第16話:アイテムボックス
ケリーによる猛特訓の翌日の午後、リョウは街から歩いて1時間程の森に来ていた。
魔法の実戦の為に、というよりもお金を稼ぐ為に。
「とうとう、財布の中には銀貨15枚のみ。今日は何としても稼ぐ。目標は金貨2枚!」
そう言って、リョウはスキルポイントを確認し、新たなスキルにポイントを割り振った。
リョウ・ヒヤマ
人族
Lv. 20
残SP:38
HP:244/244
MP:519/519
ATK:81(+81+150)
DEF:81(+81+100)
INT:325(+0)
AGI:32(+32)
魔法:火属性魔法2、水属性魔法2
攻撃スキル:剣術5
能力スキル:身体能力強化10、解析鑑定10、探索5
生活スキル:採集3、木工細工5
「まずは幻夢花を探索っと。」
リョウは、この森に来る前に、ギルドでミミから2つの依頼の説明を受けていた。
一つ目は、幻夢花の採集である。
この花は、その花粉により周囲の動物を催眠状態にしてしまうという、恐ろしい花である。
だが、その花粉は基より、葉・茎・根全てが錬金術に使える為、買い取り価格は他の採集依頼に比べて高い。
今の時期はまだ蕾であり、花粉の影響が無いことから、容易に採集できるそうだ。
ちなみに、見た目はユリの花に似ていた。
二つ目は、オークの討伐である。
スールでは一応牧畜も行っているが、その量は住民を養うのに圧倒的に足りない。
どちらかといえば、代官や一部の金持ち向けであり、一般市民はモンスターや獣の肉を食べるのである。
慢性的にハンターが不足しているスールでは、どうしても肉の値段が高騰しがちであり、ギルドとしてもなるべく沢山納入して欲しいのである。
リョウは探索スキルを発動させ、幻夢花を探す。
このスキルはかなり便利で、何となく幻夢花がある場所が分かる。
流石にヨーギ草のように大量には無かったが、それなりの数が採集できそうで、リョウは夢中になって探し続けた。
何せ、1株当たり銀貨5枚である。
依頼では上限が10株となっていた為、上限まで採集すれば金貨5枚分、日本円で5万円相当である。
しかも、リョウには容量無制限のアイテムボックスがある為、10株以上採集して、また依頼が出たら売却する、ということも可能である。
違う意味で幻夢花の催眠にかかったリョウは、なぜ高単価の幻夢花がこんなにも採集できるのかを忘れていた。
「ブルルルルル」
リョウが茂みの中に屈みこんだところ、いきなり横合いからオークが出てきたのである。
そう、この森はDランクのオークの棲み家であり、それ故採集の手が入っていない。
あまり討伐されていないオークに見つかるのも時間の問題であった。
驚きはしたものの、とりあえず距離を取って剣を抜こうと思い、茂みを出ようとしたが、
「ブルルルルル」
逆側からもオークが出てきた。
ゴブリンとは違い、ある程度頭も回るようである。
以前のリョウであれば、怪我無しにこの状況を切り抜けるのは不可能に近かった。
剣を向けた相手と反対側から攻撃を受け、下手をすれば大怪我の可能性もある。
だが、今のリョウには、
「ウォーターカッター!」
そう、魔法がある。
リョウの両掌がオークに向けられ、そこから細い水流が飛び出す。
左手から放たれた水は見事にオークの顔の真ん中に当たり、そのまま貫通する。
右手から放たれた水はオークの左肩に直撃し、大きくよろめかせる。
ずでんどう、という大きな音を立てて左側のオークは仰向けに倒れ、同時にリョウは後ろへと飛び退る。
抜刀しようとするも、すぐに体勢を立て直したオークが右手に持った棒切れを振り回して近づいてくる。
リョウは咄嗟に右手で鯉口を切り、嘗て時代劇で観た居合抜きの要領でオークの右手首を切り飛ばした。
両腕の自由を奪われたオークは、ありえない、という表情を見せて立ち竦む。
その一瞬の隙に包平が返され、
「ピュッ」
オークの頸動脈が切り裂かれ、一瞬の内に戦いが終結した。
リョウは倒れた2体のオークが絶命していることを解析鑑定で確認すると、水魔法の一撃で倒したオークに近づき、頸動脈を改めてナイフで切り裂いた。
