閑話
三日前 イグナス サビアル王城を包囲する、連合軍の一角。潜入部隊を選抜した場所
獣人王アルゴ、不死王ヒルダ、魔王ムーアの他、各種族の軍の代表者が集まっていた。
「まだ何も連絡は来ねえのか!」
アルゴは潜入部隊のジークとの連絡係である商人に怒鳴りつける。
ジークは配下の商人に、通信の魔導具を渡してある。世界中に散らばる配下の者と、商品の売買に関する情報をリアルタイムでやり取りする為だ。
「は、はい。未だジークさんからは何の連絡はありません」
「チッ。だから俺が行くって行ったんだ! 俺とルード、ルシアがいりゃあ正面から行けた! そうすりゃこんな時間が掛かる事も無かったんだ!」
「落ち着けアルゴよ。まだ30分も経っていないであろう。単にお主が行きたかっただけであろう? ジーク配下の者に当たるでないわ」
不死王ヒルダが獣王アルゴをたしなめる。
「チッ、これだから長寿種とは気が合わねえんだよ。時間の流れがのんびりし過ぎてんから、考え方もトロいんだよ。脳みそ腐ってるんじゃねえのか? なあムーアもそう思うだろ?」
「ふふふ、考えるよりも先に手が出る様な、脳みそまで筋肉よりは断然ましだわ」
「んだこらあ!! どういう意味だそらあ!!」
闘気を爆発させる獣王アルゴ。
「お主の方こそ。血が有り余っているなら抜いてやっても良いぞ?」
黒い気を纏い始める不死王ヒルダ。
「おもしれえ。どの程度まで細切れにすりゃあ不死族って奴は死ぬのか、試してみたかったんだよな」
「ふん、わらわは獣の血なぞ欲しくは無いがの。まあ下級のヴァンパイアには丁度良いじゃろう」
「てめえ・・・・・・」
周囲の空気が殺気で重くなる。
他の者も一応は各国の代表者。腕に覚えがあるとは言え、獣王と不死王とは天と地程の差がある。
二人の殺気に呑まれて身動き一つ出来ずにいる所に、魔王ムーアが一言・・・・・・
「全く下らんことで・・・・・・アルゴはともかくヒルダまで・・・・・・ガキか」
その一言で、アルゴとヒルダの殺気がムーアに向かうが、当のムーアはどこ吹く風だ。
そこでジーク配下の商人が口を開く。
「ジークさんから通信入りました」
「何だと!? 今どうなってやがんだ!!」
「静かにせんか愚か者が。聞こえんであろう」
「はい、音声出します!」
「・・・・・・こち・・ジーク、・・こえま・・?」
「おお、聞こえんぞ! そっちはどうだ!?」
「ちゃんと聞こえんじゃろうが。静かにせんか」
「こちらジーク、聞こえますか?」
「はい、ジークさん。良好です」
「こちら緊急を要する事態にある為、用件だけ伝える。セルビア王城内、王の間にて破壊神アーリマンと名乗る者と交戦中。イグナスとイグナスの並行世界? とを破壊を前提とした世界の融合を試みているそうだ。融合後は世界がどうなるかは不明。それに伴い今迄以上の規模の、大量の魔物を召喚すると宣言。その数70億以上と予測する。連合軍の現在地では、数に押し潰される可能性あり。後退を進言する。我々は破壊神アーリマンの討伐を試みるが、可能性は低い。こちらはこちらで何とかするので、連合軍各位の奮闘を祈る。もし王城を制圧出来たら、王の間に転移ゲートが有るので、そこから物資の投下を願う」
「・・・・・・・・・・・・通信きれました」
「何言ってんだあいつ? ここまで追い詰めたのに、後退してどうすんだよ。なあ、ヒルダ」
「お主は黙っておれ。のう、今のは確かにジークだったのかえ?」
「こ、このババア・・・・・・」
「は、はい。間違いありません」
「ふむ・・・・・・では全軍に通達。軍を下がらせよとな。撤退戦のつもりで交戦せよとも伝えよ」
「おいヒルダ! お前マジで言ってんのか!」
「マジもマジ、大マジじゃ。お主は70億と言う数が解っておるのか?」
「ああ? そんなもん一回100匹ぶっ飛ばしゃあ直ぐに終わんだろ?」
「・・・・・・これだから筋肉で物事を考える輩は面倒なんじゃ。お主はそれを何千万回も繰り返すのか? アホも休み休み言わんか」
「んだとババア!!」
「止めろ鬱陶しい。とりあえず我が障壁を張れば、多少は時間が稼げるであろう」
