盲人
ファンタジーですがあんまりそれっぽくないかもしれません。
ゆっくり更新していきます。
「・・・どうだ。多少は楽になったか?」
盲人は薄手のシャツの上からしっかりと男の肩を掴み、力強く揉み込みながら聞いた。
「ああ・・!まるで生まれ変わったみたいだ!凄いなアンタ」
男は首を回しながら、生き生きとした調子で答える。
「全身を解してやった。これでもうしばらくは歩き続けられるだろう」
盲人は最後に男の両肩を手の甲で叩き小気味良い音を立て、男の背からゆっくり離れた。
頭から目元までを覆うようにボロ布で巻き込み、施術台に立てかけた杖を無造作に掴む。
男は施術台からそっと降りると、腰を回し、腿を上げ下げし、肩を回してから盲人に向けて頭を下げた。
「本当にありがとう!もうすぐ街に着くってのに突然腰が固まっちまって・・・仕入れたモノがパーになるところだった」
「施術中に何度も聞いたぞ。こんな重い物を背負って山を歩けばどこかしら歪むに決まっている」
盲人は施術台を折りたたみ、背に背負いながら杖の先で男の荷物をコンコンと小突いた。
「氷はこの時期入用だからね。山向こうにある洞窟からわざわざ運んでくる価値があるんだ」
男は氷の塊を積んだ背負子を「いよいしょ!」という掛け声とともに背負った。
「ほっほ!軽い軽い!あんなに疲れてたのが嘘みてえだ!」
「良かったな。では施術代をもらおうか」
「あいよ!でもこれだけで本当に良いのかい?」
男は盲人の手に、水を足した水筒と干し芋の入った革袋を手渡した。
「十分だ。金があってもどうせ奪われてしまうしな」
「・・・大変だな。目が見えないって」
「いや、そうでもない。見える者たちより余程良く見えているモノもある」
「そうなのかい?確かに不思議な話だな。見えずにどうやってこんな山の中の街道を歩いているんだい?」
盲人は、男の方をゆっくりと振り返ると、口に人差指を当てて見せた。
「・・・聞こえないか?」
風にざわめく木々の葉擦れ、遠くに流れるせせらぎ、鳥のさえずり、無数の虫たちの蠢き。
「・・・何がだい?」
日差しによって木々が温められ、葉が身を捩る。目の前の男が訝しげな顔を作る、その筋肉の動く音まで。
「見えないことで、見えるモノが」
「よくわからないな。さて、俺は行くよ!ありがとうな、盲の兄さん」
「気をつけてな」
氷売の男は、元気よく街道を歩いて行った。
足音を見送りながら、盲人は杖を木々の生い茂る暗がりへ向けた。
「あの男に用があるなら、とっとと行くが良い。俺は金目のモノは持ってない」
盲人の独り言めいた呟きに応えて、暗がりから人影が現れた。
「おめぇホントに盲かぁ?なんで俺らが居るってわかった?」
四人。ボロボロの鎧を身につけた男たちが、手に手に武器を持って盲人を取り囲んだ。
「むしろ気づかずに居られたあの氷売りが信じられん。お前らは臭すぎる」
盲人の言葉に、男たちは俄かに殺気立った。
「さっきも言ったが俺は金目のモノは持ってない。とっとと失せ・・・」
盲人の言葉を遮るように、男の一人が盲人の杖を剣で弾き飛ばした。
「うるせぇぞ。盲が偉そうにしやがって。殺す前に按摩させようと思ったが止めだ。道端に転がして置いてやるよ」
盲人の後ろから、首を狙って薙ぎ払われた剣を
「すまんな」
盲人が片手の指2本で摘み止めていた。
そのままもう一方の手の平で背後の男にそっと触れた。
「鎧越しでは手加減が出来ん」
盲人の手が離れた瞬間、男の背中が爆発したかの如く弾け飛んだ。
夥しい量の血と脊椎、付随する様々な臓器が溢れ出す。
「・・・え?」
呆然とした表情のまま、男は文字通り崩れ落ち絶命した。
他の男たちが呆気に取られているうちに、盲人はスタスタと右隣の男へ向けて迷いなく歩き、男の肩に無造作に右手を置いた。
「お前が頭目か?まぁ四人ばかり・・・今は三人だな。随分と小さな盗賊団だ」
男は盲人の手を払うことも、罵声を浴びせる事もせず、じっと立ち尽くしている。
しかし、男の額や首筋にみるみる脂汗が浮かび始めた。
動けず、声も出せない。この盲人の手によって、男の中で何かが捻じ曲げられている。
「俺は殺しは好かん。癒すのが仕事だ。だが獣に襲われては自衛せねばならん」
他の二人も、盲人と弾け飛んだ仲間の遺骸を交互に見て、武器を取り落とさんばかりに震えている。
「お前は獣ではないな?旅の盲人を襲わないと誓えるならば二度、あくまで俺を路傍へ転がしておきたいのならば三度瞬きをしろ」
男は脂汗を滝のように流しながら、ゆっくりと二度、目を瞑った。
「良し。誓いは守れ」
盲人の手がゆっくりと離れ、男はその場に尻餅をついた。
汗だくになりながら肩で息をしている男をそのままに、盲人は施術台を背負い直しつつ男の脇を通り抜けた。
盲人を呆然と見送る男たちと、酸鼻を極める死体が街道に遺されていた。
春の訪れを告げる穏やかな風が吹き、咲き始めた蕾の香りに鉄サビにも似た生臭い臭気が混じり込み、盲人は随分と歩いた先でも、度々その臭いに顔をしかめた。