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プロローグ:予言

 


『この子はきっと英雄になる。そういう星の下に生まれている』

『え、えいゆう?…ぼくが英雄になれるの?』


 遠い、遠い日の記憶だ。

 年に一度の祭りの日。私は三歳年下の幼馴染と一緒に行商にきたキャラバンたちの露天を散策していた。熱に浮かされたように笑い声を上げる幼馴染の後ろを見守るように着いていくその時間は、私にとっては酷く退屈で、両親の言葉さえなければ直ぐにでも幼馴染を放って木の棒を振り回しに行っていただろう。

 大人たちも浮かれていた。露天がある一角は異様に賑わっており、その風景はいつもとは違っていた。

 その占い師を見つけたのは幼馴染だった。

 一画だけ不自然に人がいない空間。キャラバンの端のぽっかりと空いたスペースにその占い師がいた。


『少年が努力をすれば、必ず。そういう星だ』

『でも、ぼくはリオンみたいに強くないし、臆病で、泣き虫なんだ……』


 これは英雄譚の序章だ。

 旅の占い師が、変哲もない少年の運命を変えた瞬間だ。

 臆病な幼馴染が英雄を目指し始めた第一歩。


『そう。でも、過去の英雄たちは誰もが最初から英傑だったわけじゃない。少年は英雄ローレンスの話を知っている?』

『うん! 知恵の英雄ローレンス。彼の知識は泉の如く、死せる竜から流れ出した呪いでさえローレンスに掛かればどうってことない!』

『そうそう。彼の英雄は常に知識を求め、そして溜め込んだ知識を他者に与えることを厭わなかった。そうして幾つ物、国や人々を救った彼も幼い頃は人見知りで、話せる相手と言ったら師である老人しかいなかった。臆病で泣き虫のローレンス、少年と同じ。……だから、少年も』

『ぼくがえいゆうに…』


 熱病に罹ったように呟く幼馴染の姿を私は後ろから眺めていた。

 この占い師は子供をからかっているのだ。大方、客も寄り付かなかったから暇を持て余していたのだろう。手持ち無沙汰な私と同じだ。

 ふらついた幼馴染の腕を取り、性質の悪いこの占い師から離れようと足を動かした。


『あっ! ならリオンは? リオンはぼくよりずっとずっと強くてすごいんだ。ぼくが英雄ならリオンは何になれるの?』

『彼?』


 今まで一度も向けられていなかった目線が私とぶつかる。

 陰鬱なローブの奥から蒼い目がこちらを見ていた。全てを見通すような気持ちの悪い瞳に私は不快感を覚えた。


『彼の道には何も残らない。彼は何も守らない。誰も救わない。全てを切り裂いても止まらない。そういう星の下に生まれているもの』 

『えっ?』

『ロイ、戻りましょう』

『でも、リオン…』


 きっと、これは呪いだったのだ。

 |英雄≪ロイ≫と|剣士≪私≫の運命を形作った最初の呪詛。

 話を聞けば、人はどうしても意識してしまう。英雄に成れると言われた幼馴染がそうなる様に行動したことも、より剣の道に私が熱中したことも、知ってしまったから起きたことだ。

 占いが本当だったのかは分からない。だが、占いが予言に変わったのは結果的に見れば明らかだ。


 だからこれは、英雄になった幼馴染と剣の道に生きた私の始まりの話だ。






 ◇



「シュゥーー!!」

「はぁ……」


 目の前に立ちこちらを威嚇してくるのは半蛇半人の怪物であるラミア。物語ではダンジョンを彷徨い、時としては地上で旅人を襲う怪物として描かれているモンスターだ。牙には毒があり、一噛みでもされれば並の人間では直ぐに体が動かなくなるほどの猛毒。地を這う肢体は大の大人でも抱えられないほど太く鱗も鋭利だ。その蛇の胴体に巻かれればリオンの皮膚はたちまち、ズタズタに引き裂かれ、万力のような膂力に胴体は二分されるだろう。

 新人の探索者では到底太刀打ちできない怪物。

 新人ばかりがいる上層ではあまりお目にかけないレア物だ。


「もしかしたら近くにロイがいるのかも」


 何とはなしに幼馴染の少年の顔が頭を過ぎった。

 幼馴染の周りではなぜか困難が立ちはだかる。あの占い師ならきっと“そういう星の下”とでも言うのだろうが、そのおこぼれを貰うように強敵とばかり当たるのはリオンからすれば役得だ。


「どうしようか」


 眼前のラミアは独特な威嚇音を鳴らして近づいてきていた。

 ふと、自分の言葉を思い返す。

 ラミアは紛うことなき敵だ。敵なのだからそれは斬るしか選択は無い。

 ざらり、と耳障りな音と共に腰の鞘から剣を抜く。故郷を飛び出してきた時から肌身離さず身につけていたショートソードは、日々の使い込みのせいか多少ガタがきているようで、引き抜くたびに音がなった。


