10-10
俺は敵勇者の前に立つ。
「俺を殺す? この勇者ギゼ様をか?」
「お前が何処の誰様だろうが知るかボケ。お前は遥を殺した。だから俺はお前を殺す」
「ハルカ? そこに転がっている奴隷女か? それはお前の何なんだ?」
「妻だ」
「妻ねぇ・・・・・・そんな物の為に死にに来るか。まあいい、俺の前に立った時点でお前の死は確定した。順番が多少前後しただけだ。何の問題も――」
「男のくせにぺちゃぺちゃ話が長ぇんだよ」
「・・・・・・貴様・・・・・・では死ね!」
ギゼは光る剣を俺の胸に向けて突いて来る。
ふん、トロいな。まさに “スロー過ぎてあくびが出るぜ” って奴だ。スッと半身になり、突き出される剣を躱す。ギゼはそのまま光る剣で払って来る。
・・・・・・丸見えだ。素晴らしい。力に目覚めた事によって、感覚が爆発的に上がっている。いや、感覚だけじゃない。マナが全身に巡っているのが解る。話に聞いていた通りだ。細胞一つ一つ、いや、俺の身体を形作る物全てが、思考までも強化されている。こんな事なら本当に、もっと早く俺が外に出るべきだった。そうすれば遥が死ぬ事も無かったのに!
わざわざ当たってやる義理も無いので、ギゼの連撃を全て躱す。ふん、ギゼはイラついた表情をしている。
「何だ、どうした? 自慢の攻撃を躱されてショックなのか? 何だよその面は? イラついてんのか? イラついてんのはこっちなんだよ!!」
ギゼの左わき腹を右拳で殴りつける。鎧を纏っていようが関係ない。感覚で解る。俺の拳はギゼの防御より強い。
それに解る。闘いの流れ、力の流れ、マナの流れが見える。攻撃したダメージを100%対象に与える攻撃の仕方が解る。
ボグウッ!
ギゼの脇腹に、俺の拳が突き刺さる。鎧は拳の形に凹み、中の肉体にもダメージを与えている。殴った感触からそこまで解る。ふふふ、下から三番目までの肋骨が折れたな。二番目と三番目は粉砕骨折って所か?
「ぐぼえぇっ・・・・・・」
ギゼは嗚咽を漏らして膝を付く。おいおい、まだ一発だぞ? どれだけ打たれ弱いんだよ。
ギゼの鎧の首元を掴み、無理やり立たせる。今度は右脇腹だ。
ゴヅウッ!
同じ様に脇腹を殴りつける。うん、今回は二本しか折れなかったな。残念残念。
「むぐううぅっ!」
ギゼは両膝を付き倒れ込む。・・・・・・この野郎・・・・・・何勝手に蹲ってんだよ。再びギゼを立たせる。
「誰が寝ていいって言ったんだよ」
俺は鎧を掴んだまま、正面から胸に向かって拳を撃ち込む。
ゴギュン!
・・・・・・よしよし、胸骨の粉砕に成功だ。まともに呼吸も出来まい。うん、成程。これは楽しい。圧倒的な力。一樹の気持ちが良く解る。この力は使いたくなるな。次は・・・・・・おっと、大切な事を忘れて
いた。遥を殺した悪い腕は壊しておかないとな。
光る剣を持った右腕を掴み、雑巾を絞る様に捻じる。
ブチブチミチチビキキ・・・・・・
「ギイヤアアアア!!!」
「ははははは! すげえ! 腕ってこんなに捻じれるんだな! はははは! こりゃあ面白ぇや!」
「す、すまない・・・・・・もう、勘弁、勘弁してくれ」
「・・・・・・お前何言ってんだ?」
遥をムシケラを殺す様に、何の感慨も無く斬り捨てておいて・・・・・・
「まだ左腕と両足が残ってんだろ? それにお前も今迄は絶対的強者としてやって来た事なんだろ? 立場が変わっただけだ。俺にもやらせろよ」
「ちょっ、待っ」
ギゼの左手を取り、
「なあ、腕って引っこ抜けるのか?」
「えっ? 待て待て待て。止めてくれ。そんな事されたら本当に死んじまう」
「・・・・・・本当に死んじまうって・・・・・・お前面白い事言うな。生きて帰れるとでも思ってたのか? バカも休み休み言えよ」
「そ、そんな・・・・・・」
タカオが目を覚ました。私はタカオの顔を覗き込んだけど・・・・・・眼が赤い! こんな時にマナ中毒が発症してしまったの? ・・・・・・でもタカオは暴れださない。マナ中毒じゃないの?
