6-2
ルシア・一樹・ジル side
あれから何分経ったのかな? 激しくリズムを打ち鳴らしていた鼓動も、茹で上がったかのように何も考えられなかった思考も、やっと落ち着いたみたい。
婚姻の証をタカオから貰いたいって思っていたけど、今迄はそんな事を言い出せなかった。だからさっきはこれ幸いとタカオにお願いしてみたら、思ったより簡単に受け入れてくれた。聞けばこっちにも似た風習があるかららしい。
ふふふ、短刀貰っちゃった。しかもタカオのお気に入りの短刀だって。うふふふ、タカオは短刀を渡す意味を知ってるのかな? 知ってて渡したのかな? ふふ、そんな訳無いよね。私だってそこまで期待はしていないよ。だって、だって、そ、その後、タカオが、タカオから、タカオにキ「ルシアちゃん見っけ!」いぃぃぃ!
扉を開けて入って来たのは、タカオの次男のカズキ。何よ? 何なのこの子は? 今良い所だったのに。さっき意識を飛ばされた仕返しなの?
「な、何かな?」
「ルシアちゃん、ナイフの投げ方教えて」
「ナイフの投げ方? 投擲術の事?」
「そう、それ。お父さんが、ルシアちゃんが教えてくれるって言ってたよ?」
「タカオは?」
「お父さんは、おにいとミカちゃんと車の練習にどっか行っちゃった」
「ふーん、タカオは練習していいって言っていた?」
「うん、ルシアちゃんにしっかり教えて貰えって言ってたよ」
「そう、なら良いわ。教えてあげる。カズキは投げナイフとか持っているの?」
「んーん、無いよ。お父さんが危ないからダメだってくれなかった」
「そう。じゃあ私ので練習しようか」
「うん、お願いします!」
私とカズキはさっきの畑に向かった。
「ねえ、ルシアちゃん。さっきは俺に何をしたの? 急に頭が白くなって、気付いたら家の中だったんだけど」
「ああ、さっきはね、殺気を飛ばしたのよ」
「ぶふぅっ!」
カズキがいきなり噴き出した。何か変な事言ったかしら?
「何で笑うの?」
「だ、だってさー。さっきはさっきを飛ばしただって。いひひ。何それ? おやじギャグ?」
・・・・・・これだから子供は・・・・・・思った事をすぐに口にする。
「さ、さあ、ここでやるわよ」
「はーい」
「じゃあ、的になる物を用意しましょう」
「何がいいの?」
「そうね、ある程度の大きさがあって、ナイフが刺さる物ね」
「じゃあそこの家の壁は? 木だから刺さるよ?」
「うん、良いわ。そうしましょう。ではまず初めにお手本を見せるわね」
「うん」
「はい、これが投擲用のナイフ。ミスリル製で良く切れるから気を付けてね」
「へー、ミスリルなんて本当にあるんだ」
「こっちには無いの?」
「無いね。話の中だけの不思議金属だね」
「ふーん、そうなんだ。で、ナイフはこう持ちます。そして構えて投げるんだけど、真っ直ぐ投げるには手首を固定する事。固定しないで投げたら回転が加わって刺さらなくなるわよ。だからこんな風に腕を振って投げると――」
シュコンッ!
「ああやって上手く刺さるわ」
「おお~」
「熟練者になるとこうやって、手首だけでも投げれる様になるかな?」
「へー」
「まあ直ぐにコツを掴めると思うよ? はい、とりあえず五本渡しておくね」
「おー、ありがとう」
カズキが投擲の練習を始めた頃、ジルが寄って来た。私の顔をじっと見つめている。
「何かな?」
「わふん」
「ちょっと解らないな」
「あうっ」
ジルはカズキの方を見ている。・・・・・・何をしたいのこの子は? カズキと遊びたいの?
