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侯爵家のアルフレッド 2

 会場内は、アルフレッドがバルコニーで休憩している間に倍にまで人数が膨れ上がっていた。その中でも特に黒山の人だかりができていたのが、中心部分だった。


 人だかりの中に先程の友人を見つけ、アルフレッドは声をかける。


「フランク、この中心にその彼女がいるの?」


 あまりにも衆人が多すぎて、お目当ての人物が全く見えない。仕方がないので彼にそう尋ねると、フランクはなぜか歯切れの悪い言い方で、


「あ、ああ、そうなんだけど、さ……………」

「?」


 言い方だけではない。表情もどこか微妙で、困惑と恐怖をごちゃ混ぜにしたような、そんな雰囲気があった。

 しかしそれはフランクだけではなかった。よく見れば、周囲の貴族の子息達は、誰もかれもみな同じ複雑な顔で、中心部へと目を向けていた。

 それに、こういう場合相手は取り合いになるので、我先にと全員が一斉に群がるのが常なのに、何故か今回は遠巻きに鑑賞している節がある。


 状況がいまいちつかめず尚も首を傾げるアルフレッドに、フランクは顎でくいっと人だかりの真ん中を指した。


「見てみたら分かる」

「見てみたらって……」


 ここからじゃ見えないんだよね……と言いながら、仕方がないのでアルフレッドは人込みをどうにかすり抜けて先頭へ出ることができた。

 そして顔をあげて中心部を見た瞬間、アルフレッドは思わず固まってしまった。


 中心にぽつんと立っていたのは、一人の女性だった。おそらく彼女がティール家の現当主であろう。

 真っ赤なドレスを身に纏った彼女は、皆が一瞬で目を奪われる程、均整のとれた見事な身体つきをしていた。ドレスからこぼれんばかりに露になった真っ白で豊満な胸や、服の上からでも分かるくびれた細い腰つきも男達の視線をさらっている理由の一つではあろうが、おそらく彼らが釘付けになっている一番はそこではない。

 

 彼女の顔が問題だった。

 何故か顔に、黄金色が散りばめられた、非常に派手な仮面を被っていたのだ。目の下には七色に色分けされた七つの小さな星が各々描かれていて、頭のてっぺんには黄金と銀色の入り混じった不思議な色合いの何かの毛がつけられており、それがさらに派手さに拍車をかけている。しかもご丁寧に頭の部分まですっぽり覆われていて、顔どころか本当の彼女自身の髪の色すら全く分からない。


 仮面舞踏会ではよく見る光景だが、生憎今夜の夜会の趣向は極めて一般的なものである。それなのに突然、謎の仮面を被った人間が会場に姿を見せれば、それはもう一同、このような反応になってしまうのは仕方がないことだった。


 なので、勿論アルフレッドもその例に漏れず、そこから一歩も動かず強張った表情で仮面の女性を凝視していた。


「どうしたらいいんだ、あれは……。お、お前行けよ」

「え、ちょ、ちょっとそれは――――大体なんで仮面なんて付けてんだよ。理由とか、あれ、聞いてもいいのか?」

「あんな仮面かぶってる気味悪い人と、なんて言って会話始めればいいんだ………」


 男達はひそひそ声で、どうしたらいいのか分からないといった感じで、先程からそこから動くことすらせず躊躇しているだけ。

 がしかし。


 真っ先に動いたのは、やはりこの男だった。


 アルフレッドはすぐさま仮面のダメージから立ち直ると、躊躇うライバル達をよそに一歩、大きく踏み出し、女性に向かって確実に足取りを進めて行く。

 その瞬間、ざわめきはひと際大きいものになった。


「あれって……ユーロニア家のアルフレッドじゃないか?」

「さすがだな、あいつ。アレにものともせず、普通あんなにまっすぐ向かっていけないだろ」


 ひそひそ声を聞きながら、アルフレッドは思う。

 彼には何せ時間がなかった。だから相手がどんなに年上の未亡人だろうと、例え仮面を被ったへんてこで読めない不気味な女性だろうと、なりふり構わず彼女達に接近して、一刻も早く取り入るしか選択肢はないのだ。うだうだ言っているだけで行動を起こさない彼らとは覚悟が違う。


 アルフレッドの靴音に気が付いたのか、仮面の女性は彼へと顔を向ける。目のあたりは穴が開いているので、おそらくそこから彼の姿を見ているのだろうが、薄暗いこの会場では外側からは闇の広がる虚空しか見えず、彼女の瞳の奥を知ることはできない。それがまた不気味でもあった。

