのは神竜だった。
神竜王は、伝説上の存在なので、私達は実質最強の強さを誇るドラゴンと戦い、勝利した事になる。だが勝利はしたが、その被害は尋常では無く、生きて帰れた者は私を含めて10数名だった…。
「貴君らの働きにより、帝国は危機を乗り越える事ができた。実に大義であった」
皇帝の有り難い言葉というのが、謁見の間に響く。
「ふん。全員、魔人ではないか!?」
「獣人も混ざっているな」
「全く、嘆かわしい事だ!」
私は耳が良いから、皇帝の言葉の陰で、横にいる貴族達がひそひそと、私達に悪口を言っているのが聞こえた。貴族達が言う通り、生き延びてこの場にいるのは、私のような魔人や獣人だけだった。
魔人というのは、私のようなエルフや、隊長のガルドスのような鬼人族のような者達だ。獣人は、動物のような特徴的な耳や尻尾を持つ者達の事を指す。
その昔、人間と魔人、獣人の3大人種が、この大陸の覇権を争い、血を流した。結果は人間が勝利したが、そのせいか人間は自分達に選民意識を持ち、他人種を下に見ているのだ。
だからか知らないけれど、私達が表彰される事に対して、よく思わない人がいるのだろう。全く、誰のおかげで帝国が助かったと思っているのやら…。
「神竜討伐隊隊長……ガルドス、前へ」
「はっ!」
ガルドスが皇帝に呼ばれて、前に出る。彼は、私達の仲間で、途中から神竜討伐隊の隊長になった男だ。そして、私の昔からの知り合いでもある。
本来の隊長は人間だったのだが、アヴレールとの戦闘で死んでしまった。というか、人間達は私達魔人や獣人と比べて弱いので、戦闘が始まって直ぐにアヴレールに殺されてしまっていたのだ。
「ガルドス…貴君には、“神竜狩り”の称号と、騎士の爵位を与える」
「馬鹿な…魔人風情に、一代限りとはいえ爵位を与えるとは…!」
「陛下は正気なのか!?」
「叙勲するなど、聞いておらんぞ!?」
皇帝の宣言に、参列している貴族達は騒ぎ出した。そこまで私達の事が嫌なのだろうか。今さらながら、この式に出た事を後悔している。
「ええい、静まれ! 陛下の御前であるぞ!」
宰相の言葉に、場は静まるが、宰相もこちらに嫌な顔をしているのを見るに、皇帝の発言には不服な事が伺える。
皇帝は、剣持が持ってきた剣を抜くと、跪いたガルドスの肩に剣を置いて、叙勲の儀式を行う。
「ふむ。では騎士ガルドスよ、余に望む事があれば申してみよ」
「はっ、恐れながら…陛下にお願いしたい事がございます!」
「申してみよ」
「何!? 魔人風情が、図々しい!」
「叙勲されるだけでは飽き足らず、陛下に要求するなどと…!!」
「不敬であるぞ!」
「静まれ!」
皇帝が話し、貴族が騒ぎ、宰相が止める。人間って本当に馬鹿ね、もういい加減に疲れてきた。
「我々魔人は、魔大戦以降、各地で忌み嫌われております。さらに、我々は今回の事で名が世に広まっております。これでは、静かに暮らしていけません。我々に安住の地を頂けないでしょうか?」
「ふむ。そなたらは、静かに暮らしたい…そう申すのだな?」
「陛下の仰る通りにございます!」
「まさか! 魔人に領地を与えるというのか!?」
「冗談ではないぞ!?」
「この神聖帝国は、かつて勇者様が建国なされた、人間の為の帝国なのだぞ! そこに薄汚い人種を住まわせると言うのか!?」
