9-4
翌日、少数のゾンビが現れたが、特に問題も無く出航できた。当面の目的地は上海だ。距離的には昨日よりもありそうなので、朝八時に出発している。
「暗くなる前に着ければ良いけどな」
「じゃあ少し速度を上げようかしら」
「ん? まだ早く出来るのか?」
「ええ。イグナスでは大型の帆船に風を当てていたのよ? この小さい船ではマストが折れたり帆が破けると不味いから、そこまで速度を出してはいなかったわ」
「大丈夫そうならもうちょっとスピードを出してくれても構わないぞ?」
「サイガ、いい?」
「ああ、曲がったりするなら不味いが真っ直ぐなら大丈夫だ」
「じゃあ頼むよ。キャンプ場所を探すことを考えたら、なるべく早く上陸したいからな」
「解ったわ」
そう言ってミカはヨットの速度を上げる。うおお、随分速くなったな。ちょっと怖いぞ・・・・・・しかし余り揺れないんだな。もっと水面を跳ねたりすると思ったけど。それにこの違和感は何だ?
「なあミカ、揺れない様に何かやってるのか?」
「ええ、船体全体に障壁を展開したわ。流石にこの速度だと壊れそうだからね。風も来ないでしょ?」
ああ、違和感の正体は向かい風が全く無い事か。室内にいるみたいだ。本当に魔法って何でも出来るんだな。
「昨日の倍くらいの速度を出してるから、結構早く着くんじゃないかしら?」
「そうか、助かるよ」
地図で見る限りは直線で東京から広島位の距離か。600Km位として、今の速度が・・・・・・解らん。
「今どの位の速さかなんて解らないよな」
「そうね・・・・・・この前とらっくと並んでルシアに飛んで貰ったでしょ? あれより少し遅い位かしら?」
成程。あの時は確か時速40Km程度で走らせていたはず。で、ルシアは直ぐに見えなくなったから、今は時速100Km以上は出ているのかもな。
「じゃあ明るい内に着けそうだな」
全員を見回すと、一樹はルシアと何かをやっている。また何かを教えて貰ってるんだろう。一馬はルードとザック、サイガの会話に混ざっている様だ。目がキラキラしてるから、また異種族の話でもしているんだろう。
約6時間後、陸地が見えて来た。
「あそこが目的の場所なの?」
「んー、ちょっとずれたかな。目的地は高層ビルが沢山ある筈なんだよな」
「こうそうびるってとても高い建物だっけ?」
「ああそうだ。でも見える範囲には無いだろ? まあいいか。もう少し陸に近づいて、降りれる場所を探そう」
「解ったわ。サイガもいい?」
「おう、了解だ」
ある程度陸地に近づくとルシアが、
「ねえミカ、こっちにもいるよ」
「何が?」
「ゾンビ」
ええっ? マジか? 韓国領でゾンビがいたからまさかとは思っていたけど。
「うむ、あれは確かにゾンビじゃのう」
「ああ、そうだな・・・・・・でもちっと数が多くないか? スケルトンぽい奴もいるぞ」
「そうなのか? まあ昨日は比較的小さい島だったからな。こっちは大陸だからそれなりにいるのかもな」
「なんじゃ? タカオは余り驚いておらん様じゃが?」
「ああ、そこの国は確か土葬なんだよ」
「どそうって?」
「人が死んだら死体を焼かずに土に埋めるんだ。あ、そのままじゃ無いぞ? 棺桶って解るか? 木で出来た箱とかに入れてから埋めるんだ。だから・・・・・・何て言うのかな。ゾンビがいる世界になったら、いても驚かない国って言うか」
「成程の。イグナスでは死体は大体焼くのう」
「疫病とかの予防か?」
「うむ、それもあるが死体を放っておくと勝手にゾンビ化する世界じゃからのう。死体は骨まで焼くように決まっておるのじゃ」
「成程ね。しかしゾンビがいるとなると大都市には近づかない方がいいかもな」
「そうか? 逆に都市部の方が死体の数は少ないんじゃないのか?」
「ザックの言う事はもっともなんだが、うーん・・・・・・こっちの世界の物語では都市部ほどゾンビの数が多いんだよ。人口が多いからな」
「生きてる人間がそのままゾンビになってるって事か」
「まあ、架空の話の中ではな。実際は解らないぞ?」
「とりあえず行ってみましょう。いたらいたで私が焼き尽くすから」
「じゃあ陸に沿って左の方へ進んでくれ」
陸沿いに一時間位進むと高層ビルが見えて来た。海から確認できる数だけでも、ゾンビの数は増えている。やっぱり都市部に来たのは失敗だったか?
