10-12
「ヒルダさん。この結界から俺達を出してください」
「何を言っておる。止めておけ、まだ終わっておらんぞ」
「いえ、きっと俺達が止めないといけないんです。 だから・・・・・・」
「むう、そうは言ってもの。わらわはお主たちを守れと言われているのじゃが・・・・・・」
「では一緒に来て守ってください」
「勝手な事を言うでない。あの男はミカ達に任せておけば良いわ」
「でも!」
「お主たちがあの男を止められるのか? 元がどんな人物だったかはハルカから聞いておるが、戻せるのか?」
「それはやってみないと解りませんが・・・・・・」
「そうであろう? 確実ではないのならばここから出すことは出来んの」
「・・・・・・」
「あのさ、お姉さん? おばさん? どっちか解らないけどさぁ、俺達をここからだしてよ。出さないと暴れるよ?」
「・・・・・・お主の様な子供に何が出来ると言うんじゃ。わらわはこんな容姿でも1200年生きておるのじゃぞ? お主が暴れた位でどうこうなる結界なぞ張らんわ」
「・・・・・・そう・・・・・・解った。ジル、やっていいよ」
は? 一樹? ジルに何をやらせるんだ?
ジルはゾンビの所でやった様に力を溜め始めた。
「無駄じゃ。そんな獣が何をしようとわらわの結界は破れん。それこそミカやムーアの様な極大魔法でもない限り、は・・・・・・ちょ、ちょっと待て。何じゃその力は。止めんか、流石にそれは止めい!」
黒い身体が白く光るほどに力を溜めたジルは、先と同じ様にレーザーを吐いた。しかし今回は随分と細い。収束させて威力を高めているのか?
最初はジルのレーザーを止めていたヒルダさんの結界が、ギシギシと音を立てて・・・・・・
バキィン!
音を立てて消え去った。
「何じゃ今のは・・・・・・わらわの結界が・・・・・・」
「良くやったねジル。ほらおにい、お父さんの所に行くよ」
「あ、ああそうだな。母さんを連れて皆で家に帰ろう。詩歩はここでシグさんたちと待っていて」
「わ、解った」
詩歩やシグさん達はジルのレーザーにびっくりしてるみたいだ。まあいい、父さんの所に行こう。
「あ、ま、待て。待たんか」
ヒルダさんも後ろから付いてきた。
後ろにいる三人。ミカは魔法陣の構築が完了した様だ。
「タカオ。もう止めましょう。あなたにこれを撃ちたくないの」
「じゃあ撃たないで大人しく殺されろよ。それか俺の邪魔をしないで何処かに消えろよ。邪魔をするなら殺すし、しないなら用は無い」
「まずはハルカの遺体を持ち帰って弔うのが先でしょ!? 私達が殺し合ってどうするの!」
「・・・・・・遥は死んだ。遥はもういないんだ」
「なあタカオ、今のお前は癇癪起こしてる子供と一緒だぞ? いい加減にしろよ、ガキじゃねえんだからよ」
「うるせえよザック。大人数で俺をボコろうとしてるくせによ」
「そりゃあお前がガキだからだよ。お前そんなんでカズマとカズキの眼ぇ見れんのか? 親だって言えんのか?」
「・・・・・・」
「カズマとカズキはハルカの死と向き合ってんぞ? タカオ、お前はどうだ? ハルカの死に向き合う事が出来ないで、癇癪起こして逃げてるだけじゃねえのか?」
「・・・・・・」
「あの二人は母親を失った。その上父親まで失わせるのか? ハルカとは話したことは無いが、そんな事を望む女だったのか?」
「・・・・・・やめろ、出てくんな」
「あん? ・・・・・・? どした?」
「いいからお前は寝てろ。今更出てくんじゃねえよ」
「タカオ?」
「うるせえ! 今更偽善者面して出てくるんじゃねえよ! 俺に任せとけばいいんだよ! お前は引っ込んでろ! ・・・・・・うう、うがあああああああ!!」
タカオは頭を抱えて蹲ってしまった。
「どうしたんだあいつ?」
「元のタカオが出て来てるんじゃないの?」
「そうかもしれないわね。どっちにしろ今がチャンスよ。全員で取り押さえるわよ。そうしたら魔法で眠らせるから」
「じゃあ俺が影で縛るから、後は頼むぞ」
サイガが影から出てきた。
「ええ、じゃあ行くわよ」
サイガはタカオの周りにナイフを投げる。・・・・・・合計8本。タカオの周りを囲む様に地面に刺さった。
「影縛りだ。これだけやっときゃ動けない筈だ。念の為、影そのものでも縛っておく」
「解った、ありがとう」
タカオは相変わらず蹲ったまま呻いている。
「タカオ、少し休みなさい」
私達はタカオの周りに立ち、睡眠の魔法を行使する。浅くじゃ駄目、深く深く・・・・・・。
その時、タカオが急に立ち上がった。
「があああああああああ!」
いきなりの事だったので、全員反応が遅れた。まずザックがタカオの拳を胸に受けて吹き飛ぶ。次にルシアが左手ごと脇を蹴られて飛ばされる。サイガが術を使おうとしたけど間に合わず、腹に拳を受けその場に倒れた。そして私は・・・・・・何をされたのか解らない・・・・・・もの凄い衝撃を受けて飛ばされた・・・・・・。
何をされたの? 蹴られた? ・・・・・・体が全く動かない。喉から血が上って来る。体内でマナを活性化させつつ、自らに治癒魔法を掛ける。首を動かし周囲を見回す。
皆倒されている。不味い、タカオが行ってしまう。・・・・・・カズマとカズキ? ジルもいるわね。何でヒルダの結界から出ているの?
