4.ポーター
PBEサーバーログイン待ち26時間とかどうなってるんですか?チェスしたくても出来ない
「探索者のパーティの斡旋ですか? なんでまたそんな趣旨変えを」
馴染んできた職員が訝しげにリオンを見ながらそう漏らした。
職員の名はフィオナ。リオンが何度かお世話になった神経質そうな顔をした若い受付嬢だ。
「いえ、私の戦い方はおかしいと知り合いに言われまして」
「それで他のパーティに潜り込もうと? そういうのって歓迎されない所か、忌避される部類の行為ですよ。臨時とはいえ他グループを調べるために同行するってことですから。それに知り合いってロイ君でしょう? 私からみれば程度の差はあれ二人とも常識からは大分外れてますけど」
「あはは、すみません」
「形だけの謝罪はいらないので、リオンさんは一人でダンジョンに泊まるのを辞めてください。一般的にダンジョンに泊まりで挑むのは小・中迷宮を攻略する時か、大迷宮の中層以上で狩りをする場合のみです。それもソロではなくパーティや数十人規模のクランでの遠征時だけで、怪物が闊歩する魔境で見張りもなしに寝るのは自殺行為です」
「……はい」
「はい、ではないんですよ? ロイ君もそうですが、貴方も私が何度言っても」
「そのことも含めて、フィオナさんが思う一般的な探索というものを知りたいんですよ」
まだまだ続きそうだった小言を途中で遮る。
自分のことを心配して注意してくれているのは十分理解しているので申し訳なく思うのだが、リオンはこのスタイルを今のところ変えるつもりはない。
それでも頼むのは自身の知識不足を補うためだ。
田舎から出てきた二人。ロイはノエルというパートナーを見つけたためある程度の知識不足は補える。だがリオンは一人だ。このまま上層にとどまり続けるのなら一人でもいいかもしれないが、流石にそれはない。リオンが剣を握っているのは金を稼ぐためではなく、ただただ剣の道を極めたいからだ。
一人で剣を振るうだけなら山で篭って素振りをするのとなんら変わらない。
「一応聞いときますけどロイ君とはパーティを組まないんですか?」
「今のところ予定はないですね。私が着いていってしまえばロイの成長を妨げることになりますし、お邪魔虫にはなりたくないので」
「はぁ…」
聞き分けのない子供を見るような目でフィオナはため息をついた。そして手元の紙を何回か捲り、なにか考えるようにリオンを一瞥する。
「目的は経験ということなので一度限りの臨時要員ですよね」
「ああ」
「そうなりますと戦闘要員としての参加は難しくなります。最近は探索者間での揉め事や事件が多発していまして、固定パーティ以外での探索はあまり盛んではなくなっています。それにリオンさんの実力に合わせるとパーティの水準も自然と高くなってしまいますから、そうなると多くの方がクランに入っていますね」
クラン、確か探索者の集まりの事を指した言葉だ。
同じ志や思想を持ち、一種の共同体のように行動する集団。クラン単位でホームを持つなど、その団結力は家族以上とも聞く。
「割り込むのは難しいと」
「はい。そもそもリオンさんはまだ名前が売れていませんので戦闘力に対する信用がないんですよね。他の人の場合は新人同士、酒場だとかギルド内で知り合って臨時のパーティを組むのですが、リオンさんはそれを全部無視してダンジョンに篭っていましたから」
言外にお一人様なのは自業自得だと伝えてくる彼女にリオンは小さく呻る。
考えてみれば当たり前のことだ。名前も聞かない、ギルド内でも酒場でも見かけない男を誰が信用して仲間に引き込めるだろうか。ダンジョンという戦場で信用も出来ない相手に背中を任せるなんてことは誰もしないのだ。
「ですがリオンさんが少しだけ条件を飲めばすぐにでも行けますよ」
「条件?」
聞き返せばフィオナはリオンの背後を指差した。
探索者の中にはポーターと呼ばれる役割がある。前線に立ち襲い掛かる怪物たちと戦う探索者たちはその立場上、多くの荷物を持ち運べない。食料、水、薬、予備の武器など外から持ち込むものも多いが、何より怪物から手に入る魔石や素材などがバックパックを圧迫させる。
ポーターなしで潜った場合、持ち運べるものは倒した怪物から取れる本来の量の一割にも満たないだろう。だが、勿体無いからといって探索者が荷物を詰めた状態で戦闘を行うのは自殺行為だ。
荷重は疲労を加速させ、背負ったバックパックが行動を妨げる。それを防ぐために彼らは荷物運び専用のポーターを雇う。
