第一次キール村前進拠点防衛戦
未明、停戦ライン警戒陣地
キール村前進拠点とルーシュ侯爵領国軍との間の停戦ラインにある警戒陣地では、昼夜問わずの警戒監視が行われていた。
「〇五一五、停戦ライン異常なし、送れ」
『本部了解、通信終わり』
警戒陣地は小高い丘の上にあり、キール村へと繋がる街道を遠くまで見渡せることができる。
警戒陣地の隊員達は日々真面目に職務を遂行しているが、正直に言えば飽き飽きし始めていた。というのも、最初こそは遠くにルーシュ侯爵領国軍の陣地が見え、緊張感が否応なく高まったり、日本では見る機会の少ない満天の星空に心踊りもしたが、それもずっと続けば飽きるものである。
「そろそろ夜明けで交代だな」
「早く帰って寝たいですよ」
限界に近づきつつある眠気を、気合いで目を開け続けている。
すると、暗視装置を覗き込んでいる隊員が声をかけてきた。
「班長、ルーシュ侯爵領国軍の陣地方向に灯りがいくつか見えます」
「陣地なんだから灯りがあって当然だろ?」
「いえ、それが増えつつあります。それにもうすぐ夜明けですよ。薄明るくなっているのに、灯りを消すことがあるとしても、増えるなんてことありますか?」
「確かに……全員起きろ!」
仮眠をとっている隊員達を起こし、他の警戒陣地にも通報した。
班長は軍用双眼鏡を覗き、明るくなってきた大地を舐めるように見渡した。灯りはどうやら松明で、しかもそれは少しずつ動いているように見えた。そして、朝日が東側つまり隊員達の背後から上り始めた瞬間、おぼろげだった松明の持ち主がはっきりと浮かび上がった。
「!!……警報! ルーシュ侯爵領国軍陣地方向より所属不明の武装集団が停戦ラインに接近中!」
班長の怒鳴り声とともに、隊員達は一斉に小銃に実包を装填、MINIMI軽機関銃の安全装置を外した。
「班長、本部に通報します!」
「おう」
「拠点本部! こちら警戒陣地! 現在、ルーシュ軍陣地方向より所属不明の武装集団が近接中! 送れ」
『警戒陣地! 武装集団の所属識別につながるものは見えないか? ルーシュ侯爵領国軍との見間違いの可能性は? 送れ』
「ルーシュ軍の旗印は確認できない。かわりに他の旗印……あれは獅子の紋様か……らしい紋様の旗印が確認できる。他にも様々な旗が確認できます! また、大規模な集団と認められる 送れ」
『了解した、指示を待て。 通信終わり』
「やばいことになったな……」
「松本一佐、これは完全に王国が我々に差し向けた軍勢です。直ちに戦闘準備を」
「待て! 宣戦布告も何もないぞ! この状況で部隊を動かせば武力衝突は決定的なものになってしまう! ここは事態を静観するべきだ!」
「相当な規模の部隊であることが確認できてます。これは完全に我々に対する武力行使もしくは恫喝を目的とした軍事行動です。直ちに対応しなければ数時間後にはこの拠点は包囲されます!」
「うーん……。わかった……101中隊、102中隊、301中隊は直ちに戦闘準備をせよ。302中隊は警戒陣地を放棄し、拠点へ後退せよ」
無線が各部署へと指示を飛ばし、指揮官達が本部舍の作戦室に集まり始めた。非常呼集ラッパが拠点内に鳴り響いた。
「犬山一佐……」
「なんです?」
「我々のこの決断は、この世界もどの様な未来をもたらすと思うか?」
「……わかりません。ただ、最善たるように我々が尽力するのみです」
「そうだな」
「戻ってきたと思ったら、いきなり非常呼集なんて!!」
小笠原達はラッパの音とスピーカーから鳴らされるサイレンの音に弾かれたように飛び起きると手早く戦闘服に着替えると、次々に宿舎から飛び出して整列していく。他の宿舎からも現職隊員達が飛び出してそれぞれの配置へと走って行く。
「王国軍と思われる大規模な武装集団がこちらへ接近中である。これより生徒隊は後方支援任務に就く、各班ごとに指定の配置へ行け!」
小笠原達は一旦、武器受領所へと行き、小銃と銃剣、弾薬を受け取った後、指定の配置へとついた。小笠原と井本の仕事は弾薬運搬である。職種によっては高林のように救護所に配置されたり、監視台に配置されたりしている。