ふーっふーっと肩で荒い息を吐くタカオに、カズマ達が近づいて行く。駄目よ、今のタカオは・・・・・・
駄目、まだ動けない。声も出せない。このままじゃ強化されたカズキはともかく、まだ普通のカズマは殺してしまうわ。そうなったらタカオは完全に壊れてしまう。誰か、タカオを止めて。ヒルダ! あなたは何をやっているの!? 一緒に歩いてないで、カズマ達を止めなさい!
俺達は父さんの元まで来た。
「・・・・・・父さん?」
「ふーっふーっふーっ」
父さんは俺達を見ようともしない。大体の事は聞いたけど、どうしたら良いんだ。
「ねえお父さん、お母さん連れて家に帰ろうよ」
一樹が話しかける。ジルはペロペロと父さんの手を舐めている。
「父さん、母さんをあのままには出来ないでしょ? 葬式なんて出来ないかもしれないけど、一樹の言う通り帰ろう」
一樹とジルが父さんの腕を引き歩き始める。しかし父さんは動こうとしない。
「ねえ! お父さん! 帰ろう!」
一樹がぐいっと父さんの腕を引いた。父さんは目を見開いて一樹を見た。そして・・・・・・一樹を蹴った。
「一樹!!」
一樹は血を吐きながら飛んで行った。何で・・・・・・どうして? 俺達が解らないの?
父さんは次にジルを蹴った。腹を蹴られたジルも、血を吐きながら転がって行った。・・・・・・一樹とジルはマナ中毒で強化されている。それでも一撃で血を吐かされている。俺がそんな攻撃を受けたら・・・・・・?
父さんは次に俺を見る。一歩踏み込み、俺にも、蹴りを・・・・・・
「いい加減にせんか!!」
俺の前に人影が入る。その人影は父さんの蹴りを受け・・・・・・真っ二つになった。影は勿論ヒルダさんだ。俺を庇って父さんの攻撃を受けてくれた、けど。
転移する前にヒルダさんから話を聞いていた。ヒルダさんは不死族の王で、ちょっとやそっとの攻撃では死なない事。例えばらばらにされても時間と共に再生復活するそうだ。それと再生能力が並外れて高い事。
その辺りは聞かされたが、本当なのか? 言いたくないけど母さんと同じ様に、上半身と下半身が・・・・・・。
俺はヒルダさんの血を浴びた。ほぼ全身だ。ヒルダさんは少し離れた場所に、ドチャッっと音を立てて落ちた。
父さんは固まった様にヒルダさんを見ている。
「タカオとやら、お主いい加減にせんか! わらわでなかったら死んでおったぞ!」
あ、本当に生きてる。
「こんな攻撃を実の息子に向ける奴がおるか! 血を分けた者を自らの手に掛けるとは、畜生にも劣るぞ!」
「・・・・・・え? ・・・・・・あ、あれ?」
ん? 父さんの顔つきが戻った? 俺は恐る恐る声を掛ける。
「と、父さん?」
「あれ? 一馬か? おい! 何だその血は!? お前の血か!? どこか怪我してんのか?」
あ、いつもの父さんに戻った。俺は腰が抜けたようにへたり込む。
「おい、一馬。大丈夫なのか?」
「う、うん。俺は大丈夫。俺の血じゃ無いから」
「じゃあ何だよこの血は?」
「ねえ、何も覚えてないの?」
「ん? 何がだ?」
そこで父さんは周りを見回す。
「・・・・・・何だこりゃ? 何があったんだ? ミカ、ルシア、ルードにザック、サイガまで。全員かよ? おい、あれ一樹とジルか? 待てよ待て待て、止めてくれ、生きてんだろうな? 一体何があったんだよ・・・・・・」
父さんは一樹とジルに近寄る。
「一馬、何があったんだよ?」
