5-6
「そうか、解らないか。ルシアはともかくミカまで解らないとはな・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・?」」
「なあミカ。話は変わるが、ミカってどの程度の傷まで治療できるんだ?」
「? そうね、部位欠損してもその部位が残っていれば、欠損して直ぐなら元通りに治せるわね。時間が経っているとちょっと無理かな。部位が残っていない場合は、欠損したままになるわね。無くなった物までは再生できないわ。あと流石に身体の半分以上が無かったり、首を飛ばされたら無理よ」
「ふーん、じゃあ手が落ちた位は問題無いか?」
「ええ、そうね。全く問題無く元に戻せるわ。それがどうしたの?」
「そうか、それなら安心だ。じゃあルシア、俺でも使えそうな一番切れ味の良い剣を出してくれないか?」
「あ、はい。えっと、はいこれ」
ルシアは刃渡り40㎝位の細身の短剣を出し、柄をこちらに向けて渡して来る。
「ああ、ありがとう。これは良く切れるんだな?」
「うん、私が持っている中で、切れ味は一番だと思う」
「・・・・・・タカオ、やめて」
流石にミカは気付いたか・・・・・・
「ミカは解ったみたいだな。でもルシアはまだ解らないみたいだぞ?」
「ミカ、何が?」
「おっと、ミカ、言うなよ。お前が教えたら何にもならないからな。で、ルシア。こういう言い方は悪いとは思うが、心を壊していたどうこうは関係ない。人間として当たり前の事だ。自分で気付いてくれ」
「・・・・・・」
「ねえ! ミカ! タカオは何を言ってるの! 教えてよ!!」
「俺が教えてやるよルシア。今からルシアに借りたこの剣で、俺の左手を切り落とすんだ」
「なんで? どうしてそんな事するの!?」
「どうしてって試し斬りだ。ルシアもやっただろ? 今、ここで、自分を的にして、忘れたのか?」
「私とタカオは違うでしょ!? 私は避けれる自信があった!」
「俺もミカに治してもらえる自信があるぞ? なあミカ。手を落とした位余裕なんだよな? 治してくれるんだよな?」
「・・・・・・」
「なんだミカ、答えられないか? まあそれもそうだよな、肯定したら切り落とすもんな」
「タカオ。ごめんなさい。あなたが言いたい事はよく解ったから止めて」
「ミカ。俺がやめろと言ってもお前は撃ったよな?」
「・・・・・・」
何か自分の身体を盾に脅迫しているみたいだが仕方が無い。命が重いこの世界と、命が軽い異世界。どっちが正しいとかは解らないが、俺は重く見る。当たる当たらないじゃない。ああいった行為を平然とやれること自体が問題だと言っているんだ。おもちゃじゃないんだぞ? 見てる人の事を考えろ。
「タカオ、そんな事させると思っているの?」
「ルシアがどう思っていようが俺には関係が無い。何をどうしようと、俺の手を俺がどうしようと俺の勝手だろ? ルシアには関係が無い事だ」
「関係無くないでしょ!? 何言ってるの? 私たちは誓約を交わして婚姻関係にあるのよ? そんな事は絶対にさせない。力ずくでも止めるよ」
ルシアが再び薄い緑のオーラを纏う。
「・・・・・・そこまで自分で言っているのに、まだ解らないのか・・・・・・」
ハッタリで済ませたかったけど、やっぱり切り落とすか・・・・・・痛そうだな。ミカの治癒魔法は本当に大丈夫なんだろうな? それに良く解らなくなって来た。俺が我儘なのか? 文化の違いを押し付けるなとかミカに言っておいて、俺が押し付けているのか? いや、殺傷能力がある物を自分の身体でテストとかありえない。うん、このまま押し通そう。
おれは短刀を持った右腕を振り上げ、そのまま振り下ろ――せなかった。短刀を持った右腕は、ルシアに掴まれていた。瞬間移動したのかと思う位速いな。全く見えなかった。それに眼がいつものライトグリーンじゃなくて、グリーンになっている。凄い力だな、全く腕が動かせないぞ?
