第19話:魔属性魔法
アウラとのパーティ結成の翌朝、リョウの姿は街の門の前の草原にあった。
既にオーク狩りが主な収入源のリョウにとって、ヨーギ草やキナ草を積極的に採集する必要は無い。
ここ数日は、早朝に剣の素振りや魔法の練習、午前中に冒険者学校、午後に狩り、というスケジュールである。
「身体中に風を集めて……うわっ!」
決して某アイドルグループの歌を歌っている訳では無い。
前の日にアウラが見せた速度強化の風魔法を再現しようとしているのである。
今まで、リョウは初級魔法は相手に直接叩き込む攻撃魔法だとばかり考えていた。
しかし、昨日アウラに速度強化の風魔法を見せられ、認識を改めさせられた。
一応アウラにやり方を聞いたのだが、
「ブワッと風を受けて、スッと動くの。」
感覚派のアウラには上手く説明できず、リョウはアウラから聞くことを諦めた。
誰から習ったのかを聞くと、ザイルの昔話の中に出てきた魔法を自分なりに再現したそうだ。
完全にアウラの我流である為、習うことはできないようだ。
しかし、リョウとしても、前衛で戦う際の手札の一つにしておきたい。
そういうことで、朝早くから練習をしているのである。
「背中から風を受けてもあんまり速くならないし、足の下から風を出すとバランスが取れないし。」
試行錯誤を繰り返しているものの、しっくりくる結果が出ない。
アウラの感覚が正しいとすると、体のどこかに風を受けている筈である。
そう思い、背中を風で押してみたが、直線ならまだしも、旋回するには魔法が死角にあり制御できない。
そこで鉄腕〇トムのように足の下を風で押してみたが、今度は地面を蹴れずに素っ転んだ。
(アウラに出来て俺に出来ないのは何か悔しいな)
そう思いつつも、コツが掴めず天を仰ぐ。
そこには、一羽の鷹が悠然と輪を描いていた。
何の気なしにその鷹を見ていると、突然羽を窄めて急降下をした。
「あの鷹の朝食かな。」
そう呟き、自分も朝食を食べようと草原を後にしようとするが、ふと気づく。
(鷹が羽を窄めるのは、空気抵抗を減らす為だよな。同じことを魔法でできるんじゃ……)
そう思い立つと早速試してみる。
前方から自分の正面に向かって風を起こしつつ、その風を自分の体に当たらないように左右に分ける。
その状態でダッシュや急旋回を行ってみる。
「おお。これは速い。」
元々のAgilityに差がある為、アウラほどのスピードは出ない。
しかし、それでも普段のリョウの1.2倍ほどの速度で動けている。
(オーク相手じゃ使う機会は無いだろうが……手札が増えたな。)
そう思いつつ、草原を後にした。
今日は魔曜日の為、魔法の授業は無く、ザイルの茶飲み話の日である。
当然ながら、殆ど生徒は来ない。
アウラが相手をするか、非番であればミミが偶に来るぐらいである。
しかし、リョウとしては元Sランク冒険者のザイルの話は楽しみにしている。
何せ、セーラから渡されたこの世界の知識は基本的なもの、しかも人族のものばかりなので、今後旅をする上での知識補充が必要である。
しかも、元S級冒険者であれば世界中を回っている筈であり、あわよくば世界崩壊の危機の原因の手がかりを得ることが出来るかもしれない。
そんな思いでリョウは冒険者学校の門を潜った。
「ザイルじいさん、いるか?」
「リョウよ、よく来たの。」
「ようこそ、与太話の館へ。」
アウラがお茶を入れながら茶化す。
「せめて、せめて茶飲み話としておくれ。」
(どっかで見たテンプレだな)
リョウは苦笑しつつ挨拶を交わす。
「今日は何の話をしようかの?そうじゃ、儂がホーリードラゴンを倒した時の話でも……」
「昔話もいいんだが、一つ聞いてもいいか?」
「なんじゃ?」
「どうしてザイルじいさんは魔属性魔法を教えないんだ?」
リョウはずっと気になっていた疑問をぶつける。
