争乱の予感
忙しいですが、なんとか更新しました。
松岡担当官は見捨てられた神殿宿営地の中に有る外務省出張所で、書類の作成作業や報告書作りに勤しんでいた。小笠原達と共に宿営地に戻って来た後、彼は喜び勇んで事の始末を外務省に報告した。外務省に入って6年目に大役を任されることになり、大いに喜んでいたところに停戦協定調印、そして今度のカノヴィール王国との会談が実現する見通しがたったのである。
「これは自分にとっても日本にとってもチャンスだ……」
若い情熱を燃やしながら、彼は遅くまで仕事を続けるのであった。
日本時間 8月某日 日本国首相官邸会議室
会議室では第一次報告会ならびに関係閣僚会議が行われていた。西条首相を始め、国土交通、公安、外務、防衛、官房長官の各大臣と陸上幕僚長、航空幕僚長、警察庁長官が出席している。
「まず最初に、国家公安委員会委員長から外地に関するスパイ活動の報告です」
「はい。自衛隊が外地へ派遣されて以降、米国を含む多くの国のスパイや工作員が活動を始めております。今のところは泳がせていますので、暫く推移を見守る予定でいます」
「情報の流出などは?」
西条首相の問いに公安委員長は、
「今のところ無しです。特定秘密保護法が抑止力になり、サイバー攻撃対策も効果を表してるお陰ですね」
「あれは時間稼ぎにしかならない。今この瞬間も諸外国は外地の情報を知りたがっているはずだ」
西条首相は油断することなく事に当たるように指示を出した。
「次に、外務大臣」
「はい、現地入りしている担当官の報告では、外交交渉は順調。特に一週間半後には、カノヴィール王国……今のところの最大の影響力を持つ統治機構との協議を予定しているとのことです。停戦協定調印の写真が送られてきましたが、なんというか……本当にファンタジーな世界です。まだ文化的交流が進んでいないので、まだなんとも言えないですが……」
「写真流出していないだろうなぁ? 週刊誌に見つかったら、ヤバいぞ?」
「わかってますよ。それと周辺国の動向ですが、アメリカからはいつでも支援する用意があると言ってきてます。中国と韓国は相変わらず国連下での共同管理を要求しています。EU諸国も同様です」
「ロシアは?」
「ロシアは我が国の動向を注視していくとしか……恐らく、東欧問題に係りきりで余裕が無いと推察できます」
「なるほど……今後とも周辺国に注意して、逐次報告してくれ」
「次に防衛大臣」
「外地では自衛官の被害はほとんど出ていません。細々とした怪我は有りますが、問題ない程度です。そして弾薬の消費が著しい様です。敵の戦法、装備が我々より5世紀も古いものですから、戦いの様相は、長篠合戦のようであったと報告を受けています」
「うん、そちらは特に問題ないようだな。今後戦闘にならないようなら投入予定の第四戦闘団の編成も遅らせても良さそうだ。空自は滑走路があと5日で完成するから、それにあわせて部隊を配備してくれ」
次は国土交通大臣の番だ。
「現在、自衛隊が宿営している、いわゆる見捨てられた神殿宿営地周辺の地質調査並びに地図制作を行っております。また魔法石と呼ばれる新種の鉱石についても調査中であります。これは見立てではありますが、外地の科学技術は未発達ですので、手付かずの地下資源が大量に眠っているものと思われます」
「なるほど今までで一番良い報告だな。調査を継続してくれ」
「はい」
一通り報告を聞くと、西条首相は居並ぶ閣僚や幕僚幹部に言った。
「とにかく今はカノヴィール王国を名乗る国との話し合いが重要だ。関係各所は常に油断せず、柔軟に対応してもらいたい」
「はい!」
小笠原達は平和かつ文明的な生活を満喫していた。キール村前進拠点は一部住宅を撤去し、仮説の施設を作ってはいるが、生徒はテント暮らしであったからだ。
それに比べて、見捨てられた神殿の宿営地は施設科の欲望と本気、会計科の涙によって非常に快適な要塞施設となった。そのため生徒隊にも宿舎が割り当てられ、暖かいベッドと食事という日本に居る時と何ら変わらない生活を送っている。
「あと5日~あと5日~」
小笠原は鼻歌を歌いながら、宿舎の廊下を進む。もちろん、あと5日とは日本に帰還するまでの残りの日数のことである。そして廊下の途中に有る掲示板の前で足を止めた。この掲示板には普段の授業や訓練、作業といった事の指示や詳細が張り出されたり、新聞部が日本のニュースを壁新聞形式で貼り付けているので、生徒や隊員達は毎日掲示板を見ることが日課になっている。
「なになに……キール村にて日本外務省の担当官とカノヴィール王国側の使者による初めての会談が8月16日にも行われる予定……あと3日後じゃないか。もしかして、松岡担当官はまたキール村に戻るのか、大変だなぁ」