ルシアはグリーンの瞳からポロポロと涙を零しながら
「タカオ、本当にごめんなさい。解ったからもう止めて下さい。タカオが傷付く所なんか見たくありません」
「私も。本当にごめんなさい。もう二度としないわ。魔法の実験もルシアに頼まないで、的を用意する」
「・・・・・・まあ、解ってくれたなら・・・・・・俺だって誓約を交わした相手があんな事をするのは見たくないからな。それが当たる当たらないに関わらずだ。本当に自分の身体を盾にするような真似は止めてくれ。自分の身体を大切にしろ」
「解りました」
「はい」
「ん、じゃあ家に戻るか」
・・・・・・二人とも沈み込んじゃっったみたいだな。やっぱりまだまだ子供なんだな。精神的に未熟と言うか・・・・・・未熟? ルシアはともかくミカはそんな事無い筈だよな。こいつまさか・・・・・・。
「ルシア、済まないが忘れ物をした。ミカと取りに行って来るから、これらを持って先に行ってくれるか?」
「うん、解った」
「じゃあミカはちょっと頼む」
ミカは無言で着いて来る。建物の陰に入り
「ミカ、何か言う事はないか?」
「あるわ。ごめんなさい、騙すようなやり方しか出来なくて」
「どういう事だ?」
「ルシアが心を壊している時、常に先駆けとして扱われていたのよ。それがどんな大群だろうと、強大な敵だろうとね。数年間もそんな扱いを受けていたルシアは、自分を囮にすることに抵抗が無くなっているのよ」
「あー、成程な。もう潜在意識に刷り込まれてるのか」
「そう。私達と旅をしている時もそうだったわ。敵を見つけたら、災害の現場に居合わせたら、まず自分が飛び込む。それがどんな不利な状況でもね。タカオもさっき言ってたでしょ? 万が一があったらどうするんだって。私達もそれを心配していたのよ。私達が知らない魔法を撃ち込まれたら? そしてそれが致死率の高い物だったら? 私やルード、他にも仲間はいるんだから、全てをルシアが受け持つことは無いと、何度言っても聞かなかった。さっきみたいに私は勇者だから大丈夫ってね」
「・・・・・・」
「でもタカオと逢ってから、ルシアは一気に回復したの。本当にタカオと逢う寸前まで、タカオの前に降り立つまで、会話はしても笑う事も泣くことも無かったのよ? だからタカオには凄い期待をしていたの。逢っただけでルシアの心をあそこまで開かせたタカオならって」
「で、今回は上手く行ったのか?」
「ええ、お陰様でね。今迄私達が何度言っても聞かなかった事を、あの娘は聞き入れたのよ?」
「成程ねぇ・・・・・・なあ、そういう事は先に言ってくれないか? 俺だって協力出来る事はあるだろ?」
「ええ、だから協力して貰っているじゃない。いい? ルシアにはイモシアがあるのよ? 仮に前もって今の事を打ち合わせしたとする。その場合タカオは本心からさっきの真似が出来る? 心の底からルシアの事を心配してくれないと駄目なのは解るでしょ? 何らかの拍子でイモシアが発動したら全てばれるのよ? そんなリスクは負えないわ」
「まあ、そうだな」
「でしょ? タカオが心配している時は、心から心配してくれているのは解る。でも前もってそう言う情報を得ていたら大なり小なり演技っぽくなるでしょ?」
「よく解った。だが、こういう時は後でいいからちゃんと説明してくれよ?」
「ええ、解ったわ。それにタカオが私達を大切にしてくれている事も解ったから、今回は大収穫だわ」
「へいへい、そうですか。じゃあ戻るか」
家に戻るとルシアは居間の隅に座っていた・・・・・・そこまで凹んでるのかよ。
「ルシア、何してるんだ? まだあるから手伝ってくれよ」
「え? は、はい。行きます」
「じゃあミカは待っていてくれるか? 次は二階だからルシア一人で大丈夫だから」
「解ったわ。カズキの様子でも見てるわ」
「ああ、頼む。ほら、ルシア来てくれ、こっちだ」
ルシアを伴って二階に上がる。まったく嬉しそうな顔しちゃって。
収納の奥から箱を二つ出して蓋を開ける。
「こっちは小さいのばかりなんだよな。ルシアって投げナイフとかも出来るのか?」
「ん? 投擲術ならできるよ。こんな針からポールアックスまで何でも大丈夫」
「そうか、この中で良さそうなのあるか? 高価な物から安物まで混ざっているが」
「ん~投擲は所詮、牽制としてしか使わないからね。物の良し悪しは余り関係ないかな? アサシンとかはまた別なんだろうけどね」
「ふーん、その投擲術って教えられるのか?」
「教えられるよ? タカオがやるの?」
「状況によっては俺もやるし、何よりカズキがやりたがってるからな」
「ふーん、じゃあ全部持って行こうか。小物だけでも投げられたら戦闘の幅が広がるからね」
「解った。じゃあこの箱両方持って行こう」
一階に戻り、次は俺の部屋だ。ここにはお気に入りが数本隠してある。
「ここで最後だ。ルシア、荷物置いてその辺に座ってていいぞ」
