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1I/2017 U1  作者: ウムラウト
第1章 転生
3/6

0 プロローグ

──ガァ、ガァ……


 雲一つない青い空に、(カラス)が数羽…羽ばたくことなく、翼を広げたまま上昇気流を巧みに捉えて、空で輪を描いている。

 一見、平和そうな空模様ではあるが、地上では地獄が広がろうとしていた……。


 青空の下に広がる草原には、鎧を着て、剣や槍などで武装した集団が隊列を組んで、草原の向こうに(そび)える城壁に対峙していた。

 対する城壁の内側でも、戦闘の準備が行われ、緊張が走っていた。草原の武装集団は、大きな(ワシ)のような鳥が描かれた旗を掲げ、対する城壁側は、ドラゴンと思しき生物が描かれた旗をそれぞれ掲げている。


「放てェェェッ!!」


 緊張で静まり返る中、全身に鎧を着こんだ指揮官の号令と共に、ぐわんと投石機(カタパルト)の腕が回り、火のついた藁の塊や、重たい石の塊が城壁に向かって飛ばされていく。飛ばされた石は、弧を描く様に飛んで行くと、城壁に命中し、壁の一部が崩れ落ちる。 

 さらに、隊列を組んだ弓兵達が立ちはだかる城壁に向かって一斉に矢を放ち、放たれた矢の雨により城壁上の兵士が倒れていく。


「怯むなぁ! 撃ち返せッ!!」


 城壁側も黙っているわけではなく、準備していた大砲やバリスタ、弓矢で反撃し、城壁に取り付こうと突撃して来た歩兵達を屠っていく。


 

 戦争。地球で言えば、近世前後のヨーロッパで見られたであろう戦争風景…だが、そんな中で地球とは明らかに異なる点があった。


 お互いの攻撃と反撃の応酬の中、攻撃側からローブを着た男が一人、隊列の前に出て杖を構える。そして、何かを唱えたかと思ったその時、杖の先から火球が飛び出していき、城壁へと飛んでいく。城壁にぶつかった火球は、その場で爆発を起こし、数名の兵士を吹き飛ばした。

 ……そう、地球では見る事の出来ない“魔法”という現象が、この世界にはあるのだ。


「クソッ…魔導士だ! 魔導士を狙えッ!! 矢の雨を浴びせてやるんだッ!!」


 城壁から、ローブを着た男に向かって、矢の雨が飛んで来る。だが、彼は動じることなく、天に向かって魔法を展開する。すると、彼に迫ってきていた矢が、何かに逸らされたように軌道を変え、周りへと落ちていく。

 その様子に、ローブを着た兵士は笑みを浮かべ、上機嫌になる。


「ふふふ…これぞ、我らの奇跡! 矢などという無粋な物で、この私を傷つけることはできないのだッ!」

「ば、馬鹿者ぉ! 他の兵に矢が当たっておるだろうがッ!! 何とかせんかぁ!」

「ふんッ! 雑兵がいくら死のうが、私には関係ありませんなぁ!」

「何だと!? なら、さっさとあの城壁を何とかせいッ! 何の為に貴様を雇っていると思っている!」


 魔導士が自分に降り注ぐ矢の軌道を逸らしたせいで、あらぬところに矢が飛んでいき、後方の射程圏外の兵士が何名か命を散らす羽目になった。そのせいで、魔導士と指揮官が口論を始めてしまう。

 ……だが、城壁側も黙って見ているほど愚かではなかった。


「バリスタ用意! 放てぇ!!」


 ブォン!という音と共に、長く重たい槍のような矢が放たれる。


「なっ!」


 完全に油断していた魔導士めがけて、バリスタの矢が飛んで来る。驚いた魔術師は再び魔法を展開して、バリスタの矢の軌道を逸らそうとするも、バリスタは魔法の防御を突破し、魔導士の身体を貫いて、その身体を吹き飛ばした。

 とっさの事で上手くいかなかったのか、バリスタの弾速が速く重たい為に上手くいかなかったか、はたまた両方だったのか。魔導士は当然死亡し、吹き飛んだ死体に兵士たちが動揺する。


「くそう! この戦のために、わざわざ大金を積んだというのにッ!! ええい、者ども! 突撃だ、突撃ィ!!」


 魔導士を失った指揮官は、兵たちに突撃を指示する。角笛が吹かれ、軍楽隊の太鼓が音を鳴らす。その号令の元、兵士たちは突撃していく。馬に乗った騎兵が草原を駆け、城壁を超えるための長い梯子を抱えた兵士たちが城壁に向けて群がり、城門をこじ開けるための破城槌が兵士たちに押されて前進を始める。

