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ザック曰く、俺達の後ろで様子を見ていたザックは、お座りの体制のままのジルにずっと見られていた様だ。監視か?
「ザック、あなた何かしたの?」
「何もしてないって。俺とやるって事が決まってからずっと俺の事見てんだよ」
「観察をしていたのではないのか? 行動をよく見て隙を見つけるとか。ほれ、シャドウパンサーとかがやるであろう」
「あー、成程な。ほれワンコ、何か解ったか?」
「まあいいわ、ザック。向こうで始めて頂戴」
「了~解。ほらワンコ、行くぞ」
「ジルも遠慮しなくて良いみたいだからな。思いっきりやってこい」
「ワフッ」
一鳴きしてザックの後を着いて行くジル
「ねえ父さん、ジルさぁ、言葉解ってるよね?」
「な、俺もそう思う」
「ああ、マナ中毒解消後の動物が飛躍的に優秀になるのは良くあるわよ。色々強化されるからね、知能も強化されてもおかしくは無いわ」
「そうなのか? じゃあその内喋り出すかもしれないな。お前たちの好きな獣人になるぞ?」
「いや、ちょっと違うから・・・・・・」
ザックとジルは準備が出来た様だ。ルードとルシアは、一樹を寝かせたブルーシートの上で座っている。
「なあミカ。疑っている訳じゃ無いんだが、一樹は大丈夫なのか?」
「ええ、気絶してるだけよ。いい加減ルシアを信用しなさいな」
「いや、だから疑っている訳じゃないって言ってるだろ。」
「そう? ならいいけど。じゃあザック! 始めて!」
そう言えばザックが闘うのは初めて見るな。いや、ミカもまだ見てないか。
「なあ、ザックって武器は何を使うんだ? 何も持ってないみたいだが」
「基本は弓ね。でも殆どが飛び道具かしら? そうよね? ルシア」
「そうね。遠中距離では魔弓、近距離では・・・・・・なんだっけ?」
「仲間なのに解らないのかよ」
「そもそもザックはスカウトを兼ねた後衛だから、余り敵を近寄らせないのよ。状況を見て後ろから正確に射貫くのよ。それにルシアやルードみたいのが前衛にいて、早々後ろに敵が流れると思う?」
「ザックの腕を知らないから何とも言えないが・・・・・・」
「まあ見てれば解るわ」
ザックは左手を前に出した。ん? 何かが集まってる? 黒っぽい何かが細長い形を作り、それは一張りの弓になった。・・・・・・あれ? 弦が張ってないよな?
「一馬、あれって」
「うん、弦張って無いね。これから張るのかな?」
「え? もう始まってるのに?」
「あれがザックの魔弓だよ。弦は元から無いんだよ? 見ててごらん」
ジルは警戒して、いつでも動ける体勢を取った。
ザックは左手で弓を持ち、右手で弓を掛け引く動作をした。なんだあれ? 矢は持ってなかったよな? まるで矢が弓から生えてくる様に出てきている。
「ワンコぉ、準備はいいかぁ?」
ザックはそう言うと上に向けて矢を放った。ピュイーンと音を立てながら山なりにジルに向かう矢。
・・・・・・本気ではないんだろうが、あんなの俺でも避けられるぞ? ジルも口開けて見てるよ。
しかし矢が落ち始めた時、光って爆発した。いや、割れたのか? 散弾の様に複数に分かれた矢がジルに向かう。爆発によって速度も上がっている。
ジルは危なげなくそれらを避けるが、避けた先にはザックが弓を構えて待ち構えていた。
ジルは回避行動を取るかと思ったが、そのままザックに突っ込んで行った。ザックは矢を放つ。
おい! それ当たるコースだろう!
しかし矢はジルには当たらず後ろの地面に刺さっ・・・・・・てない?
ジルはザックの肩に蹴りを入れ、そのまま飛び去り距離を取った。
「まああれ位じゃ痛い程度だから問題にはならんが、速いな。もうちょっと真面目にやるか?」
ザックはまだ余裕だと言っているのが解ったのか、ジルは身体の周りに靄を出し始めた。ルードの時と同じやつか? バチバチ帯電してるからそうみたいだな。
今度は自分の番だとばかりに、帯電したままザックに突っ込むジル。
ザックはジルの突進を躱してはいるが、躱しざまにジルが飛ばす電撃を食らっている。そしてまた距離を取るジル。
「ガアアアアアッッ!!」
ジルは唸りながら減った電気?を更に溜めている。っておいおい、体内に溜めてるのか? 溜め過ぎじゃないか? 黒い犬なのに光って青白くなってるぞ!?
「ガアウッ!!」
・・・・・・ジルは溜め込んだ電気を一気に発射した。発射と言うか・・・・・・所謂ブレス? の様に口から吐き出した。青白い光で放たれたそれは放射状には飛ばずに、砂埃を大量に舞い上げながら真っ直ぐ飛んで行った。ブレスって言うよりレーザー撃ちやがった!
