9-1
海に出て約四時間。大分陸地に近づいてきた。陸地と言うか韓国だ。
ルシアと一樹、ジルは、船首の方でなにやら修行じみた事をやっていた。狭い船首に立たされルシアの攻撃を捌く練習とか、海に向かって剣閃を飛ばして海面を斬って見たりとか・・・・・海が割れる所なんて初めて見たぞ。一樹は流石に出来なかったみたいだけどな。 “斬る” と言うより “爆発” させていたな。
俺はミカと一緒にいて、指輪やネックレスに付与? をしているのを見ていた。翻訳、攻撃力UP 防御力UP、すばやさUP、一回だけの即死回避を付与したそうだ。途中で 『他に何かある?』 と聞かれたが、『急に言われても解らない』 と答えておいた。その後も 『性欲増強とかどうかしら?』 などと言って来るので、『敵に美人がいたらどうするんだ?』 と答えたら唸っていた。
ルードとザックとサイガはずっと飲んでいた。お前達飲み過ぎだろう? 特にルード。水みたいに飲むなよ。酒の数を減らせばトラックじゃ無くても良いんじゃないか? ルード達が乗って来たトラックには酒瓶しか乗って無かったよな。
そして一馬。お前はどれだけエルフが好きなんだよ。酒盛りをしている三人に割って入り、異種族の事を聞きまくっていた。特にエルフを。あれだよな? 他の種族の話を聞いていたのは、エルフ好きを隠す為のカモフラージュだよな? 特にサイガに絡んでいたもんな。サイガはサイガで一馬の問いかけに律儀に答えてくれていた。人斬りとか呼ばれているけど、周りに嵌められただけでやっぱり悪人じゃないんだな。
「タカオ、何処から上陸するの?」
「そうだな・・・・・・まだ明るいから、このまま陸地に沿って行っても大丈夫か? ほら、マナの量とか」
「ええ、問題無いわ」
「そうか。じゃあちょっと待ってくれ、今地図を見るから」
道中見つけた本屋で頂いてきた世界地図を見る。
ここから真っ直ぐ来たとして、今はこの辺りか・・・・・・南西に向かって真っすぐに行けば上海辺りに着くな。上陸して韓国、北朝鮮と通過するより、このまま海の方がいいのか? それとも韓国の先っぽで一時上陸してキャンプをして、明日の朝出発で上海を目指した方がいいのか・・・・・・って言うかハングル文字が読めないから地名が解らない。
「なあミカ、今この辺りなんだ。で、目的地はこの辺。上陸してこっちをぐるっと回って陸路で行くのと、このまま船でここまで行くのとどっちがいいとおもう?」
地図を指さしながらミカに説明する。
「・・・・・・海からでしょ。陸地を行ったら一週間はロスをするんじゃないかしら」
「だよな。解った。今日はこの辺りまで行って、一度上陸してキャンプにしよう。で、明日海を渡ってここ、上海って言うんだがそこまで行く事にする。それでいいか?」
「ええ、問題無いと思うわ」
「よし。サイガにも言って来るな」
サイガは行程自体はどうでもいいようで、
「お前達が決めたならそれでいいぞ。じゃあもう少し陸に寄せて行こう。それよりタカオが持ってるそれって地図か? ちょっと見せてくれよ。イグナスとあまり変わらないんだろ?」
「ああ、そうらしいな」
「儂等も見るのは初めてじゃの」
「へー、これがタカオ達の世界か。今どの辺なんだ?」
「この辺だな。このまま海を行って、今晩はこの辺でキャンプにする。で、明日の朝ここからここまで船で行く」
「ほう・・・・・・で、そこからはどっちに行くんだ?」
「真っ直ぐ西って言っても解らないか。こっちの方だな」
上海から真っ直ぐ・・・・・・とりあえずニューデリーを指す。
「そうか。惜しかったなカズマ。こっちが西だから下は南だろ? 地図が微妙に違うから正確には解らないが、南西の方向ならエルフの隠れ里があったのにな。ほら、この辺だぞ?」
サイガはそう言いながらタイの辺りを指している。
「・・・・・・一馬・・・・・・」
「解ってるよ父さん。母さんと詩歩が先だ。夢を追うのはその後でいい」
「お、おう、そうか。すまん。今少し疑ってた」