その時、王城を見張る兵から報告が入った。
「王城から光が漏れ始めています。前回までの波の時よりも数倍の明るさです!」
「む、確かに光が強いな。急いだ方がよさそうだ」
魔王ムーアは王城の方へ手をかざし唱えた。
「フレイムスフィア」
突如、王城を中心として半球状の炎の幕が形成される。正に炎のドームだ。
「これで暫くは時間を稼げるだろうが・・・・・・」
「だろうが何だよ?」
「かなりの数が我が炎に焼かれているな。上方でも焼かれている様だから、飛行部隊も相当数出ているぞ」
「そうか。対空戦力も戦闘に備えるように各部隊へ通達せよ」
ヒルダの指示に従い、伝令が走る。
「む、炎に耐性のある奴もいる様だ」
ムーアが言うと同時に、かなりの数が炎のドームから飛び出して来る。
「おいおい、炎に耐性がある奴だけでも、さっきまでの波より数が多いじゃねえか」
「やはり撤退しながらの方が良さそうじゃの。ドラゴンなんぞが出てきてブレスなんぞを吐かれた日には、
一般兵では無駄死にも良い所じゃ」
「ふむ、それもそうだが炎の種類を変えればいいだけの事。”来たれ地獄の炎よ、我が盾となりて敵を滅ぼせ。 ブラックサバス” 」
ムーアが唱えた直後、赤かった炎が黒い炎へと変わった。
「これで耐性持ちはおろか、死体さえ残らん。好きなだけ溢れ出るがいい」
「ほう、中々の威力の様じゃな。波が途切れたわ。あれはどの位持つのじゃ?」
「煉獄の黒い炎を召喚した。やろうと思えば一週間でも一カ月でも可能だ」
「ほう、煉獄の炎か。流石は魔王と言った所かの」
「なんだよ、俺の出番が無えじゃねえか」
「・・・・・・ふん、心配するなアルゴよ。何か来るぞ」
「ああん?」
その時、黒い炎のドームを突き破り何かが三つ飛び出してきた。それはそのまま飛翔して、我らの前に着地した。
・・・・・・何じゃこやつ等は? ムーアの黒い炎を抜けて来たからには、並大抵の者では無いのだろうが。
「ぺっぺっ、何だあの臭え火は。お前らが出したのか?」
「そうみたいね。真ん中の奴から強い魔力を感じるわ」
「・・・・・・」
何なのじゃこいつらは? この世界の者では無い? 最初に喋ったのは何かの動物の毛皮を羽織った大男。半人半獣っぽいが、オーガかトロルの血でも混ざっているのか? 少なくともまともな人間では無さそうじゃ。次に喋ったのは青白いドレスアーマーを纏った女。ブロンドの長髪を後ろで一つに編み込んでいる。手に持つのは、これまた青白い槍。それに無言の男。こいつの手は何じゃ? ガントレットではない様じゃが、生身の手でもない様じゃが。何かの金属で出来ているのか? 魔導具なのか? 服装も見た事が無い物を着ておる。あちこちに小物入れのポケットが付いておるな。
「全員今すぐにこの場から離れよ」
明らかに雰囲気のおかしい三人が来たことにより、周りの兵達に距離を取らせる。
「ふん、なんだあ? お前ら何処から来やがった?」
筋肉馬鹿のアルゴが問う。
「いひゃひゃひゃひゃ、教えるかバーカ。どうせお前らは俺様に殺されるんだ。言うだけ無駄だ」
大男がそう言う。
「ああん? オメ―面白え事言うなあ。誰が誰を殺すって?」
アルゴが大男の前に進み出る。目と鼻の先まで近づき、
「おら、もう一回言ってみろや。誰が誰を殺すんだって? ああ?」
「いひひひひ。おいアリシア! ジェイソン! こいつは俺が貰うぞ! いいな!」
アリシアと呼ばれた女が答える。
「好きにすれば? あなたがどうなろうと私には関係ないし。むしろさっさと死んで欲しいわ」
「うひゃひゃひゃ、言うじゃねえかこのクソ女が。おめえも何時か殺してやんよ。だが今はこいつだ。ジェイソンもいいな! 手ぇ出すんじゃねえぞ! こいつは俺の獲物だ!」
「・・・・・・好きにしろ」
「上等だごらぁ!」
いきなりアルゴが殴りかかる。全くこれだから筋肉で物を考える奴は・・・・・・もう少し情報を集めようとか考えられんのか。
ドゴン! と言う音と共に、アルゴの拳が炸裂する。キレている様でもしっかり闘気を乗せて攻撃しておるわ。相手も堪らないんじゃ・・・・・・微動だにしていない?