しかも! おい! それって直撃コースじゃないか!? 砂埃で解らないがザックは大丈夫なのか? ジルゥ! 木村さん家の納屋吹き飛ばしてるじゃねーか! 何やってんだよ!! どこまで飛ばしてるんだ!?
「待て待て待て!! 終わり! 終わりだ! ジル! 来い!!」
へっへっへっへっと砂埃の中からジルが戻って来る。
「ジル! 何やってんだよやり過ぎだろ! 木村さん家壊してんじゃねーか!」
立ち耳をぺたんと寝かせて怒られモードのジル。
「何じゃタカオ。誰もおらんのじゃから構わんじゃろうに。それにまだ続いておるのだぞ?」
「構う構わないじゃ・・・・・・はぁ? 何が続いてるって?」
「ほれ」
ルードはさっきの砂埃を指さす。何だよ、まだ埃が収まってないのかよ。ガキンガキン鳴ってるのは何だ?砂埃の中から聞こえてる? ジルはここにいるしな。じゃあザックか? 大丈夫そうなのは良かったが何やってんだ?
ん? 音が止まった? 砂埃が晴れて来たな。その中から現れたのは片膝を着き下を向いた状態のザックと、それを見下ろす二匹のジルだった。・・・・・・え? 何? ジルたんザックに勝っちゃったの?
「え? あれって? ジルが勝ったのか?」
「うーむ、それはそうなんじゃが・・・・・・何と言ったら良いか・・・・・・」
「ルード、はっきりと教えてあげなよ。手を抜き過ぎだって」
え? そうなの? あいつ手ぇ抜いてたの?
「タカオ。ルシアが言ってる事は事実。ザックは擬態したままだと本来の力の30%も出せないの」
「でもその状態のザックを倒せるんだから、十分じゃない?」
「・・・・・・そうね。タカオ、もういいわ。ジルを呼んで元に戻らせて。ザック! 終わりよ。ありがとう」
ミカがそう言うと、ザックは何事も無かったかの様に立ちあがり戻って来た。なんだ、本当に手抜きか。
シュウシュウと言う音と湯気の様な物を出しながら戻って来るザック。再生しているのか?
「いやー、思ったより多才だったな。ありゃあ強いわ。ルードも手古摺ったんじゃねぇか?」
「そうじゃの。予想より手古摺ったのは事実じゃ。あの速さに加えて獣の動きじゃ。Sランクは確実じゃろう。それに今はタカオの従魔だから良いが、討伐対象にでもなったらこちらも損害を覚悟せねばならんだろう」
「従魔って・・・・・・只のペットだっての。またいつの間にか一匹に戻ってるし。で、今はどうなったんだ?砂埃で解らなかったんだが」
「ああ、あのブレスは俺から見て左に避けたんだよ。で、凄い砂埃だろ? 何も見えないから気配を探ったんだが、埃の中向かって来る気配があったんだ。俺はそれに向けて矢を放ったんだが、当たったと思ったら気配が二つに割れてな。更に矢を放ち今度は確実に当てたと思ったら、上から急襲されて後は見ての通りだ」
「うむ、儂もそれをやられたのう。意識を前に向けさせておいて、意識外からの一撃じゃ。本当に見事なものじゃ」
「ああ、俺も擬態中とは言え、完璧にしてやられたな」
「じゃあ二人とも、いえ、一人と一匹はレギオンの先遣隊程度なら問題無いわね?」
「そうじゃな」
「ああ、俺達レベルが相手じゃ無ければ問題無いだろう」
「解ったわ。じゃあ次はタカオとカズマに合う武器を選びましょう」
「だから俺達は武器なんか使った事無いって」
「そう? でも捜索に行くんでしょう? この辺りにはいないけど、少し離れればレギオンが地を埋め尽くす位いるわよ? 護身用にナイフの一本でも持っていた方がいいと思うけど」
「情けないとは思うが守ってくれるんじゃないのか?」
「ええ、しっかりと守るわよ? 少なくとも私とルシアで、タカオとカズマは傷一つ付けさせない。ねえ、ルシア」
「そうだね」
「でも万が一があるかもしれないでしょ? だから最低限身を守れる程度の備えはして欲しいの」
「まあ、言いたい事は解るんだけどな・・・・・・使えもしない物を持ったら逆に危なくないか?」
「父さん、俺はミカさんの言う事に賛成するよ」
「・・・・・・そうか」
一馬は早く佐々木さんを探しに行きたいんだろうな・・・・・・。
「解ったよ。ただ、ウチにも武器になる物は幾つかあるから、それを見てからでもいいか? 見慣れない異世界の武器よりも、見慣れた世界の武器の方が良いかもしれないだろ?」
「解ったわ。じゃあ一回タカオの家に戻って、今後の事を話しましょう」
全員で家に戻る。未だ目を覚まさない一樹はルードが担いで行ってくれた。
武器か。持つのはいいとしても使えるかが問題だよな。小動物でさえまともに殺す事無く生活してきた俺達に出来るのか? 何で一樹は平気なんだ?
