7-1
俺とミカ、ザックは4t車に乗って、“ダ” の死体がある場所を目指している。
「なあザック、山の向こうってのはいいんだが、もう少し目印みたいのは無かったのか?」
「そうだなあ・・・・・・結構開けている場所だったぞ? 石切り場みたいな感じだったな」
・・・・・・山の向こうの石切り場・・・・・・確か採石場があったな。そこの事か?
「そうか。何となく解った」
十数分トラックを走らせ、採石場に着いた。
「言っても解らんだろうが、ここだと思うんだけどな」
「ああ、そうだな。あの山の上の塔から見下ろしたから、ここで合ってるはずだ」
塔? ああ、電波塔の事か。採石場の敷地内へトラックを進め、
「おお、合ってる合ってる。ほらレギオンたちの死体が見えるだろ?」
「ああ、見えるんだが・・・・・・」
なんだこの数は・・・・・・
「ず、随分と数が多かったんだな」
「そうか? まだ少ない方だぞ? なあミカ」
「そうね。ざっと見て2000もいないでしょ?」
「ああ、1800位だったな」
「それで少ないのかよ。何か見た事が無いデカいのも転がってるし」
「ああ、あれはトロルだな。50位いたけど、全部カズキが倒したぞ?」
「はあ!? 一樹が!?」
「ああ、ルードが “ダ” を抑えてる間に、俺がグレムリン。そこに転がってる羽の生えた奴な。ジルがウォードッグ、カズキがトロル。で、残りがルシアって分担でやったんだけどな? カズキの奴、良い殺りっぷりだったぞ?」
・・・・・・おい一樹にしろジルにしろ、お前等大丈夫か? 順応性高過ぎじゃないか?
「ほれ、あったあった。あのデカい岩みたいな塊が “ダ” だ」
トラックを近くに止め、歩いて近づいて見る。
「・・・・・・何だこりゃ? 人型の上半身に四足の下半身・・・・・・ケンタウロスか何かか?」
「お? こっちにもケンタウロスがいるのか?」
「いると言うか、空想上の生き物だけどな。神話とかそっち系の」
「ふーん。やっぱり色々と似通っているんだな。で、どうだミカ? 何か解ったか?」
「・・・・・・イグナスでは見た事も聞いた事も無いわね。元はギガントドラゴンって言ってたんでしょ? それがどうやったらこんな生き物になるのかしら。想像もつかないわ」
「遺伝子操作で強化したとかいってたぞ?」
「遺伝子ねぇ・・・・・・」
「へー、異世界の遺伝子操作は凄いんだな」
「タカオは遺伝子が何か知っているの?」
「ん? ああ、全然詳しくは無いがな。どんな物か程度なら知ってるぞ」
「教えて」
「ああ、遺伝子ってのはな・・・・・・説明するとなると難しいな・・・・・・」
「何となく解ればいいから」
「えーっと、例えばだ。人からは人が生まれるし、馬からは馬が生まれるだろ? 人から馬が生まれる事は無い筈だ」
「そうね」
「それは遺伝子って言う、その生物を形作る為の情報を持っているからなんだ」
地面によく見る二重らせんの絵を書く。
「遺伝子はこんな形をしているらしくてな、生命を作る時はこの情報を元に作られるから、人から馬が生まれる事は無いんだ」
「みんなそうなの?」
「らしいぞ? 俺も良く知らないけどな」
「ふーん、それで?」
「で、人間で例えるとするとだ、この二重らせんの一部。ここを一本抜いたとする。そうすると、まあ何かしらの不具合を持って生まれてくる事になるんだ」
「不具合とは?」
「色々だな。只悪い方向にばかり行く物でも無いらしい。良い結果が出る事もあるみたいだが、その辺はもう俺では解らん」
「で? “ダ” は?」
「ああ。で、その遺伝子をな、人為的に操作する研究も行われている。そのまんま遺伝子操作だな。内容的にはクローンの研究とかになるのかな。ヤギとかでは成功したとか何とか」
「くろぉん? 何だか良く解らない話だな。結局それが何だってんだ?」
「ああ、俺も話していて解らなくなって来た。まあ要はその遺伝子の仕組みを正確に理解していれば、全く新しい生命を生み出すことも可能であり、強化も自由自在だって事だ」
