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あれから約1時間半、ようやく一樹の動きが止まった。力尽きたように倒れた一樹を平八が担いでくる。
「これで元に戻るのか?」
「ああ、力尽きて倒れたって事はほぼ完全に抜けておる」
「そうか、本当にありがとう。感謝する」
「気にせんでええ、慣れとるからの。ただ少しばかり疲れたのぅ、この坊主強すぎじゃ、何回かまともに打ち込まれたぞ。本当に今代の勇者を超えるかもしれんな」
「そうか・・・・」
一樹の異常な強さを目の当たりにした俺はそうとしか返せなかった。一馬も同じような感じだ。ずっと押し黙っている。平八はと言うと、チラチラとこっちを見ている。・・・・なんだ?・・・・・・ああ、酒か。
「お礼も兼ねてウチで食事でもしないか?停電中だから大した物は出来ないが・・・」
「おお、そうかそうか。動いたから丁度喉が渇いた所だったんじゃよ。折角のお誘いだからお邪魔しようかのう」
満面の笑みを浮かべる平八。問題無い。一樹を助けて貰ったのは事実だ。酒瓶の一本や二本喜んで飲ませるよ。
4人で路地に置いてきた車に向かう・・・・この男車に乗れるのか?
「これに乗って行こうと思うんだが・・・・」
平八に車を見せる。
「なんじゃこれは? 馬車の様な物か? 同じ様な物があちこちにあったが、邪魔でしょうがなかったぞ」
「これは自動車と言って移動するときに使うものだ。ここを開けて・・・」
ガチャッとドアを開けた瞬間ジルが飛び出してきた! ヤバい! ジルの事完全に忘れてた! ジルは
少し離れた場所から俺達に向かって威嚇する。それもそうか、見た事も無い巨人がボロボロの一樹を抱えてるんだもんな。
「ジル!大丈夫だから!この人は味方だ!」
平八とジルの間に入る。しかしジルは威嚇を止めない。あ、やばい。マジ切れの顔してる。
「ジル!!こっち見ろ!!」
そう言いながら近づこうとしたが、
「待て、この犬はぬしが飼っているのか?」
「ああ、そうだ」
「こやつもマナ中毒になっておるぞ」
・・・・は? マジかよ!? さっきまで何とも無かったじゃねーか。 つーかジルでか過ぎ!なんでまた大きくなってんだよ! グレート・デン位大きくなってんじゃねーか! 怖え-よ! しかもマナ中毒! 本物の狂犬だ!
「殺す選択肢はあるのか?」
「無い」
即答する。ふざけんなある訳無いだろ。
「そうか、これはちと骨が折れるのう。マナ中毒になった者は、もともとその者が持っているマナの器の大きさに比例して能力が増すと言われておる。平均して上がる者もおれば何かに特化して上がる者もおる。
坊主が良い例じゃの。手合わせして解ったが、やつは敏捷性と筋力に特化して上がっておるようじゃ。まあ、他もそれなりには上がっておるが、その二つの上がり方は尋常ではないの。闘気を纏わなければ儂でも倒れていたかもしれん。
しかし獣に至っては更にじゃ。只でさえヒト種よりも強いのだからの。その能力の差を武具や闘気、魔力で埋めている訳じゃ。まぁ素手で闘う変わり者もまれにおるが。見た所この犬も相当の物ではないのか? かなりのスピード特化型の様じゃな」
「言ってる事は良く解らんがその通りだ、ジルは違うが元は軍用とかで使われたりしていた犬種だからな・・・・・・」
「そうか、まぁ任せておけ。多少手傷は負うだろうが負けることはあるまい。」
一樹を降ろし前へ出る平八。そういえばまだ名前も聞いていなかったな。勝手に平八認定していたけど。
「なあ、あんた名前は? 俺は鈴木孝雄だ。孝雄が名前だ」
「そうか、タカオか。儂はルード・グランネル、武僧じゃ。ルードと呼ぶがよい。儂らが戦い始めたら少しずつ下がるのだぞ」
うわ、全然平八じゃ無かった。そう言うと同時にルードは棒を構える。良く見れば棒って言うより棍だな。何の素材で作ってあるんだ? 一樹の持つ鉄根と平気で打ち合っていたよな。傷一つ無いように見えるが。
ルードが構えたことが開始の合図になったのか、ジルがルードに飛びかかる。