 城壁側も城壁から熱した油をたらしたり、石や木材を落とし、矢を浴びせかけ、架けられた梯子を蹴り倒したりして抵抗する。


 その様子を、草原の少し離れた丘の上から眺める奇妙な集団がいた。


「ガハハハ! 何だありゃ、やぶれかぶれか!?」

「だけど、結果的には上手くいってるみたいだ。敵も防御で手いっぱいみたいだし、このまま門を破れれば、こっちの勝ちかな」

「私たちは動かないでいいの? アルト?」

「う~ん。待機を命じられたけど、最低限は働かないと……。後で何言われるか分からないし」

「よっし、決まりだな! 俺はあっちに混ざってくるわ! ガハハハッ!!」

「あ、ちょっとガルドス! もう、この脳筋ッ!!」

「いいよ、メル。あっちはガルドスに任せて、俺達は裏門に回ろう。……予想が正しければ、きっと出てくるはずだよ。マッシュもいい?」

「ワイに任せるンゴ!」


 アルトと呼ばれた若い青年の他に、赤黒い肌を持ち額から二本の短い角を生やしたガルドスと呼ばれた大男、メルと呼ばれた長く尖った耳を持つ女性に、マッシュと呼ばれた身長140cm程の巨大なキノコの様な謎の生物といった、アルト以外いわゆる人外という、異様な集団であった。


 ガルドスは背中に、少し反り返った巨大な牛刀包丁の様な大剣を背負うと、激戦が繰り広げられている城門前へと走っていった。

 そして、残る3人は攻撃している城壁の裏側へと回り込むのだった……。



 * * *



 しばらく戦況膠着していたが、攻撃側の破城槌が城門に到着し、門をノックし始める。


 そして、数十回のノックの末に、バキバキと門が破壊され、兵士達が我先にと門の中へとなだれ込んで行く。だが別に、兵士達は武勲をたてようなどと考えているわけではない。彼らの目的は、略奪であった。

 地球の歴史でも、戦争で軍隊が略奪を行うことはよくある事だった。歩兵にとっては、略奪は貴重な補給源であり収入源だったとも言われている。この世界でも、同じような事が起きているようだ。


