6-3
ルシア・ザック・一樹・ジル side
20分位走ったかしら? ザックはともかくカズキとジルも平然と着いて来ている。まあマナ中毒を発症したのだから当然と言えば当然ね。
「もうすぐだ、そろそろ速度を落とそう。あの変な塔にルードはいる筈だ」
「解ったわ。二人とも少しペースを落とすわよ。ここからは歩いて行きましょう。あと気配を消せるなら消して」
「どうやって消すの?」
「どうやってって・・・・・・ザック、どうやるの?」
「幾らなんでもまだ無理じゃねぇか? それに何でルシアは解らないんだよ? 出来るだろ?」
「ええ、出来るけど・・・・・・」
「教えられないってか? まあそんなもんだよな。口で言い表せるような物じゃ無いしな」
「でしょ?」
「いいか? 気配を消すってのは、簡単に言うと周囲の環境と同化するって事だ。そうとしか言いようが無い」
「同化? ジル解る?」
「あうっ」
驚いたわ。言語を理解している事にも驚いたけど、ジルの気配が段々と薄くなって来ている。そして完全に気配を消した。
「これは驚いたな。何だこのワンコは?」
「ええ、凄いわ」
「ジルみたいにやればいいの? だったら出来るよ。 おにいを尾行している時によく練習した。昨日位から出来る様になったよ。ほら、こうでしょ?」
「・・・・・・凄いわね、あなた達・・・・・・」
「全くだ。言って直ぐに出来るもんじゃないぞ?」
「ま、まあいいわ。その状態であの塔まで進むわよ?」
「解った」
「わふん」
気配を消したまま塔の下に着くと、上からルードが下りて来た。
「おお来たか。カズキとジルよ。見事な気配の消し方じゃ。将来は暗殺者かのう?」
「ふふん、エージェントは潜入工作もするからね」
「そうかそうか。将来見どころがあるからの、修行を怠らん様にな」
「うん、解った」
「勿論ジルもじゃぞ?」
「あうっ」
「で? レギオンは何処?」
「うむ、塔の上からのが見やすいから登るぞ」
私達は塔に登ったけど・・・・・・かちゃっと音がしたから振り返ったら、ジルも登って来ていた。
「あ、あなた本当に凄いわね」
褒められて嬉しいのか、ジルは私の頬をベロンと舐めた。カピカピになるから止めて―。
「ほれ、あそこじゃ」
「ああ、解った・・・・・・聞いていたよりも数が多くない?」
総数800程度と聞いていたけど、今はその倍位のレギオンが集結している。
「うむ。待っている間に他の舞台と合流したのじゃ。ただのう、あれが見えるか? ザックなら見えるじゃろう? 集団の中央から少し右に行った所にデカいのがおるじゃろう。あれは何だと思う?」
「んー、何かいるのは解るけど、私はここからじゃ正確には解らないわね」
「・・・・・・何だありゃ? 見た目はトロルに似ているが、大きさが倍はあるな。トロルキングか? いや違うな、手が四本あるし・・・・・・ん? ケンタウロスか? 足が四本だぞ? 何かの亜種か? あんなの見た事無いぞ? あれ一体だけしかいないから、指揮官なのかもしれないな・・・・・・つーかこっち見てるぞ」
「何? ・・・・・・気付かれたのかの? 後続のレギオンにあれが混じっておっての。彼奴が言っていた “眷属” とやらかもしれんぞ? で、どうする? やるか?」
全体的に数が増えたからね、どうしようかしら?
「いいわ、どうせ気付かれたんだからやりましょう。ルードはまずでかいのを相手にして。その間に私達は他のレギオンを始末するわ。ザック。あなたはグレムリンを担当して。素材関係無しに全部打ち抜いていいわ。終わったらザックの
判断で各自の援護」
「ああ、解った。素材の事を考えなけりゃ直ぐに終わる」
「次にジル。あなたはウォードッグの相手をして。ぜんぶ倒すのよ? 出来る?」
「わふっ」
「任せたわよ? 終わったらカズキの援護よ? いい?」
「次にカズキ。あなたはトロルを相手にして貰うわ。あの右上の方に固まっている、毛の無い大きめの集団よ。奴らは再生能力を持っているからね。必ず絶命させる事。そうしないとキリが無いわよ」
「首を落とせば死ぬ?」
「そうね、首を落とせば即死するわ」
「解った。ルシアちゃんは?」
「私は最初にデカいのを何発か撃ったら遊撃に当たるわ。主にカズキとジルの援護ね。作戦と言える物でも無いけどこれでいいかしら?」
「うむ、数もそれ程多くないから問題無いじゃろう」
「じゃあ行くよ」
私が先頭に立ち、レギオンへと突っ込む。あの程度じゃあ聖剣を出すまでも無いわね。密集しているからヴァジュラの雷撃が良いかな?