「ミカ、どけ」
タカオは私を押しのけ起き上がろうとする。治癒魔法を掛けたとは言え、私の治癒魔法じゃ動けるほどには
回復しない筈。
「タカオ! 動いちゃ駄目!」
何で動けるの? それにタカオの雰囲気がおかしい気がする。
「ふはははははは!!」
タカオはいきなり笑い出した。
「タ、タカオ? どうしたの?」
「・・・・・・」
「タカオ?」
タカオは私を見る。
「なあ。俺、お前にどけって言ったよな?」
「え? タカオ? 何言ってる――」
「どけよ! 邪魔だ!!」
「!? きゃあっ!」
タカオが急激に爆発させたマナによって、私は再び吹き飛ばされた。
くっ・・・・・・タカオが何故ここまで急激にマナの扱いを・・・・・・それに今のタカオは何処かおかしい。やっぱりマナ中毒なの?
ルシアも勇者に弾き飛ばされた。不味い、あそこにはタカオしかいない。タカオは勇者の前に立ち、何かを話している。突然タカオに攻撃を始める勇者。駄目、ここからじゃ間に合わない!
しかしタカオは勇者の攻撃を躱している。勇者の聖剣に服も触れさせる事無く。何でタカオにあんな事が出来るの? ルシアでさえ何回かかすらせていた、敵勇者の剣撃を・・・・・・。
勇者の攻撃が止まり、また何か話している。そこで再びタカオのマナが爆発した。
勇者に向けて、タカオが拳を繰り出した。何やっているの! 正確な判断が出来ていない? 仮にも勇者と名乗る者の鎧に、素手で殴りかかるなんて!?
ボグウッ!
勇者の脇腹に、タカオの拳が刺さっている。・・・・・・え? 本当に何が起きているの? 攻撃力の増強はマナ中毒の症状にある。それにマナ中毒者は理性など無く、敵味方関係無く襲って来る。でもタカオは敵の勇者にしか攻撃していない。会話もしているみたいだし。
「ぐぼえぇっ・・・・・・」
勇者は嗚咽を漏らして膝を付いた。タカオは勇者の鎧の首元を掴み、無理やり立たせる。
ゴヅウッ!
今度は逆の脇腹を殴りつける。
「むぐううぅっ!」
そこからは一方的だった。ゾンビを殺す事にも抵抗を示していたタカオが、何故あそこまで出来るの?
ルシアもタカオの変わりように驚いているみたい。それもそうよね、私も驚いているわ。
鎧の胸の部分がひしゃげる程の打撃を撃ち込み、片腕を再起不能なレベルで壊す。しかも笑いながら楽しんでやっている。以前のタカオならあんな事は出来ない筈。
「ねえミカ、タカオどうしちゃったの? 眼も赤いしマナ中毒っぽいけど何か違うよね?」
ルシアが私の所に戻って来ていた。
「ええ、私も困惑しているわ。マナ中毒の症状に似ている所もあれば、全く違う所もある。 私も判断できないのよ」
「理性があるよね?」
「ええ、そう・・・・・・タカオは何をしようとしているの!?」
タカオは敵勇者の左手を持ち、足で身体を固定して、腕を引き抜こうとしている?
「ルシア! あれは流石におかしい! タカオを止めるわよ!」
「解った!」
ルシアと共にタカオの所まで行く。敵勇者は助けを懇願している。
「タカオ何やってるの! 止めなさい!」
ああ?・・・・・・後ろを振り向くとミカとルシアが立っている。そう言えばこいつらもいたんだよな・・・・・・。
「タカオ? どうしたの? あなたらしくもない。会話してるって事は、まだ完全にマナ中毒に・・・・・・眼が赤くない? え? さっきは赤かった筈・・・・・・」
「なあミカ、何を止めろって言ってんだ?」
「え? タカオ・・・・・・だよね?」
「ああそうだぜ。何言ってんだよルシア。俺は鈴木孝雄だ。誰に見えてんだ?」
「あれ? 何か雰囲気が・・・・・・別人みたいだよ?」
「別人・・・・・・別人か。確かに別人って言えるかもな」
「ん? 何かあったの? さっき眼が赤かったよね?
