我らの任務は……
ロニエ達と犬山団長達の会談は、これからの行動について交わされている。というのも、日本側としてはこの大陸の覇権を握っているカノヴィール王国と接触したいわけだ。その為には先ず、ロニエ達の上司であるルーシュ侯爵との接点を持つことが重要とされた。
そもそも、このルーシュ侯爵領内で自衛隊と侯爵領兵団は武力紛争をしたのだ。これは偶発的な事案であるが、講和を結ぶ必要もあるし、何より責任の所在を明確にしなければならない。
「恐らくメリザ・ルーシュ侯爵様にも今回の件は、報告されているはずだ」
「それなら向こうから接触してくるわね」
「侯爵様は名君として領民から慕われていますし、いきなり攻撃するような事はしないと思います」
ニーナがロニエを見ながら言うと、ロニエはばつが悪そうにそっぽを向いてしまった。
キール村前進拠点南側入口
だいぶ日が傾き、太陽は西の山々の中に没しようとしている。第一戦闘団から派遣されてきた特科部隊と機甲科部隊が続々と到着してきた。
小笠原と井本は入口脇に、土嚢で囲って造られた即席の警衛所で見張りを担当している。
「74式戦車が12両に、73式装甲車が5両っと……なんか骨董品に成りつつある装備品ばっかしだな……」
井本は到着した車両を確認しつつ呟いた。
「まあ、最新式をもってこれる程、余裕無いってことだろうね。おおかたスクラップ寸前だったのを引っ張り出して来たんだよ」
轟々と音をたてて村に入っていく車両を見ながら小笠原は続けた。
「ねぇ、井本……お前はこの間の戦闘で殺した連中のこと、どう思う?」
「どうって……そりゃー喧嘩を売ってきたのは向こうだし……殺さないとこっちが危ないし……うーん、特に何とも思わねーな!」
「そっか……」
それきり小笠原は黙ってしまう。
「?」
井本は首を傾げている。彼にはやられる前にやったという認識しか無いからだ。
その夜
「うう、トイレいこ……」
小笠原はトイレに行く為に、もぞもぞとテントから這い出した。ちなみにキール村前進拠点には、需品科はじめ後方支援部隊の手によって多数の仮設トイレが配備された。というのも現在キール村前進拠点には、第一戦闘団の機甲科、特科の各中隊、施設科部隊、後方支援部隊、第三戦闘団から一個大隊の戦力が集結している。これだけの人員がいれば病気に罹る者も出てくる。トイレは病気を防ぐ上で最も基本的な施設の一つだ。自衛隊に限らず軍隊にとって、いかに兵員が病気に罹らないようにするかという衛生の問題は、今も昔も変わらない。
用を済ませた小笠原は、どうもそのままテントに戻る気になれず、村の中央の広場に向かった。車両がきっちり並べられた広場の芝生に腰を下ろし、空を仰いだ。内地の夜空に昇る月よりやや大きい星をぼんやり眺めていると、
「誰か!?」
突然誰何され、大慌てで起立してそのまま不動の姿勢になる。
「第三戦闘団深部偵察隊所属、小笠原清文一士です!」
「知ってるよーん!」
あまりにも変わり過ぎる口調の喋りとともに誰か抱きついてきた。
「うわっ! 犬山団長!」
「グヘヘ~、こんなとこで何してるのかな~? ナニしてるのか~?」
とりあえず、犬山団長を引き離すと、ヨタヨタとテントの方へと踵を返そうとした。
「無視しないで~! ほらほら! お姉さんに言ってごらん?」
「……何もしてないです。ただ……最近眠れなくて……」
犬山団長は小笠原の言葉を聞くと、急に真剣な顔つきになった。
「先の戦闘の事で悩んでるんでしょ?」
「……はい。初めてです、人を殺したのは……」
「あなただけじゃないわ。皆、初めてだったのよ……」
犬山団長の言葉に、小笠原は頭を抱えて悶えた。
「違うんです! 僕は! 僕自身が恐ろしいんです! 演習の空包を撃つのにさえ躊躇っていた自分が、あの時、何の躊躇いも無く引き金を引ききった! それが、恐ろしいんです!!」
するといきなり、犬山団長は小笠原の肩を掴んで目線を合わせた。
「そうさせたのは私達よ。あなたを自衛官にする為に関わってきた教官、助教、基幹要員の全てが……あなたに引き金を引かせた!」
急に語調が強まり、小笠原は思わず後退った。
「何を言って……」
「清文君、自衛隊の任務を言ってごらんなさい」
「わ……我が国の平和と安寧を守ることです」
「いいえ! 我々の究極にして最大の任務は、人を殺すことよ! 外交と政治の延長線である合法的に定められた人殺しをするのが我々の真の仕事!」
「……!」
犬山団長は小笠原を抱きしめると、さらに語りかける。
「あなたは国益の為、仲間の為に引き金を引いたの。そしてその責任は日本という国に住む、全ての人が共に背負うべき十字架。あなたがたった1人で悩む必要なんか全く無いんだから……」
小笠原は入隊して久しぶりに泣いた。
「なんか目の周り赤いよ?」
高林先輩に朝一番で言われた小笠原は、水筒の水を顔にかけて洗った。
小笠原は何か憑き物が落ちたように、顔つきが少しシャンとした。
「皆と一緒だ。だから大丈夫」
犬山団長から話を聞いたのか、郡司曹長までもが声をかけてくれたのだ。
こうしてまた1日が始まる。
小笠原は本部でお茶汲み、井本は警衛所へ、高林先輩は野戦救護所での仕事だ。
もちろん本部の中では、
「清文君~かまって~」
犬山団長が小笠原の仕事の邪魔をし、幹部達はその有様をゴミを見るような目で見ている。するとそこへ陸曹が飛び込んで来た。
「騎兵が単騎でこちらに急速接近中!」
幹部達は急いで自分の指揮する部隊へ指示を発する。直ちに拠点内にA警備体制(最もレベルの高い警戒をすること)が布かれる。どうやら、いつか村長の話していた都市がある西の方角から接近している。
犬山団長は小笠原を連れて村の西門へ向かった。そこでは既に隊員達が銃口を並べて迎撃態勢を整えている。
「来ました!」
確かに単騎でこちらに向かって来る騎兵がいる。
「撃たないように! 相手の出方を見極めろ!」
緊張が一気に高まる。
騎兵はさらに接近すると、手にした短弓を引き、矢を放った。
矢は緩やかな曲線を描きながら飛翔し、隊員達の手前で落ちた。騎兵はそのまま引き返して行く。
「矢文のようです」
地面に刺さった矢には小さな手紙が括り付けられていた。
犬山団長は矢に駆け寄り、手紙を広げて読み始めた。
「これは……」
「何と書かれてるんですか?」
小笠原の質問にその場の陸士、陸曹、幹部が固唾を飲んで、犬山団長の言葉を待った。そして、
「なんて読むのかしら?」
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