「ふふ、大丈夫だよ父さん。サイガさんに色々聞いたんだ。そう、色々とね。うふふふふふ」
「・・・・・・おいサイガ。一馬に何言ったんだ?」
「特別な事は言ってねーけどな」
「言いまくってたじゃねーか」
「うむ、言っていたの」
「何を?」
「そこの隠れ里には女しかいないから、他種族でも男はモテモテだぞとか」
「俺はパーティメンバーがそこ出身だから何も出来んけどな、裏では引く手数多だぞ。とも言っておったの」
「それの何が悪いんだよ。若人に生き延びる為の糧を与えただけじゃねーか。なあカズマ」
「そうですね。夢でしか見る事が叶わなかった嫁が、現実にいるんです。僕は何が何でも死にませんよ」
「・・・・・・お前・・・・・・本当に大丈夫か? 一樹より酷いよな?」
「呼んだ?」
船首から一樹が来た。
「ああすまん。呼んだわけじゃないんだがな。ルシアとの特訓は終わりか?」
「あ、そうそう。陸に誰かいるよ? 結構な人数が歩いてる」
「何!? 何処だ?」
陸地に並行するようにヨットは進んでいたが、いつの間にか随分と陸地に近づいていたな。
「・・・・・・って言うか俺には見えないんだが・・・・・・」
「えー? ほらあそこ。見えない?」
「工業地帯っぽいのは解るが、人なんかまったく見えん」
「もうちょっと近づいて見るか?」
「ああ、サイガ頼む」
地図を見るが・・・・・・そう言えば何だこの地図。日本は日本語で書いてある、アメリカやアフリカヨーロッパ他はカタカナ。中国は漢字だから何となくは解る。それなのに! 何で朝鮮半島だけハングル文字で書いてあるんだよ! 読めないから地名が全く解らない。
「ほら、父さんでもそろそろ見えるんじゃない?」
一馬が言って来る。
「ん? ・・・・・・ああ、確かに歩いてる人がいるな・・・・・・しかも随分いるな、全員生き残りなのか? 何やってんだ、あんな所で」
海に面したコンテナヤードに多数の人影が見える。
「ねえルード、あれってさぁ・・・・・・」
「うむ、そうじゃな。間違いない。サイガ、引き返して沖に出るのじゃ」
「おう、解った」
ルシアとルードは何やら解った様だ。サイガもか?
「何が間違いないんだ?」
「タカオ、あれ全部ゾンビだよ?」
「・・・・・・そうなのか?」
「ええ、私も確認したわ。全員ゾンビよ。少なくとも生存者はいないわ」
「そうか。上陸しなくて良かったな。じゃあ予定通り進もう」
「・・・・・・それだけ?」
ミカが問いかけて来る。
「それだけって・・・・・・何が? 要は死人だろ?」
「タカオ。あのゾンビたちはタカオ達の世界の人達よ? 服装で解るでしょ? おかしいと思わない? タカオの世界は普通にゾンビがいる世界なの?」
「・・・・・・言われてみればそうだな。何でこの世界の住人がゾンビになってるんだ?」
「それは解らないけど・・・・・・」
・・・・・・韓国って土葬だったか? 中国は未だ土葬の地域もあるとは聞いた事はあるが。仮に土葬だとしても、死に装束は統一される筈だよな? 作業服やヘルメットを被るなんて有り得ない筈だ。
そのままヨットを進めたが、海沿いに街や施設がある場所には必ずゾンビの姿が確認できた。もうすぐキャンプ予定地に到着するんだが・・・・・・
「なあ皆、このまま上陸して大丈夫だと思うか?」
「ん? 何がだ?」
「何がだって・・・・・・ザック、ゾンビの事だよ」
「何じゃ、タカオはゾンビの事を気にしていたのか? ミカがおるじゃろう」
「ああ、ミカがいれば問題無いぞ」
「焼き払うのか?」
「そうね。下手に打撃や斬撃で倒すと後々厄介だからね、全て焼き尽くすわ」
「厄介って? 死体の処理の事か?」
「ええ、ゾンビは素材自体にもあまり価値が無いからね。かと言ってそのまま放置は疫病とかを引き起こすから出来ないし。どの道焼かなければいけないのよ。だからイグナスではゾンビ系を相手取る時は、最初っから火魔法で攻撃してそのまま焼却処分ね」