勢いよく血が流れ出すのを見つつ、足を持って茂みにひっかけ、そのまま血抜きを行う。
最後に頸動脈を断ち切ったオークも同様にした上で、茂みの中の幻夢花を採集する。
(ふぅ。ちょっと危なかったな。ケリーとセレーナに感謝しないと)
探索スキルで周囲にオークがいないことを確認しつつ、休憩がてら今日の魔法の授業を思い出していた。
セレーナは水と土属性を担当する女性教官である。
リョウがさっさと水魔法を習得してウォーターボールを放つのを見て、驚きつつも応用の指導を行ってくれた。
「初級の応用は、形状の変化よ。自分の好きな形をイメージすれば、魔法が応えてくれるはずよ。」
そう言って、お手本として水を鞭のようにしならせたり、噴水のように吹き上がらせたりして見せた。
ケリーの指導でもあったが、基本的に魔法は自分の思念を魔力に乗せて、変化させるものである。
その為、思念が強ければ強いほど、具体的であればあるほど、威力や形状を制御できる。
具体的にイメージできれば、無詠唱も可能だが、やはり言葉に出した方がイメージが具体的になりやすい。
ちなみに、リョウが火魔法の授業で大威力の魔法を放ってしまったのは、イメージの中に「全力」としか入っていなかった為である。
結果、今のリョウが初級で実現できる最大威力の魔法が発現したのであった。
リョウはどんな形にするかを少し考えてから、イメージの構築を行った。
(水流はなるべく細く、そしてそれを高圧力で押し出す)
「ウォーターカッター」
パン、という音が鳴ったかと思うと、的代わりの盛り土に小さな穴が空いていた。
「リョウ、何をやったの?」
「水を高い圧力で思いっきり打ち出しただけだけど?込める魔力が少なすぎて一瞬で消えてしまったが。」
不思議そうな顔をしてセレーナを見返す。
「貴方は昨日初めて魔法が使えるようになって、今日初めて水魔法が使えるようになったのよね?何で穴が開くような威力を出せるのよ!私でもあんな目に見えないスピードは出せないわよ!」
セレーナ曰く、水を高圧で噴射する魔法を使う魔術師は多い。
しかし、普通は水流はもっと太く、噴射スピードももっと低く、修練を積みながら徐々に威力を上げていくらしい。
「んー?勘?」
リョウはそう言って誤魔化した。
そう、リョウが再現したのは工業用のウォーターカッターである。
水に高圧をかけ、最大でマッハ3で噴射することで、金属でも容易く切ることができる代物である。
何故、普段の生活ではまずお目に掛からない機械についてリョウのイメージが具体的であったかというと、
(初めてデューデリジェンスの知識が役だったな)
そう、以前リョウはウォータージェットの部品を作る会社のM&Aに携わったことがあり、その時に実際に工場見学行ったり、実物を見たりした。
当然、詳細にイメージを構築することが出来、いきなり応用が大成功、となったのである。
「まあ、貴方が常識外れだとはザイル校長とケリーから聞いているけど、私のプライドはどうしてくれるのよ。」
ブチブチ文句を言いつつ、それでもセレーナは訓練に付き合ってくれたのであった。
血抜き兼休憩を終えると、リョウは討伐証明部位である左耳を切り取り、胸を切り裂いて魔石を取り出した。
それぞれを仕分けしてアイテムボックスに突っ込み、再び幻夢花の探索に取り掛かった。
「複数の対象を探索できればいいんだけど、レベル5だとそこまでできないか。」
レベル1~5までは徐々に探索範囲が広がるだけで、複数の対象を同時に探索することが出来ない。
今は、リョウを中心に半径50mの円の中を探索できるようになっている。
正直、この森であればそこまで広い範囲を探索しても仕方ない。
しかし、草原で徐々にレベルを上げながら試している内にレベル5にまで達してしまい、スキルポイントの関係上、これ以上レベルを上げる訳にはいかなくなってしまった。
その為、リョウは探索の対象を切り替えながら探索を進めているのであった。
その後、オークを3体狩った所で、漸くレベルが1上がった。
「やっと上がったか。やっぱりスールじゃ大幅な能力の底上げは難しいか。」