「じゃあ色々と出して来るから適当に待っていてくれるか」
「あ、私も行っていい?」
「じゃあ私も行くわ」
「え、二人とも来るのか?」
「何か問題でも?」
「いや、別に構わないが」
二人を伴って工場に向かう。
「こっちの世界の武器ってどんな物があるの?」
ルシアは興味深々の様だ。
「ん~、武器って言っても大した物は無いぞ? 基本的に殺傷力がある物の携行は認められていない国だからな。たかが知れてるよ。まあそれも国によって違うけどな。この国は武器の携行を認めていないからこそ、世界有数の治安の良さを誇っていたからな」
工場の奥から保管箱を引っ張り出して中身を出す。
「ほら、こんな物しか無いぞ」
出て来たのはハンティングナイフ系の物ばかりが14本だ。余り高価でない物はこっちで保管している。
「持ってみていい?」
「ああ、いいぞ」
ルシアは順番に手に取って行く。
「勇者ともなると刃物の良し悪しとかも解るのか?」
「んーん、はっきりとは解からないよ? 何となく? でも、見比べたいから何本か持って行っていい?」
「じゃあ良さそうなのが有ったら選んで持って行ってよ」
「解った」
嬉しそうに選び始めるルシア。やっぱり綺麗な刀身とかを見るのが好きなのか?
「まだ家の方にもあるからな」
「ん~じゃあこれとこれと、あとはこれ。ミカは? いいの?」
「ん?・・・・・・ああ、成程。そういう事ね。私は別の物にするわ」
「解った」
ん? 何を任せるんだ? 俺達の護身用だろ?
「いいか? じゃあ戻るぞ?」
工場を出て事務所に向かう。
「ここにもあるの?」
「ああ、刃物じゃないけどな」
そう言って奥の押し入れからクロスボウを取り出す。事務所から出てケースからクロスボウを出して、
「こんなの使えるか?」
「これ何? 弓?」
「でも弓にしては変な形ね」
「弓って言えば弓だけど、クロスボウって言うんだ。この弦をこうやってひっっぱっってえぇ! ふう。で、ここにボルト、えっと矢をセットしてここの引き金を引くと矢が発射されるんだ」
「ふーん、強いの?」
「んー、実はまだ撃った事無いんだよな。他所の国じゃあ狩りとかに使われているから、威力はそれなりにあるとは思うけどな」
「じゃあ試してみようよ」
「試すって言ってもな・・・・・・何か的になる物あるかな?」
「的? 何で? 私でいいよ?」
・・・・・・異世界の常識はこの世界の非常識・・・・・・ミカがちらりと俺を見た。
「あのな、幾らルシアが勇者でも危ないだろ? 万が一があったらどうするんだよ。そんな事言わないでくれよ」
「え? 大丈夫だよ。イグナスではミカの魔法の実験とかを良く手伝ってたよ? ね、ミカ」
「そうね。そのクロスモウ? がどれだけ強くても、ブラックドラゴンの爪よりは弱いでしょ? それなら当たったとしてもルシアはキズ一つ付かないんじゃないかしら?」
「クロスモウじゃなくてクロスボウな。それにこっちにはブラックドラゴンなんかいないから。そんな例え出されても解らないって」
「じゃあいいわ、私が撃つから貸して。ルシア、ちょっと離れて」
「解った。いつも通りでいいよね?」
「そうね」
ルシアが目を瞑る。集中しているのか? 薄い緑色のオーラの様な物がルシアを包む。
「いいよ、ミカ」
「おい、本当に撃つのか? 馬鹿な事するな! やめろよ!」
「タカオ、いい加減に勇者ルシアを信じなさい。ルシア、行くよ」
「だから止めろって――」
ヒュッパシッ!
こいつ躊躇せずに本当に撃ちやがった!? こいつら正気か? 何考えてんだ!
「タカオ、勇者と言うのは誰でもなれる物ではないのよ? 神に認められ、神から直接加護を受けた者を勇者と言うのよ? 弓矢如きで死んでしまう様な者は勇者とは言わない。世界最強は伊達じゃないのよ?」
ルシアはクロスボウのボルトを手で掴んでいる。まあ見て解る様に飛んで来たボルトを掴んだんだろうな。この近距離でそんな芸当が出来るのか。それでもだ、
「そうか。解った。 じゃあ俺もはっきりと言っておこう。いいか? 金輪際、こんな真似をするな。次は許さない」
俺はルシアからボルトをひったくる。
「え? ご、ごめ「待ってルシア」」
ミカが真っ直ぐに俺の眼を見ながら言う。
「何故タカオがそこまで怒るのかが解らない。説明して」
「・・・・・・ルシアも解らないか?」
「は、はい、解りません」
「・・・・・・そうか・・・・・・解らないか・・・・・・」