貴族達が騒ぎ出す中、皇帝の諌める声が響いた。
「皆静まれ! ガルドスよ、そなたにはフリムスの地を与えよう!」
「はっ、有り難き幸せ!」
「フリムス? はてどこだったか…?」
「領地を与えると言われた時は焦りましたが、まさかあの何も無い山奥とは…全く陛下も人が悪い。」
「なるほど、厄介者を山に押し込める訳ですな!」
「臭いものには蓋…流石は陛下!」
会場は万雷の拍手に包まれた。しかし、そこには悪意しか感じられなかった。
* * *
「全く、慣れない事はするもんじゃねぇな!」
「あら、でも良く出来てたじゃない」
「やめろ! こんな堅っ苦しい服も、さっさと脱ぎたい所なんだぞ!」
「あら、似合ってるわよ?」
「うるせぇ! お前もドレスなんて着るガラじゃねぇくせに!」
「そう? 私は気に入ってるわよ? …けど、貴族達に視姦されるのは気持ち悪かったわね」
表彰式の後、控室でガルドスと話す。彼は、謁見用に着せられた服が気に食わないようだ。私は、ドレスを着るなんて久しぶりだったから、結構楽しんでいたのに、貴族達の下卑た視線にウンザリだった。
「でも、言ってみるものね。本当に土地をくれるなんて。…しかも納税と兵役免除なんて、破格じゃない?」
「バカ言え、フリムスだぞ? まさか、あんな山奥とは思わなかったぜ…。皇帝も、人間なんだなって良ぉく分かった」
「で、どうするのよ?」
「決まってらぁ! 皇帝もビックリするぐらいに開拓してやるよ!」
「まずは、人を集めなきゃね?」
「へっ、俺がいるだろうが! それに……」
ガルドスは私の後ろを指差す。気がついたら、控室の仲間達が私達を見ていた。
「お前らも来るよな!?」
「「「 おうッ!! 」」」
部屋の中に、皆の賛同の声が響いた。
神竜討伐隊…三大人種の混合部隊だったそれは、決して皆の仲が良かった訳ではない。馬鹿な貴族の子弟が手柄欲しさに無理矢理参加したり、人間が獣人の隊員達の目の前で、挑発するように獣人の奴隷を痛めつけたり、面倒な仕事を私達に押し付けたりと、人間達の横暴が目立っていた。
だから、アヴレールのブレスで人間達が一掃された時は、むしろ清々したくらいだ。
そんな神竜討伐隊の私達、魔人と獣人達はお互い団結し、いつしか固い絆で結ばれていた。そんな私達は、冗談混じりに、アヴレールを倒した後の話をよくしていた。そして、誰が言ったか『魔人や獣人でも暮らしていける土地を、皇帝に要求する』というのが、私達の目標になり、ついにそれが実現したのだ。
「行くぜ! 開拓だぁ!!」
「「「 おうッ!! 」」」
(はぁ、男ってほんとに馬鹿ね。…でも、ちょっぴり羨ましいかも)
* * * * *
-帝歴287年 山と湖畔の村 フリムス-
あれから25年の歳月が流れた。と言っても、私達魔人や獣人は、人間よりも寿命が長いから、相変わらず皆健在だ。
あの表彰式の後、ガルドス率いる元神竜討伐隊の面々は、何人かは自分の故郷に帰っていったが、その殆どが家族や嫁を連れて、ガルドスが貰った土地…フリムスへと越してきた。
フリムスは、帝都の南に位置する山脈のど真ん中にあり、誰も住まない未開の地だった。だが、私達にはガルドスのような脳筋……力持ちや、ドワーフのように手先が器用な者がいた為、開拓はスムーズに進み、余裕を持って自給自足の生活が送れるようになった。
