1 キラキラネームを馬鹿にするな(警告)
注!:本作品はフィクションです。本作品に、特定の人物を中傷する意図はございませんので、あらかじめご了承下さい。また、登場する企業もモデルはありますが、実在するものではございませんので、あらかじめご了承下さい。
-西暦202X年 東京-
スマホのアラームが鳴り響き、目を覚ます。今日は何日だったか…少なくとも、休みでは無いのは確かだ。ベッドから出ると、その場で伸びをする。
「…ふぁ〜眠い。昨日の夜、動画なんて見るんじゃなかったな……」
俺の名前は、神谷大介。30代独身のサラリーマンだ。
そんな俺の趣味は、スマホで動画を見る事だ。というのも、大学時代の友人が毎日動画を配信しており、これが中々面白いものなので、溜めていた動画を夜中に観てしまう事があるのだ。
そんな日は、毎朝眠い思いをしてしまうが、何度やっても懲りない……。もう癖のようなものかもしれないな。
テレビの電源を入れ、トイレを済まして顔を洗う。その後、テレビを観ながら朝食を食べる。いつも通りの朝だ。
[という訳で、この“オウムアムア”は、観測史上初の恒星間天体になる訳でして……]
[この天体が地球外文明によって意図的に地球近傍へと送り込まれた、完全に機能している探査機である可能性もあると、ハーバード大学の……]
家のテレビは、基本的に衛星放送しか流さない。特に、知的好奇心をくすぐる番組が大好きなので、そういったチャンネルを契約している。ちなみに、全部英語版のオリジナルだ。
今流れているのは、観たことあるな。確か、地球に飛来した隕石か何かが、宇宙人のUFOなんじゃ無いかって科学的に検証する番組だ。こういった番組は、日本じゃ視聴率取れないだろうな……。
そんなことを思いながら、朝食を済ませて歯を磨き、スーツに着替え、家を出る準備をする。
* * *
[…現在、武蔵境駅で発生した人身事故の影響で、中央線は全線で遅れが発生しております。お急ぎのところ、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません]
(……はぁ、またか)
俺のマンションと会社は、中央線沿線にある。その為、乗り換え無しの電車1本で通勤できる。できるのだが、この路線は毎朝のように遅延や運休が発生する。その為、会社が近いからと言っても油断はできないのだ。
だから、俺は余裕を持って通勤するように心がけている。
[まもなく、電車が参ります。危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください]
10分遅れで、電車がやってくる。10分なら、まだマシな方だが、一つ厄介なことがある。それは……
[ただ今、混雑しております! 電車中程まで、詰めてご利用ください!]
[次の電車をご利用下さい!]
そう、日本の風物詩…通勤ラッシュだ。ウイルス騒ぎも終わったというのに、この光景は変わらない……。
この時間、本来ならかなり電車内は余裕があり、運が良ければ座席が空いてることもある。だが、少しでも遅延が発生すると、電車内はすし詰め状態となってしまうのだ。
運良く、俺は座席前に陣取る事が出来たが、案の定車内はギュウギュウだ。こんな状態では、スマホも弄れない……。
だがどうせ数十分の辛抱だ。我慢するか……。
そう思って、何気なく頭上の広告などを眺めるが、全部見た事があるものだった。毎日のように乗っているので、当然か……。
別に興味は無いのに目に入ってくるあたり、広告というものは恐ろしいな。
(んっ?)
ふと目線を下に下げると、座席に座った大学生らしい青年が、某有名科学雑誌を読んでいた。理系の身としては、どうしても興味が湧いてしまう。そして、悪いとは思いつつも、ついついチラ見してしまった。
(『新人類の誕生か?』『ポールシフトは近い? 地磁気反転への危惧』『絶滅動物の再発見ラッシュ』…先月号か、見た事あるな)
残念ながら、俺も見たことがある内容だった。俺は英語版、大学生は日本語版という違いはあれど、記事の内容はそう変わらないはずだ。
そう考えていたら、大学生はカバンに雑誌をしまった。
(やべ…盗み見てたの、気に障ったかな…?)