「あの辺が当初の目的地だな」
「随分と数が増えたわね」
「多分もう少し進むと広い川がある筈なんだ。そこを進んでみようと思うんだがどうだ? 川とか遡って行けるんだろ?」
地図で見る限りはかなり広い川がある。
「ええ、大丈夫よ。そうね、下手に陸地を進むより、このまま行ける所まで行きましょうか」
しかし・・・・・・こっちから陸地の様子が解るって事は、陸地からもこっちが見えている訳であって・・・・・・。
「なあ、俺達を追うように走ってるアレって・・・・・・」
「そうよ。アレがインフェクテッドよ」
マジで走ってるよ。速いよ、全速力でもう数キロ走ってるよ。しかもどんどん数が増えてるし。
「どうするんだアレ? ずっと着いて来るんじゃないのか?」
「ん~、基本的にゾンビは疲れる事なんてないからね。ずっと追いかけて来るかもね」
20匹位のインフェクテッドが障害物があってもよじ登り、飛び、お構い無しに追いかけて来る。あれじゃあ車で逃げても無駄だな。少しの足止めで直ぐに追いつかれる。
「今日は上陸出来なそうか?」
「ゾンビだけならともかく、あれだけの数のインフェクテッドがいたら、ちょっと厳しいかもしれないわ」
「どうするんだ?」
「どうしようか? 魔法で倒しても良いけど、音で更に集まって来るだろうし。一匹一匹倒すには数が多いし。どうする?」
「タカオ! 川ってあそこか?」
サイガが指す方向には確かに川? 随分広い川だな。
「ああ、多分そうだ。でも俺も初めて来る場所だから、違ったら勘弁してくれ」
「大丈夫だろ? 普通の帆船ならともかく、炎帝が推進力を作ってるんだ」
「ええ、違ったら戻るだけよ。心配しないで」
「じゃあ入るぞ」
俺達が乗ったヨットは川を遡って行く。
川を遡る事数分、数キロはありそうな川を渡る橋が見えて来た。
「ミカ、橋があるな」
「ええ、あるわね」
「橋の下を通るよな」
「通るわね」
「俺の目には、橋の上にゾンビが沢山いる様に見えるんだが」
「いるわね」
「いるわね、じゃなくて! あいつらボトボト落ちて来てるぞ! どうするんだ!?」
「障壁を張れば大丈夫よ」
「そうなのか? 障壁を張ったら降って来た奴らはどうなるんだ?」
「そうね・・・・・・高さがあるから障壁に当たって潰れるんじゃないかしら?」
「成程ね。念の為に聞くが、弾かれたり川に落ちた奴はともかく、乗ったままの死体はどうなるんだ?」
「ん? 乗ったまま? ああ、障壁を消した途端に私達に振って来るわね。確かにそれは嫌ね」
「だろ? そこを言いたかったんだ。」
「行ってこようか?」
ルシアが声を出す。
「・・・・・・私が行っても良いけど、今回はザックにお願いしようかしら。ルシアじゃ橋ごと壊しそうだし」
「そんな事ないよー!」
「それもそうだな。解った。船が通り過ぎるまででいいんだろ?」
「ええ、お願い」
ザックはヨットから飛び立ち橋へと向かって行った。
「私も行く!」
ザックに続きヨットを飛び出すルシア。
「全くあの娘は・・・・・・」
「ずっと狭い船だったから身体を動かしたいんだろ?」
「えー、それだったら俺も行きたかったよ」
一樹、お前もか。
「ふむ、カズキよ。それなら儂と一緒に行くか?」
「ホント!? ・・・・・・でもどうやって?」
「遊びに行くのでは無いぞ? 修行じゃ。良いか? 見ておれ」
ルードは足元をぼんやり光らせたと思ったら、そのままヨットを飛び降りた。・・・・・・はあ!? 水の上走ってんのか? 何処の里の忍者だ!?