机下の収納箱から二本取り出す。少しずつへそくりを貯めて購入したとっておきの二本。島根の某刀匠作、玉鋼で作られた本格的な物。合計金額100万超えだ。玉鋼、平作り、刃紋は互の目乱れ。はっきり言ってそんなの良く解らない。インスピレーションで選んだ。この二本は遥にも内緒にしてあるが、よく考えたら大型バイクよりも安いんだよな。ばれても案外大丈夫かもな。
そんな事を考えながら後ろを振り向くと・・・・・・俺のベッドにルシアが潜り込んでいた。
「・・・・・・あーっと、ルシアさん?」
「・・・・・・」
「何してるんだ?」
「・・・・・・ミカの匂いがする」
・・・・・・ヤバい。いやいや、何がヤバいんだよ。何もしていないだろう? 後ろめたい事なんか何も無いぞ。
「ミカの匂いがする!!」
・・・・・・・・・・・・何故二度言う。何だ? 変なプレッシャーが。
ガバッとルシアがベッドから跳ね起きる。そして落ち着いた、子供を諭す様な口調で
「ねえ、タカオ? これってタカオのベッドだよね? そうだよね? だってタカオの匂いがするもん。でもね? なんで一緒にミカの匂いがするのかな? ねえどうして? 何でタカオのベッドなのにミカの匂いもするの? おかしくないかな? いつもはタカオが一人で寝ている筈のベッドに何でミカの匂いが混じっているのかな?」
「ル、ルシア。そんな何回も同じことを言わなくても・・・・・・ほら、瞳の色が濃くなってるぞ。は、ははは。勇者になると嗅覚も凄いんだな。」
「うん、そうだよ? 五感も強化されるからね。で? 何でミカの匂いがするの? まさか昨日一緒に寝てないよね? 私は起きたら向こうで一人だったんだよ? タカオがいたからミカは散歩にでも行ったんだろうと思っていたけど、ま・さ・か・一緒に寝たりしてないよね?」
良く耳にする、口は笑っているのに目が笑っていないと言うやつか。実際美人にやられると怖い物があるな。
「な、何か怒っているのか?」
「怒る? 私が? 何で? 私が怒る様な事をしたの? 昨日の晩、ここで、ミカと、私が怒る様な事をしたの?」
なんでこんな修羅場みたいな感じになっているんだ? 実際何もしてないんだ。事実を言えばルシアだって勘違いだと解る筈だ。
「ルシア。お前は何か勘違いをしている。いいか、確かに昨晩はそのベッドでミカと寝た。しかし! 何もしていないぞ。手も握っていない」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。一緒に布団に入った事は認めるけど、話をしただけでそのまま寝た」
「何もしなかったの?」
「ああ、ミカに聞いてもらっても構わない」
「ふーん、解かった。タカオを信じる。じゃあ今日は私と寝ようね?」
「・・・・・・何で?」
「何で? え? 何でって何で? 昨日はミカと寝たんでしょ? じゃあ今日は私の番でしょ?」
「・・・・・・そこら辺はミカと相談してくれないか」
「解った。そうする」
ふう、何で責められなきゃならないんだ。
「ほら、この二本がとっておきだ」
「へー、二本とも綺麗だね」
鞘から刀身を出し刃を眺めている。そうだろうそうだろう、その気持ち良く解るぞ? 濃い目の酒を飲みながら見る、光を反射する刀身の美しさと言ったら・・・・・・思わずにやけてしまうのも無理は無い。
「ねえタカオ、これ頂戴?」
「え、何で? 嫌だよ」
あっ、しまった。素で答えちまった。
「あ、す、すまん。急に言われたから反射的に答えちまった。何で欲しいんだ?」
「ごめんね、私も言い方が悪かったね。イグナスでは婚姻の証に何かを交換するの。武器であったりアクセサリーであったり、魔導具であったり。人それぞれ違うんだけどね。だから私とミカも何か欲しいなーって思ってたの」
「ああ、成程な。そう言った風習はこっちにもあるぞ。こっちは指輪が主流だけどな。そういう事なら構わないぞ? ルシアも何かくれるんだろ?」
「うん、そうだよ。でも私が渡すのは、タカオがマナ中毒を解消した後になっちゃうけど」
「って事は武器か」
「うん、嫌?」
「いや、構わない。こういうのは物じゃ無くて気持ちの問題だからな。それでいいのか?」
「うん、これがいい。ふふ、解ってくれてありがと。うふふ」
ギラリと光るナイフを見つめながら可愛らしくはにかむルシア。言葉とポーズが合っていないですぜ。
・・・・・・そうだよな、勇者とかは関係ないよな。ただ生まれた世界が違うだけで、ルシアはルシアだもんな。
俺はおもむろにルシアの手を取り引き寄せる。
「これからも宜しくな」
そう言って軽く、本当に軽くルシアの唇に自分の唇を重ねた。・・・・・・目を閉じろよ、恥ずかしいだろ? そう言っている俺も眼開けてるけどさ。2秒程度だろうか、重ねた唇を離す。うん、こうなるだろうとは思ったけど、ルシアの顔が真っ赤になっちゃったな。
「じゃあ先にミカの所に行ってるから。落ち着いたら来いよ?」
聞こえているかは解らないが、そう言い残し部屋を後にする。
うん、ありゃあ聞こえてないな。