大学生は、電車が停まると席を立った。どうやら目的地に着いただけらしい。安堵と、席が空いた事に若干の喜びを感じながら、座席に座る。
そして、スマホを手に持ったところで、俺の目の前に高齢のお婆さんが立っているのが目に入った。
「あっ、よかったらどうぞ……」
残念だが、譲るとしよう。どうせ近いしな…。
* * *
「いや〜お忙しい中、神谷さんのお手を煩わせるなんて……本当にありがとうございます!」
「まあ、体調不良なら仕方ないでしょう…。私も、日本支社の採用現場を一度拝見したいと思っていたんですよ」
「そう言っていただけると助かります」
会社に着くなり、人事部の部長に呼び出しを受けた。なんでも、今日行われる会社の採用面接の、面接官の1人が急遽休んでしまったらしい。そこで、俺にピンチヒッターをやってほしいとのことだった。
何故俺なのかというと、俺が本社の社員だからだそうだ。
俺の会社は外資系の企業で、俺は本社のあるアメリカから日本の支社に出向している、本社の社員だ。その為、本来なら支社の人事に関わることはないはずなのだが、面接官を務める事が出来そうな社員が、全員出張や休暇でいない為、急遽俺に白羽の矢が立ったのだ。
本社に問い合わせたところ、問題無いそうで、人事部も俺は居てくれるだけでいいからと言ってノリノリだったので、断るに断れなかったのだ。
「そういえば、今年の日本支社は何人採る予定なんですか? この前、売却とか他企業との合弁化で、そんなに人はいらないって聞きましたが。」
「そうなんですよね。実はここだけの話なんですけどね? 今年は1人も採らない予定なんですよ。」
「えっ!? じゃあ、何で面接なんてするんですか?」
「いやね、募集の条件をかなり厳しめにして、それでも受けてきた人が何名かいるんですよ……。本当なら、それで優秀な人物がいたら、数名採ってもいいって考えてたんですけど……」
「けど?」
人事部長は、書類を出して見せてきた。エントリーシートのようだが……。
「えっと…これ、何て読むんですか?」
そのエントリーシートに書かれていた名前は、読み仮名がめちゃくちゃだったり、当て字だったりする、いわゆるキラキラネームというやつだったのだ。
「そうなんですよ! 最近は、こういう輩が増えてきてましてね……」
「な、何か問題があるんですか?」
「大アリですよッ! 神谷さんは長らくアメリカにいたから、そこら辺分からないかもしれませんが、こういう名前の人にマトモな人は一人もいないと考えて下さい!」
「そ、そんな大袈裟な…!」
「考えてみて下さい…。自分の子供にこんな名前をつける親を……そして、その親の家庭で育っている子供を!! マトモな筈がありませんよッ! 保証しますよ!」
「な、何かあったんですか?」
「去年、書類選考でこういった輩を落としたら、本人と親から鬼の様に電話がかかってきて……着信拒否にしたら、今度は会社まで直接乗り込んで来て……」
「そ、それは…大変でしたね……」
人事部長は、ため息をついて話を続ける。その眼は暗く、闇を含んでいるように感じられる。キラキラネームに親を殺された様な勢いだったが、そんな事があったとは……。
「…今回の選考は、全員が俗に言うキラキラネームというやつでしてね。ですが就活ルールが無くなって久しい今、選考を実施しないというのもあれでして……」
「採用はしない…だか、書類選考で全員落とすと体面が悪い……と。日本は複雑ですね……」
「そうです! ですので今回、神谷さんは特に気にしなくて構いません。我々が話を振るので、それに答えてもらえれば、後は我々が落とします!」
「は、はあ……」
* * *
あの後、面接の待機室とやらで、面接を受けに来た学生達と同じ部屋にいる。今回の面接者は3人……時間が来たら案内しろと言われているが、別に俺がやらなくてもいいのではないか?
