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2.ロイとノエル



 ダンジョンから這い出たリオンがまず初めに向かったのは、ダンジョンを潜る探索者を統括する組織である探索者ギルドの建物だった。

 もっとも、リオンが先程まで潜っていたダンジョンは、迷宮都市ガランディアに存在する無数のダンジョンの中で最大級のものだ。だからこそ迷宮都市の顔にもなっている大迷宮の目の前に探索者ギルドは建っていた。

 建物内は多くの探索者の姿で賑わっていた。ギルド内には飲食物を売る店や探索に必要な消耗品や専門品を売る店などがあり、奥は訓練場になっていることから、暇を持て余した探索者が屯っているのが一因だろう。

 幸い受付はそこまで混んでいないようで、リオンはそう待たずに済んだ。


「ダンジョン探索お疲れ様です。精算ですよね」

「ええ」


 華やかな顔をした女性職員にリオンはバックパックから取り出した袋を並べていく。

 小粒の魔石が入ったパンパンに膨らんだ袋。ラミアなどの比較的大物だと思われる怪物たちの魔石が入った袋。換金素材が雑多に詰め込まれた袋がいくつも。次々と並べられる袋に笑っていた職員の表情が固まった。


「これで全部ですね」


 最後に探索者の情報が載ったカードをカウンターに置いた。


「……多いですね。リオンさんは確か一人での探索と申請されていましたよね」

「ええ、そうですよ。一週間ほど篭っていたので溜まってしまいまして」

「はぁ…、一週間、一人で、新人が……?」

「はい」


 充実した一週間でした、とリオンが呟けば職員は異常者を見たような顔をした。


「これ、ラミアの牙ですよね? うわっ、ミノタウロスの角もあるじゃないですか!?」

「大迷宮の上層で運良く遭遇できまして」

「上層で? そんなこと稀なんですけど、良く生きて帰って来れましたね」

「運が良かったんですね、きっと」


 そう返せば、職員は乾いた笑い声を上げた。


「つかぬ事をお聞きしますがラミアの毒腺と瞳は確保していませんか? 勿論牙も皮も貴重ですが、それ以上に毒腺と瞳は使い道が多いので」

「すみません。何分私一人でしたので」

「……そう、ですか。次があれば意識してくださると助かります」


 残念そうに話した職員は小さく息をついた後に、カウンターに置いてあった袋を全てトレーに乗せると後ろで走り回っていた別の職員に渡した。


「査定にお時間がかかりますのでお待ちください」


 ギルドの職員の仕事は速くて正確だ。然程待つこともないだろう。リオンは職員に向かって頷くと、カウンターを離れた。




 ◇


「あっ、リオンだ!!」


 一週間の成果によって懐が暖かくなってご機嫌なリオンの名を呼ぶ声が聞こえた。

 声がした方向を見ればこちらに向かって手を振る小柄な少年とその後ろで佇む犬人族(ワードッグ)の少女がいた。


「おや、ロイじゃないですか」

「久しぶり! ここで会うなんてすごい偶然だよ!」

「一週間会わなかっただけで久しぶりは言い過ぎですよ。私たちは共に探索者なのですからギルドで会うこともあるでしょう」


 リオンを見つけて駆け寄ってくる姿はまさに子犬だ。

 後ろを追いかけてきた犬人族(ワードッグ)の少女と比べてもどちらが犬に近いのか分からなくなるほどのテンションの高さにリオンも笑みが零れた。

 リオンの視線に気付いたのか、少女は目線を合わせると小さく目礼した。


「それで? 後ろの御嬢さんを私に紹介はしてくれるのかな」

「あっ、そうだった。彼女は僕とパーティを組んでくれたノエルだよ。五日前から組んで、もう何回かダンジョンには一緒に潜ったんだ」

「どうもノエルといいます。リオンさんのお話はロイから何度も聞きました」

「それじゃあ改めてリオンです。ロイがなんて話しているのか想像は出来るけど、話半分で聞き流してくれると助かるよ」


 それを聞いて膨れるロイを見て、ノエルは小さく笑った。

 その反応にリオンは小さく微笑んだ。


「それにしても早速彼女を作るなんてロイはやりますね。私なんてまだそんな人さえ見つからないというのに」

「な、ななな…!?」

「おや、まだ彼女ではなかったのですか?」


 彼女という単語に、ぼっと分かりやすく赤くなったのはロイだけだったが、ノエルのほうも微かに赤くなっていた。

 その反応におや?と首を傾げる。どうやらこの若人たちはまんざらでもないらしい。


「もう、リオンはそうやっていつも茶化すんだから!! そもそもここに来て二週間しか経ってないのにその殆どをダンジョンの中で過ごしているんだからリオンの交友関係が広がるはずないじゃん。そんな生活していれば一生結婚なんて出来ないよ」

