第7話:ジャンとメリー
≪フォム≫の朝は早い。
街の開門は6時で、普通の屋台ですら7時には店を開ける。
夜は逆に7時には多くの店は閉まってしまう。
その為、昨日はギルドを出た後、雑貨屋で紙とペン、貨幣を入れる巾着袋を買った頃には殆どの店は閉まっていた。
今日は何が何でもこの世界の服とか、冒険者用の装備を購入する必要がある。
24時間営業のコンビニに慣れたリョウにとっては、些かリズムが狂ってしまう。
とはいえ、そこは伊達に色んな意味で「不規則」な生活を5年も続けていない。
きっちりと5時に目を覚まし、身支度を整えて朝食を摂った。
(店が開くまで時間はあるし、どうせ買い物にも時間は掛からないだろう)
リョウは元々持ち物には拘らない為、買い物に時間を掛けることは無い。
母親が荷物持ち代わりに百貨店に連れて行こうものなら、あれこれウインドウショッピングする母に苛立ち、荷物を投げ捨てて家に一人で帰ったこともある。
あるいは、彼女との買い物中に痺れを切らして、「喫茶店で待ってる」と言って大喧嘩になったり……
必要なものを必要なだけ、即断即決で買うべき、というのがリョウの持論である。その性格で得をしているか損をしているかはさておき。
(開門から2~3時間で、小銭くらいは稼ぐか。遠出しなくても草系はそこそこ採れるだろ)
そう思い、6時の鐘が鳴ると同時に門で手続きを始めた。
「おう、リョウ。こんな朝っぱらからどこに行くんだ?」
2日目にして既に馴れ馴れしいジャンが話し掛けてきた。
「貧乏暇なしってな。今日は冒険者学校に見学に行くから、朝のうちしか稼げないんだよ。」
「そうか?聞いたぜ?昨日は金貨3枚も稼いだそうじゃないか。宿屋暮らしとはいえ、暫くはゆっくりできるだろ?それとも飲み屋で使い切ったか?」
「ジャンと一緒にするな。俺は時間を無駄にしたくない。それだけだよ。」
コンサルの性か、はたまたリョウの気質か、元々時間管理には煩い。
「やっぱ1日で勤勉な商人からやくざな冒険者には変わらないか。良いか、確かに勤勉に働くことは重要だ。俺だってこんなだが、きちんと警備隊の仕事はしている。」
「えー?昨日はえらい早い時間から飲み屋の女将さんにべったりだったじゃん。」
警備隊の若い隊員から茶々が入る。
「いや、あれはな。飲み屋の喧嘩を仲裁したら成り行きでな……ええい、話がとっ散らかったじゃねーか。」
「何も知らないリョウさんに格好つけるからですよ。自業自得です。」
ごほん、とわざとらしい咳ばらいをして若い隊員を一睨みすると、ジャンは話を続けた。
「冒険者ってのはたとえゴブリン討伐でも命懸けだ。それはクラスも何も関係無い。ちょっとした気の緩み、体調の変化が命取りになることだってある。休める時に休んでおくのが鉄則だ。お前さんは昨日が冒険者初日だ。なんだかんだ疲れただろ?金貨3枚も稼いだんだ、1日くらい休んでも罰は当たらねーよ。」
ジャンはそういうが、身体能力強化10のお陰もあり、一晩寝ると体も頭もスッキリしていた。
万年睡眠不足だったリョウからすると、久しぶりの快眠だった。
だからこそ、朝ご飯を食べながら、早い時間帯に金を稼ごうと思い至ったのだ。
「俺なら大丈夫だ。伊達に生まれた時から行商人をやってないよ。一晩寝れば回復する。それに、着替えや装備を買わないといけないし、何かと物入りだ。」
「はあ、まあそういうならいいけどよ。くれぐれも無理はするなよ?」
「分かっている。調子が悪い時は無理はしない。忠告ありがとう。」
そういうと、ギルドカードを受け取り、門から出て行った。
昨日とはまた別の草原でヨーギ草とキナ草を採り、予定より早く戻ってきた。
どうやら街の人達がよく採集するポイントらしく、昨日ほどの収穫は無かった。
特に、値段の高いキナ草は少ししか採れず、結局銀貨3枚ほどの収入にしかならなかった。
(はー。やっぱり昨日が運が良すぎたんだな。いや、自分の世界が崩壊の危機で、勇者候補が10人のはずが俺1人になって、挙句、地上50mに転移されて死にかけるし……Aランクモンスターのメタルスライムの素材や魔石、諸々臨時収入があっても、利息分にもなりやしないか)
そんなことを考えつつ、街を歩く。
しかし、街といっても、スールはかなり小さい。
1辺が約1㎞の正方形で、周りを5mほどの石の城壁が囲んでおり、街道に面した1か所に門がある。