私はインベントリからヴァジュラを取り出し、マナを込める。ヴァジュラは段々と黄色い光を放ち始め――
「放て」
解放された光は数本の雷となり、敵の集団へと走って行く。
不意を突かれたレギオンたちは振り向く事しか出来ずに、雷撃の光の中に飲み込まれていった。
「ルシアちゃんスゲー!」
「おいルシア、やり過ぎじゃないか?」
え? あ、ホントだ。レギオンの半分くらいを倒しちゃった。
「だ、大丈夫! まだ残っているから! ほら、残りを倒して! ってカズキ! あなた剣は? 昨日渡したフロストとフレイムはどうしたの!?」
「ん? 持って来て無いよ。部屋に置いてある」
「何で身に着けていないの!? あなたの相手はトロルなのよ!?」
「えー、だってナイフ投げの練習してたじゃん。必要ないから持ってなかったよ。って言うか、今気付いたの? ナイフあるから平気でしょ?」
カズキはそう言ってトロルの群れに飛びかかった。
・・・・・・あの子は本当に鍛えれば凄い強くなるわね。上下左右からのフェイントで相手を翻弄して、二本のミスリルナイフで首を刈り取っているわ。サイガみたいな動きをするわね。幾ら鈍重なトロルとは言え、全く相手になっていないじゃない。
それにジルも。雷の魔法を放ち、敵が一瞬怯んだ所を逃さずに、喉を食いちぎっているわ。囲まれそうになったら分け身? で後ろの敵を倒しているし。次に機会があったら真面目に相手をしてみようかしら?
ザックは・・・・・・問題無いわね。幾ら飛び上がろうがザックの魔弓からは逃げられないからね。
私は残りのゴブリン達に風の刃を飛ばし始末する。これで大方片付いたわね。ルードはどうかしら? 何か話しているみたいだから、言葉が通じているのかしら?
ザックはあのデカいのを見た事が無いと言っていたが、儂もあんな魔物は初めて見る。遠目ではトロルキングの亜種かと思ったが、近くで見ると全くの別物じゃ。身長は3m位。皮膚は岩の様に硬そうじゃな。足は四本に腕も四本ある。姿形はケンタウロスに似ておるが大きさからして全く違うしの。
やはり指揮官の様じゃな。儂が近づくと、周りの雑兵が道を開けた。
「ぬしがここの指揮官か?」
「そうだ。我が名は “ダ” 。アーリマン様の眷属。お前たちを殲滅せよとの指示を受けている」
「やはりそうか。他の連中もいるのか?」
「今ここにはいない。だが19組全員こちらへ向かって来ている」
「何!? 19だと? お前を入れて12人ではないのか?」
「世界の融合は今この時も進んでいる。向こうの世界の者も次々とこちらへ来ているぞ?」
「イグナスはどうなったのじゃ?」
「ほぼ滅ぼしたと聞いている。今は少数の生き残りを狩っている最中らしい」
「マジか? ムーア様は?」
「もう一人来たか。ムーアと言うのは私は知らない。だが融合の過程で、両方の世界に割り振ったレギオンの数に偏りが生じた様だ。向こうの世界に大多数のレギオンが召喚されたらしい。ムーアと言う人物はどうだ? 次から次へと津波の様に襲って来るレギオン共と、眷属を相手にどうにか出来る実力を持っているのか? 空と地を埋め尽くす程の、数の暴力に抗える程に強かったのか?」
「コノヤロウ・・・・・・」
「ザック、落ち付け。ではイグナスの民もこちらへ来ているのだな?」
「生き残っていればそうなる筈だ。何時かまでは解らないがな。既に来ているかもしれないし、当分来ないかもしれない」
「時間稼ぎありがとう、ルード。やっぱりそいつが指揮官なの?」
ルシアも来たか。カズキとジルは・・・・・・“ダ” の後ろに回っておるな。周りにいた雑兵も全て倒れておる。
「うむ、それにアーリマンの眷属らしいぞ。 “ダ” よ、儂等を殲滅した後はどうするのじゃ?」
「全ての生を殲滅した後は、この世界は作り替えられる」
「儂等が勝ったら?」
「その様な事は起こりえない。だから解らない」
「他の奴らは何時頃来るのじゃ? 何処に行っても追って来るのか?」
「いつ来るかは解らない。こちらへ向かっている者もいれば、好き勝手に動いている者、拠点を決めお前達を待ち構えている者もいる。 それぞれだな。私はお前たちに近い位置に転移しただけ。だからレギオン共もこれだけしか集められなかった。もういいか? 私の知っている事はこれで全てだ」
「ええ、ありがとう。じゃあ死になさい」
ルシアが一足飛びに “ダ” に斬りかかる。“ダ” は避ける事無くルシアの剣を受けた。
ガッキィン!