「ははは、痛いところを突かれましたね」

「そんなに潜っているんですか?」

「どうでしょう。私としては無理も無く余裕を持っているつもりなんですけど」

「違うよ、ノエル。リオンは昔から暇さえあれば倒れるまで剣を振っていたし、迷宮都市に来てからはそれ以上にダンジョンに通い詰めているんだ」


 心底呆れた声でロイは言った。

 その言葉にリオンは返す言葉も無い。故郷にいた頃はそれこそ、寝る暇も惜しんで剣を振っていたし、それだけで満足していたのだ。他者とも比べることのない環境は心地よく、向かい合うのは己だけだった。それが迷宮都市に来てみればどうだ。今まで稀にしか遭遇できなかった獣が、それ以上の怪物となって襲い掛かってくるダンジョンはリオンにとってみれば素晴らしい環境だった。


「ははっ、ロイには感謝していますよ。君が私を誘って故郷から連れ出してくれなければ、きっとここまで楽しい時を過ごせなかったでしょうし」

「はぁ、もういいよ。……ノエルはこの後、時間ある? もし良かったらご飯食べにいかない?」

「いいですよ」

「やった! リオンもいいよね?」

「いいですけど、その前に浴場に行ってもいいですか? 流石にこのまま食事に行くのは私でも抵抗があるので」


 探索者は臭いに慣れているとはいえ辛いものは辛い。怪物の血と自分の汗が垢になってこびり付いていた。

 探索ギルドの近くには巨大な公営大浴場がある。ダンジョンから採れた魔石をふんだんに使用して確保された湯量は田舎から出てきたばかりのリオンには驚愕だった。身を清めるとしたら沐浴か布で拭うぐらいしかなかった。故郷ではお湯を溜めてそこに入るなど考えたこともなかったのだ。

 入浴は迷宮都市に来てから出来た数少ないリオンの趣味だ。ダンジョン後は勿論、暇さえあれば通っていた。


「僕も行くよ。それじゃあ、集合は汗を流した後、大浴場の前でいい?」

「構わないよ」

「私もそれで」


 疲れた体を引き摺って、三人は大浴場への道を進み始めた。



 ◇



 リオンたちが宿を取っている、宿屋兼食事処である蜂蜜亭についたのは日も暮れかけた時間だった。

 時間も時間だ。店内はそれなりに混雑しており、中の喧騒は外にいても聞こえてくる。三人は空いていた席に駆け込むように座った。


「今日は私が奢りますよ。ロイとノエルさんのパーティ結成記念ということで」

「えっ、いいの?」

「はい。こういう時、弟分にいいところを見せるのが年長者の役割と聞きますし、今日は懐に余裕があるので」

「ありがと!」


 ロイは慣れた様子で次々と店員に料理を注文していけば、ノエルも次第におずおずとだが自分の注文を始めた。


「はいはい、それでリオンはどれにするの」


 軽い調子で店員が話しかけてきた。

 この店の看板娘であり、店主の娘のクレアだ。周囲を明るくするような雰囲気をもった彼女はいつも人気者だ。凝ったデザインのウェイトレス服に身を包み、髪が動かないように着けている髪留めはより彼女の可愛さを引き出しているように思えた。


「果実酒とスープを、後は適当に彼らが頼んだ料理を摘みます」

「はーい、お酒はすぐに持ってくるけど他は少しだけ待っててね」


 ニッコリと笑って跳ねるように去っていくクレアに手を振った。

 彼女が行ったとおり、飲み物と簡単な料理はすぐに届けられ、晩餐が開始する。


「それで、ロイはどこまで行ったんですか?」

「ダンジョン? 今日はね、慣れてきたから三層まで行ってみたんだ。ゴブリンとかコボルトとはもう散々相手してきたけど、リザードマンは厄介だったよ」

「ああ、あそこから群れで遭遇することがあるからね」

「そうそう! 一度、十以上の集団に追われたときは死ぬかと思ったよ」


 隣で聞いていたノエルもその時のことを思い出したのか、顔を青褪め、小さく何度も頷いた。


「僕なんかよりリオンは何してたのさ。ダンジョンに行ったと思ったらいつまで経っても帰ってこないから、流石のリオンでも死んだかもって心配していたんだよ」

「それは申し訳ない。前回の探索で水場を見つけていたのでそこを中心にずっと篭っていました。一応携帯食も持ち込んだんですが、途中で切れてしまいまして、ダンジョンの怪物が毒も無く食べれたのは不幸中の幸いでした。中々スリリングでいい修練になったので、今度試してみるといいですよ」


