第10話:ザイルの本気
「ところでリョウ・ヒヤマよ、お主、何者じゃ?」
雑談のような調子で発された一言。
遠目に見ると、何気ない光景に見えるかもしれない。
しかし、机を挟んでザイルと向き合うリョウは、凄まじいまでのプレッシャーを受けていた。
(これが元Sランク冒険者の本気かよ。ただのエロじじいじゃないな)
冷汗が背中を伝い、思わず肩を竦める。
「儂が聞きたいことは2つ、いや正確には3つある。」
「まず、何故名字持ちなのか、か?」
「ほう。このプレッシャーの中でよく話せるのう。」
ザイルは少し驚いたようで、改めてリョウの顔を見る。
リョウは敢えてザイルの目は見ず、そして敢えて会話の焦点が少しずれるように、話したいことを話す。
「何故、名字があるか、そしてなぜこの名字なのかは、親父とお袋が墓場まで持って行ったよ。俺には分からん。」
「まあ、そういうことにしておこうかのう。そして2つ目はお主のスキルじゃ。」
「スキル周りのことだろ?それは話す訳には行かないな。自分のスキルや魔法についてベラベラ話す冒険者はいないだろ?」
リョウはそう言って、今度はザイルの目を睨み返す。
一応、理屈は通っている。冒険者にとって、スキルや魔法は飯のタネであると同時に、身を守る術である。
普通に低ランク冒険者として暮らしている分には、他人に知られても問題は少ない。
しかし、ランクが上がるにつれて、否応なしに対人戦を経験する可能性が出てくる。
具体的には、冒険者同士での希少な魔物の奪い合い、商隊護衛時の盗賊との戦闘、そして戦争時の傭兵というのもある。
その為、この世界では相手のスキルや魔法を詮索するのは礼儀に悖るとされている。
尤も、「解析鑑定」はその前提を覆すスキルの為、重宝されもし、忌避されもするのだが。
しかし、いくら解析鑑定持ちとはいえ、ザイルがリョウのスキルを詮索するのはタブーである。
そのタブーを犯してでも詮索するだけの危険性を、ザイルはリョウに感じたのである。
ほんの刹那ではあったが、リョウにはかなり長い時間に感じた。
しかし、自分のペースで話していることもあり、既に冷汗は止まっていた。
先に目を逸らしたのはザイルであった。
(よし、逃げ切った!)
リョウは心の中で快哉を叫んだ。が、
「お主はどうやらこの世の理から外れた存在のようじゃのう。」
リョウは核心を突かれ、目を泳がせてしまう。
それを見たザイルはふっと微笑を浮かべ、
「ふぉふぉふぉ。儂と駆け引きをしようなんざ、100年早いわえ。まあいい。お主を見る限り、害を為そうという訳ではなさそうじゃ。」
そう言って冷めたお茶を手に取ったが、口には運ばなかった。
「話したくないことは話さんでええ。どうやら何か目的があるようじゃしの。」
ザイルはSランク冒険者としての長年の経験の中で、リョウのような偏ったスキルを持つ者と何度も出会っている。
しかし、その多くが魔族が人に害を為そうと化けた姿であったり、薬で体を強化したはいいが理性を失った者であったりと、良い思い出が無い。
無論、本当の突然変異もいたはいたが、リョウほど理屈に合わない人間と出会ったことは無い。
そうであるが故に、リョウに対して強烈な敵意を放ったのである。
もし、リョウに悪意があるのであれば、自分に襲い掛かってくるぐらいのものを。
結局、リョウは身構えたものの、ザイルに攻撃してくることは無かった為、悪意は無いと判断した。
それ故、ザイルは敵意を引っ込めたのである。
リョウは結局、≪フォム≫の常識から大きく逸脱する、異世界から来たこと、神と関わりを持つこと、レベル等のステータスが存在することについては端折り、殆どのことを話した。
尚、リョウ自身の目的については、この世界の歴史を探ることとした。
リョウとしては、別に自分自身のスキル・魔法関連の特異性について話しても問題ないと考えている。
しかし、ザイルからの強烈な敵意を受け、反射的に防衛本能が発動してしまっただけなのだ。
「全くもって規格外じゃな。上限があるとはいえ、自分で好きにスキルを強化できるとはのう。」
「まあ、魔法はその原理を理解しないと強化しても使えないがな。後、規格外ついでにこれも見せておこうか。」
そういって、リョウは既に空になった湯呑を左手に取り、アイテムボックスの中に収納した。
「なんと!?それはもしや、アイテムボックスか?」
「ああ。正真正銘のアイテムボックスだ。」
リョウはザイルが心底驚いているのを見て、してやったり、と愉快そうに笑った。
「しかし、なんとも厄介なものを持っているのう。お主のスキル以上に隠す必要があるじゃろ。」
ザイルの言はもっともである。
何せ、これがあれば物流のあり方、戦争のあり方が大きく変わる。
王族や貴族、大商人、果ては裏の組織に至るまで、アイテムボックスを奪おうとスールに殺到してもおかしくない。
「分かっている。信頼できる人にしか話さない。普段は背嚢を背負っているしな。それに、これは何というか、普通のアイテムボックスとは違って発動体が無い、正確には俺自身が発動体となっているタイプだから、俺から奪うことはできないようになっている。」
「はあ。アイテムボックスそのものが普通ではないんじゃが……」
「まあ、俺のことはもういい。ところで、俺が普通ではないとどうして気付いたんだ?やっぱり解析鑑定10か?それだけじゃ、さっきの敵意は説明がつかないんだが。」
リョウはさっきから気になっていることを聞いた。
「まあそれもあるがな。解析鑑定10を持っている人間に儂は出会ったことがない。しかし、儂が出会ったことが無いだけ、かもしれん。」
セーラに渡された記憶によれば、≪フォム≫の全種族は解析鑑定は最大で8までしかレベルが上がらないらしい。
しかし、そのことは経験的に知られているだけで、上限がほかのスキルより低いとは知られていない。
「じゃがな、お主のスキルは全てちぐはぐなんじゃ。」
「ちぐはぐ?」
「よく分かっておらんようじゃの。例えば、身体能力強化。普通、体を鍛えようと思ったら何をする?」
「そりゃあ、訓練だったり、トレーニングだったり、後は実戦……あ、そうか、攻撃スキルが無いのは不自然なのか。」
「そうじゃ。走ったり、腕立てをするだけでレベル10まで達することは無い。いや、あるかもしれんが、そうであれば断じてお主のような華奢な体つきではないはずじゃ。」
丁度その時、6時の鐘が鳴った。
「長いこと話しすぎたわい。そうじゃ、入学するのなら銀貨5枚じゃよ?」
「ちっ。エロじじいめ、忘れてなかったか。」
そう言って、巾着から銀貨5枚を取り出す。
「誰がエロじじいじゃ。まだ耄碌しとらんわい。この書類に諸々書いてくれ。」
リョウが書類に記入し終わると、それを見たザイルは、
「明後日が4の月の最初の日じゃからな、その日に入学ということにしておく。明日の朝にまた来てくれい。学生証を作っておく。」
「明日は魔曜日だから休みじゃないのか?」
リョウは意地悪っぽく返す。
「この学校に休みはないわい。茶飲み話も立派な授業じゃ!」
「ああ、期待しているよ。」
リョウはいたずらっぽく返したが、本心では期待している。
「また明日な。」
そう言って、リョウは冒険者学校を後にした。
次の話は3/12(日)にアップ予定です。
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