それにしても、面接を受けに来た学生達…皆、ちゃんとしているように見えるが、全員落としてしまって本当に良いのだろうか? 中には国立大の学生もいるし、勿体ない気がするが……。
「あの〜?」
「はい、何ですか?」
「面接って、何聞かれました?」
学生の一人が、俺に話しかけてきた。俺が入社する時に、聞かれた事を聞いているのだろうか? 俺の場合は、大学にいた時に書いた論文が、この会社の目に留まったらしく、会社の方からスカウトが来たので、面接はしていないのだが……。
ちなみに、人事部長からは「学生の質問には、正直に答えてあげて下さい。正直に。」と言われている……。答えるしかないか。
「えっと、私は面接はしてないんですよね」
「えっ、なんかズルい。コネって奴ですか? そういう人って本当にいるんですね。俺たちだけ、不公平じゃないんですか?」
…なんか態度悪いな。俺は見た目が若く見えるから、人事部のおじ様方より、学生に近いと思われているのだろう。だが、自分の受ける会社の社員に対して、その態度はマズイだろう。
いくら今のご時世人手不足で、企業が人材確保に努め、学生に甘くなっているとは言え、その態度で採用される企業があるのだろうか? しかも、ちゃんと研究すればウチの会社が外資系で、人手不足とは無縁な上、選考が厳しいのが分かる筈だ。
…人事部長が言っていた事も、今なら分かる気がする。
その後、他の学生も俺に質問してくるようになった。
「年収いくら位貰ってますか?」
「私の手取りで28万$…日本円でだいたい3000万円位です。」
「マジ!? 募集要項より多いジャン。ヤッベェ…!」
「本社に行けますか?」
(今回の選考は支社のだから、募集要項の時点で、本社に出向とか転勤は無いって書いてある筈なんだけど…。あっ、行けるか?って聞いてるのか。)
「行けますよ。(アメリカに旅行ついでに、現地へ行ってみては?)」
「本当ですか! 私、いつかアメリカで働きたいです!」
「面接って何時に終わりますか?」
「さぁ、分かりません」
「この後、他の会社の面接があるのですが…?」
(知りません!)
何なんだコイツら…!? 本当に受かる気があるのか? 日本では、余り知られてないかもしれないが、ウチの会社は世界的に有名な重工業メーカーだぞ?
家庭用電化製品から航空機のエンジン、医療機器、果ては原子炉まで作っている世界でもトップクラスの会社だ。そんな企業に、支社とはいえ就職できる機会なんてそうそうあるもんじゃない。
なのに、何故コイツらは余裕なのだろうか?気になったので、聞いてみた。
「ねぇ、君達…随分と余裕なんだね?」
「えっ? だって、書類通ったんしょ? もう合格じゃん。」
「募集の条件は満たしてるんだし、合格じゃないの?」
「もう、他の会社の内定貰ってるので」
「へ、へぇ……」
この国は、一体どうなっているのだろうか…。
* * *
時間が来たので、学生達を面接が行われる部屋へと案内し、そのまま自分も面接官の席につく。俺が面接官だった事に驚いたのか、学生達は目を丸くしたが、他の面接官の顔を見て、それぞれ緊張しているような面持ちや、余裕のある表情へと戻る。
「はい、じゃあ君。自己紹介して」
「はい! 自分は藤木王子様です!」
うわぁ…こ、これは凄い名前が初っ端から来たな。しかも、これで東大って……世も末かもしれない……。
「キ、キングゥゥ!? いやいやいや、王子様なら“プリンス”じゃないのぉ? ウチ、外資系だよ? 英語できます?」
「何、この名前。こんな名前付けるような親に育てられたんだから、子供もさぞ非常識なんだろうねぇ。非常識な社員を採用するリスクはこっちも避けたいんだよ。君はどう思う? 採用する立場だったらさぁ? ねぇ?」
「えっ……」
…面接官達の、口撃が始まった。今回の面接は、最近では珍しい圧迫面接だと聞いていたが、こちらが採用する気が無い以上、面接を受けに来た彼らは、面接官達のストレス発散に付き合わされることになるだろう……。
「そんな名前で大丈夫? ウチでやっていけるの?」
「も、もちろんです! 自分は東大で……」
「東大……ああ、東大ねぇ……。ちなみに、こちらの本社社員の神谷さんはMIT卒だけど、東大って世界ランキングいくつだったかな? 随分と自慢げにしてるけどさ?」
「「「 えっ…!? 」」」
学生達が、一斉に俺を見る。人事部長め…俺をダシに使う腹づもりだったな!