講師となる魔法使いがいないのかと思っていたが、以前武器屋で見たザイルの剣には、しっかりと魔属性の魔石が埋まっていた。
即ち、ザイルは魔属性魔法の遣い手である。
また、聖属性魔法をザイルが自ら教えている以上、校長だから、という理由は無い筈である。
「ふむ。いくつか理由はあるんじゃが……リョウよ、まず魔属性魔法とはどのような魔法か分かるか?」
「いや、全く分からん。」
そう、リョウがセーラから貰った知識にも、欠片も情報が無かったのである。
「ではそこから話すかのう。まず、魔属性魔法の定義は、火・水・土・風・聖の魔法以外の魔法全てじゃ。」
「はぁ?」
リョウは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
全くもって定義になっていない。
「気持ちは分かるがのう。別の言い方をすれば、魔族しか理を知らない魔法じゃ。」
もはやリョウの理解の範疇を超えたので、黙って聴いている。
アウラも初めて聞くのか、珍しく真剣な表情だ。
「じゃから、儂には教えることが出来ない。以上じゃ。」
「ガクッ」
リョウとアウラが思わずずっこける。
「おぬしら、仲良しじゃのう。息がぴったりじゃ。」
「いや、茶化してないで説明してくれよ。せめてザイルじいさんが何で魔属性魔法を使えるのかぐらいは。」
「もしかしておじいちゃんは魔族なの?」
アウラは違う方向でも、ずっこけたようである。
「ふぉふぉふぉ。さっきの話じゃとそうなるが……簡単じゃ、魔族に教えてもらったんじゃよ。」
ザイル曰く、昔冒険者として魔族のいる魔大陸に赴いた時に、仲良くなった魔族に教えてもらったそうだ。
この世界では、魔族と仲良くなるだけでも、いや会うだけでも珍しいことである。
彼らは滅多に魔大陸からは出てこず、人間とは没交渉である。
昔は戦争もあったそうだが、それも数百年も前のことである。
偶に、若い魔族がいたずら半分に人族のいる大陸に出てくることもあるそうだが……
「でも、何でザイルじいさんは教えられないんだ?」
リョウは当然の疑問を口にする。
「儂にもよく分からんのじゃが、儂に魔属性魔法を教えてくれた奴は、『魔族の力を分け与える』と言っておった。恐らく、魔族にしか伝えられんようじゃ。」
「ちなみに、どんな魔法があるんだ?」
「儂の魔法は教えられんが、有名なのは空間魔法じゃな。アイテムボックスも本来は空間魔法の一つじゃ。リョウのは違うようじゃが。」
そう言って、一旦話を止めてお茶を飲む。
「後は生き物を直接変化させる魔法がある。石化が一番有名で、書物に出てくるぐらいじゃな。とはいえ、儂も直接見たことは無い。」
「本当に何でもありだな。」
リョウはメドゥーサやコカトリスの伝説を思い出しつつ呟いた。
「儂が会った魔族達も、全ての魔属性魔法を知っておる者はおらんかった。というより、自分の使う魔法以外は知らん奴ばっかりじゃったな。」
「ちなみに、時間を操る魔法ってのもあるのか?」
「儂は聞いたことないのう……」
その日の夜、リョウは宿の部屋で考え事をしていた。
(恐らく、時間を操る魔属性魔法の使い手が犯人だろう。しかも魔族の可能性が高い)
魔属性魔法についてザイルから聞いた後、魔族について説明を受けていた。
曰く、夫々が固有の魔法を使い、戦闘力が高いこと。
曰く、人族と比べてかなり長命であること。
曰く、好戦的な魔族から、厭世的な魔族までいること。
(早く魔大陸に行きたいが、相当鍛えないと自殺行為だな)
特に当初の予定から外れる訳では無いが、気だけが焦り、頭の中で堂々巡りを繰り返す。
悶々として、なかなか寝付けなかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
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