初日にメタルスライムを偶然倒したせいで、大幅にレベルが上がっていることはすっかり忘れたリョウであった。
結局、レベルが上がったところで切り上げ、スールへと帰る。
今日は、もう一つクリアしておくことがあった。
「ミミ、換金をお願いしたいのだが。」
そう言って、リョウはカウンターの上に次々と出していく。
オークの左耳を5つ、魔石を5個、幻夢花を10束、そしてオークの体を5体。
そう、全てアイテムボックスから。
「あのー、リョウさん?え?え?え?」
ミミは完全に混乱したようで、言葉が続かない。
何も無いところからポンポンと物が出てくるのだから、頭ではアイテムボックスだと理解している。
しかし、それは伝説級のアイテムで、とても一介の冒険者――嘗ては行商人ということになっているのだが――であるリョウが持っている筈もないのである。
「どうした?換金できないのか?」
ミミの混乱の原因を理解した上で、リョウは冷たく言い放つ。
そう、リョウとしては大手を振ってアイテムボックスを使えるようにしたかった。
何せ、ソロである関係上、持ち帰れるオークは精々1体である。
スールで短期間に金を作るには、何としてもアイテムボックスを使う必要がある。
色々小細工してみることも考えたが、結局怪しまれるだけである。
結論として、もう押し切ってしまえ、となったのである。
「おい、リョウ、だったか?どういうことだ?説明してくれよ。」
酒場にいた冒険者が事態を見かねて声を掛けてきた。
「冒険者の能力をあれこれ詮索するのはご法度じゃないのか?」
そう、リョウはそれで押し通すつもりである。
「普通はそうだ。だがな、お前それが何か分かっているのか?王家の宝物庫にあるレベルのアイテムだぞ?」
そう、普通のアイテムボックスは何かしらのアイテムの形をとっている。
袋しかり、鞄しかり。
その為、その冒険者はリョウが腰につけている財布代わりの巾着がアイテムボックスだと勘違いしたのである。
「何か勘違いしているようだが。これはアイテムボックスではないぞ?俺のスキルだ。」
リョウの二の矢はこれだ。スキルであれば、盗んだわけでは無し、追及しづらい。
「そんな便利なスキルは聞いたことないぞ?」
別の冒険者が口を挟む。
全てのスキルを把握している人間はこの世界にはいない。
リョウ自身も、セーラから与えられた知識の中にあるスキルを知っているだけで、本当にそれで全部なのかも分からない。
しかし、ここまで便利なスキルであれば、当然噂にはなるはずである。
「ザイルじいさんには話を通してある。それでも追及するなら、実力行使させてもらうぞ。」
リョウの第三の矢。それはザイルだ。
今日の魔法の授業が終わった後に、ザイル本人にいざという時には庇ってくれるようにお願いをし、了承を得ている。
スールの英雄であるザイルの名前まで出されると、流石の冒険者達もこれ以上の追及はできない。
不満の色はありありと見えたが、そのまま酒場へと戻っていった。
「リョウさん、えーっと……少々お待ち頂いてもよろしいですか?何分が量が多いので、奥で査定致しますので。」
ミミはリョウの怒り――リョウの演技なのだが――を初めて見て、少しおどおどしてしまっている。
何度か往復してギルドの奥に全てを運び込み、暫くすると出てきた。
「全て非常に状態が良い為、満額で買い取らせて頂きます。」
そう言って、金貨11枚と銀貨5枚をテーブルの上に置いた。
「ありがとう。助かる」
さっきとは打って変わって、リョウは機嫌良くニコニコとお金を受け取る。
アイテムボックスが使えるようになったことも嬉しいが、
(これで旅の軍資金が楽に貯まる)
そう、本来の目的である調査費用が捻出できそうであることが何よりも嬉しいのである。
リョウ自身は諸々片付いてホッとしているが、一人だけ心の中で葛藤している人がいた。
(あれ?リョウさんって、お金に汚い?いや、元は行商人だもの、お金に細かいだけなはず。それより、アイテムボックス持ちなら将来有望?でもトラブルとか多そうだし)
ミミの初恋は混乱期を迎えていた。
戦闘シーンは難しい……
お読み頂き、有難うございます!