その中に、3つの大通りがあり、左から商業区、行政区、居住区兼農業区と並んでいる。
行政区の建物の中で、一番門に近いところに建っているのが、警備隊の詰め所と冒険者ギルドの出張所であり、一番奥に代官の館がある。
リョウの泊まる宿は商業区の一番手前にあり、何かと都合がいい。
さっきもちょっと寄って粗末な即席こん棒を置いてきた。
まずは、ジャンに聞いた冒険者向けの服屋に寄る。
「いらっしゃいませ。あら、初めての方ですね。」
中年の女性店員が驚きつつ出迎えてくれた。
「昨日スールに来たばかりなんだ。ローブとズボン、下着と靴か。冒険者になったばかりで正直よく分からんから、適当に見繕ってくれないか。」
「もしかして、リョウさんですか?」
単刀直入に名前を言われ、リョウは驚く。
「何で俺の名前を知っている?」
「やっぱり。うちの人が珍しく家で噂話をするもんだから。久しぶりに外から来た人が冒険者になったって。」
「うちの人?」
「あら、あの人は何も言ってないのね、まったく。警備隊長のジャンが私の亭主ですよ。私はメリー。ここの店長よ。」
「なるほど。大方、自分の店で買えと言うのが照れ臭くて、何も言わなかったんだろうな。」
ここを紹介する時のジャンの何ともいえない表情を思い出し、納得する。
「いや、どうせ言い忘れてただけですって。」
そう言いつつ、手際よくサイズを測ってくれる。
最後に靴のサイズを聞くと、ちゃっちゃと店の中の商品から選んで出してくれる。
「中に着るシャツと下着と靴下は3枚ずつ、ローブとズボンは1枚でいいかな。靴は歩きやすいこれ。寒くなると色々追加した方が良いけど、当座はこれでいいかしら。」
「いや、そんなにお金がないぞ……」
リョウの解析鑑定の結果によると、全部足すと金貨2枚と銀貨5枚。手持ちの8割が吹っ飛ぶ計算になる。
「ふふっ。流石解析鑑定持ちね。でも、新しく冒険者になる若者なんてこの街に早々いないもの。ずっと売れ残っているより誰かに使ってもらった方が良いでしょ?全部突っ込みで金貨1枚でどうだ。持ってけドロボー!」
茶目っ気たっぷりに破格の値段を提示してくれた。
「本当にいいのか?」
リョウは恐る恐る聞いた。
「貴方本当に元行商人?まあ、安すぎると逆に警戒するか。じゃあこの街のことを教えてあげる。あのね、この街はずっと冒険者不足に悩まされてきたの。冒険者がいないと、魔物は跋扈するし、肉の値段だって上がる。警備隊の仕事も大変になるし、そうするとジャンが飲む酒の量も増えるし……」
何やらあらぬ方向に話が逸れていき、リョウは苦笑を浮かべる。
「まあ、ジャンのことはいいわ、追々説教するとして……」
一瞬、メリーの頭に角が2本生えたような気がして、リョウは少し後退る。
(ジャン、昨日居酒屋で鼻の下伸ばしていたの、バレてるぞ。ご愁傷様)
「だからこそ、新しく冒険者になる子供には、商業区総出で援助をするのよ。まあ、1年に1人かそこいらだけど。貴方は外からきて、たまたま冒険者になった。多分、すぐに出て行ってしまうのかもしれないけど、それでも暫くはこの街で活動してくれる。そう考えれば、少しでも恩を売っておくのも悪くないでしょ。だから、気にせず金貨1枚で持っていって。」
話しながら一式を畳み終わると、ぐいっとリョウの方に押し出してくる。
「ありがとう。当座は俺自身を鍛える為、金を稼ぐ為にここにいるよ。」
リョウとしては、あまり辺境のスールに長居はしたくない。
しかし、今の実力では世界中を巡ることも覚束ない。
(この辺の魔物をある程度間引くくらいしか、俺には親切に応えることはできないか)
リョウは自分の使命とメリーの親切の板挟みになりつつ、黙って銀貨10枚を取り出した。
「気にしなくていいのよ。どうせこの街では冒険者は碌に稼げないし、飲んだくれる以外の娯楽も無いし。リョウの好きなタイミングで出て行っていいのよ。」
リョウには返す言葉もない。ただ、
「ありがとう。また寄せてもらうよ。」
そう言うのが精一杯だった。
母親との喧嘩は筆者の実話です。
昔から女性の買い物の長さにはついていけませんでした……
次の話は3/2(木)にアップ予定です。
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