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島の中央には、確かに集落が出来ていた。いや、集落と言うよりは難民キャンプと言った方が正しいかもしれない。
キャンプを眺めていると、一人の老婆が近寄って来た。これと言って何の変哲も無い、その辺にいそうな老婆だが、中国人じゃないよな? 白人だし。
「おやおや、こんな場所に何の御用ですかな?」
「こんにちは、初めまして。日本から旅をしてきました。鈴木と言います。こっちは全員旅の仲間です」
「そうですか、遠い所からよくいらした。私はオーラ・フィルスと申します。オーラと呼んでくだされ。ここはまあ、見ての通りの難民キャンプでしてな。私はここのまとめ役をやらせてもらっております。よろしかったら一晩休んで行かれてはどうですかな?」
「あ、いいですか? お邪魔じゃ無かったらこちらからもお願いします」
オーラ・フィルスか。やっぱり中国人じゃなかったな。あ、でも中国籍なのか?
「邪魔なもんですか。歓迎いたしますよ。では説明がてら部屋まで案内いたしましょう」
「すいません、ありがとうございます。失礼ですが、オーラさんは中国籍なんですか?」
「ちゅうごくせき? 何がですか?」
「え、いや、見た目は中国人っぽく無いじゃないですか。その割にはキャンプのまとめ役とかをされているみたいですから、長い事この辺りに住んでいるのかなぁって思いまして」
「ああ、そう言う意味ですか。いえいえ、私も旅をしていたんですよ。でもこんな世の中になってしまって、ここで足止めをされてしまいましてね。逃げ回って旅を続ける程若くもないですからねぇ。それならここで避難してきた方のお役に立とうと思ったんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
・・・・・・みんな、そんな難しい顔してるなよ。折角の厚意なのに。
「それで、あなた達はどちらへ向かっているのですかな?」
「えっと、実は私の妻が――「タカオ待って」・・・・・・何だよ?」
「あなたはそれを聞いてどうするの?」
「どうもしませんよ。ただの世間話ですよお嬢さん。こんな世の中になったのに、命の危険を顧みず何処に行こうとしてるのか。さっきも言いましたが、もうこの歳になると旅なんて出来ないですからね。人の話を聞いて行った気分になるんですよ、ひょっひょっひょっ」
「ミカ、失礼な事言うなよ。折角善意で寝床を貸してもらえるんだから」
「・・・・・・」
「おばあさんすいません。見ての通り異国の人たちなんで・・・・・・申し訳ないです」
「いえいえ、構いませんよ」
「失礼ついでに質問いいかしら?」
「ミカ!」
「大丈夫ですよお兄さん。ここに来た人はみーんな最初はこんな感じですよ。それで質問とは何かしら?」
「ここは巨大な中州とは言え橋はある筈よね?」
「ええ、その通り。橋を渡らないとここには来れませんね」
「じゃあ何故ここにはゾンビが一匹もいないのかしら? ここに来るまでかなりの数のゾンビと遭遇したわ。橋の下を通る時なんて上から降って来るほどよ。何故ゾンビたちは橋を渡って来ないのかしら?」
「答えは簡単ですよ。ここには四本の橋が掛かっていましたが、一本を残して全て落としたんですよ。そうすれば守る場所も一か所で済むじゃないですか」
「そう、後で確認に行っても良いかしら?」
「ミカ、お前いい加減にしろよ?」
「タカオ。私は見ず知らずの土地で他人に安全だって言われて、はいそうですかって信用できる人間じゃ無いのよ。ちゃんと自分の目で確認させてもらうわ」
「ええ、構いませんよ。お部屋の案内が終わったら、そちらもご案内しましょう」
「それには及ばないわ。勝手に見て回るから大丈夫よ」
「そうですか? 解りました。では今晩はこの建物をお使いください」
オーラさんに紹介された建物は、キャンプから少し離れた場所にある小さめの一軒家だった。
「一晩泊まるだけなのにこんな所を使わせてもらっていいんですか?」
「ええ。キャンプと言ってもまだそれ程の人数もいないのでね、建物は余っているんですよ。かと言ってキャンプに近いとそちらのお嬢さんが落ち着かないでしょうからね」
「本当に申し訳ありません。よく言っておきますので・・・・・・」
「構いませんよ。で、夕食はどうしますか? 私達と一緒に食べますか?」
「いいえ。こっちはこっちで勝手にやらせてもらうわ」
こいつ・・・・・・いい加減にしろよ・・・・・・。
「そうですか。では何かありましたら声を掛けて下され」
そう言ってオーラさんはキャンプに戻って行った。
「ミカ。お前何のつもりだ?」
「タカオこそ何のつもりなの? あの老婆は明らかにおかしいでしょ?」
「何処がおかしいってんだよ。あんな歳なのに生き残りを集めてキャンプを開いてるんだろ? 立派じゃんかよ」
「じゃあ聞かせて貰うけど、何故あの老婆しか話しかけてこないの?」
「・・・・・・みんな仕事を割り振られていて忙しいんじゃないのか?」
「周りをゾンビに囲まれている状況で、ここだけ無事なのはおかしくはないかしら?」