「よっしゃ! お先ぃ!!」

「お、待てやコラ!」


──ズバシュッ! コロコロ…。


「へ…ひぃッ!」


 城門を守る敵の兵士を突破して、街の中へ一番乗りしようと調子づいた兵士の首が飛ばされ、攻撃側の兵達の足元に転がってくる。

 攻撃側の兵士達の眼前では、騎士風の甲冑を纏った男が、ハルバートを振り回して次々と味方を屠っている光景が展開されていた。


「ふん。城門を突破するくらいですから期待しましたが、口ほどにもない。ほら、どうしたのです!? かかって来なさいッ!」

「ラ…ライデルだ!」

「ライデルってあの……“疾風の騎士ライデル”か!?」

「な、何でここにいるんだよ!?」


 敵は有名な者らしく、兵達がたじろぐ。


「ええい! 何をしているッ!! 討ち取って名を挙げるのだ! いけぇッ!!」


 やっとの事で、門をくぐって来た指揮官が、兵士達を鼓舞するが、兵達は動かない。


「お、お前行けよ!」

「じ、冗談じゃねえ!」

「ふっふっふ…兵達よ! 北の連中は腰抜けだぞッ! このまま、敵の本拠地ロムンまで押し返してやれ!!」

「「「「 ウォォォッ!! 」」」」

「くそッ…情けない奴らめ……!!」


 指揮官が自分の兵達の腑抜けさに苛立ち、敵が反攻に出ようとしたその時、一人の大男がゆっくりと前に出た。


「ぬっ!? 何だ貴様は?」

「ガルドスッ!? 前に出るなと釘を刺しておいただろう!?」

「はっ、それがこのザマか? 北帝国さんは、随分と腰抜けなんだな? ヒョロガリ相手に手も足も出ないとは…。」

「なっ、この私…疾風の騎士ライデルをヒョロガリだとォ!?」

「ぬぐぐ……ふんっ! なら、ガルドス! 貴様なら奴を討ち取れるのだろうな!?」

「あたぼうよ! あんな雑魚、一瞬だぜ?」


 ガルドスの登場に、敵も味方も騒然となる。


「魔人? 何でここに……?」

「あの角に体格……鬼人族か?」

「ガルドスって…どっかで聞いた事があるな……?」

「あいつ…魔人風情がライデル様を……!!」

「よくも、ライデル様を侮辱したな!」


 ガルドスは、味方の兵士達を押しのけて前に出て、ライデルと対峙し、周りの兵士達も円陣を組んで、勝負を見守る。

 戦場とは奇妙なもので、強者同士の一騎討ちになると兵達は戦いをやめて、勝負の行方を見守る伝統があった。


「貴様、私を雑魚呼ばわりとは……覚悟は出来てるんだろうなッ!?」

「はっ! 雑魚に雑魚って言って、何が悪い。だいたい、どんな魔石を使ってるかは知らねぇが、制御がなってない。まだまだだな」

「うるさい! 講釈垂れる暇があったら、さっさと構えたらどうだ!」

「はいはい……」


 ガルドスは、背負った大剣を構える。反り返った巨大な包丁のような刀身には、血糊が滴っており、ここに来るまでに自軍の兵士が何人も犠牲になっていることが伺える。


「ん…? そ、その剣は……まさか!? 神竜戦争の英雄、“神竜狩り”のガルドスか!?」

「お、よく知ってるじゃねえか。じゃあ、お互い自己紹介も済んだことだし、さっさとおっぱじめようぜ!!」


 静かになっていた兵士達だったが、ライデルの発言にざわつき始める。


「思い出した、“神竜狩り”! 奴はガルドスだ、間違いない!」

「それってあの、極光竜アヴレールの首を刎ねたっていう……!」

「そうだ、あのガルドスだ!」

「でも神竜戦争って、俺らの爺さん達の時代だろ?」

「ばーか、魔人は俺たち人間と違って長生きなんだよ!」


 ライデルは若干焦りながら、自分に言い聞かせるように叫ぶ。


「え、ええい! どうせ偽物か、昔の英雄の真似をして目立とうとしているだけだ! このライデルの相手では無いわッ!!」

「ふわぁ〜あ……なあ、まだやらないのか?」

「こんのぉ! 馬鹿にするなぁ!!」


 ライデルは、頭上でハルバートをクルクルと回した後、ビシッと構えを取る。


「疾風の騎士ライデル、推して参るッ!!」

「あ〜、そういうのいいからさ。さっさとしてくれないか? そろそろ飽きてきたぞ?」

「ッ! らぁッ!!」


 ライデルは疾風の異名を持つ通り、目にも止まらぬ早さでガルドスの胴体目掛けて、ハルバートの斧刃を振り抜いた。……だが。


「なっ!? いない?」

「おっせ〜な、疾風が聞いて呆れるぜ……」

「う、後ろだとッ!?」

「おら、風になって来いやぁッ!!」

「なっ、うォォォッ!!」


 いつのまにかガルドスは、ライデルの背後に立っていた。そして、ライデルの鎧を掴むと、天高く放り投げたのだ。

 突然の事に驚くライデルであったが、空中で姿勢を整えて眼下を見る。すると、ガルドスが大剣を構えて、自分が落ちてくるのを待ち構えているように見えた。


「くそッ! やらせはせんぞぉ!!」


 落下していくライデルは、ハルバートの柄でガルドスの剣を防ごうと構えを取る。そして落下していき…そこで、ライデルの命は散った。


 ガルドスは、落下してきたライデルをハルバートと鎧ごと、一撃で真っ二つにしたのだ。断末魔を上げる事なく、ライデルは即死。そして、空中で飛び散った生暖かい血液が周りに降り注ぐ。

