9-2
イグナスでは
ゾンビ・・・・・・何らかの力で蘇った死体。鮮度にも依るが、ほぼ全ての組織が腐敗している為、知恵も無く、動きも鈍い。ただ生あるものに呼び寄せられ、その肉を喰らう。不意を突かれない事と、集団に囲まれない様にする事に注意すれば、討伐は比較的簡単。噛まれても感染はほぼしない。
レブナント・・・・・・ゾンビの上位種。レブナントも何かしらの力で蘇った死体だが、攻撃力、防御力、早さ共に数段上がっている。蘇る時に使用されたマナの量? 質?により強化度合いが違うと言われているが、定かではない。ゾンビと勘違いした者が、油断して食い殺されると言う話も少なくない。強化されている事に注意していれば、対処法はゾンビとそう変わらない。噛まれたら高確率で感染し、レブナント化、もしくはインフェクテッド化する。
インフェクテッド・・・・・・レブナントに咬まれた者が、殺意、恨み、恐怖その他の負の感情を内包していた場合に、まれにインフェクテッド化する事がある。負の感情が大きければ大きいほど、激しければ激しい程強力なインフェクテッドが生まれる。ゾンビやレブナントとは比較にならない能力を持ち、ある程度の知性も持つ。感染力は高く、噛まれたらほぼ100%感染し、レブナントとなる。討伐は極めて困難で、ダンジョンや屋内等の狭い場所で遭遇し、全滅したパーティも少なくない。
大雑把に言うと、こんな感じで分類されているそうだが・・・・・・誰が蘇らせたんだ?
「って感じでゾンビ共を蹴散らしてたら一匹紛れ込んでやがってよ。ありゃあヤバかったな。重力関係無しに四足で天井とか駆けて来やがるんだよ。多分二匹いたらAランクパーティでも全滅すんぞ」
「そんな化け物をよく倒せたわね」
「まあ多少は手古摺ったけどな、頭を潰すのは一緒だからな」
「じゃがサイガが倒せるのなら儂等だって倒せるじゃろ?」
「まあそうだな。いきなり襲われたからびっくりしただけで、攻撃を喰らわなきゃただの動きの速いゾンビだからな」
マジか・・・・・・所謂 “ロメロゾンビ” じゃなくて “走るゾンビ” がいるって事だろ? ええ~・・・・・・
「タカオ、どうしたの?」
「いや、走って来られたら逃げられないなーって事と、さっきのゾンビの話だといき返らせた何者かがいるって事だよな?」
「そんな状況になる前に私達がなんとかするわよ。それにゾンビの発生原因に関しては、自然発生する事もあるから何とも言えないわ」
「そうなのか? まあ頼むよ」
「ただいまー」
お、ルシアとザックが・・・・・・って、戻ったのはルシアだけか。
「ザックはどうしたの?」
「念のために島の反対も見て来るって」
「そう。で、どうだった?」
「それがね、ちょっと不味いかも。いるんだよねゾンビ」
「マジかー。って事は海を渡って来たって事か? 走る奴に早速遭遇かよ」
「走る奴?」
「インフェクテッドの事よ」
「ああ、成程。確かに走るね」
「ん? ルシアはインフェクテッドと闘った事があるの?」
「あるよ。一撃で消し飛ばしちゃったけど」
「そ、そうか。流石は勇者だな」
ふむ、勇者であるルシアとサイガにも差があるってことか。
「で、どうする? それなりの数は居そうだけど上陸する?」
「結論を出す前にちょっと良いか? ゾンビ相手に建物に立て籠もるって手は有効なのか?」
「ん? 防衛戦でもするのか? 有効と言えば有効じゃが、ミカがいれば何の問題も無いぞ?」
「ええ、結界を張ればそれで終わり。インフェクテッドだって入れないわ」
「・・・・・・あのさ、ミカの結界張れば無敵なんじゃないのか?」
「そんな事無いわ。あくまでも結界は防衛手段であって、攻撃は一切しないのよ。結界外で敵の殲滅を担当する味方がいなければどうにもならないわ」
「それもそうか。敵が勝手に死ぬわけ無いもんな」
「そうよ。だから結局は要人警護の時位しか使わないのよね。私達だけなら殲滅した方が早いし」
「さいですか。じゃあ上陸しようと思うが、対ゾンビで何か注意事項はあるか?」
「そうね・・・・・・タカオ、カズマの単独行動の禁止。それだけかしら?」
「うむ、どうせ一晩だけじゃからの。タカオとカズマはミカの結界内にいて貰って、儂等で掃除すればよかろう」
「解った。じゃあその方向で行こう。サイガ、頼む」
「おう、まあインフェクテッドがいなきゃどうにでもなるから心配すんなって」
ヨットを桟橋に付け、上陸した頃にザックは戻って来た。
「どうじゃ?」
「ああ。居るにはいるが、大した数じゃ無いな。島の住民って所だろう」
「そう。じゃあタカオ達の練習には丁度良いわね」
「・・・・・・だよな」
「ほれタカオよ、早速お出ましじゃぞ」