「それよりも孝雄? ギゼにそんな拷問まがいの事をする必要があるの?」
「ああ、あるぜ? 当たり前だろ? あり過ぎる、大ありだ」
「それが何か教えて?」
「・・・・・・遥を殺した。それ以上の理由が必要か?」
「・・・・・・それは・・・・・・」
「こいつは、俺の遥をムシケラみたいに斬り捨てたんだ!」
タカオが腕を引き抜こうと力を込め始めた。
「がああああ! 無理! 無理だから!」
ギゼが叫ぶ。
「だからってそんな事をする必要は無いでしょ?」
「ミカ。お前本気で言ってるのか?」
俺は腕を引き抜くのを止め、ギゼを無理やり立たせる。
「こいつは遥を殺した。今迄も同じような事をやって来たに決まってるよな? 面白半分に他の誰かを簡単に殺してきた筈」
「それはそうかもしれないけど・・・・・・」
「だろ? 自分がやるのは良くて、自分がやられるのは駄目? そんな事まかり通る訳が無いだろうが!」
ギゼの顔に拳を撃ち込む。
ゴパン!
あ・・・・・・なんてこった。頭が破裂しちまったよ。・・・・・・ちっ、この野郎。何勝手に死んでんだよ。全然やり足りねぇよ、クソが。大体ミカとルシアが横からぐちゃぐちゃ言うからいけないんだ。
「ミカ! 横からグダグダ余計な事言ってんじゃねえよ! 勢い余って殺しちまったじゃねえか! ふざけんなこの野郎!」
ギゼの死体を私達に投げつけてくる。
「タカオ待って? 本当にどうしたの? 何でミカにそんなこと言うの?」
「ルシア! お前もうるせえんだよ! お前等二人共俺の為に生きるんじゃねえのかよ!? 邪魔してねえで手伝う位しろよ! ミカ! お前もだ! 俺が言えば世界を征服するって言ったよな!? 征服なんて面倒な事は言わねえ、このふざけた世界を焼き尽くして来いよ! 勇者と炎帝なんだろ! 世界を滅ぼして来い!!」
私はルシアと目配せをする・・・・・・やっぱりタカオはおかしい。遥が死んで心が壊れてしまったのかしら?
「タカオ、ごめんなさい。落ち着いて話しましょう。今のタカオは別人みたいだわ。私達が愛したのは以前のタカオなのよ? 今のタカオにそんな事言われても出来ないわ。一体何があったの?」
「・・・・・・・・・・・・それもそうだな・・・・・・俺も最初は訳が解らなかったけど、ようやく理解出来て来たよ。まず俺は鈴木孝雄本人だ。それは保証する。で、次だが、お前達は俺の性格が変わった事を言ってるんだろ?」
「そうね」
「俺は鈴木孝雄の・・・・・・そうだな、別人格って言えばいいのか?」
「別人格?」
「ああ、そうだ。遥が死んだことにより、お前達の知ってる孝雄は心の奥底で引き籠っている。まあそれも仕方が無いよな? お前達とイチャイチャラブラブのんびり旅をしてきた結果がこのざまだ。今頃自責の念に潰されてるんじゃねえか?」
「それであなたが出て来たの?」
「出て来たってのはちょっと違うな。生まれたって言った方が正しいんだろうな。あのままじゃあ俺の精神は壊れていたからな、自分を守る為に俺を作り出したんだ。今迄の俺に有ったものは全て無く、今迄の俺に足りなかった物だけで新しく構成された俺。慈悲や甘さなんて一切無いぜ。敵と認定したらぶち殺す」
「それが私達でも?」
「当たり前だろ? 邪魔すんなら殺すぞ? 自分が特別だとでも思ってんのか? まあ当面の敵はこの世界だ。このムカつくクソったれな世界をぶち壊してやる」
「カズマとカズキはどうするの?」
「・・・・・・知らねえよ。二人共勝手に生きてくだろ? 一馬は佐々木詩歩を助けたし、一樹は獣人のなんたらにご執心だろ?」
・・・・・・二重人格? 多重? 解らないけどこのタカオは止めないといけないわ。