高位探索者にとってみればポーターは探索に欠かせない重要な人員だ。長時間荷物を運べる持久力と筋力、探索に耐えうる精神力と知識、未知のダンジョン時に活躍するマッピング能力。その能力を満たしたものは並みの探索者以上の待遇を受けるが、反面特に能力もなく、探索者から脱落した形でポーターになったものは見下され、蔑まれる事例も多々あるらしい。
フィオナが出した条件がリオンが一時的にポーターになることだった。
前衛の剣士として既存のパーティに加入するのは信用がなければ大変だが、下位探索者パーティのポーターなら信用がなくても需要がある。
その上で紹介されたのが数日前にポーターが負傷して臨時のポーターを探していたアーロンとライラと名乗った男女二人組みのパーティだった。年嵩はリオンと同じぐらいか、聞けば探索者になって一年は経過しているらしい。
「じゃあ、いつも通り大迷宮の上層を周るからリオンは倒したモンスターから素材を剥いでいって」
「わかった」
頷きながらリオンはギルドからレンタルした大き目のバックパックを背負い直す。
パーティのリーダーであるアーロンは快活であり、人と積極的に向かい合うタイプのようだ。獲物はリオンが持っているショートソードよりも大きい剣を使っており、先頭を歩く姿は慣れた雰囲気を感じさせた。
反対にライラの方は寡黙であり、言葉を交わしたのは自己紹介の時ぐらいで、こうしてダンジョンの中を歩いていても会話一つせずに周囲を警戒している。獲物は長さが違う短槍が二本で、そのうち一本はスペアなのか手にはせずに背中に括り付けていた。
「ゴブリンが二匹、ライラ」
「…うん」
子供ほどの体躯の怪物ゴブリンは下品な笑い声を上げながらこちらに向かってくる。それに対しライラは持っていた短槍を投擲し、後ろにいた一匹を初撃で屠った。
「おらっ!」
それを見る前にアーロンは駆け出しゴブリンの眼前まで来るとその顎を勢いよく蹴り上げた。体躯によるリーチ差とは酷いもので、子供と大人ほどの大きさの差では子供が剣を持っていたとしても、足の方がよほど速い。空中に投げ出されることになったゴブリンはそのまま地面に叩きつけられ二の足で首を圧し折られる。
「慣れていますね」
ゴブリンの死骸から魔石を取り出しつつリオンは呟いた。彼らの動きは定石のようにきっちりとしている。相手が行動する前に終わらせようとした動きだった。
「流石に一年も一緒に戦っているとね。ゴブリンは小さいから真面目に打ち合うと面倒だし」
「……前に囲まれて酷い目にあったから」
「だね、それからはなるべく一撃で、あいつらが仲間を呼ぶ前に終わらせようってことになったんだ」
そう言って彼らは歩き出す。
血の匂いや喧騒は怪物を招き寄せる。一度や二度の戦闘なら大丈夫だが、足を止めればそれだけ敵は増える。危険な戦闘は避けるというのが彼らの基本方針のようだ。
「リオンは普段一人で潜っているんだっけ」
「ええ、そうですね。誰かと潜るのは今回が初めてです」
「へぇ、それじゃあいつもはどうやって戦っているんだい? 外ならまだしも、こんなダンジョンで一人なんて心細いだろ」
「どうやってと言われても剣で斬って」
「……一人じゃ囲まれた時はどうするの? 少しでも手間取れば集まってくるでしょ」
「囲まれたら目の前にいる奴から順に斬っていけばいいじゃないですか。外では集まってきませんけど、ここじゃあ待っていれば向こうからわざわざ来てくれるので楽でいいですよね」
リオンの発言に二人は顔を合わせて引き攣らせた。
「…職員さんに聞いてはいたけど相当ヤバイ」
「中層に潜っている人がたまに上層で似たようなことをやってるらしいけど、終わりがなくて気が狂いそうになるって聞いたぞ」
「普通の探索を教えるって意味がやっと分かった」
呆れた顔のライラに、リオンは少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「いつもは喋らないライラの口が軽くなるのも分かるが先に進もう。…この常識知らずな剣士様に普通って奴を教え込まなきゃいけないからね」
「よろしく頼みます」
わざとらしく笑みを浮かべながら場を仕切るアーロンに、リオンは苦笑しながら頷いた。
自分が剣を握れないこと以外はリオンとしてはこの二人に不満は一切ない。何度か倒しきれなかった敵が二人の間をすり抜けてリオンの下まで来たこともあったが、それも囮になって避けていればすぐにライラが後ろから倒してくれる。
また彼らの知識量は多く素材の綺麗な剥ぎ方やダンジョンについての知識を得ることも出来た。