…そう、俺はあのMIT卒なのだ。短期留学とかではなく、純粋に一から入学して卒業し、学位を取得した。まあ、家庭の事情で海外暮らしが長かったのも影響しているだろうが、人以上に努力した自覚はある。
「それに東大東大言ってるけどね、君は順位いくつなの?」
「えっ?」
「私も東大出身なんだけどね? 東大って言っても、出来る人と出来ない人がいるでしょ? 君はその中で順位どのくらいなの? ちなみに私は学部内次席だったよ?」
「そ、それは……」
「ああ、もういいや。君は帰っていいよ」
人事部長は、王子様君のエントリーシートを彼の足元にクリアファイルごと投げ捨てた。王子様君は、自分のエントリーシートを掴むと、俺達を睨みつけて部屋から出て行った。
…いや、流石にアレはやり過ぎだろう。それだけ、キラキラネームを憎んでいるというのか? 去年、人事部で何があったというのだ……。
王子様君が出て行った後も、面接官達の口撃は続く。
「はい、じゃあ次の君。名前は?」
「は、はい! 佐藤希空です!」
「ノア? 何、大洪水にでも備えてるの?」
「いや〜、キラッキラしてるねぇ!」
「あ、あの! 私はキラキラネームじゃないと思うんですが!」
「あ〜そうだね。うん、そう思うんならそうなんだろうね、貴女の中では」
「いやいやいや、普通の読み方じゃないのに、自分は普通? 寝言は寝て言いましょうよ!」
「次、君の名前は?」
「伊月折雅です……」
「君、男だよね? オルガって、スラブ系の女性名でしょ? 君、女なの?」
「い、いえ……男です……」
「団長? 何やってんだよ? 団長ォ!」
「止まるんじゃねぇぞ……」
「団長ォォォッ!!」
「「 ゲラゲラゲラゲラ!! 」」
「で、希空さんは将来、ウチでどう働きたいのかな?」
「し、将来はアメリカに行って、本社で……」
「アメリカ? 行ける訳ないよ。これ、支社の選考だよ?」
「えっ? でもさっき……」
「ああ、神谷さんは行けるって言ったのかな? そりゃ行けるでしょ? パスポート取って、航空券を買って、現地に着いたらタクシーかな? それで本社を見てくれば? ちなみに、部外者は立ち入り禁止だよ。多分敷地に無断で入ったら、警備員に射殺されるからね」
「そ、そんな……」
「で、団長君はどうなの?」
「人事部長、折雅君ですよ!」
「おっと失礼。折雅君はどう働きたいのかな?」
「じ、自分はジェットエンジンの開発などに関わりたいと……」
「いやいやいや、それ違うとこの仕事だから!」
「日本だと、医療機器とか家電製品かな? それに、うちは日本での本社機能とか、金融関係やってるから、受ける所を間違えてない?」
「そんな……!」
「だいたい、君の大学でジェットエンジンとか研究できたの? 私、聞いたことないけど」
「そ、それは御社に入社してから勉強させていただきたいと……」
「あ〜じゃあさ、モビルスーツでも作れば? 少なくとも、バン○イからは声がかかるんじゃないかな?」
「あ、良いね。そうした方が良いよ、きっと! じゃあ、うちはお役御免だね。大体、“勉強させてもらう”っておかしいよね君? そういうのは大学でやるもの、企業は学んだ事を活かす場でしょ。世界じゃ常識だよ?」
圧迫面接…いや、ただのイジメが続くこと、1時間。面接官達の勢いに俺は付いて行けず、ただ呆然としていた。そして……
「結果は後日、ご自宅に郵送にてお知らせします」
「どうぞ、お帰りください!」
哀れな学生達の目は死んでいた。一方の面接官達の目は輝いていた。
今回、学生達も事前の企業研究が甘い所があったし、エントリーシートも、自信家なのか添削を受けた跡も無いし、書いてることがメチャクチャで良く分からなかった。面接官達も、キラキラネームに良いイメージを持っていなかったことも、災いしただろう。今回は、運が無かったと諦めて欲しい。
…まあ、自分も人事部の人間だったら、彼らは採用しなかっただろうが。
「いやはや、ですが困りましたね。流石に新卒を一人も採用出来ないとなると……。ウチの部署、この間切った人がいまして」
「新卒なんて、その内死語になりますよ。少なくとも、この会社で必要なのは実力ですからね。それから、今度別の会社からヘッドハントした人がそちらの部署に行く予定ですので、よろしくお願いしますよ?」
「おお、さすが人事部長! 即戦力は大歓迎ですよ!」
「これが仕事ですからね。使えなかったら言ってください。神谷さんも、お時間いただきありがとうございました」
「いえ、お役に立てて良かったですよ……。それでは、私は本来の仕事に戻りますね」
面接官達と別れ、逃げるように自分のオフィスへと帰る。
確かに、面接官達の言う事は間違っていない。少なくとも外資系の企業の場合、実力がモノを言う事が多い。新卒だからと言って、甘やかされる事は無い。一年目からノルマを課せられ、達成出来なかったら即クビになる所もあるらしい。
だが、面接を落とされた彼らの死んだ目を思い出すと、罪悪感のようなものを感じてしまうのだった……。
* * *
その日の仕事を終えて、退社する。そして、会社を出て駅前の交差点で信号を待つ。
信号が青になり、駅へと歩き出した次の瞬間、突如赤信号を無視して、停止線を超えて1台のハイブリッドカーが突っ込んできた。しかも、俺に向かって!
