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侯爵家のアルフレッド 3

「え、領地に帰った……!?」


 ユーロニア家の町屋敷にその知らせが届いたのは、夜会の翌日のことだった。突然のこの知らせは、朝が弱いアルフレッドだが思わず眠気を遠く彼方に吹き飛ばすほどの威力があった。


「もしかして、しくじっちゃったかな…………」


 アリアナが目論見通り、彼に好意を抱いていることは仮面で表情が読み取れなくても分かった。だとすると急に帰ってしまったのは、やはり最後のアレが原因だろうかと考えてしまう。


 彼女の反応から、おそらくあまり異性との経験がないと判断したアルフレッド。そんな彼女に最後の首筋への軽い口付けは刺激が強すぎたのかもしれない。現にアリアナは、あの直後、首から下の、外に惜しげもなくさらしている肌をみるみる間に赤く染めてしまったのだから。

 

 思わず難しい顔になってしまったが、伯爵家から言付けを預かった従者によると、原因はアルフレッドではないらしい。


「何でも緊急の事態が発生したとのことで、取り急ぎ領地に戻らねばならない、とのことでした。折角アルフレッド様と約束を交わしたのに、果たせなくて本当に申し訳ないと伯爵様からお言葉を頂いております」

「ふーん。そっか」


 そういえば、彼女があまり社交界へ来ないのも領地での仕事が立て込む為だと聞いたことはある。

 ならばおそらく、嘘ではないのだろう。


 突然予定がなくなってしまったアルフレッドは、自室に戻ると窓辺に腰掛けぼんやりと移り行く雲を見つめながら、ため息と一緒に独り言を漏らす。


「これからどうしたらいいのかなぁ」


 あのまま時間を重ねれば、近い将来アリアナは完全に自分に恋に落ちただろう。だが彼女は既にここにはいない。

 新たな標的を探してもいいが、昨夜のような大きな夜会ですら目当ての女性はいなかったのだ。仮に社交場へ顔を出し続けたところで、限られた期間内に相手を見つけて結婚まで漕ぎ着けられるかと問われれば、絶対的な自信はない。


 予想外の、目当ての人物の消失に意気消沈していたアルフレッドだったが、突如閃いたとばかりに手をポン、と叩く。

 

 なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。

 現時点で最も可能性があるのは、アリアナを落とすことだ。この地にいないのであれば、追いかけて彼女に会いに行けばいいのではないかと。

 そうすれば、わざわざ会いに来た自分に、彼女は感激してより早くアルフレッドの手に落ちるかもしれない。ほんのり心を奪われた相手が会いに来るなんてドラマチックな展開は、女性なら一度くらいは憧れる状況に違いない。

 ついでに裕福だと噂の領地の具合も見られて一石二鳥だろう。


 そうとなれば、善は急げである。


 すぐに出立するにあたって断りをいれなければならない集まりはいくつかあったが、そこは遊び回っているアルフレッドである。相手は結婚相手には全く考えていない、互いに割り切った関係の女の子達だ。適当な理由を言っておけば問題はない。


 今まで落ち込んでいた姿はどこへやら、早速準備をすべく行動を開始するアルフレッドであった。







「で? お前の意志は分かったが、何故俺のところへ来てわざわざそんな話をする。勝手に行けばいいだろう」

「もうーっ、バルト兄さんってば鈍いなぁ」


 あれから数時間後。

 休憩中だった三番目の兄を捕まえた後、騎士団の宿舎の前でアリアナの元へ行く話をし終わったアルフレッドは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめて見せる。


「いいかい兄さん。ティール家の領地まで、ここから五日はかかるんだよ? 当然徒歩なんて無理だから、馬車移動になるじゃないか」

「だから馬だろうが歩きだろうが、好きな方で行ってきたらいい」

「僕は体力お化けの兄さんとは違うから、歩きは却下ね。で、ユーロニア家の馬車で行こうとしたんだけど、遊んでばかりの僕の私用の為に我が家の馬車を使うのはダメだって父さんに言われてさ。仕方がないからその辺で貸し馬車を手配しようとしたんだけど、結構高くって」

「……皆まで言わなくても分かった。つまり俺に、馬車を借りる金を貸せと」

「さすが兄さん! 大当たりだよ!」

「で、なんで俺なんだ。上の兄さん達の方がお前には甘いからいくらでも出してくれるだろうが」


 すると途端にアルフレッドは顔色を曇らせると、捨てられた子犬のような悲しい瞳になり、


「ラルフ兄さんは可愛い弟にはなんでもしてやりたいけど、それすると次期当主には下の兄さんを選出するって父さん達に脅されたらしくて。血の涙を流しながらお前の力にはなれないって言われた。ロン兄さんは今王都にいなくて連絡つかないし」


 ちなみにラルフが一番上の兄でロンが商人になった二番目の兄である。


「だから、頼れるのはバルト兄さんしかいないんだよ! ね、一生のお願い!! 可愛い弟を助けると思って、少し用立ててよ」


 バルトは確かに上の二人に比べればアルフレッドに厳しい。そうはいっても彼もまた、二人の兄達程ではないにしろアルフレッドには甘い。こんな感じで懇願すれば、たいていは二つ返事で願い事を叶えてくれのだが……。