苦労も多かったが、皆笑顔で過ごせる静かな村になったと思う。
そんなある日、私達の家にマッシュが飛び込んできた。
「め、メルー! ガルニキ! い、一大事ンゴォォォッ!!」
「マッシュ、どうしたの?」
「おい、マッシュ。俺の名前はガルドスだ! 間違えるな!」
「そ、そんなのどうでもいいンゴ! そんな事より……おりょ?」
「おいマッシュ……俺の名前がどうでもいいって!?」
「ぎょえぇ! ゆ、許してクレメンス! やめてクレメンス!!」
「ふふ。相変わらず、マッシュは騒がしいわね」
「メルゥ、笑ってないで助けて欲しいンゴ…!」
ガルドスが、マッシュを持ち上げてこねくり回し、マッシュの柔らかい身体がぐにゃぐにゃと変形する。
マッシュは、マタンゴ族と呼ばれるキノコのような亜人だ。亜人とは、人間、魔人、獣人の三大人種以外の知性ある者達の事で、代表的なものに、リザードマンのような種族がいる。
マッシュは、フリムスを開拓している時に、ガルドスが「デカいキノコ採ってきたぞ!」「ぎょえぇ、やめるンゴ! ワイは美味しく無いンゴ!」とか言って、森から拉致してきて以来、この村に定着して暮らしている。
焦るマッシュから話を聞くと、山に薬草採取に出かけた時に、古代人の遺跡を見つけたそうだ。古代人の遺跡には、貴重な宝が眠っていたり、魔物が住処にして村を襲いに来ることがある為、見つけ次第、調査する必要がある。
「ここに住んでから、そんなの見た事ないぞ? マッシュの見間違いじゃねぇのか?」
「ほ、ほんとに見たンゴ! ワイを信じて欲しいンゴ!」
「でも、本当にあるとしたら調べる必要があるわね…」
「う〜ん…よし、明日調べに行くか。マッシュ、明日の案内よろしくな!」
「ほいきた!」
* * *
「…ほんとにあったよ」
「ほら、ワイの言った通りやんけ!!」
「山の斜面に隠れてたのね…。ガルドス、援護するわ」
「おう!」
「ヒェ…ワイ、血は見れんのや…メルの後ろでじっとしとるやで……」
私は弓を構え、ガルドスは担いでいた剣を構える。遺跡に入ってすぐに、魔物が襲いかかってくることがあるからだ。
「開けるぞ」
「ええ」
「あわわ……」
恐る恐る、遺跡の扉を開ける。扉は金属製で錆び付いていたが、ガルドスの力なら難なく開けることができた。魔物が飛び出すこともなく、松明に火を灯し、中を確認する。
「何もないな……」
「何の遺跡かしら?」
「さあな。古代人の考えることは、よく分からないからな」
古代人…かつて高度な文明を築き上げ、私達の世界、ガイアを支配していたとされている人々だ。私達3大人種は、古代人が祖先らしい…。
古代人は、愚かにもガイアの神々に対し戦争を仕掛け、破れたのち滅亡した。その時の傷痕が、世界には沢山ある。ガルドスが言っているのは、そういう事だ。
「…うーん、まあ何も無かったってことか?」
(…ャー!…ャー!)
「…?」
「ん、どうしたメル?」
「今、何か聞こえなかった?」
「うんにゃ」
「ワイも同じく」
「うーん…ちょっと皆、静かにして!」
確かに、今何か聞こえた…。私は、耳を澄まし集中する。
(オギャー!オギャー!)