「何だ、またミカの世話になるのか」
「何か不満?」
「不満とかじゃない。ミカに任せてばかりで申し訳ないんだ」
「ふふ、大丈夫よ。ありがとう」
「じゃあ予定通りでいいんだな?」
「ええ、何の問題も無いわ。・・・・・・只・・・・・・そうね」
「只、何だ?」
「タカオはゾンビの事知っているの?」
「実物を見るのは初めてだけどな。動きが遅くて、人肉を食べる。倒すには頭部の破壊。不意を突かれるのと、囲まれない限りはあまり脅威じゃないって位か? 知ってるのはそんな程度だ」
「そうね。大体合ってるわ。あとは種類によって攻撃方法や動きが違うから気を付けてね」
「気を付ける?」
「タカオとカズマにも闘って貰うわよ。ルシア、タカオとカズマに使えそうな武器を出して」
「解った。何がいいかな・・・・・・鈍器だと潰した時に飛び散るから、やっぱり短刀かな・・・・・・」
「ミカ・・・・・・」
「ええ、戦闘の初心者には丁度良い相手だわ。意思も無く本能のみで動く死体だから、そこまで思う所も無いでしょ?」
「マジか・・・・・・」
「マジよ。それともゴブリンとかの方が良かった? 異形の者とは言え殺せば血も噴き出すわよ?」
「まあその点はゾンビの方が気が楽だよな。なあタカオ。死しても尚動かされている可哀想な奴らに引導を渡すんだ。そう考えたらどうだ?」
「・・・・・・まあ確かにな。いつまでも自分の手を汚さないで済む訳無いもんな」
「僕はやります。父さん自分で言ってたでしょ。今迄の常識は捨てなくちゃいけないって。これはその常識を捨てるいい機会だよ」
「そうよ。何も片っ端から目につく物全てを殺せって言っている訳じゃ無いわ。でもねタカオ。今迄は言わないでいたけど、はっきり言うわ。あなたはまだ 『また元の世界の様に暮らせる』 って思ってるでしょ? でもそれは叶わない夢よ。もう戻る事は無いわ。あなたは弱肉強食の世界で生きて行くの。 タカオの命を大切にする考えは素晴らしいと思うわ。でもね、今迄の様な考え方でいたら、幾ら命があっても足らないわよ。全ての敵はあなたを殺しに来るんだから」
・・・・・・まあな、アルマとの会話もあったとは言え今一信じ切れてなかったと言うか、現実逃避していたと言うか・・・・・・自分がこういう世界で生きて行く事になるなんて、思いもしなかったもんな。
「解った、やるよ」
「解ってくれて嬉しいわ。なにも私達みたいになれなんて言わないから。いざという時の覚悟だけは持っていて欲しいの」
「ああ、解ったよ」
「じゃあルシア。良いのはあったかしら?」
「うん、剣だと慣れないと自分の足を斬ったりしちゃうから、短槍にしたけどどうかな? 斬っても刺しても叩いてもイケるから良いと思うけど」
ルシアが取り出した武器は、穂先に刃渡り30㎝位の良く切れそうな両刃の刃が付いている物だった。長さは150㎝位か? 柄の部分は丸では無く楕円になっている。突くだけじゃ無く斬る事も視野に入れているんだろう。しかし柄全体に何やら文様が描かれている。石突は・・・・・・特に変わった所は無さそうだ。すっぽ抜けない様になのか? 柄よりも少し大きい金属が付けられている。
「あら、それって。懐かしいわね」
「うむ、そうじゃの。ドワーフ領のヒガンの遺跡じゃったか?」
「うん、そうだね。えっと、名前何だっけ? 奥の間のガーディアンが持っていた奴。宝珠と弓もあるよ」
「・・・・・・ルシアって倒した敵の武器を持ち帰る癖でもあるのか? ルシアが出す武器って殆どが敵からの鹵獲品だよな」
「何よそれー、私が武器の収集が趣味の可哀想な娘みたいな言い方して―。使えそうな物しか持ち帰りませんー」
「いやルシア、それだとタカオが言った通りの行動だぞ?」
ザック、ナイス突っ込み。
「名前か・・・・・・何じゃったかの。アーシラじゃったか?」
「アースラでしょう?」
「強かったよねー。手が六本あってそれぞれに武器持っててさ、顔も三つあるから死角が無かったんだよね」
手が六本に顔が三つ?