「どうじゃカズキ。マナを足に溜めて、水と反発させるのじゃ。これが出来れば遊びに行けるぞ?」
ひょいっとヨットに戻って来るルード。
「どうじゃ? やってみるか?」
「うん、やってみる」
「よしよし。ではまずはマナを足に・・・・・・」
一樹の暇つぶしが出来た様だ。一馬は聞くだけ聞いているのか? まあな、俺達はまだ無理だもんな。何時になったら中毒になるんだろうな?
ズドドンン・・・・・・
その時橋から轟音が聞こえた。ものすごい数のゾンビが、吹き飛ばされて川に落ちている。
「ね、だからザックに頼んだのよ」
「成程ね。ゾンビが落ちてる騒がしい方がルシアで、静かな方がザックなんだな」
橋の反対側は、闘ってるのか? って位静かだ。
ルシアが放ったであろう攻撃の轟音を何回か聞いている内に、ヨットは橋の下を通り抜けた。ある程度橋から離れた時点でルシアとザックは戻って来た。
「ルシア、音を出し過ぎよ。ここにいますって言ってる様な物じゃない」
「えへへ、ちょっと力が入り過ぎちゃった」
えへへじゃないだろう。もうルシアは脳筋確定だな。
その後二本目の橋も同じように越えた時、
「橋の上から見えたが、あっちの方で煙が上がっている所があったぞ」
「あ、そう言えばあったね」
「近いの? どんな煙だった?」
「このまま進めば近くを通ると思うがな。火事とかの煙じゃなかったと思うぞ? 見て来るか?」
「ええ、何かしらの脅威だったら早めに対処したいからお願いするわ。私達は速度を落としてこのまま進んでるから」
「おう、解った」
「ルシアも行って来て。敵だったら倒しちゃっていいからね」
「解った」
二人は偵察の為飛んで行った。
「火事じゃない煙って事は、生存者がいるんじゃないのか?」
「それも含めての偵察よ。用心に越したことはないわ」
「それはそうなんだけどな」
暫くして二人は戻って来た。
「どうだった?」
「結果から言うと、ゾンビは居なかった。その代わりに人がいたぞ。服装からしてこっちの世界の住人だろうな」
おお、初めての生存者か!
「島って言っていい程の大きい中州でな、結構な数の人がいたんだが・・・・・・」
「なんか生気が無いって言うかね」
「ああ、何か変な感じだから隠れて見てたんだけどな。歩いて移動はしているんだが、目的も無くふらふらしてるって言うか・・・・・・」
「でもゾンビじゃなくて生きてる人間なんだろ? 行ってみようぜ。急に魔物が溢れる世界になったんだ、どうしていいのか解らなくてうろうろしてるんじゃないのか?」
「まあ通り道だし、行くだけ行ってみましょうか」
ヨットを進め、船着き場・・・・・・と言うか港に着いた。 それ以前に、これ島なのか?
「これって本当に島なのか?」
「ああ、上から見たから確かだ」
「ふーん。人もいるな」
「島の中央辺りから煙が出ていてな、そこには集落が出来ていたぞ」
「じゃあそこに向かってみるか」
「・・・・・・タカオ。何か変だから気を付けて」
「何かって何だよ。探査? 探知か? やったんじゃないのか?」
「それが解らないの。霧がかかったみたいになっていて、探れないのよ」
ミカだけでなくルシア、ルード、ザックにジルまで警戒している様だ。
「解った。一馬も一応気を付けてな」
「うん。でも確かに普通の人にしては元気が無いね。活力が無いって言うか」
「うーん、言われてみればそうかもしれないけど・・・・・・その集落に行けば何か解るだろ?」
俺達は島の中央目指して進んで行った。