速い! 一樹よりも速い! 近くで見ているからか? 目で追いきれない。一樹を背負って一馬と共に少しずつ下がる。
凄い猛攻だ。360度全方位からルードに襲い掛かっている。あれ? ジルのやつ空中で方向転換してるよな? 飛んで来る軌道が不自然に変わるというか。何もない空中で壁を蹴るように動いている。
そう言えば同じ様な動きを一樹もしていたな。なんでそんな事までできる? そして何故あれが躱せる? あんな動きをする獣に襲われたら俺なんかひとたまりも無いぞ。
しかしルードはそのジルの猛攻を全ていなしている。攻めあぐねたのかジルが距離を取った。
「ガアアアァァッ!!」
ん? 威嚇するジルから湯気? もや? の様なものが出て来た。なんだ? 紫電が走っている。
「なんと! 魔法まで使いこなしよるか!」
驚きの声を上げるルード。魔法? 今魔法って言ったか? そんなものまであるのか。さっき闘気とか魔力とか言ってはいたが。
魔法と聞いて青ざめた一馬が更に下がる。ああ、一馬は一度魔法?を目の当たりにしたんだっけ。その時は広範囲の火の柱って言ってたな。今度のはバチバチ言ってる感じからして雷でも撃つのか? 大丈夫なのか?ルード。
「ガアッ!!」
ジルの声と同時に紫電が数本発射された。標的はやはりルードだ。
「ハアッ!!」
ルードが左手を前に出し薄い膜の様な物を展開する。それに当たった紫電は軌道をずらし空へ飛んで行った。ジルは続けて二発目、三発目と撃ってくるが全て膜により軌道を変えられている。ルードにより逸らされた三発目は地面に当たり爆発する。
・・・・・・爆発による砂煙が晴れた場所には直径1m、深さ30㎝程の穴が開いていた。おいおい、地面がえぐれてるぞ。アスファルトが捲れて下の地面が見えてるじゃねぇか。あれ人に当たったら消し飛ぶんじゃないか?
紫電が当たらない事にイラついたのか、唸るジル? 今度はなんだ? ジルの体が二重になって・・・・・・って分裂した!? 1,2、3体に分裂したジル。狂犬が三体も!
「おお! 幻術まで使うか、見事じゃ!」
見事? 見事なのか? あの可愛かったジルは何処に行ったんだよ? これじゃあ只の魔犬だよ!
ルードを囲むように正面と左右にゆっくりと移動する三体。
「ガランガラン」ルードが棒を捨てた。
おいなにやってんだよ、獣との差を埋めるために武器使ってるんだろ? 捨ててどうするんだよ?
諦めたとでも思ったのか、三体はルードに飛びかかろうと体をしならせ、溜めた力を解放させた瞬間、真上から4体目が降ってきた。
上から来た一体はルードの左肩に牙を立てた。それと同時に他の三体は霧散する。ルードは咬みついたジルを逃さないように抱き止める。
「やれやれ、ようやく捕まえたぞい。まったく手古摺らせおってからに」
咬むのを止めて拘束から逃れようと暴れるジル。
「タカオ、これから荒療治をするが心配は要らんからの」
は? 荒療治ってなんだよ? 一樹の時みたいに・・・・・・ルードの筋肉が膨張する。おい、何するんだ?
「フンッ!!」
丸太のような腕と、大型トラックのタイヤの様な胸筋で挟み込んでいる。ああ、ベアハグならぬルードハグね。それで圧迫して落とすのねって! ボキボキ鳴ってる! それ骨までイッてるから!! おい! ジル泡吹いてるから! やりすぎだろ!? やっぱり平八だ!
やっと動きが止まったジルを地面に降ろす。これって全身の骨が折れているよな?あちこちにある歪な出っ張りは折れた骨だよな。
「なあ、殺す選択肢は無いって最初に言ったよな?」
「ん? 死んでおらんじゃろ?」
「今死んでなくてもこんなボキボキじゃどうにもならないだろうが! 虫の息じゃねーか!」
「ああ、そういう事か。心配要らんと言っただろうに。中毒者は治癒力や代謝が異常な程活性化しておるからの、頭でも潰されん限りはこの程度何の問題も無い。ほれ、そこの坊主もあれだけ儂に叩きのめされていたのに、汚れているだけで傷一つなかろう」
・・・・・・本当だ、一樹は泥とこびりついた血で真っ黒なものの傷らしき傷は全く無い。あれだけボコボコにされていたのに?