いい経験だ。これらの知識は今後の人生の中でリオンを助けてくれるだろう。
それでもと、リオンは心中で呟く。
彼らのような探索は今後もしないだろう。力のあるアーロンが前衛を張り、相手のガードが崩れたところで、中衛のラウラが隙を突く。安全マージンを最大限取り、危険な賭けをしないその戦い方は実に堅実だ。
怪我をせずに金を稼ぐには実に効率的な狩りだ。
そのことが悪いとはリオンも思っていない。生きていくには金が必要だし、怪我もする必要がないのならそれに越したことはない。
それでもと、リオンは思うのだ。
彼らには危険がない。彼らには冒険がない。彼らには己の武を高める意思がない。
そもそも命が惜しいのならダンジョンなんかに潜らなければいいのだ。農村に行って畑を耕す方が怪我はしないはずだ。それが嫌ならこの都市で探索者相手に商売をすればいい、それこそ通りには屋台が軒を連なれているし、彼らは大食漢ばかりな探索者相手に相当稼いでいるはずだ。
そっとリオンは剣の柄を触る。
自分がダンジョン潜る目的はなんだ。剣を掴んだのは何故だ。
「……私は―――」
「待って!! 前から何か来るっ!」
ライラの声にはっと正気に戻る。
既に二人は正面を睨みつけており、ライラは耳を澄ませるように目を閉じている。
「敵は」
「……多い、誰か追われている?」
「それ、は……」
地響きがした。それと合わせてどこか聞き覚えのある声が前方から聞こえる。
アーロンが息を呑む。地響きが足音に、声が叫び声に変わる。
「クソッ! どっかのアホがモンスターハウスを引き当てやがったっ、こっちに向かってくるぞ!!」
「このままだと巻き込まれる、アーロン」
「ああ、さっさと逃げよう」
「―――いや、もう遅いよ」
逃げようと振り返ったアーロンが顔を青褪めた。
騒ぎを聞きつけたのか、後ろからはゴブリンが数匹顔を覗かせている。既にこれなら逃げたところで出迎えるのはモンスターだ。それに前方には必死に逃げている二人の探索者とその後ろを追いかけるモンスターの大群の姿が見えた。
リオンは徐にバックパックを下して、筋肉を解すように肩を動かす。やっとこちらを視認したのか、先頭を走っていた一人がパッと顔を輝かせた。
「やあロイ、モンスターにもモテるなんて流石色男ですね」
「リオン!! 馬鹿な話なんてしていないで速く逃げて――」
ロイの言葉も続かなかった。きっとリオンの背後で必死に戦っている二人の姿が見えたのだろう。
高揚しつつある心臓を押さえながらリオンは剣を引き抜く。
「ここから先はモンスターの壁で行き止まりです。ほら、二人ともモンスターを引き連れた責任を果たす時間ですよ」
「む、無理ですよ。リオンさん!」
「そんな息も絶え絶えの状態でノエルさんが逃げ切れるなら私もいいのですが、それが出来ないなら選択肢はないですよ? それとも一か八かでそこから飛び降りてみますか? 運がよければ骨折で済みますよ」
リオンたちが今いるのは渓谷にかかった橋のような場所だ。幅は広く戦うのに不都合はないが、もし落ちれば次の橋か中層まで一直線だろう。
そう言い放てば、真っ暗な下を思い出したのかノエルは震え上がった。
「もうっ、リオンはこんな時に意地悪なことを言わないでよ!」
「ははっ、すみません。アーロン、ライラ! ふたりはこちらのことを気にせずに背後の敵にだけ集中してください。ノエルは私たちが打ち漏らしたやつが二人のところに行かないようにしてくれるだけでいいので」
「わかったっ!」
「は、はい」
「僕は?」
返事が返ってきたことに頷きつつ、馬鹿なことを言うロイを一瞥もせずにリオンは敵に向かって進む。
「寝ぼけたこと言ってないで、ロイは私の横に決まっているでしょう。この原因を作ったのは君なんだから馬車馬のように働いてください」
「…いいけど、文句はモンスターハウスなんか用意したダンジョンに言ってほしいよ」
いじけたように呟いたロイはそれでもしっかりと剣を抜き放ちリオンの横を歩く。
故郷にいた頃には想像もしなかった光景にリオンの口は自然と笑っていた。
幸い場所は広い。
通路で四方八方囲まれることもなく、先頭に立っている敵を順番に斬り殺していけばいいのだ。どうしようもなければ谷底に蹴り落とせば止めを刺さなくてもいい。
それに先ほどまで獲物が目の前にいても戦えなかったのだ。散々我慢させられて良い加減欲求不満すぎてどうにかなるところだった。
「さ、私も弟分に情けないとこを見せなくないので張り切りますか」
リオンは飛びかかってきたゴブリンに向けて剣を一閃した。