「聞こえたわ! 赤ちゃんの声!!」
「なんだと!? この遺跡にか? 何かの魔物じゃねぇのか?」
「……そうかもしれない」
だが、今のは確かに…。しかし、そうやって人を誘引する魔物もいるのかもしれない。
「だいたい、行き止まりだろ。やっぱり聞き間違いじゃねぇか?」
「……ッ! ガルドス、そこ錆びて分かりにくいけど、多分扉よ!」
「何? よし、待ってろ!」
ガルドスは、もはや錆び付いて壁と同化したような扉を蹴破った。すると、聞こえていた泣き声が大きくなり、今度はガルドスも感知できたようだ。
「なっ、マジかよ!?」
「急ぎましょう! 弱ってるみたい!」
「お、おい待て! 魔物って線も…ったく、いつものメルらしくないな、オイ!」
私はらしく無く、遺跡の奥へ走り出した。何故だろう、いつもなら警戒を怠らない筈なのに……。酷く胸騒ぎがする……。
遺跡の奥へ着くと、何故か明るい部屋にたどり着いた。部屋の中は一面真っ白で、台の上にガラスの容器のような物が置かれているだけのシンプルな空間だった。その容器の中を見ると、人間の赤ちゃんが布に包まれてぐったりとしていた。
「おい、メル! 少しは落ち着いたら……」
「ガルドス…これ……!!」
「あん? ……おいおいマジかよ。何でこんなところに、人間の赤ん坊がいるんだ!?」
「大変……弱ってるみたい!」
「チッ、急いで家に連れ帰るぞ!」
私は、赤ちゃんを抱きしめると、急いで部屋から出て、村へと駆け出した。
「ヒィ…ヒィ…皆んな速いンゴ……。おりょ? ガルニキ、メル、どうだった…ぐわっはーッ!!」
「悪りぃな、マッシュ! 急いでるんだ、先に帰るぞ!」
「ごめんなさい、急いでるの!」
「人を突き飛ばして放置なんて……世知辛いンゴォォォ!」
* * *
「ほら、山羊のミルク……用意できたぞ」
「ありがとう……」
「ガキの様子は?」
「寝てるみたい…だけど、大丈夫かしら……」
「心配すんなよ、ガキなんてほっといても勝手に育つだろ?」
「それは貴方が鬼人族だからでしょ!? この子は人間なのよ? 貴方だって、人間が弱いの知ってるでしょう!?」
「う…そうだったな。すまん……」
「あ、ごめんなさい……。何でかしら、つい感情的になっちゃって……。はぁ、私らしくないわよね」
あの後、大急ぎで赤ちゃんを村に連れ帰り、私の部屋のベッドに寝かせている。
私はガルドスの家に居候している身だ。ガルドスの家は、一応村長?領主?の家なので他の家よりは、立派に建てられている。部屋が余ってるのに、わざわざ自分の家を作るのも無駄な気がして、ここに住まわせてもらっているのだ。
「まあ、いいや。とりあえずミルク飲ませようぜ!」
「…貴方、どうやって飲ませるつもり?」
「どうって…?」
「赤ちゃんは、コップとかで飲めないの! 自分から吸って飲ませるしか無いのよ!?」
本来なら、乳の出る者が代わりにあげるのが望ましいが、運の悪いことに現在この村にそういった者はいない。幸い、村で山羊を飼育しているので、代用品のミルクは用意できるが、どう飲ませればいいか分からなかった。
長く生きていても、経験が無いことは分からないものだ。自分もまだまだ青い……無力を感じる。
「あー! うー!」
「「 ッ! 」」
赤ちゃんの目が覚めたようだ。良かった…!