さして心配する気もない小笠原は、壁新聞を一通り見るとPXに買い物に行くため歩き出した。
3日後、キール村前進拠点本部舍(旧村長邸宅)
日本側からは松岡担当官ら数人の外務官僚と犬山団長、荒木陸将、そして護衛の自衛官が立ち会った。一方カノヴィール王国側からは外務官吏と護衛騎士そして仲介役のルーシュ侯爵が出席した。
まず最初に切り込んだのは松岡担当官だ。
「遠路遥々お疲れ様です使者殿。本日は実りある会談にしたいと思っています」
「ご丁寧どうも。我が主君バラト王は貴国に大変興味をお持ちである。我々は今後貴国と良き関係を持てることを望んでいる」
最初はお決まりの挨拶。そしてお互いの御国自慢へと移行していく。
「我がカノヴィール王国はこの大陸の盟主であり、文化の発信地でもあります。貴国の文明がいかほど進んでいるのかは存じあげないが、是非とも我が国に来て参考にしたら良いのでは?」
松岡は、余計なお世話だと心の中で悪態を吐きつつも笑顔で対応する。どうにもカノヴィール王国側の使者は高飛車で高圧的な物言いである。
一方ルーシュ侯爵は日本の一端を垣間見たことがあるので複雑そうな顔をしている。
やがて話は国交や交流に関する議題へと移った。今後日本側から使節団を派遣することを決められた。そして会談も佳境を迎えた頃、突如カノヴィール王国の使者がこんな事を言い出した。
「貴国が我が主君に謁見する際、朝貢の品はどのような品を持って来られる予定なのか?」
これには松岡担当官も慌てた。
「ちょ、朝貢ですか?」
「ええ、主君に謁見されるからには、我が王国に忠誠を誓って頂いて……」
「ちょっと待って下さい! 我が国は貴国とは対等な外交関係を望んでいます!」
するとカノヴィール王国の使者とルーシュ侯爵も唖然とした顔した。彼らからしてみれば、王国の配下に加わりたいと言う国はあっても、対等な外交関係を要求した国はないのである。
「何を申されるかマツオカ殿! 我が主君バラト王はこの大陸の盟主であるぞ!」
「我が国は魔法通路の向こう側の国です。貴国の元に入る気もないし、道理もない!」
空気は瞬く間に険悪なムードに陥っていく。護衛騎士や自衛官達も焦りの表情が見て取れる。ルーシュ侯爵と荒木陸将が慌てて仲裁に入る。
「双方落ち着いて頂きたい!」
「ルーシュ侯爵の言う通りです。一端ここは冷静に……」
「ルーシュ侯爵殿! 貴公はカノヴィール王国に忠誠を誓おられるのだろう!? ならば無礼者に対して言い聞かせるのが筋であるはずだ!」
「日本は貴国との対等な外交関係以外認めない」
「おのれ無礼者! 我が主君バラト王を侮辱するとどうなるか見ておれ!」
そう言うと、カノヴィール王国の使者達は出て行ってしまった。護衛騎士達が慌てて追いかけて行った。
「ルーシュ侯爵閣下、これはどういう事ですか!?」
ルーシュ侯爵は顔を真っ青にして、松岡に向き合った。
「私もこんなことになるなんて……」
これは文化や慣習の違いがもたらした結果である。ルーシュ侯爵は、必ずなんとかすると言って使者達を追いかけて行った。
「荒木陸将……」
「松岡担当官、大丈夫だ。貴殿は日本政府を方針を貫いただけだ。それにルーシュ侯爵がきっとなんとかしてくれる」
荒木陸将は松岡担当官の肩を叩いて励ました。
ルーシュ侯爵は出て行ってしまった外務官吏を追いかけながら違和感を感じていた。外務官吏があまりにもマツオカやアラキ将軍に高圧的な主張をしていたからだ。
王国はこれまでも自国より国力の劣る国に対して服従の意味合いの強い朝貢を求めることがあった。もちろん王国より強大な国との外交関係を持つ場合も、土産物という名目のもとでお願いしたことがある。なので朝貢を求めること自体、特段変わったことではない。人民の心を握るには、そういう外交アピールをする必要があるからだ。
しかし、今回はニホンという異世界からの、しかも詳細不明の国家との外交交渉である。ルーシュ侯爵達は一戦交えたからこそニホンの軍隊の強さがわかっている。そのことは、カノヴィール王国側にも伝えてある。それにもかかわらず、王国からの外務官吏は、慎重を期すべき交渉であるはずなのに最初から高圧的な言動を繰り返していた。
「まさか……端から友好的な関係を望んでいないのか?」
ルーシュ侯爵はそんな嫌な予想をしつつも、外務官吏に追いついた。
「外務官吏殿、先ほどの発言はあまりにもニホン国の使者殿に対して無礼が過ぎます。お戻りになって今一度冷静に話し合って頂きたい」
そう言ってルーシュが頭を下げた。しかし、外務官吏はニヤリと笑うと言い放った。
「これで良いのだよルーシュ侯爵。これこそ我が主君バラト王の望んだ道なのだから」
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