丁度その時、ザックが戻って来た。
「あらザック、何処まで言っていたの? ルードは?」
「おうルシア。あそこの山の向こうにな、レギオンの集団がいるぞ。数的には800程度だったな。今はルードが見張っているが・・・・・・どうする?」
「こっちに来そうだった?」
「んー、正直解らん。現状では部隊編成中に見えたな。今すぐどうこうって事は無さそうだったがな」
「編成はどんな感じ?」
「御馴染みのゴブリン大小が各300、ウォードッグ部隊100、グレムリン50、 トロル50、それに指揮官って所だな」
「微妙な数ね・・・・・・」
「あん? 余裕だろ?」
「ほら、カズキの練習に良いかなって思ったけど・・・・・・」
「あー、成程な。素人に経験を積ませるにはグレムリンとトロルが邪魔だな」
「でしょう?」
「ま、大丈夫だろ? 俺達でグレムリンとトロルと指揮官をやっちまって、残りはカズキで行けるだろ?」
「でもそれだと簡単過ぎない?」
「そうか? じゃあトロルをやらせるか? 再生能力もあるから丁度良いんじゃねえか?」
「その方がいいかな? ザックはグレムリン、ルードが指揮官、私がゴブリンとウォードッグでトロルはカズキ」
「それで良いんじゃねぇか?」
「いざとなったら私達もいるしね。じゃあそれで行こう。カズキ!」
「ん? 何、ルシアちゃん。あ、ザックのおっちゃんいつ帰って来たの?」
「ああ、ついさっきだ」
「今から私達と修行に行くわよ? やる気はある?」
「あるよ! 修行って何!?」
「それは現地に着いてからのお楽しみね。じゃあまずは、あそこの山まで走るわよ」
「解った! あ、ナイフは? 一回返す?」
「いいえ、使うかもしれないから持っていていいよ。はい、このベルトにナイフを差して。そう、それで太腿に巻いて・・・・・・」
「うおー! カッコイイ!!」
「そ、そう、良かったね。それなら直ぐに取り出せるでしょ?」
「うん、ルシアちゃんありがとう!」
「おし、そろそろ行くか?」
「ええ、行きましょう」
私達はルードが待つ場所まで走り出した。
孝雄・一馬・ミカ side
見つけた鍵でドアロックを解除して乗り込む。ミカが運転席で俺は助手席だ。はっきり言って物凄く怖い。だってそうだろう。数日前まで自動車の存在すら知らなかったのに、いきなり運転するなんて。
「で? どうするの?」
「どうするのって・・・・・・覚えたんじゃ無いのか?」
「真ん中のこれが、カズマのとらっくとは違うじゃない。それに踏むやつが二つしかないわ」
「ああ、成程ね」
マニュアル車とオートマ車の違いね。
「そうだな。じゃあまずはエンジンを掛けて。そうすると、ここに表示が出るだろ? Pが車を止める時、Rがバック。後ろに下がる時だな。 Nは・・・・・・あまり使わないかな? で、Dは前進だ。まあ運転する時はずっとDにしておけばいい」
「左のペダルを踏んで、そう踏みっぱなし。踏んだ状態で、ここを押しながら前後に動かすんだ。そうすると・・・・・・」
ミカに表示される文字と車両の動きを教える。
「うん、解ったわ」
ミカはシフトレバーをDに入れ、アクセルを軽く踏む・・・・・・
「タカオ。何で進まないの?」
「ん? ああ、サイドか。サイドブレーキって言ってな、車を止めている時に動かない様にするための物でな。先端を押しながら少し上にあげると・・・・・・そう、それで下まで下げるんだ。これで走れる」
「何で全部教えてくれないの?」
「すまん。こっちでは常識だから、知っているだろうって考えちゃうんだよ」
「ふーん、まいいわ。じゃあ行くわよ」
「な、なあミカ、くれぐれも安全運転でな。スピード出すなよ?」
俺はシートベルトを締める。
「ミカもベルトやれって」
ミカの方に手を伸ばし、シートベルトを装着させる。
「これは何?」
「安全装置だ。これをやっていないと、事故した時にスポーンと飛んでいくぞ?」
「ふーん。まあ私は大丈夫ね」
「何だよその自信は。何処から出て来るんだよ?」
「ほら、何時までもここで話していてもしょうがないわよ? はーいしゅっぱーつ」