「・・・・・・随分と硬いのね。何で出来ているの?」
「私は元はギガントドラゴンだ。アーリマン様により遺伝子操作を受け、能力の飛躍的な向上と擬人化に成功した。まあ防御力を優先したので、中途半端な擬人化だがな」
「ギガントドラゴンってアースドラゴンの上位種よね? それが擬人化? そんな事が出来るの?」
「実際私は出来ている」
「他の奴らもそうなのか?」
「個々によって違う。だがほぼ全員が、各々の望んだ姿になっている。アーリマン様は結構融通を利かせて下さるぞ。完全に擬人化した物、元の姿のまま能力だけを強化した者それぞれだ」
「随分と色々と教えてくれるんだな。他の奴らの事は教えてくれるのか?」
「ふん、これから死にゆく者への手向けだが、他の眷属の事は言える訳が無い」
「まあそりゃそうだ。じゃあお前が一番硬いのか?」
「今回派遣された眷属の中では、私が一番の防御力を誇っていると自負している。私にまともにダメージを入れられるのはジェイソン位の物だな」
「ふーん、じゃあ遠慮の必要は無いって訳ね」
「そうだ、遠慮は要らんぞ? 気が済むまで打ち込んで来るが良い」
む、ルシアの瞳の色が濃くなってきておるな。そして聖剣を出したか。そこまでしなければ攻撃が通らないと見たか? まあ元はギガントドラゴンという事じゃし、それも当然か。
「カズキとジルは今回は下がっていなさい。まだあなた達には無理よ」
「うん、このナイフじゃ無理そうだから今回は見てる」
「随分と素直じゃの」
「えー、だってこのナイフじゃ無理でしょ? それ位解るよ」
「そうじゃの。そういう事を見抜く洞察力も必要じゃ。ではもう少し離れておれ」
「はーい、ジル、あっち行ってよ」
カズキとジルは大人しく離れて行く。
「どの道お前達を殺した後で、奴らも死ぬのだがな。まあ良い、では来るがよい」
再びルシアが斬りかかる。今度は聖剣じゃ、幾らギガントドラゴンとは言え只では済まんじゃろう。
ガシュッ!
“ダ” は流石に腕で受けたが・・・・・・少し欠けた程度じゃと? ルシアの聖剣で?
「ふむ、それがアーリマン様が仰っていた聖剣か。私の身体に傷を付けるとは、中々の物だな。誇って良いぞ」
ルシアは一旦距離をとったか。
「ふーん、ギガントドラゴンを強化したって言うのは本当みたいね」
「私が嘘を言ってどうなる?」
「じゃあこんなのはどうだ?」
ザックが魔弓から光の矢を放つ。あの光り方、かなりのマナを収束しておるな。
ギイン!
「・・・・・・ちょっとあれは俺には無理だな・・・・・・」
ザックの放った光の矢は、ほんの少し傷を入れた程度か。
「ふむ、お前も中々の攻撃だが、それでは私の防御は貫けんぞ?」
「では儂はどうじゃ?」
儂は闘気を纏い、頭めがけて棍を振り下ろす。
儂の棍はドワーフの王、セラムが鍛え上げてくれた特注品じゃ。材質はアダマンタイト。硬さでは負けておらん筈じゃ。これで砕けなかった敵は未だにいない!
ゴガン!!
“ダ” は流石によろけおったわ。
「どうじゃ?」
「うむ、凄まじい衝撃だ。強化以前の私だったら耐えられなかっただろう。だが今は違う。流石に衝撃でよろけはしたが、それだけだ。ダメージは負っていないぞ?」
「何と・・・・・・そこまでか・・・・・・」
「やはりお前達では私の防御を破る事は無理そうだな。もういいか? 満足したか?」
「まだよ」
ルシアは完全に勇者の力を発現させた様だ。瞳の色も深い緑になっておる。
「まだやるのか? 良いぞ?」
ルシアは “ダ” の胸をめがけて突きを放った。しかし・・・・・・ルシアの聖剣は突き刺さる事無く、岩の様な皮膚に止められていた。
「そ、そんな・・・・・・」
「満足したか?」
“ダ” が腕を振り上げルシアを薙ぎ払い吹き飛ばした。いかん! 今のルシアは鎧をきておらん!
「うぎぃっ!」
「ザック! ルシアを!」
「おう!」
「ぬううう!」
儂は “ダ” に連撃を撃ち込むが、全くダメージが入っておらん様じゃ。
「だからお前達では無理だ」
“ダ” は腕を振りかぶり殴りつけて来る。不味い、打ち終わりを狙われた。これは避けられん。
儂は闘気を腕に集中し、防御を固めた。そこに “ダ” の岩の様な拳が当たる。
ゴギィッ!
「ぐうううっ!」
いかん、左腕を折られた。流石に戦闘中には治せん。
「ザック! ルシアはどうじゃ!?」
「ヤバい! 肋骨が何本かイって気を失ってる! ルード! お前は大丈夫なのか!?」
「左腕を折られただけじゃ、まだ行けるわい」
「折られただけってお前・・・・・・」
「先ほども行ったが、お前達では私の防御を貫くのは無理だ。時間の無駄だ、そろそろ死ぬが良い」
不味い事になった。アーリマンの眷属とやらがここまでとは。・・・・・・どうすればいいのじゃ? 我々の攻撃が全く通らん上に、闘気を纏った儂の防御を破るほどの攻撃力。ミカの魔法なら何とかなるのか? いや、いない者に期待してもどうにもならん。どうやってこの場を切り抜ける?
そこで、後ろから声がした。
「ねえおっちゃん、ジルにやらせてみてもいい?」