 暫しの静寂の後、地面に転がるライデルの亡骸に、敵の兵士達には動揺がはしり、味方からは歓声が上がる。


「ああっ、ライデル様が…!」

「そんな…そんな馬鹿な…!?」

「スッゲェ、今の見たかよ! 本当に一瞬だったぜ?」

「流石は、神竜戦争の英雄! 後で自慢できるぞ!」

「貴様ら、何をボサッとしている! ライデルは討ち取ったのだ、残る敵を殲滅せんかッ!!」


 指揮官の声に、味方は侵攻を再開し、敵は抵抗したり敗走していく。


「あ〜あ、ハズレだ。これなら、アルト達に付いてった方が良かったかな?」


 そんな中、ガルドスは一人空を見上げながら、独り言を呟くのだった。



 * * *



「領主様、もう少しです!」

「くそッ、北帝国の連中め…! この借りは、いつか必ず返させて貰うぞッ!!」


 護衛の騎兵数名に守られた馬車が、街の裏門へと駆けていく。敵は正門を正面突破してきており、今なら裏門からなら逃げ出す事が出来そうだった。

 だが、門に付くなり雲行きが怪しくなる。


「開門だ! 開門せよッ!!」


 先頭を走る騎兵が、門に向け声を上げるが、門が開かれることは無かった。


「何かがおかしい……。総員、防御態勢を……がッ!」

「た、隊長ッ!?」


 先頭を走っていた騎兵……どうも隊長だったようだが、突如飛んできた矢が、兜の隙間に直撃し馬から落ちた。即死だったようだ。


「さすが、メル! あとは俺がやるよ!」

「はいはい……全く、誰に似たのかしら? 頑張ってね、アルト!」


 城門の上に、メルと呼ばれた女性と、アルトと呼ばれた青年が立っていた。アルトは、門から飛び降りると、騎兵達の前に立つ。


「エルフの女に……子供? お前達、一体何のつもりだッ!?」

「その馬車、領主が乗ってるんだろ? 流石に逃す訳にはいかないよ」

「貴様ッ! 若造だからとて、許される事ではないぞ! お前達、行けッ!!」


 アルトに向けて、ロングソードを構えた騎馬が2体、突っ込んで行く。アルトは、背中に背負った剣を抜いて、先程のガルドスを彷彿とさせる構えで、突撃してくる騎兵を迎え撃った。

 初めに先頭の騎兵が斬りかかった剣をいなすと、そのまま胴体を斬り伏せ、続くもう一人の騎兵の腕を、握っていた剣ごと斬り飛ばした。


「なっ!? ガハッ!!」

「ぎゃーッ!! う、腕が…! 俺の腕ガァ!!」


 腕を切り飛ばされた騎兵が、腕を失った痛みと衝撃でバランスを崩し、落馬して地面に転がる。その様子に、騎兵達はアルトが只者ではないことを悟る。


「く…気をつけろ! ただのガキじゃないぞッ!! クロスボウだ、撃てッ!!」


 騎兵達は、馬に積んであったクロスボウを構えると、アルトに向けて一斉にボルトを発射する。だが、ボルトはアルトに迫る直前に弾かれ、カランコロンと地面に落下した。


「な、何ィ!? まさかこのガキ、魔導士なのかッ!?」

「そっちが飛び道具使うなら、こっちも容赦なく使わせてもらう」


 アルトはそう呟くと、騎兵達に向けて片手をかざす。すると、アルトの目の前にガラスの破片のようなものが空中で生み出されていく。

 それは空中で成長していき、次第にナイフの刃のような形状に成長した。さながら氷の短剣だ。


「飛んでけッ!」


 アルトがそう言うと、氷の短剣が騎兵達に飛んで行き、次々とその命を奪っていく。そして、護衛が全滅し、御者が逃げ出した馬車だけが取り残された。


「……マッシュ、そっちはどうだった?」


 静まり返った馬車に向けて、アルトが声をかけると、馬車の扉が開かれ、巨大なキノコが飛び出してきた。


「はえ〜驚いたンゴ! アルトも強くなったんやな〜、感慨深いやで……。あ、領主のおっさんならそこで伸びてるンゴ!」

「よし、終わったな……」


 アルトは、城壁内の街を見つめる。煙が上がり、あちこちから剣戟の音や、悲鳴が聞こえてくる。


「……くだらない。はぁ、もう帰りたいな」

「何か言った、アルト?」

「ああ、何でもないよメル。それより、ガルドスと合流しよう。ほっとくと、一人で大暴れしそうだし」

「そうね、行きましょうか」

「ま、待つンゴよ! このおっさん重いンゴッ! 少しは手伝って欲しいンゴォォォッ!」


 この日、エウレカ大陸東部を支配するサンドーラ神聖帝国の内戦が勃発した。前皇帝の皇太子と、皇弟による皇位継承を巡り、帝国は南北に分裂していたが、北帝国が前線の城塞都市ナタラを急襲し、占拠した。

 これを機に、エウレカ大陸東部は戦乱の渦に巻き込まれていく。後に、“継承戦争”と呼ばれる戦争の幕開けであった……。

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[良い点] 転生じゃないファンタジーですね。転生が嫌なわけじゃないですが、食傷気味なんですかね、最近は現地人主人公の話が好きなので、楽しみです。 活動報告見ましたが、確かにこの量の設定を埋没させるの…
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