 しかし、恐怖に負けている場合ではない。無理やり負の感情は、恐怖で凍りつきそうになる血液と共に心臓へ送り込んで閉じ込めると、アルフレッドはにこりと笑いかけた。


「初めまして。僕はユーロニア侯爵家の四男、アルフレッドです。あなたは伯爵の爵位を継がれたティール家のアリアナ様、ですよね」


 仮面で顔は見えないが、譬えそれがなくても、彼女の姿を見たことのないアルフレッドには、直接聞いて本人かどうか確認する以外に術はない。

 すると彼女は大きく、肯定の意を示す頷きを返した。


「そうだ、私がアリアナだ」


 女性にしては低めの声は、固い言い方も相まって下手をすれば男性に間違える程だ。この身体つきでなければ、仮面のせいもあって男が女に変装していると勘繰られてもおかしくないだろう。


「ところでアリアナ様、一つ気になることがあるんですけど。どうして仮面を被っているんですか?」


 それはここにいる皆が疑問に思いつつ、直接本人に聞けないことだった。しかし、まさか正面切ってそれについて尋ねるとは誰も思っていなかったらしい。

 周囲のざわめきは、最高潮に達していた。 

 これはもしかしたら彼女のデリケートな問題で、あんまり踏み込んで聞いてはいけないに違いない……と周囲は考えていたようだが、これみよがしに派手な仮面を被られれば、気になるのは気になる。

 なので、ここは正直に、堂々と尋ねることにしたアルフレッド。


 内心はドキドキしながらその答えを待っていると、女伯爵は少し間を開けた後、言葉を発した。


「私の顔は…………その、人前に出すには少し問題があるのだ。だからこうして仮面を被っている」

「顔に問題…………」


 はて、と首を傾げるアルフレッド。しかし、それ以上は言いたくないのか、何も語らないアリアナ。二人の間に沈黙が降りる。

 人前には顔を出せない理由。考えられるとしたら、よほど醜い顔なのか、はたまた顔に大きな傷があり恥ずかしいのか。

 答えなかったせいで、周囲の見勝手な憶測は過大なものになる。


「例えば顔中が発疹まみれとか? あと、ものすごい火傷の痕があるとか。何にせよ、顔は期待できないのは間違いないよな」

「いくら爵位を継いだ女領主っつっても、仮面被らないといけない程の醜い顔と一生一緒にいるのは嫌だよなぁ。っていうか今の存在もかなり不気味だし」

「いやいやでも、美人は三日で飽きるっていうし、案外それくらいの方がいいかもよ?」

「ならお前もアルフレッドみたいに伯爵様のところへ行ってみろよ」

「それは勘弁」


 嘲笑と侮蔑のこもった外野の好き勝手な物言いは、アルフレッドの耳にも届いていた。おそらく、目の前の仮面のアリアナにも届いていることだろう。表情は全く読み取れないので、今彼女がどんな感情に晒されているかは確証は持てないが、拳をぎゅっと強く握ったところからして多少は傷付いているのではないかとアルフレッドは思う。

 そう推測できるくらい、彼らの野次はあからさまで容赦のないものだった。


 しかしアルフレッドは、内心思う。

 不気味だろうが酷い顔だろうが、そんなものはどちらでもいいと。

 ティール家といえば、ついこの間振られてしまった例の未亡人の家には若干劣るものの、自身のユーロニア家と肩を並べる程、領地も豊かで潤沢な資金を溜め込んでいると聞く。いつものライバル達は、この様子だとアリアナを落とす戦いには参戦しないらしい。

 ならこの瞬間が、彼女を落とす絶好のチャンスではないか。傷付いているらしい彼女を慰め、励ますことで、自分を優しい人間だと勘違いしたアリアナが恋に落ちればアルフレッドの思い描く未来、裕福な貴族生活の継続も夢ではない。


 アルフレッドは己の黒い心を覆い隠すように、天使の如き容貌にふさわしい、あどけなくも可愛らしい無邪気な笑顔を浮かべた。

 弱っている人間に優しくして甘い言葉をかけられるなんて、恋に落ちる鉄板だと、彼はよく知っている。


「ねえ、アリアナ様。もしよかったら、僕と向こうで少しお話ししませんか? ここは野次馬が多くて雑音が酷いですから」


 そう言うと、そっと目の前のアリアナの手を取った。


「!? 私でいいのか? 君はそんなに美しい容貌をしているのに……。もっと君にふさわしい女性はいるんじゃないのか?」

「僕のこと、美しいって褒めてもらってありがとうございます。でも僕はアリアナ様がいいんです」

「こんな、仮面を被った変わり者の私でいいのか?」


 変わり者、だよなぁ。確かに彼女は変だ。むしろ顔を隠してまでこんな公の場世に出なくてもいいんじゃないかと思う。しかも、辛辣な野次を浴びせられることは予測できるはずなのに、わざわざ傷付きにくるようなものだ。

 だが、彼女の理由などどうだっていい。

 アルフレッドは取った手を軽く握ると、甘さを込めた声で囁いた。


「勿論。だからもっと人気のないところで、二人っきりでお話ししましょ?」 

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