「君には恨みなど無いが私の前に立ったのだ。申し訳ないが斬らせてもらうよ」


 その言葉が合図になったのか、ラミアはその大きな口を開けて突進してくる。人なぞ一呑み出来そうなほど大きく口だ。牙に触れるのも嫌だとリオンは大きく横に避けた。


「おっと! そういえば手もありましたね」


 ずるりと突き出された両手をしゃがんで回避する。遠くから見れば女性のような腕だが、大きさの違いにより、捕まれば軽くこちらの腕は圧し折れる。

ラミアは巨体だ。頭から尻尾の先まで合わせれば五、六メートルは軽く超えるだろう。それゆえに腕も相当長い。


「まずは腕を」


 捕らえようと伸びきった両腕を斬り落とす。痛みに叫びながらその巨体を揺らすラミアから逃げるように横にずれる。


「蜥蜴は尻尾を切っても平気ですが蛇はどうなんですか?」

「ギャアアアアアアアッ!!」


 果たして化け物に言葉が通じるか分からないが、挑発は通じるらしく。怒りの形相で振り向いたラミアは、後方に立っていたレオンに対して自身の尻尾を叩き付けた。

 ラミアの鱗は鉄並みに硬く、流れるような鱗の鎧によって並みの刀剣では文字通り刃が立たない。繰り出された一撃は馬の後ろ蹴りよりも素早く、質量を持っていた。幾人もの探索者を屠ってきた最高の一撃はラミアにとっても自信があったのだろう。だが、それでも――。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 鈍い光が輝き、輪切りにされた蛇の尻尾が宙を舞った。

 一際大きな悲鳴が辺りを木霊し、狭い洞窟内に反響する。

 どしゃり、と音を立てて尻尾が地面に落ち、ラミアの胴体からは夥しい量の血潮が溢れ出た。先程までの威勢はどこに消えたのか、ラミアは瞳に怯えの色を湛えながらゆっくりと這う。


「人の顔だから感情が分かりやすいですね。でも逃がすわけにもいかないので」


 ダンジョンの怪物は中々死なない。

 きっとここで逃がせばラミアは再起を図り、他の探索者に襲い掛かるだろう。


「次に現れるとしたら素手ではなく剣を持ってきてくださいね。その方が楽しめるので」


 這って逃げるラミアの首を斬り飛ばす。

 人よりも些か大きい頭部が壁にぶつかり、溜まっていた血溜まりの中に落ちた。その顔は人間のように恐怖に歪んでいた。


「ふむ」


 息絶えたラミアの上半身に向かってリオンは剣を突き刺す。

 切り裂くように体内で剣を動かせば、コツリと骨とは違った硬い感触があった。ダンジョンの怪物から取れる石――魔石だ。血で汚れるのも気にせず腕を突っ込めば拳より幾らか小さいぐらいの魔石が取れた。

 ラミアの換金部位は色々とあったはずだが生憎と覚えていない。とりあえず目立っていた牙を数本折り、蛇皮を少量だけバックパックに詰め込んだ。

 これが探索者数人で組んだパーティなら死体ごとそのままもっていくなんて手もあったが、リオン一人では多くの素材を捨てることになる。金には困っていないとはいえ、ドブに捨てるような行為に少しだけ残念な気分になった。


「パーティはまだしも荷運びのポーターだけでも雇えば……いや、それでは行動に制限がつきますし」


 雇う金ならあるが、そもそも新人一人のダンジョン探索に付き合うポーターがいるのか怪しい。そもそもリオンのダンジョン探索についてこれるポーターなら他でも引っ張りだこなはずだ。


「……ロイはどうしてるんでしょうか」


 一緒に故郷を飛び出した幼馴染の少年を思う。

 宿も一緒で休日も共にいるがダンジョンでは彼とは別々だ。英雄になると息巻いていた彼を想い別々にダンジョンに挑むことにしたが、ロイならきっと仲間を見つけてダンジョンに潜っているはずだ。

 そうなればきっと自分とは違う知見を得ているはず。


「ふむ。なんだが無性にロイに会いたくなりました。帰るには丁度いいかもしれませんね」


 そうとなれば直ぐに行動するのがリオンだ。

 剣を鞘に収め、バックパックを背負いなおす。ずっと怪物を駆り続けていたせいか、バックパックの重さは相当なもので、動かすだけで中のものが擦れ合う音が聞こえた。

 軽い足取りでダンジョン内を歩く。新人探索者リオン、新人とは思えない期間のダンジョン篭りを経て、その日一週間ぶりの太陽を拝んだ。




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