赤ちゃんを抱き上げて、顔を覗く。キョトンとしている…可愛い。そう思っていたら、赤ちゃんは手を伸ばして、私の耳をいじり出した。
「あっちょっ…ダメ、そこは…んッ!」
「ハハハ、気に入られたみたいだな!」
「ちょっ、やんっ! ダメェ! ガルドス、お願いッ!」
「おっ、俺が!? 赤ん坊なんて持ったことないぞ!」
ガルドスに、我慢できず赤ちゃんを突き出す。赤ちゃんは、今度はガルドスの角や顔をペタペタと触っている。
「うん? コイツ、俺のことが怖くないのか?」
「はぁ、はぁ…貴方も気に入られたみたいじゃない」
「ガハハ! こいつは将来、大物になるな!」
ガルドスが赤ちゃんを抱えて、笑っている。そんな中、私は赤ちゃんにミルクをあげる方法を思いついた。先程、弱い耳を触られた影響か、突如天啓の如くこの考えが下りてきた。
私があげればいいじゃないか、何の為に胸がついているのだと…。
「ガルドス、赤ちゃんにミルクをあげるから、貴方は村人達に状況を説明してきて……」
「おっ、何か思いついたのか!?」
「ま、まあね…。ほら、早く行って! それから、絶対に…ゼッタイに私がいいと言うまで、部屋を開けないで!!」
「なんで……」
「分かったッ!?」
「あ、ああ…」
「さっ、早く出てって!」
ガルドスを追い出すと、私は服を脱いで乳房を露わにする。私は部屋の棚から蒸留酒を取り出して、ハンカチに湿らせると、それで乳首周りを拭う。
「はーい、今からミルクあげるからね〜」
乾かしてから、山羊のミルクを持って赤ちゃんのもとによると、意を決して、赤ちゃんの顔を自分の乳房に押し当てる。そして、その上からゆっくりとミルクを垂らして、赤ちゃんにミルクを与える。
「オギャー! オギャー!……ムグッ!」
「…んっ」
だが、思ったより吸い付いてくれない。弱っているのか、それとも赤ちゃんはこんなものなのか……。子供を産んだことが無いから、分からないな……。
そう思っていたら、突如赤ちゃんが吸い付いてきた。
「んあっ!」
新感覚の体験に体が震える…。何だろう。何か、身体の奥が熱いような、そんな気分になる…。
* * *
「よう、ガキの様子はどうだ?」
「ちゃんと飲んでくれたわ……」
もう夜だというのに、村の広場には、村人達が集合していた。皆にとって、今回の件は大事件なのだ。未開の遺跡の奥にいた捨て子……考えようによっては、不気味で不安がる人もいるだろう。
「ほ〜その子が、遺跡の奥に……」
「不思議な事があるもんだねぇ」
「ちっこいな〜!」
「あら、可愛いわ〜!」
「でも、何で遺跡の奥に?」
「この子、どうするんだ?」
村人達が騒ぐ中、私は赤ちゃんを頭上に掲げて宣言する。
「皆んな聞いて! この子は私が育てる! 今日からこの子は私の子よッ!!」
「「「 えぇ〜ッ!! 」」」
村人達は、驚きの声を上げた。
「メ、メルさんが?」
「大丈夫なの?」
失礼な! 私だって、経験は無いけど知識はあるんだから! さっきだって、ちゃんとミルクあげられたし、大丈夫だって!!
「…メル。正気か? そいつは人間だぞ? 俺たちが散々酷い目に遭わされてきた……」
「そ、それは…!」
「「「 …… 」」」
ガルドスの言葉に、村人達は無言になる…。空気が重い……脚が震える……。もしかして、皆反対なの?
確かに、皆人間に酷い目に遭わされている。だけど、こんな罪も無い赤ちゃんですら、村に置いておけないと言うの?
「…こ、この子に罪は無いわ!」
「だが、いずれ知る事になる。人間と魔人、獣人は相容れないってな」
「そんな事……分からないじゃ無い! 現にこの村はどう? 魔人と獣人が仲良く暮らしてるわ! そこに人間は入れないの?」
「俺たちは人間とは違う! 人間の選民思想は群を抜いて酷い。それはメル…お前もよく知ってるだろ?」
「そ、それは…。でも、この子は違う! 私には分かるわ! きっとこの子は、3大人種の垣根を超えられる…そんな奇跡を起こせるはずよッ!」
「奇跡ね…。ふん、どうだかな…。確かに、俺にビビらないところは褒めてやるが、どうなる事やら……」
「……」
「村長として、その子をお前の子として認める事は出来ないッ!」
「……そう」
どうしよう…。この子を抱きしめた時、何か胸の奥が熱くなるような感じがした。あれは母性というものだろうか? …分からない。
だが、私にはこの子が何か…そう、特別な存在だと感じていた。この子を見捨てる事は出来ない。こうなったら、村を出ていくしか……仲間と決別するしか無いのか……。でも母乳も出ないし、エルフである自分が、村の外でこの子を育てられるだろうか?