「・・・・・・じゃあキメラとかはそれに当たるのかしら?」
「キメラ? あれか、頭が鷲で体が獅子。で、羽が生えて――」
「それはグリフォン。キメラは違う。所謂合成獣の事」
ブフゥッ・・・・・・・・・・・・またザックに笑われちまったよ・・・・・・。
「ま、まあそのキメラを見た事が無いから何とも言えないが、そうかもしれないな。ギガントドラゴンだっけ? そいつに人の遺伝子と、防御力が高い何かの遺伝子、腕力が強い何かの遺伝子。後は良く解らないが、それらを上手く組み合わせればこんなのが出来るんじゃないのか? 要望を聞いてくれる様な事も言ってたんだろ?」
「そうだな、そんな感じの事も言ってたな」
「何となくは解ったわ。今度試してみようかしら?」
「止めとけ止めとけ。あまり理解できてない俺が言うのも何だが、遺伝子操作なんか神の領域だぞ? ろくなことにならねえよ」
「そう、じゃあ今の所は止めておくわ」
「よし! じゃあさっさと積むか!」
「そうね。帰ってからゆっくりバラせばいいわね」
・・・・・・来ておいて何だが、マジで持って帰るのか? 血だらけじゃんかよ。
「よっと・・・・・・見た目通り思いな」
ザックは血だらけの “ダ” を担ぎ上げ、トラックの荷台に乗せる。ザックもかなりの怪力だな。「重いな」と言いながらも、ミニバン位の大きさの物を軽々と持ち上げている。それに当然の事ながら、ザックの着ている革鎧も血だらけになる。 おいおい、横から “ダ” の長い尻尾がでろーんってはみ出してるぞ。太い尻尾だ。爬虫類博で見たニシキヘビ位太いな。
「なあザック、帰りはそれで中に乗るのか?」
「あん? ああ、この血か? 大丈夫だって、心配要らねえよ。この程度の汚れはな、浄化の魔法で綺麗さっぱりだ」
そう言うザックの周りに薄い膜が張ったと思ったら、シュウシュウと音を立てながらこびりついた血が消えて行った。
「な? 綺麗になっただろ?」
「ああ、便利な魔法だな。風呂要らずか。いいな、それ。」
「汚れを落とすだけ。湯浴みをした時の様なさっぱり感は無いわ」
「ふーん。でも汚れが落ちるだけでも随分ましだろ?」
そう言いながら、横からはみ出た “ダ” の尻尾を荷台に乗せようと触れた時、
バチイッ!!
「ぐうっ!」
またバチイッって! 一体何なんだ・・・・・・うう・・・・・・目の前が暗くなって・・・・・・・・・・・・
「おいミカ! 急にタカオがぶっ倒れたぞ!?」
「タカオ!? タカオ! どうしたの!? ザック! 今タカオは何をしたの!?」
「解らねえ。俺には “ダ” の尻尾を触った様にしか見えなかったが」
私は状況を確認する。 “ダ” の尻尾を触ったと言っていたわね。ぺたりと尻尾に触れてみる・・・・・・私には何も起きない。ザックも触ったけど何も起きていなかった。やはりこちらの世界特有の何かかしら? もしそうだったら私には解らない。怪我や発熱などの一般的な物なら治す自信はあるけど、特有の病気となると下手な事も出来ないし・・・・・・。
もう一度タカオの状態を見る。・・・・・・発熱や発汗は無し、呼吸も正常。触った掌も異常は見当たらない。ただ眠っている様に意識が無いだけ。一体タカオに何が起きているの?
「・・・・・・息はしているわね。何が起きたか解らない以上、動かすのは不味いかもしれないわね。チキュウ特有の何かかもしれないし。ザック、ルード達を呼んできて頂戴。それとカズマに状況を説明して、薬か何かがあったら持ってくるように言って」
「おう、解った。タカオは任せたぞ!」
「タカオ! タカオ! どうしたの? 目を覚まして!」
・・・・・・うぐう・・・・・・何があった? “ダ” を触ってバチッときて・・・・・・気を失って倒れたのか? 向こうの物に触るのは止めた方がいいな。痛って、おでこ擦り剥いてんよ。全く・・・・・・
ん? そう言えば掌の傷が無い?