「じゃあジルも治るのか?」
「ああ、中毒時は体に溜め込んだマナを使い、傷を負った時の治癒もする。ここまでやっておけば中毒を起こした分以上に消費され、明日の朝には芽吹いて元に戻るじゃろう。まぁ、ちょっとやり過ぎたかもしれんがの」
「はあ? やりすぎってなんだよ!」
「仕方がなかろう! ああでもせんとこやつは止まらん! 中毒の獣を舐めたらこっちがやられるわい。儂にここまで傷を負わせたのはイグナスの勇者位のものじゃ。ここまで深く牙を穿たれたのなんぞ久しぶりじゃ!」
そう指し示すルードの肩の肉は15㎝四方咬み千切られていた。他にもあちこちに咬み傷、擦り傷があり湯気の様な物が出ている。・・・・・・俺なら一合も持たなかっただろう。
「・・・・・・何度も本当にすまない。本当に助かった、感謝する」
「そう心配せんでも大丈夫じゃ。明日の朝には二人ともピンピンしとる」
「・・・・・・解った・・・・・・すまない」
一樹とジルを車に乗せ・・・・・・これって明らかにルードは乗れないよな? ルードでかすぎるし。
「なんじゃ、儂は乗れんのか? 少し楽しみにしてたんだがのう」
軽トラなら荷台に乗れるんだが・・・・・・
「のう、あれには乗れんのか?」
ルードが見ている先には2トンダンプがある。
「乗れない事は無いがあれは他人の物だからな、ルードの国が何処かは解らないが他人の物は勝手に使えないだろう?」
「うむ、それはそうじゃの。他人の所有物を勝手に使ったら下手をすれば縛り首じゃの」
「だろう?」
「だがそれは“持ち主が生存している”場合じゃ」
「生存って・・・・・・」
「まだ良く解っておらん様じゃが、この世界にぬしら以外に生存している者はほぼおらんぞ?」
・・・・・・なんだって? 今なんて言った? 一馬もルードを見ている。
「だからぬしら以外の生きている者はほとんどいないと言っておる」
「・・・・・・何言ってんだ?・・・・・・」
「・・・・・・儂等はアレをレギオンと呼んどるんじゃがの。レギオンは、この世界の生物の成れの果てなのじゃ。この世界にどんな種族がおったのかは知らんが、ほぼ全ての生物がレギオンに成っておるらしい」
「ほぼ全てって・・・・・・はあ?」
「見た感じ、この世界の“生きている物”とでも指定したのだろう。今のところぬしら以外にはレギオンどもしか見ておらんからの」
まてよ、またかよ・・・・・・言っている事は解るが頭が理解するのを拒んでいる? 生存者はいない? じゃあ遥は? 遥は? え? 遥も死ん・・・・・・。
「まぁぬしらの様に生き残っている者もおるし、全くのゼロという訳でも無い」
俺が落胆しているのを見て取ったのだろう。
「・・・・・・気休めかよ・・・・・・本当に誰もいないのか?」
「じゃからさっきも言った様に、ゼロでは無い。儂らがこの世界に入った際にウチの魔導士が探査をしたのじゃ。その結果ぬしらを入れて全部で43人生き残りがいた事が解っておる。」
「マジか!? 43人? 俺らを抜いたら39人だけ! 何処にいるんだ?・・・・・・“いた”?」
「その通り“いた”じゃ。今朝じゃな。儂が別行動をとる前にもう一度探査をした時には、その数を36まで減らしておった。恐らくレギオンの追跡部隊にでも襲われたのであろう。
それに正確な位置までは解らんらしい。人数と大雑把な方向しか解らん様じゃ。元はダンジョンや大森林などで遭難者を救出する為の探知魔法じゃから、かなり正確な位置まで解る筈なんじゃがな。どうもこの世界ではそこまで正確には解らんかったようじゃ。詳しい事はミカに会った時にでも聞いてくれ」
なんだよその便利なのか不便なのか良く解らない中途半端な魔法は。それにミカか・・・・・・また新しい名前が・・・・・・まあいい36人、その数が多いか少ないかは解らない。いや、全世界の人口約70億から見れば人類滅亡とみてもおかしくはないだろう。だが0では無い。その中に遥が入っている可能性だってあるはずだ。
「因みに抹消? された人が戻ってくる確率は?」
「抹消されたものは何をどうしても戻らん。完全に消え去る」
「・・・・・・そうか」
考えが纏まらない、遥は無事なのか?・・・・・・
「父さん、とりあえず一樹とジルを・・・・・・」
一馬の声で我に返る。
「そうだな・・・・・・」
本当に誰もいないなら気兼ねすることは無い。ダンプを拝借することにしよう。
俺はダンプの鍵を探しに民家に入って行った。