「それって阿修羅像か?」
「あ! それ! そうだよ、アシュラだよ。なによ二人共、アースラとかアーシラとか言っちゃって」
「お主だって忘れておったろうに・・・・・・」
「今更だが凄いなイグナスって。阿修羅像とかいるのかよ」
「こっちの空想上の物がかなりいるよね。なんか色々とヤバいよね」
「じゃあさ、海には人魚とかクラーケンとかいるんじゃないの?」
馬鹿! 一樹! 人魚はともかくクラーケンとか! 前振りになったらどうするんだ!
「ん? 普通におるぞ」
「・・・・・・どっちが?」
「両方じゃ」
「マジか?」
「マジじゃ」
「・・・・・・じゃあさ、こんな小さいヨットでのんびり海の旅を楽しんでる余裕なんて無いんじゃないのか?」
「確かにそうじゃな。クラーケンなんぞに襲われた日には、こんな小舟などひとたまりも無いわい。じゃがの、この船にはミカもルシアも乗っておるんじゃ。触手の一本でも出した途端に焼くか斬られるかするわい」
「へー。やっぱりミカちゃんとルシアちゃんは凄いんだねぇ。でも人魚は見てみたいな。ね、おにい」
「そうだな、一回くらいは見てみたいな」
「何だお前達は。人魚にも興味があるのか?」
「え? ザックさん? いや、興味と言うか好奇心と言うか・・・・・・」
「あのな、イグナスでは人魚は魔物の部類に入るんだぞ? 」
「「ええっ!」」
「唄で船員たちを混乱させて、座礁させたりするんだ。ひどい奴等だと直接船底に穴を開けて転覆させるからな。結構質の悪い奴等だぞ。言葉だって通じないしな」
「で、でも唄は歌うんですね」
「唄って言ったって、 『ギィィィ』 とか 『ギャァァ』 だぞ。殆ど鳴き声だな。あいつら喋れないからな。半人半魚の獣だ」
「えー、そうなんだ・・・・・・」
「何だショックだったか?」
「ちょっとね」
そんな事を話している内に、今日の目的地周辺に着いたんだが、
「この辺は小島が多いな・・・・・・わざわざ危険のありそうな大陸側に行くより、その辺の小島の方が良くないか?」
「そうね。それはそうかもしれないけど・・・・・・でも、タカオ?」
「解ってるよ。ちゃんと闘うから」
「ならいいわ。じゃあ何処の島にする?」
「一晩泊まるだけなんだ、何処でもいいだろ?」
「そうね。じゃあそこの島にしましょう。建物もあるから食べ物もあるんじゃないかしら。サイガ、そこの島に向かって」
「おう、解った」
サイガの操船とミカの風魔法で島へ向かう。・・・・・・段々と俺にも見えて来た。島と島を繋ぐ?大きな橋を潜って湾の中に入る。漁村っぽいな。
「なあ、サイガ。あまり奥まで行く事も無いんじゃないか?」
「そうか? じゃあその辺の桟橋に止めるぞ」
ルシアやルード達は周囲の警戒をしている。
「ルードはどう思う? 何かいるかな?」
「どうじゃろうな。ゾンビ共は周りに獲物がいないと立っているだけで動かんからのう」
「先に俺とルシアで見て来るか?」
「そうだねザック。そうしよう。ミカ、いいよね?」
「ええ、お願いするわ」
ルシアとザックは宙に浮き、島へと飛んで行った。
「ミカ、ゾンビって海とか渡れるのか? 泳ぐのは無理としても、ほら、海底を歩いたりしてさ」
「んー、聞いた事無いわね。元々死んでいるから溺れたりはしないだろうけど・・・・・・」
「なんだ、タカオはともかく炎帝も知らないのか? ゾンビは水は平気だぞ。歩けるところならどこまでも来るぞ」
「本当なの? サイガ。」
「ああ、本当だぜ。普通のゾンビはトロいから流されて無理だろうが、レブナントとインフェクテッドは川も渡って来るぞ」
「レブナントは普通のゾンビに紛れてよくいるけど、インフェクテッドなんて早々いないでしょ? 私でさえ見た事無いわよ?」
「そうか? 俺はダンジョンの奥で二回遭遇したぞ?」
ん? そんなレアゾンビがいるのか?