「いひっ、いひひひ。何だよ? そんなもんなのか? 威勢が良いからちょっとは期待してみたが、やっぱりそんなもんなのか? うはははは! 殴るってのはな、こうやんだよ!!」
ボグン!!
聞きなれない音と共にアルゴが吹き飛んだ? あのルードの攻撃でさえ耐えるアルゴを吹き飛ばすのか? 流石のムーアも多少は驚いた顔をしている。それもその筈。殴り合いで限定すれば、アルゴとルードに勝る者はイグナスにはいない筈。1200年生きているわらわでさえ、その二人に並ぶ者は数える程しか記憶にない。後の二人も異形の力を持っておるのか? 大男は吹き飛んだアルゴを追って歩いて行く。
「あの大男は何なんじゃ? アルゴを殴り飛ばす者などそうはおらんぞ?」
「あいつはバグヘッド。頭がおかしいのよ。イカレてるの。だからそう呼ばれているわ」
「ほう、成程の。して、お主等もわらわ達を殺すのかえ?」
「そうよ。死んで貰うわ。特にそっちのあなたを殺さなければ、あの黒い炎は消えないんでしょ?」
「そうだな。少なくとも我が死なん限りは、あの炎が消える事は無い」
「そう、じゃあ死んで」
アリシアと呼ばれた女は、一足飛びにムーアへ斬りかかるが、
ガギン!
ムーアは常時障壁を見に纏っておるからな。いかに急襲しようと・・・・・・ん? ムーアの足元が凍っている?
「あら、私のアイシクルランスの冷気が地面に流れちゃったわ。その障壁中々高性能ね」
「ふん」
あの女は冷気を操るのか?
「じゃあこれはどうかしら? “アブソリュート ゼロ” 」
周囲の気温が一気に下がっておる。ん? ムーアの障壁を凍らせておるのか?
「知ってるかしら? 極限の低温に晒されるとね、全ての物質はその動きを止めるのよ? 全てよ? しかも私の冷気には魔力も乗っている。よってその障壁も例外無く凍って――」
ムーアの障壁がパキパキと音を立てながら崩れていく。
「崩れ落ちる」
そう言ってアリシアは、ムーアの腹に氷の剣を突き立てた。
「ね?」
「ムー――」
「人の心配をしている場合か? お前も闘えるんだろう?」
わらわの前に、残った男が立ちふさがる。
「・・・・・・お主等は何をしたいんじゃ? 何故こんな事をする」
「聞いていないのか?」
「世界の融合がどうとかの話かえ?」
「そうだ。我らは神であり、管理者であるアーリマン様の眷属。バジュールによって融合に向かう二つの世界の生命を亡ぼす為に使わされた。あの黒炎がある限り、レギオン共が出て来れないのでな。見たところお前たちは指導者かそれに近い立場の者だろう? 他の者たちとは次元の違う強さを秘めているのが解るぞ? お前達を潰せば、後は雑兵の群れ。レギオン共で十分だろう」
「・・・・・・破滅へと向かっているのであろう? わざわざ生命を滅ぼさなくても良いのでは無いかえ?」
「破滅では無い。破壊だ。先程あの王城内で、かすり傷とは言えアーリマン様に攻撃を届かせた者がいてな。有り得ない事だが、偶然に偶然が折り重なって、融合を止められでもしたらまずいのでな。お前たちの様な力を持つ者は、優先して殺すよう指示が出ているのだ」
「破滅と破壊と、どう違うのじゃ。一緒であろう?」
「全く違うぞ? アーリマン様の基準で言えば、破滅はその対象が完全に滅するまで物事を進める事。破壊は壊すだけだ。その後には壊された対象が残る。今回の件に関して言えば、この世界が壊された後には、新しい世界が出来上がるという事だ」