ゆっくりと駐車場から車を出し、道路に向かって走らせるミカ。お、丁度一馬が通ったな。今は右回りか。
「丁度いいわ、カズマの後ろを走りましょう」
うん、一馬も余りスピードを出していないな。直線で50㎞位か。放置車両も多いからそんなものだろう。
「しかし・・・・・・思った以上に運転が上手だな」
「だから見て覚えたって言ったでしょう」
「見ただけで出来る物でも無いと思うんだが・・・・・・ん? どうした?」
「・・・・・・ちょっと待って」
ミカは車を止めた。
「ルシアの気配が離れて行ってる。ザックと・・・・・・カズキね、ジルもいるみたい。四人で向こうの方へ向かっているわ」
そう言って東の山の方を指さすミカ。
「何かあったのか?」
「さあ? 解らないわ。でも何かあったとしても、ルシアとザックがいれば何の心配も無いわ。それに本当に危険な事態が起きていたら、ルシアかザックが言いに来るはずよ?」
「・・・・・・まあそれもそうか」
「ええ、三人だけで行ったって事は修行の一環だと思うわ。それよりも、ここを回っているだけじゃ飽きるわ」
「ん? それもそうか。じゃあここで一馬を待って、来たら一緒に他の場所に行こう」
「ええ、お店がある所がいいわ」
「店? 何の?」
「何でもいいわ。こっちの世界の物を見てみたいの」
「ん? 例えば何だ?」
「そうね、服が見たいわ」
「服って・・・・・・その魔女っ子スタイルじゃ駄目なのか?」
「・・・・・・夜タカオと寝る時に着る服よ」
「お前は・・・・・・またそっちかよ。そんなの見に行くのにルシアを置いて行って良いのか?」
「む、それもそうね。じゃあ今は下見って事で」
「そうですか・・・・・・でも近くには無いぞ?」
「そうなの? あまりここから離れても不味いわね」
「だろ? だから今度にしようぜ。どうせ道中に沢山あるから」
「解ったわ。じゃあ近場でタカオが行きたい所は無いの?」
「俺か? 急に言われてもなぁ・・・・・・あ、一馬が来たからちょっと待って」
俺は車を降りて一馬を待つ。ミカも車から降りて伸びをしている。しかしルシア達は何処まで行ったんだ? 走って行ったから近場なのか?
車から降りている俺達の横で一馬は止まった。
「どうしたの? 何かあった?」
一馬はトラックを降りて肩を大きく回しながら訪ねて来る。
なんだ? 慣れない事をして肩凝ったか?
「ミカが他の場所に行きたいって言ってるんだ。一馬は何処か行きたい所あるか?」
「え、急に言われてもな・・・・・・あー、じゃあシティモールのスポーツ屋に行かない? あそこアウトドア用品多かったよね? 車なら行って帰っても1時間ちょっとしか掛からないでしょ?」
「そうするか? 練習にもちょうどいい距離かもな。ミカもそれでいいか? キャンプ用品とかが多い店なんだが」
周囲をきょろきょろしているミカに尋ねる。
「いいわよ。でもレギオンの反応があるから、私もそっちに乗って行くわ」
「反応って近いのか?」
「今はまだ遠くにいる。でもこの先どう動くかは解らないわ」
「俺達の方に来る可能性もあると?」
「全く無い、とは言い切れないわ。なんせ私達を狙うように指示を受けているらしいから」
「マジか。じゃあ行くの止めようぜ。こっちはミカしか闘えないんだぞ? ルシアとかがいるなら話は別なんだろうが」
「・・・・・・じゃあ尚更行きましょう。タカオに私の力を見せるいい機会だわ」
「あ、あの、僕は知ってます」
「じゃあ一人で留守番してる? 今はルシアもカズキもいないわよ?」
「えー・・・・・・」
「タカオもカズマも心配し過ぎ。中毒解消後ならともかく、まだあなた達に闘わせる訳無いでしょう。私が結界を張るから、あなた達はその中にいなさい。それなら平気でしょう?」
「それでミカが一人で闘うのか?」
「だから、それを確認する為にも行きましょう。それにこっちに来るって決まった訳じゃ無いのよ? ほら、早く乗って。カズマ、あなたは運転を任せたわよ」
俺と一馬は、ミカにトラックに押し込まれ出発した。