「橋を落としたって言ってただろ」
「でも一本の橋は生きているのよね? インフェクテッドがそれを見逃すと思う?」
「そこだけ防衛してるって言ってただろ? 何言ってんだよ」
「タカオ。この世界、この国に、あれだけの数のゾンビを防ぐ手立てがあるの? 私達みたいな特殊な力を持っている者がいるの?」
「それは・・・・・・橋にバリケードでも築けば」
「どんなに強固なバリケードを築いたとしても、インフェクテッドは登って来るわよ? それにサイガも言ってたけど、川も渡って来るのよ? ここが襲われていない事からしておかしいのよ」
「・・・・・・ん? サイガは? いないみたいだが、何処に行ったんだ?」
「よっとから降りた時点で情報収集に行ってもらったわ」
「・・・・・・なあ、皆もおかしいって思ってるのか?」
「うむ、難民キャンプと考えれば活気の無さもこんなもんじゃとは思うが、静かすぎるのじゃ。いくら活気が無くとももう少し何かしらの雑踏がある筈じゃ」
「ルードの言う通りだ。人が生活しているにしては静かすぎるんだよな」
「ルシアもか?」
「私が感じたのは臭いって事かな」
「何が臭いんだ?」
「んー、何かが腐った臭いって言うのかな? あの老婆からも臭ってたよ」
「一馬と一樹はどうだ?」
「あまり疑いたくは無いけど、俺はミカさんに賛成かな・・・・・・オーラさんがどうこうじゃ無くて、キャンプなんかできる場所じゃないと思うんだよね。普通難民キャンプって戦地とかから離れた場所に作らない? 何でこんなゾンビだらけのど真ん中にキャンプがあるのか・・・・・・」
「俺は良く解んない」
「・・・・・・解った。皆がそこまで言うんなら皆を信じる。でも確定じゃないんだからむやみやたらに突っかかる様な事は止めてくれよ」
「解ったわ。じゃあまずは例の橋を見に行きましょう」
サイガを除いた全員で橋を見に行く。
「・・・・・・落ちて無いな。ここが生かしてある橋なのか?」
「でも父さん、バリケードっぽい物なんて無いよ?」
橋を下から見上げている状況だが、確かにバリケードなんて見当たらない。
「確かにこの橋にはそれっぽい物は見当たらないな」
目がいいザックが言うんだから間違いないだろう。
「ザック、向こうの橋は見える?」
ミカが遠くにある橋を指さす。
「・・・・・・バリケードも落ちてる様子も無いな」
「決まりじゃな」
「何がだ?」
「タカオよ。あのオーラと言う老婆は、橋は落としてあると儂等に嘘を付いた。何か裏があるんじゃろう」
「じゃあどうするんだ?」
「一番良いのは焼き払う事だけど・・・・・・このままよっとに乗って立ち去る? こんな場所で囲まれたら逃げられなくなるわよ?」
丁度その時サイガが戻って来た。・・・・・・今建物の陰から湧き出て来なかったか?
「サイガ、どうだった?」
「炎帝の言う通りだな。あのババアは死体をゾンビに変えている。って言うより死体共を使役してるな」
「そう。そこまでは解らなかったけど、普通じゃ無い事は解ったわ・・・・・・」
「ああ、ネクロマンサーかそれに近い何かだな。さて、どうする?」
「おやおや、もう気付いてしまったのかい?」
何処からかオーラの声がするが姿は見えない。
「気付かずに寝てしまえば良かったものを。そうすればガジンの奴隷都市まで行けたのにねぇ」
何? ガジンだと?
「オーラ、奴隷都市の場所を知っているのか?」
「それは知っているさ。私はゾンビ共を使い生き残りを集め、ガジンの奴隷都市に送っている。見返りにガジンは新鮮な死体を山ほど送って来る。お互い持ちつ持たれつの間柄だね」
「ガジンの奴隷都市って何処にあるんだ!?」
「行きたいのかい? なら今からでも捕まるかい? そうすれば数日後には奴隷としてガジンの元へ辿り着けるよ?」
「私達は奴隷になるつもりは無いわ。場所だけ教えなさい。そうすれば命だけは助けるわ」
「ひょっひょっひょ。命だけは助ける? 面白い事を言う娘っ子だねぇ。この腐王オーラ・フィルスと命のやり取りをしようと? ひょっひょっひょ。ならば我が死の軍勢に抗ってみるといいよ。私はお前達が乗って来た小舟の所でお前達を待っているからね。せいぜい腐らない様に気を付けるんだね」
オーラとの会話が途切れた途端に、聞き覚えのある叫び声があちこちから聞こえ出した。それに腐王? 腐らない様に気を付けろって・・・・・・。
「なあ。アルマが言ってた腐蝕って、オーラの事じゃないのか?」
「・・・・・・って事は眷属という事じゃな」
「ああ、そうなるな。それにこの声って・・・・・・」
「そうね、インフェクテッドよ。かなりの数がいるわね」
「とりあえずはよっとへ向かおうぜ!」
「そうね、ルシア、前をお願い。ルードとサイガは左右、ザックは状況を判断して撃って。私は後ろをやるわ。タカオとカズマは皆の中心にいて」
「俺とジルは!?」
「カズキとジルは私達の討ちもらしを片付けながら、タカオとカズマの護衛をして頂戴」
「解った!」
地響きがする程の数のインフェクテッドが、叫びながら正面から走って来る。いや、正面だけじゃない。全方向から走って来ているんだが・・・・・・数が多すぎないか!?