「・・・・・・王城へ突入した者たちはどうなったのじゃ?」
「アーリマン様の手により一人は死亡、その他は全員向こうの世界へと飛ばされた」
「・・・・・・その話を信じろと?」
「信じる信じないはお前たちの勝手だ。我らは――」
「ちょっとまだやってるの? 早く殺しなさいよ? さっきの奴を殺したのにあの炎が消えないって事は、こいつでしょ? 無理なら私がやるわよ?」
アリシアが声を掛けてくる・・・・・・ムーアは? やられたのか? アリシアの後ろには、凍らされバラバラに砕かれたムーアが転がっていた。
「・・・・・・死に行く者へ、敬意を表していただけだ」
「ふーん、まあいいわ。早くこいつも殺しちゃってよ。姉さんがあの黒い炎から出られなくて、かなりキレてるから。とばっちりが来るわよ?」
「ふん。俺の知った事か。まあそう言う訳で死んで貰おう」
・・・・・・ムーアは本当にやられたのか? いや、それは無いじゃろう。ムーアが死んだら、あの黒い炎のドームも消えるはず。って事はじゃ、ムーアは生きている。それに少し離れた場所から、さっきから聞こえる爆発音。アルゴが闘っている音に違いない。わらわ一人でも負ける気はせんが、ここは時間を稼いだ方が良さそうじゃな。
その時
――ズズズン――
・・・・・・何じゃ? アルゴの筋肉馬鹿が加減なしに地面でも殴りつけたのか? いや、違う様じゃ。これは地揺れじゃな。しかもかなり大きい。・・・・・・おお、凄い揺れじゃ。立っていられんぞ? アリシアとジェイソンも片膝を着いて、揺れに耐えておるわ。
・・・・・・揺れが収まった様じゃな。ん? アリシアとやらは何処に行った? わらわの前にはジェイソン一人しかおらん。
「おい、アリシアとやらは何処へ行ったのじゃ?」
「・・・・・・今の地震は世界の融合が始まった事による現象だ。アリシアは融合により生じる歪によって、何処かへ飛ばされたのだろう」
「何処かって何処じゃ?」
「それは解らない」
「おうジェイソン! まだ殺ってねえのか!」
「お前は終わったのか?」
「いんや、あいつ歪でどっかに飛ばされちまったんだよ。全くつまらねえ」
「ふん。まあそういう事で死んでくれ」
目線をバグヘッドに移した瞬間、ジェイソンがわらわとの距離を詰め、わらわの腹に異形の手を当てていた。
その直後、キュイイイィィィと言う音と共にわらわの腹ははじけ飛び、強制的に上半身と下半身を切り離された・・・・・・
「げはははは! 相変わらずえげつねえ手だな! 何をされたかも解らないうちに死んじまうんだからな!」
全くだ・・・・・・今、わらわは何をされたのじゃ? 全く解らん。腹に手を添えられただけ。殺気を感じるどころか、マナの流れも感じられんかった。
ジェイソンはわらわをじっと見ている。死んだかどうか確認しているのか? ここは死んだふりをした方が良さそうじゃな。
「おいジェイソン、流石に死んでんだろ? あの炎が消えないって事はこいつらじゃ無かったんだよ。次行こうぜ次。アリシアのバカもどっかに飛ばされちまったのか? まったく何やってんだあのクソ女、本当に役に立たねぇな」
「・・・・・・そうだな。俺達もいつ何処に飛ばされるか解らんからな」
そう言って二人は去って行った。