 ロイは勢い良く首を横に振った。


「嫌だよ。僕はリオンじゃないんだからそんなことしたら寝込みを襲われてすぐに死んじゃう。ノエル。この人はね、仮に熟睡していても自分の周囲で何かが動けば途端に目を覚ますんだ。それこそ、こんな感じの宿でさえ、隣の部屋で物音がしたら目を開けるんだよ? もう立派な睡眠障害だよ」

「聞いていた以上、だね。正直、ロイの話は半分以上冗談だと思って聞いていたんだけど」

「それ以上さ。どうせ僕に話していないことも裏でやってるんだろうし。もうリオンが何を言っても驚かないように決めてるんだ。村にいた頃なんて、最近見ないなって思ったら森の中から血まみれで熊の首を持ってきたこともあったんだよ?」

「懐かしいですね。あれは季節外れの熊でした。ええ、今思い返してもいい思い出ですね」

「あはは……」


 ノエルは引き攣ったような笑い声を上げた。

 リオンにとってロイは試練を与えてくれる存在だ。あの占い師が言った通り、この幼馴染は特異な星の下に生まれているのかもしれない。そう思えるほど、ロイの周囲には災難が寄ってくるのだ。


「所で、ノエルさんも刃物を扱うようですが」


 ノエルの腰には大振りなナイフが二本ぶら下がっていた。リオンやロイが使っているような安物ではなく、多少値が張るような代物に見える。今回の探索で剣が駄目になったので買い換えようと思っていたのだ。


「どこかオススメのお店とかありますか? 使っていた剣がどうしようもなくなってしまったので新しく買おうかと考えているんですけど、私まだこの辺のお店とかあまり知らないんですよね」

「あ、そういうことならオススメありますよ。数日前にそこでロイも剣を新調しました」

「ロックのお店? というかリオンはまだあのショートソード使ってたの?」

「使ってますよ、物持ちがいいので」

「でも私たち明日もダンジョンに行くんですけど……」

「流石に子供ではないので場所さえ教えてくれれば大丈夫ですよ」

「なら――」


 ここから東に向かった先にある職人通りとも呼ばれるストリート。その一画に武具店があるらしい。


「助かりました。ありが―――」

「――んだとゴラッ!?」


 リオンの言葉は近くで叫ばれた怒声で中断された。

 諍いがあったのか、隣のテーブルには今にも殴りかかりそうなほど興奮した大男が二人いて、今も喧しい怒声を張り上げている。


「どうしたんでしょうか」

「さぁ? お酒の飲みすぎでカッとなっているのかも、見たところお二人とも探索者のようですし」


 彼らの仲間らしき人たちが必死に抑えようと努力しているが、その効果もあってない様なものだ。流石に腰の剣に手が行くほどではないようだが、男たちは周りも見えていないらしい。

 ウェイトレスたちもどうしたらいいのか、不安な表情を浮かべつつも止める事ができないでいた。


「だから、お前が金を」

「ぁあ!? その証拠があるのかって言ってんだよォ!」


 片方の男がテーブルを殴りつけたのが開始の合図だったのか。テーブルをひっくり返して、言い合いは殴りあいに変わった。


「あわ、わわ」

「迷惑な」


 飛んできたジョッキを払い落として、自分の料理を守りつつリオンは呟いた。

 せめてやるなら店の中ではなく、外でやってほしい。ここの料理は美味くて気に入っているのだ。テーブルごとずらした方がいいのかもしれない。

 そうリオンが考えていた時だ。今まで黙っていたロイが義憤を込めた表情で立ち上がった。


「僕、止めてくる」

「ちょ、ちょっとロイ!!」


 ノエルの声も気にせずロイは男たちに近づき―――。


「邪魔だ、ガキ!」


 モノの数秒で殴り飛ばされ―――。

 テーブルを避難させようと動かしていたリオンの目前に、落下した。


「ふむ。ロイ」


 ガチャンという盛大な音と共に足ごと折れたテーブルを下敷きにしながらロイは、自分に微笑んでいるリオンの姿が見えた。


「は、はい」

「君は私が食べ物を粗末にする人間が嫌いだと、知っていますよね」

「…はい」

「知っていてコレですか」

「ま、待って!?」

「反省してきなさい」


 青褪めたロイの襟首が捕まれ、ぐるりと視界が回転する。

 先程以上の威力で投げ飛ばされたロイは、物の見事に騒いでいた男たちに勢い良くぶつかった。投げられたロイは勿論、ぶつかった男たちも揃って目を回して倒れ伏す様にリオンは鼻を鳴らした。


「大丈夫、かな?」

「ロイのことなら平気ですよ。あの程度でどうにかなるほど軟弱ではないので」


 手にしたカップを傾けてリオンは言った。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた衛兵が来るまでそう時間は掛からなかった。





【大迷宮】

 未だに攻略されていない巨大なダンジョン。迷宮都市に一つしかなく、多くの探索者がそこに潜っている。



次回更新6/19

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