「ルシア、止めるわよ」
「だよね。明らかにおかしいもんね。で、どうする? どこまでやる? ギゼを倒した手際から、相当やりそうだけど」
「そうね、下手に手加減するとこっちがやられかねないわ。殺すつもりでいける?」
「タカオを元に戻す為だもん。やるよ」
「解ったわ。私も・・・・・・」
「・・・・・・ミカ、ルシア。俺の邪魔をするのか?」
「ええ、そうよ。今のタカオは普通じゃ無いもの。拘束させて貰うわ」
「普通じゃないって・・・・・・あのな、これも俺なんだぞ? 俺に攻撃出来るのか?」
「ええ、出来るわ。さっきも言ったけど、今のタカオは私達が愛したタカオじゃないもの」
「そうか・・・・・・残念だよ・・・・・・俺はこれからガジンを探し出して殺す。次にこの腐った世界を滅ぼす旅に出る。それを邪魔するならお前達も殺さ――」
!! タカオが消えた!? いえ、私の後ろに回っている。結界を張って――
「うらあ!!」
タカオが結界を殴りつけてくる。無駄よ、私の結界はSランクの魔物の攻撃でさえ――
バキィン!
うそ!? 私の結界を破ったの? 今のタカオの攻撃力はSランクを余裕で超えているの?
タカオの拳はそのまま私の顔を狙っている。不味い、いきなり油断した!
ガシュン!
「ミカ! 何やってんの!?」
ルシアが聖剣でタカオの拳を止めている。
「ご、ごめん。油断した」
「しっかりして!」
「ええ、もう大丈夫よ」
「ちっ。先にミカを仕留めたかったんだけどな」
「タカオ、二対一だけど悪く思わないでね」
「ははは、何言ってんだルシア。二人で俺を止められると思ってんのか?」
「タカオこそ何言ってるの? 勇者と炎帝を相手にして一人で勝てると思ってるの?」
ふん、大方ルシアが接近戦で俺の隙を作り、ミカが高威力の魔法でも撃って来るんだろ?
「出来るもんならやってみろや!!」
俺はマナを爆発させる。それに伴いルシアも勇者のオーラを爆発させた。今迄に見た事が無いほどの規模で爆発させているな。それだけルシアも本気って事か・・・・・・おもしれえ! 望み通りルシアと接近戦でやってやんよ!
地面を蹴り、弾かれるようにしてルシアに急接近する。
「おらああああ!」
全力でルシアに向けて拳を繰り出す。ルシアは拳に合せる様に、聖剣を繰り出して来る。
ドゴン!!
およそ拳と剣がぶつかった物とは思えない程の音と衝撃。俺とルシアは互いに弾け飛んだ。
ちっ、少なくともギゼよりもルシアの方が強かったって事か。
俺の一瞬の逡巡を見て取ったのか、今度はルシアが間を詰めて来る。聖剣を右手で持ち、左手
は・・・・・・何か持っている!? 独鈷杵に見えるが?
聖剣で突きを放ってくるルシア。うん、ギゼの突きより数段早い。が、余裕で避けられる。ギゼの時と同じく半身になって避けようとした時、ルシアが左手を突き出してきた。撃ち落とそうと右肘で迎え撃つが、
「ヴァジュラ!」
左手に持つ何かから極太の電撃が飛んで来た。ほぼ0距離で放たれた電撃は流石に避けられない。俺はそのまま電撃を喰らった。
「ぐうっ」
ルシアはそのまま通り過ぎたが、一瞬、ほんの刹那の時間俺の動きが止まった。その時を狙い澄ます様に、ミカの魔法があああああっ! 地面に押し潰される! な、何だこりゃあ、う、動けない・・・・・・。
「ふう、上手く行ったねミカ」
「ええ、ルシアも良く気付いてくれたわね。ありがとう」
くそ、何の相談も無しに連携してくるとは。まんまと嵌まっちまった。
「で、どうしようか?」
「あん? 何をどうするんだ? タカオを封じ込めて何してるんだ?」
「ザック! 丁度良い所に!」