 バルトの眉間に刻まれた皺は、緩むことはない。元々強面の顔を更に強張らせると、ノーの返事をつき付けた。


「駄目だ。第一父さんや兄さん達が手助けをしないのに、俺が何かしてやる訳にはいかない」

「え―――――っ、そんなぁ。固いこと言わないで、お願いだよ兄さん」


 何度もお願いお願いと口にし、ついでにバルトの服を引っ張りながら尚も懇願するも、首を縦に振らない。

 あまりの強情な態度に、さすがのアルフレッドも、まずいなぁと内心焦る。

 こんな時のバルトは非常に頑固だ。それは長年兄弟をやってきたアルフレッドが一番よく分かっていたことだった。


 むぅと唇をへの字に曲げながらどうしようかと頭を抱えていると、背後から聞き慣れた野太い声が降ってきた。


「よう! アル坊じゃないか。昨日ぶりだなっ!!」


 訓練終わりらしいその彼は、今日も今日とて盛り上がった筋肉をアルフレッドの目前にちらつかせて立っていた。額に光る汗との相乗効果で、更に男臭さが滲み出ている。ついでに言えばその後ろには、数名の団員達が控えていた。勿論皆汗をまき散らした、男臭さ全開の集団である。


「珍しいな。いつもは女っ気のない地獄みたいな宿舎に足を踏み入れるなんて拷問レベルで耐えられない! とか言ってるアル坊が、まさかこんなところで兄ちゃんと逢引の最中なんて」

「うるさいなぁ。僕だって好きでここに来た訳じゃないよガイア」

「ガイア副長! このとんでもなく綺麗な人って、もしかして噂の、バルト団長の弟さんですか?」


 お願いを断られたこともあって普段の二割増しで不機嫌に言い返していると、ガイアの後ろからひょこっと顔を出した男の一人がそう発言する。


「あー、そっか、お前達は見たことがなかったんだっけ。そうそう、こいつが団長んとこの一番下の弟、アルフレッドだ」

 

 なんで兄弟でもないガイアが紹介するんだ……と思ったが、文句は後で言おうとその場は何も言わずに、にっこりと若い団員達に笑いかけてあげた。


「はじめまして、弟のアルフレッドです」


 アルフレッドの笑顔はある意味凶器である。中性的な雰囲気と顔立ちのせいか、男性に顔を赤らめられて見られることも少なくない。

 案の定、男であると知ってなお、頬を染め上げてアルフレッドの笑顔の虜になる筋肉隆々の男達。


「団長にめっちゃ可愛くて綺麗な顔の弟さんがいるとは聞いてたんですけど、まさか本当だったなんて。正直あの、鬼の団長と血が繋がってるとは思えないです」

「僕は兄弟の中で唯一母親似だから……」

「ア、アルフレッドさんはどうして今日はここに?」


 完全にアルフレッドの笑顔に悩殺された団員達が、上ずった声ながらも食い気味にそう尋ねる。それを見た瞬間、彼の頭の中にバルトの攻略法が浮かんできた。

 アルフレッドは笑顔を消し、代わりに愁いを帯びた表情になると、例の捨てられた子犬のような瞳を男達に向ける。


「実はどうしてもお金が必要で、だけど家には言えない事情があって……。だからバルト兄さんを頼ってきたんだけど、力になれないって言われて」


 勿論演技である。だが、団員達はいとも簡単に騙されてくれた。


「こんな可愛い弟さんのお願いを無下にするなんて、団長ってばどうかしてますよ!!」

「そうですよ! 別に用立ててあげたらいいじゃないっすか。知ってるんですよ? 結構団長が溜めこんでることは」

「これは俺達兄弟の問題だ。部外者は口を挟むな」

「ケチな兄貴ですね、団長って。ものすごく稼いでるのに酒にも女にもお金を使わないで、貯蓄にしか回さないなんて。血も涙もないお人だ。見損ないました」

「事情があるんだ。あと、こいつの動機も不純だ。だから余計な金は渡さないだけの話で、別に意地悪で言っている訳じゃ……」


 しかしバルトが台詞を言い切る前に、団員の中の一人が割り込んで入る。


「あ、なら代わりに俺が貸しましょうか?」

「え、でも……そんなの悪いですよ」


 心優しい初対面の男の提案に、とりあえずアルフレッドはそう返しておく。


「いいんすよ! 俺に出来る範囲ならいくらでも貸しますって!」

「そう、ですか? じゃあ…………ありがとうございます」


 はにかみながらお礼を言えば、途端に他の男達も名乗りを挙げる。


「お、俺も貸すよ! いくらいるの!?」

「待てって!! お前この前借金したって言ったばかりだろう!? そっちを先に返してからそんな口叩けよ! アルフレッドさん、僕も言い値を用立てます。僕のことも本当の兄だと思って頼って下さい!」


 我先にとアルフレッドに詰め寄る彼らを見て、ちょろいものだなと彼は思う。だが、本当に彼らにお金を借りるつもりなどなかった。

 このままだとバルトの制止も聞かず、団員達は喜んでお金を差し出すだろう。部下である彼らに弟が借金するなど、体裁的にもよろしくない。

 彼らを止める方法は一つだけ。


「……分かった、俺の負けだ。アル、俺が用立てるから」


 疲れた顔でそう告げた兄を見ながら、アルフレッドは心の中でガッツポーズをとる。

 それからすぐに兄から言い値の金額を搾取すると、男だらけのむさ苦しい居城は用はないと言わんばかりに足早にその場から立ち去った。  

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