立ち上がりズボンを捲りあげ膝を見ると、擦り剥いて紫になっていた膝は、掌同様綺麗に治っている。
・・・・・・いつ治ったんだ? 2,3日で治るような傷じゃ無かったと思うんだが。
「なあミカ。俺の傷って・・・・・・・・・・・・何処だここ?」
ミカに話しかけようと、周りを見回して初めて気づいた。床も壁も天井も、置いてある家具も全てが白で統一された部屋。
「あれ? 採石場にいたよな? 気絶して何処かに運び込まれたのか?」
部屋の中央にはガーデンテーブルと椅子が2脚。色は当然白。それに窓は無く、扉も無い。
「なんだここは? どうやって入ったんだ?」
壁をペタペタ触りながら、部屋を一周すると、
「こんにちは」
部屋の中央にあるテーブルの椅子に、これまた白を基調としたワンピースを着た一人の女が座っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・あれ? 言葉が違ったかしら? こーんにーちはー、私の言っている事が解りますかー?」
「あ、ああ、解る」
「あ、やっぱりこれで合ってたわね。では改めて、こんにちは」
「こ、こんにちは」
「うん、やっぱり混乱するよね。じゃあまずは自己紹介から。私は破壊と創造を司る神、アーリマンと言います。以後お見知りおきをお願いしますね」
「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます。俺、いや私は鈴木孝雄と言います。宜しくお願いします」
「・・・・・・話辛い?」
「ま、まあ多少は」
「じゃあ普通に喋って良いよ」
「・・・・・・解ったありがとう。ついでに質問しても良いか?」
「ええ、良いわよ? 答えられる範囲でなら答えてあげる」
「解った。それで構わない。まず、俺は死んだのか?」
「答えはNOよ」
「死んだ訳じゃ無いのか。じゃあここは何処だ?」
「私の部屋よ」
「・・・・・・それは何処にあるんだ?」
「次元の狭間よ」
「・・・・・・俺は元の世界に帰れるのか?」
「私の話し相手になって、満足させてくれたら帰らせてあげる」
・・・・・・何言ってんだこいつ。
「・・・・・・それは何時までだ? 期限はあるのか?」
「私の気が済むまでね」
「・・・・・・それって・・・・・・」
「大丈夫よ? ここにいる限り、老化もしなければ空腹にもならない。外の時間もほぼ止まっているわ。仮に何千年ここにいようと、外の世界では大して時間は経っていないから。だからその辺は安心して」
「・・・・・・浦島太郎って知ってるか?」
「ふふ、もちろん知ってるわ。大丈夫よ、あんな事にはならないから。神の名に於いて約束するわ」
「そうか。じゃあ俺が話し相手に選ばれた? って言うのか? 何で俺なんだ?」
「あなたの元に二人の少女が来たでしょ? 青い髪の娘と銀の髪の娘の二人よ」
「ああ、来たな。それが?」
「青い髪の娘がね、ここにいた私まで攻撃を届かせたのよ。攻撃されること自体は何度もあったけど、依代への攻撃を次元の狭間にいる私まで届かせたのは、何千年もの間であの娘が初めてなのよ。その時は私もびっくりしちゃってね、ついかっとなって無理やりあなたの世界に送り込んじゃったんだけど、後々落ち着いて考えたら勿体ない事しちゃったなって思ったの。それであなたを呼んだって訳」
「だから、何でそこで俺なんだ? 青い髪の娘はミカって言うんだが、ミカを直接呼べば良かっただろう? それに銀髪はルシアだ」
「神と言えど万能では無いって事ね。一度、直接手を下して作用させた対象には二度目は無いのよ。向こうの世界からこっちに送り込んだ時に、直接手を下しちゃったからね。本当に大失敗だったわ」
「良く解らんがそうなのか」
「そうなのよ」
「で? 俺が呼ばれた理由は?」
「ミカって言う娘がそこまでご執心のあなたにも興味があったからね。 “ダ” に触った時はチャンスだと思ったわ。無理やり眷属化して、ここに呼び込んだのよ」
「ちょっと待て」
「なぁに?」
「今何て言った?」
「チャンスだと思った」
「その後」
「呼び込んだのよ?」
「・・・・・・わざとやってるだろ・・・・・・」
「ふふふ、やっぱり解る?」
「眷属化ってどういう事だ?」
「言葉のままよ? スズキタカオ、あなたは既に私の眷属となっているわ」