「本当に覚えてないの?」
「だから何をだよ? 敵の勇者に遥を殺されて、その後俺も刺されて、覚えているのはそこまでだ。気が付いたら血まみれの一馬が目の前にいた」
「そうなの?」
「で? 何で皆やられているんだ? あの勇者がやったのか?」
「えっと、それは・・・・・・」
「お主がやったのじゃ、タカオとやら。お主がこの惨状を作り出したのじゃ」
「・・・・・・何だ? 誰だあんた? つーかゾンビが喋ってんのか? よく生きてるな」
「わらわはヒルダ、不死王ヒルダと呼ばれておる。向こうで倒れておるミカやルードとは旧知の仲じゃ。それと、ゾンビなんぞと一緒にするでないわ。わらわはヴァンパイアロードじゃ」
不死王ヒルダ・・・・・・不死族の長か。上下真っ二つなのに生きてるとか、本当に不死なんだな。
「俺がやったってどういう事だ?」
「本当に何も覚えておらん様じゃな。ハルカを失ったお主は絶望しての。この世界を壊すと、復讐心に囚われておったのじゃ」
「・・・・・・それで?」
「同時に力にも目覚めての。皆でお主を止めようとしたんじゃが、思った以上に力が強かった様での。返り討ちに遭って皆揃ってこのザマじゃ。それで――」
・・・・・・嘘だろ・・・・・・俺がこれを? ヒルダが何やら言っているが、全く耳に入って来ない。
ルシアは口から血を流し、左腕が明らかにグシャグシャになっている。複雑骨折所じゃ無いだろう。血を吐いてるんだから内臓にも損傷があるだろう。
ザックは血だまりの中、横向きに倒れている。胸が凹んでいる。ここから見ても解るくらいだから相当凹んでいるんじゃないのか?
サイガも大量の血を口から流し倒れている。
ルードも? ルードも俺がやったのか?
ミカは・・・・・・こちらを見ているが、動かないって事は相当なダメージを受けて、治療中なんだろう。ミカが動かないほどの傷を、俺が・・・・・・。
一樹とジル。交通事故に遭って引きずられたのか? って位みんなボロボロだ・・・・・・。
「一馬・・・・・・」
「何?」
「これを、俺がやったって、本当、なのか?」
「・・・・・・うん」
「一樹とジルも?」
「・・・・・・うん」
「一馬を殺そうとしたってのも?」
「・・・・・・うん」
「・・・・・・」
「タカオよ。そう思い詰めんでも大丈夫じゃ。皆生きておる。回復に時間は掛かるじゃろうが、わらわの腹が繋がり次第治療するからの。そこまで心配せんでも良いぞ。お主が正気でないのは一目瞭然じゃった。皆も思う所はあるまい」
「・・・・・・一馬」
「何?」
「みんなに謝っておいてくれ・・・・・・」
もう一度、場の惨状を見渡す。・・・・・・これを俺が・・・・・・最後に遥を目に焼き付ける。俺はフラフラと歩きだし、闘技場の外へと向かった。
「父さんどこ行くのさ? 父さん?」
「暫く放っておいてやれ。正気ではなかったとは言え、これだけの事をやったのじゃ。妻も亡くしておるし、心の整理が必要じゃろう」
「・・・・・・そうですか」
「それにこの闘技場には結界を張ってある。外には出られんから安心せい。それよりもカズマよ。わらわの下半身を持って来てはくれんか? 少し遠くて再生が中々進まんのじゃ」
「・・・・・・はい」
ズズン・・・・・・ズン・・・・・・
こんな時に地震か・・・・・・まだ融合は終わっていないのかな?
そんな事を考えながら、ヒルダさんの下半身を取りに行った。