気がつくと、目から涙が溢れていた。
不安に俯いていると、驚いたガルドスが私の肩を叩き言った。
「あ〜すまん、言い過ぎた。お前の覚悟を試したんだ、すまん。俺が言いたいのはな……お前じゃ心配だって事だ」
「……えっ?」
「子供を育てた事がない婆さんに、子育てができますかって事だ」
「ば…誰がババアですって!?」
「だからよ、その子はお前の子として認められない! その子は、俺たちの子だ! 俺たちで…村で協力して育てていくんだよッ!」
「ガルドス…」
ガルドスの宣言に、村人達は盛り上がった。
「ヒュー! ガルドスさんカッケェ!!」
「確かに、その子にゃウチの山羊が必要だな」
「メル姉だけじゃ、大変だよね!」
「おばさんも、色々教えてあげるよ!」
「おしめの準備とかも、まだなんだろ?」
「み、みんな…ありがとう…」
「メルティーナ…俺たちで起こそうぜ、お前が言う奇跡ってやつをよ!」
「グス…何? わんぱく坊やが、言うようになったじゃない。…でも、ありがとう」
村は新しい住民の誕生に、お祝いムードに包まれた。夜中にもかかわらず、皆酒や燻製肉、チーズを持ち出し、酔った者は羊に抱きついて眠った。
村の女衆から教えてもらい、赤ちゃんのおしめを交換し終わった時、ガルドスが話しかけてきた。
「そういやメル。その子の名前、どうするんだ?」
「実はね、もう決めてあるの…」
「へぇ…何て言う名前なんだ?」
「アルトリウス…昔のエルフの賢者の名前で、『奇跡を起こす者』って意味よ。」
* * *
村に新たな住民が加わってから数日。この子……アルトは順調に育っている。
「さて、そろそろミルクの時間でちゅよ〜♪」
アルトは、村の皆で育てる事になってはいるが、基本的なお世話は私がしている。今日も、日課の授乳をしようと服を脱いで、アルトを抱き寄せる。
…そんな、誰にも見られたくない時に限って、私の部屋の扉が勢いよく開けられた。
「メル! あれから酷かったンゴよ!? 魔物に追い回されるわ、道に迷うわで散々な目に遭ったンゴ!」
「ま、マッシュ……!」
「おりょ? 何してるンゴ?」
「ちょっと、勝手に入らないでよ!」
「…ああ、遺跡で見つけた赤ん坊ンゴね。山羊のミルクを飲むゆうてたけど、そんな風にやらなくても、綿とか布に染み込ませて飲ませれば良くないンゴ?」
「えっ…」
き、気がつかなかった……。なんでそんな事まで頭が回らなかったのだろう。は、恥ずかしい…!
「おい、騒がしいな…。って、何で脱いでるんだメル?」
「そ、それは……」
「ガルニキ、メルは赤ん坊にミルクを飲ませてるンゴよ!」
「ちょっと、マッシュ!? 違う、違うのよガルドス! これは……」
「……メル。長いこと一緒にいるが、お前にそんな趣味があるとは知らなかったぜ。何か、邪魔したな」
「ガルドス! 違う、誤解なの!」
「マッシュ、出て行くぞ。おっかないママが、キレちまうからな」
「ちょ、ワイの立派な笠を掴まないで欲しいンゴォォォ!」
「ま、待って……!」
パタン。と扉が閉まり、部屋の中に静寂が訪れる。そして、私の顔が燃えるように熱くなるのを感じる。鏡を見ると、耳の先まで真っ赤になっていた……。
「オギャア! オギャア!」
「あっ! ごめんなさい、今あげるからね!」
もう諦めよう…。誰が何と言おうと、この子は私が育てて見せる! 羞恥心は捨て去らなくては!
次回の更新は未定です。今後は、先に連載している『終末世界へようこそ』を優先していく予定です。時間が取れましたら、続きを書いていきたいと思います。