営門の辺りが騒がしいので見ると302中隊が戻って来たらしく、急いで報告や配置に就くべく奔走している。営門も閉じられ、巨大な閂がかけられた。その間も各所で隊員は動きまわり。小銃掩体へと飛び込んで行く。
〇五四五、監視台で動きがあり、無線機からやたらと落ち着いた言葉が発せられた。
『拠点西側森林より王国軍らしき、武装集団出現およそ600、なおこの武装集団は王国軍部隊であることが認められた』
「来た!」
『さらに北西方向からも王国軍! つかみで400 目標は拠点を包囲すると思われる機動をとりつつあり!』
『総員待機、撃ち方待て』
「松本一佐、敵は我々を包囲殲滅するようです。数は2000名程度と推測されます」
「いや、もっと多いはずだ。おそらく森林や丘の裏側に待機している部隊もいるからな。たぶん一部は宿営地にも向かっている」
「敵の一隊はすでに10キロ圏内にまで進入しています。101重迫中隊の120迫の射程内です。今こそ攻撃するべきです」
犬山団長は身を乗り出して意見を言った。
「いやもっと近づける、5キロまで達したら重迫で攻撃をはじめ、2キロ圏内にまでたどり着けた敵がいたら、あとは基本通り歩兵の決戦だ」
「……ずいぶんと思い切りがよくなりましたね」
「お前がさっき言ったように、私は私の最前を尽くすのみだ」
その時、報告が入る。
「北東方向からさらに一隊が出現。敵は三方向より包囲し、近接中!」
「目標5キロ圏内に入りました!」
「120迫、撃ち方はじめ」
『了解』
西側からの突撃を命じられた王国軍の百人隊長は、静まり返った敵陣を見て勝利を確信した。敵は油断しきり、この大軍の接近にも気づかない程に愚かな連中であると。気づいた頃にはすでに包囲され、蹂躙されて我々に降伏を乞いすがるであろう。
その様なことを考えていると、くぐもったそれでいて重苦しい音が大地に響き渡った。
「? 何の音だ?」
「わかりません」
その瞬間、目の前が真っ赤になり、彼は二度と前の景色を見ることはなかった。
「半装填よし!」
「よーい、てっ!」
120ミリ重迫撃砲の砲弾が流し込まれ、一瞬の静寂の後、重苦しい射撃音と砲口から発砲炎が飛び出し、それを追いかけるように砲弾が勢いよく飛び出していった。
「だんちゃ~く、今!」
秒単位で統制された重迫の射撃は、次々ともぞもぞと動く王国軍の隊列のなかへ吸い込まれていく。そのたびに人らしきなにかが宙に舞う姿が遠方からでも肉眼で捉えることができる。
「えげつねー」
井本のぼやきはその光景を目の当たりした、生徒隊隊員の大半の心境を代弁した。
「装備が内地の歴史で言ったら500年も違うと、こうも敵に対する同情心が湧くんだね」
その間も、101重迫中隊は淡々と砲弾を撃ち込んでいた。
「修正、右へ5、引け50」
「了解、半装填よし!」
北東と北西から接近した2つの部隊の指揮官、百人隊長らは西側の部隊が突如火柱によって翻弄されている様子を見て驚愕したが、すぐにこれは敵の攻撃によるものだと判断した。ルーシュ侯爵領国軍から情報を得ていた為、すぐに判断できた。しかし、次の行動に迷いが生まれた。敵の見たこともない攻撃に翻弄される部隊を救出するべきか、それとも敵は西側の部隊に釘付けになっているので今こそ突撃をかけるべきか。
迷っているうちにも西側の部隊は壊滅寸前になっており、北東と北西の両部隊は救援は間に合わないと判断し、一気に距離を詰めるべく駆け足で前進を始めた。
「今なら敵の不意を突ける! 進め! 進め!」
しかし、敵陣の様子がはっきり見える距離に到達した時、彼らを出迎えたのは5.56ミリ弾、12.7ミリ弾、40ミリてき弾による突撃破砕射撃であった。濃密かつ計算された射撃は、昔より「鉄の暴風」と形容されてきたがまさしくその通りである。
逃亡を試みる者もいたが、遠距離を行軍してきた上に、早いタイミングでの駆け足前進を命じられ、重い甲冑を身に着けている彼らに助かる余地は残されておらず、瞬く間になぎ倒されていった。
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