「な、なあ、数が多すぎないか? 津波みたいなんだが・・・・・・」
「大丈夫だから、任せて。はあっ!」
ルシアはそう言うと、気合一閃正面に向かって剣閃を飛ばした。
後ろではドカンドカンと爆発音が聞こえる。ミカが火球を乱射している様だ。
二人の攻撃はゾンビの波に穴を開ける程の威力だが、ゾンビの数が多すぎて直ぐに埋まってしまう。
「ルシア! 広い所を選んで通って! 狭い所を通ってこの数に上からも来られたらちょっと不味いわ!」
「選んでるつもりだけど、数が多くて中々進めない!」
結局、500m位進んだ所で俺達はゾンビ達の壁に囲まれてしまった。
「あらあら、これしか進めなかったのかい? まだ半分も進めてませんよ? とんだ期待外れだねぇ」
また何処からか、オーラの声が聞こえる。
「ふん、儂等の前に出て来れん様な輩に言われたくは無いのう。こっちこそ期待外れじゃ」
「ひょひょひょ。そんな安すぎる挑発に乗る眷属なんていないよ」
何!? やっぱり眷属なのか。
「オーラ、今眷属って言ったか?」
「ええ、言いましたよ。同じくアーリマン様の眷属のスズキタカオさん。私は直ぐに気づいたけど、あなたはまだ力が解放されていないから気付かなかったみたいだねぇ」
ミカが小声で言って来る。
「話かけて情報と時間を稼いで」
俺は軽く頷き、
「眷属って事は俺達の目的も知っているのか?」
「ええ、勿論知っているさ。ガジンの所に家族が囚われているんでしょう? 今からでも大人しく捕まるかい? そうすれば労せずに奴隷都市まで行けるよ?」
「場所だけ教えてくれて、解放してくれると助かるんだけどな」
「それは無理な注文だね。さっきも言ったけど私は死体を必要としていて、ガジンは奴隷を必要としている。お互いの目的のためには必要な事なのさ」
「目的って?」
「ガジンは奴隷国家を作るみたいだけど、私は違う。ゾンビ共でこの世界を埋め尽くすのさ。どうだい? 素晴らしいだろう? 一切の生は無く、動く物は死体のみ。喜びも楽しみも怒りも悲しみも無い、全てが平等な世界だよ」
「その理屈だと何時かはガジンと闘う事になるんじゃないのか?」
「そうだね。その通りだよ。でもそれは向こうも承知しているんじゃないかね? 生者と死者は相容れない存在だからね。まあその時はその時さ。恐怖の感情は勿論、痛みも疲労も感じない死の軍勢相手に、ガジンがどこまで抗えるか見物するさ」
「タカオ、時間稼ぎありがとう」
「もういいのか? 何かやってたのか?」
「ええ。準備はできたわ。オーラ、確認するわ。あなたは私達を逃がすつもりは無いのね?」
「何をするつもりか知らないが、全く無いね。逃がしてやる理由も無い」
「そう、解ったわ」
「ん? 何かするつもりか! 捕らえろ!!」
周りのゾンビ達が飛びかかって来るが・・・・・・
「もう遅い “プロミネンス”」
ミカがそう唱えると俺達の周りに三本の火柱が立ち、飛びかかって来たゾンビを焼き尽くした。その後火柱はうねりながら徐々に形を変え、三匹? の炎の龍になり周囲のゾンビを焼いて行く。
「これでもう大丈夫。ゾンビ達は近づくことも出来ないわ」
炎の龍達は時には体当たり、時にはブレスや火球を吐いて周りのゾンビを焼き尽くしていく。
「炎帝の本領発揮って所じゃな」
「そうだね。ミカは私達と違って大群を相手にする方が得意だからね」
「そうね。下手に敵味方が入り混じっていると逆に面倒ね」
「俺達が熱さを感じないのは何でだ?」
「そう言う風に術式を描いたからよ。味方に被害を及ぼしちゃダメでしょ? だからタカオに時間を稼いで貰ってたの」
「成程ね。上手く出来てるもんだな」
「さ、襲い掛かって来る敵は炎龍に任せて私達は進みましょう」
俺達は炎龍が猛威を振るう中、ヨットを目指して進んだ。