(はぁ!? と、止まれぇぇッ!!)
周りからは悲鳴が上がる。
俺の想いが通じたのか、車は俺に触れるか触れないかの所で急停止した。車には高齢者マーク……最近流行りの高齢ドライバーというやつだ。周りでは、スマホで動画を撮る人などがいる中、車の窓が開き、中から怒ったお爺さんが顔を出した。
「コラァ! 邪魔や、どかんかいッ!!」
おいおい、謝るかと思ったらこれかよ……。
「いやいや、お爺ちゃん。今、赤信号ですよ?」
「そうだそうだ!」
「免許返納しろ〜!」
「くたばれ、老害ドライバーッ!」
「上級国民気取りかよ、おい!」
「お前らに年金払ってる、俺達を殺す気か!!」
優しく、お爺さんに信号が赤だと伝えようとしたら、周りが便乗して、高齢ドライバー叩きの集団と化した。最近、日本では高齢ドライバーの事故が多発して、高齢者の運転免許強制剥奪法案の成立を目指すデモ活動が、盛んに行われている。
ここで、そんなのに巻き込まれたらたまらない。そんな心配をする中、笛を吹いて警官が二人駆けつけてきた。これで、事態は収まるはずだ。
「はーい、皆さん。大丈夫ですか?」
「はい、お爺さん免許証出して〜」
お爺さんは、抵抗しているようだが、信号無視の現行犯だった上、警察にもバッチリ見られていたようなので、言い逃れはできなさそうだ。
それにしても、轢かれなくて良かった。そんな事を思いながら、駅へと歩き出す。
* * *
駅のホームで、帰りの電車を待ちながらSNSを確認すると、先程の信号無視のドライバーが警官に取り抑えられている動画が上がっていた。どうも、あの後逆上して警官に手をあげたらしい…。
(全く、世も末だな……)
[間も無く、2番線を列車が通過します。危ないですので、黄色い線の内側までお下がり下さい]
この時間だと、特急かな? 中央線は、長野、山梨、東京、千葉を結ぶ特急列車がある。その為、よくこうして特急が通過することがあるのだ。
駅の放送を聞き流しながらスマホを見ていると、突如後頭部に物凄い衝撃が走った。余りの衝撃に視界が歪み、地面に倒れこんでしまう。……不思議と痛みは感じないが、視界は歪んだままだ。
何かの病気か? こんなので中央線を遅らせたら、首都圏の帰宅の足に影響が……とか考えていたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「どいつもこいつもオレをバカにしてぇッ!!」
周りから悲鳴があがるのが聞こえる。歪んだ視界には、先程の面接で最初に出て行った、王子様君が映っていた。その手には、バールが握られている。
「き、きん…ぐ…君…!?」
「せっかく、履歴書に東大って書いたら書類通ったのにッ! テメェのせいで、全部メチャクチャだ! 何だよMITって!? 聞いた事ねぇよ!!」
なんと王子様君は、経歴を詐称していたらしい。これは採用しなくて正解だ。だいたい、そういう事するなら人事部の奴らにやれよ! 俺、面接で何も言ってないだろうがッ!?
「死ねェ!!」
王子様君は、俺の身体に何度かバールを叩きつけると、俺を線路へと引きずり落とした。
──プァァァァンッ!!
歪んだ視界の中、王子様君が周りの人に取り抑えられる光景と、特急列車のホーンの音を感じた。最期の瞬間が迫る中、俺は思った。
キラキラネームを馬鹿にしちゃダメだ。だってアイツら何するか分からないもん。人事部長の言う通り、碌な人間じゃ無い!
ドンッ!という大きな衝撃と共に、俺の意識は深い闇の中へと落ちていった……。