一匹のゾンビが桟橋を歩いて向かって来ている。映画で見る様なボロボログチョグチョのゾンビでは無い。肌の色が青白すぎる事と、歩き方がおかしい事以外は普通に見える。
「ゾンビってもっとグチャグチャな奴を想像してたよ」
「普通はそうだぞ? どんどん腐って行くからな。あいつはまだゾンビになったばかりなんだろう。気候も寒いから、腐るのも遅いんだろうな」
「そうか。頭を潰せばいいんだよな」
「そうじゃな」
「タカオ、腐ってるって言っても骨は硬いからね? 思いっきりやらないと頭蓋骨を割れないよ? 痛みなんか勿論感じないから、中途半端にやると反撃されるからね」
ゾンビとの距離が10m位になった。
「あ、ああ。やってみる」
頭蓋骨を割るか・・・・・・人の頭なんかフルスイングした事無いからな、どの位の力加減なのか・・・・・・。ルシアから借りた短槍を振りかぶり、バットを振る様にゾンビの頭目がけて振る。
ゴチャ
「あ・・・・・・」
・・・・・・短槍はゾンビの頭に命中したが、穂先に付いている刃の腹の部分で叩いてしまった為、こめかみ辺りの肉を削いだだけだった。不味い・・・・・・全然力も入っていなかった。ゾンビは一歩踏み出し、口を大きく開け俺に手を伸ばす。
ゴスッ
背後からナイフが2本飛んできてゾンビの頭に刺さり、そのまま後ろに倒れて行った。
「タカオ、何をやっているの?」
「すまん・・・・・・ナイフはルシアか?」
「一本はそうだよ。もう一本はサイガ。タカオ大丈夫?」
「ああ、助かった。ありがとう。サイガもすまんな」
「タカオ。アレはもう人間じゃないのよ? 躊躇ってはダメ」
「理解はしていたつもりだったんだがな・・・・・・」
「まあミカもあまり言うでない。タカオ達は闘いとは無縁の世界で生きていたんじゃ。そう簡単に切り替えられる物でもあるまい」
「そうだな。誰だって最初はあんなもんだ。少しずつ慣れてきゃ良いだろ? 逆にカズキが特殊なんだよ」
「あのね、私だってタカオがゾンビの頭を割れるなんて思っていなかったわ。私が言いたいのは、仕留めきれなかったのに避けるでもなく逃げるでもなく、棒立ちしていた事を言ってるの」
「あー、まあそれもそうだな」
「・・・・・・すまん」
言われてみればそうだ。今回だけじゃない、カーレッドの時も俺は一歩も動けなかった。ミカとルシアが守ってくれたが、俺自体は微動だに出来ないで只見てるだけだった。
「まあそれ位にしとけよ。今この場で矯正しなくてもいいだろ? 早く寝床の確保をしようぜ。一日操船で流石に疲れたからよ」
「そうじゃな。ほれミカ、ちょっとこっちゃ来い」
「あ、何するのよ! 私はタカオと・・・・・・」
「いいから黙って来んか。ミカよ、お主はいつも結果を急ぎ過ぎるんじゃ。だから―――」
ルードは自分の肩にミカを乗せると、何か言いながら陸に向かって行ってしまった。ルードの巨体と小柄なミカだと、本当に大人と子供だな。
「おいサイガ、俺達も行こうぜ。何かしら食料があればいいんだけどな」
「ザック、酒はどうすんだ? 持って行かないのか?」
「現地調達だ」
「成程、了解だ」
ザックとサイガに付いて一樹とジルも行ってしまった。
「ほら、タカオとカズマも行こ。その内慣れるよ」
ルシアに手を引かれ桟橋を歩く。一馬は後から付いて来る。
「ルシア、すまないな。身体が動かなかったってのもあるし、思考が止まってた。どうすりゃ慣れるんだ?」
「・・・・・・正直に言っていい?」
「ん? ああ、言ってくれ」
「半分位は私達の所為だと思うんだけどタカオには、あとカズマも危機感が足りないんだと思う」
「危機感か・・・・・・」
「うん。何か起きても私達がいるからどうにかなるって思ってない? まあ実際どうにかなっちゃってるんだけどね。そこが私達の所為でもあるって所」
・・・・・・言われてみればそうだな。人類最強の勇者ルシア。世界最強? の炎帝ミカ。見た目平八のルード。全然底が見えないザック。人斬りと言われ、強大な相手でも一人で闘い続けていたサイガ。わざわざ何の能力も無い俺がやらなくても、他の誰かがやってくれる。そう思った事が無いと言ったら嘘になるな・・・・・・
「一馬はやれそうか?」
後ろを歩く一馬に問いかける。
「・・・・・・どうだろう」
「だよな。危機感か・・・・・・いっそのこと俺達二人だけで他所の島にでも行くか?」
「わざわざそんな事しなくてもいいんじゃない? そんな事したって私とミカは付いて行くよ?」
「・・・・・・何だよ、それじゃあ特訓? にならないだろ?」
「んー、じゃあ2、3匹捕まえて来てさ、それで倒す練習でもする? イグナスの冒険者ギルドでは、新人に心構えと覚悟を持たせる為に、適当な魔物を捕まえて来て殺させるよ?」
「・・・・・・それが出来ない場合はどうなるんだ?」
「冒険者にはなれないね。確かに採取とか調査の依頼もあるよ。でも全く魔物に遭遇しない依頼なんて稀だからね。いざという時に敵を殺せないで自分が死ぬ様じゃ駄目でしょ?」
「まあ冒険者になる気は無いが・・・・・・ルシアは勇者になる前から戦場に出ていたんだよな? どうやって割り切ったんだ?」
「私? 私は戦争で両親を殺されたの。目の前でね。それがきっかけかな? 間は省くけど、それからは敵兵を殺す事だけを考えていたからね」
「そうか、悪い事を聞いたな」
「ははは。もう昔の話だから大丈夫だよ」
「俺もそう言ったきっかけが必要なのかもな」
「一回やっちゃえば大丈夫だと思うけどな・・・・・・タカオ、あそこに三匹いるよ。もう一回やってみる?」
「そうだな・・・・・・一馬もやるか?」
「うん、やろうか」
「じゃあちょっと待ってね」
ルシアは三体のゾンビに近づき、手に持った剣で両手両足を斬り落とした。
「はい。これでもう動けないからやりやすいでしょ? 後はこうやって頭を潰すだけ」
一匹のゾンビの頭に剣を突き立てる。
「ね? 簡単でしょ? タカオとカズマも今みたいに刺してごらん?」
俺と一馬は倒れたゾンビの頭上に立ち、短槍を振りかぶる。
「刺しても斬ってもいいけど、斬るなら刃の向きを合わせないと駄目だよ。ちゃんと刃を立てないとさっきのタカオみたいになるからね。潰れて中身が飛んで来るよ」
む、確かにまた刃の腹で叩く所だった。短槍を下ろし握り替えて、ゾンビの頭に刃を合わせ振りかぶる。
グジュッ
横を見ると、一馬はゾンビの頭に短槍を突き立てていた。
「どう? カズマ。やれそう?」
「まあ、はい。生き物じゃ無いと思えば何とか」
「うん、解った。よく頑張ったね。じゃあタカオもやって?」
「ああ」
俺はゾンビの頭に短槍を振り下ろす。
ゴキュッ
・・・・・・嫌な手ごたえだ。刃をちゃんと立てられなかった様で、ゾンビの頭の中程で止まっている。一応脳は破壊できた様で、ゾンビの動きは止まった。
「タカオはどう?」
「ゾンビとは言え人の頭を割るのなんか初めてだからな。まあ嫌な感触だ」
「そっか。でも出来たからね。タカオもよく頑張ったね。どうする?もうちょっとやる?」
「あ、僕はやりたいです」
「タカオは? どうする?」
「一馬がやりたいって言うなら付き合うよ」
「解った。じゃあ少しその辺を散歩しながらゾンビ退治と行こうか」
「ミカ達に言わなくていいのか?」
「タカオ達だけなら不味いけど、今は私がいるから大丈夫でしょ」
「そうか。じゃあ食べ物でも探しながらにしよう」
「うん、そうだね」
俺達は漁村らしき所をうろつく。看板を挙げている店らしき建物もあるが、ハングル文字が読めないので中を覗くまで何の店か解らない。
ルシアが先に入り、中の安全を確保してから俺達が入る。建物の中で俺と一馬が不意打ちを躱せるほど戦闘慣れしていないからだ。
だから路上のゾンビは俺達の担当になり、途中で何回かゾンビと遭遇した。戦果としては俺が四匹、一馬が六匹倒した。気分的には未だ慣れないが、武器となる物を相手に叩きつける行為自体は多少なりとも慣れたとは思う。
しかし・・・・・・思ったよりもゾンビがいない。もっと映画みたいに絶望的な数がいるのかと思っていたが。
集落を抜けたのか、視界には畑が広がっている。
「ルシア、そろそろ戻らないか?」
「んー、そうする? 思ったよりいなかったね」
「そうだな。いなくて良かったのか悪かったのか」
「ねえ父さん、ルシアさん。向こうから来てるよ」
一馬が指し示す方を見ると、畑の横にある森から数匹のゾンビが出てきて、こちらに向かって来ている。
「ん? 何か動きが変じゃないか?」
「そうだよね、おかしいよね? 動きが速くない?」
「あれは・・・・・・レブナントだね。どうする? やってみる?」
「やってみる? じゃないだろ。どんどん森から出て来てるぞ!」
動きが速いレブナント三匹を先頭に、ぱらぱらとゾンビが森から出て来る。
「他の奴に近づかれる前に倒せば、一匹一匹に距離があるから大丈夫だよ。レブナントもちょっと動きが速いだけで、対処法は一緒だし。・・・・・・でも万が一があると困るから、レブナントだけ私がやるね」
そう言ってルシアは飛び出し、瞬く間に三匹のレブナントの首を落として戻って来た。
「はい、もう後はゾンビだけだからがんばってね」
1,2,3,4、・・・・・・全部で十七匹か。今迄は多くて三匹だったのに、いきなり十七匹か・・・・・・仕方が無い、やるか。




