閣僚会議と目覚めたロニエ
少し長くなりました。どうぞよろしくお願いします。
日本国首相官邸
官邸内会議室では、西条首相、防衛大臣、外務大臣、国土交通大臣、官房長官が揃っていた。彼らの視線の先には、液晶画面が有り、夕方のニュースが始まっていた。
ニュースのテロップには、赤字で、『派遣自衛隊、外地で戦闘』と書かれている。
画面の中でゲストや評論家達が議論をしている。
『政府は自衛隊が、自衛の為に最小限度の武力行使をしたと言ってますが、誰も現場を見てないから、はっきり言って、信用出来ませんね!』
『このまま異世界戦争勃発なんでしょうか?』
『そもそも、異世界のことを外地と表現しているあたり、政府は異世界を植民地にしたいんじゃないんすかね?』
『とにかく外地に取材が可能になるように政府に働きかけて、ちゃんと市民の監視が必要ですよ』
という風な具合である。
「相変わらずな言い草だな」
西条首相はうんざりした表情で言う。周りの大臣達も疲れたような様子である。
「まあ、正直に公表しても、誤魔化しても、連中はいつだって叩いてきますよ」
「もう各紙夕刊でさんざん叩かれています」
官房長官と外務大臣が冗談ぽく言って笑う。
「しかし、これからどうする? 外地の軍勢を撃滅したのは良いが、彼らが交渉の席に大人しく着いてくれるだろうか? これで全面戦争突入なんてなったら、マスコミに良い餌を撒くことになってしまいます。それどころか、次の選挙に勝てませんよ?」
「交渉の席には無理矢理にでも着かせる。我々の力が分からないなら、もう一回鉛玉を食らわせるのみだ」
防衛大臣の心配を西条首相は強気の発言で答えた。
「何だか悪の帝王みたいですよ……」
国土交通大臣が呆れたように言う。
「それより安全な後方に居る我々にはやらなければならない事が沢山ある。その中で目下の問題は外国の干渉だ」
「米国政府は様子見を、暫くの間はするでしょう。欧州連合も同様です。一番警戒すべきは中国、ロシア、韓国でしょうね……」
外務大臣が資料を指しながら言った。官房長官も頷いた。
「公安には国内のスパイや工作員にマークを付けさせています。韓国はあまり動きを見せませんでしたが、中露は外地の存在を公表した瞬間から、動きが活発化しています。特に外務官僚をターゲットに探りをかけているようです」
「とにかく情報漏洩防止に全力を上げろ。機密を漏らした者は厳しく処分しろ」
「「「はい!」」」
キール村に自衛隊が来てから3日目の正午前、元村長の屋敷の一室で1人の少女が目を覚ました。ルーシュ侯爵領兵団騎士補ロニエ・ハルガルである。
「うっ……ここは? どこだ……」
見た所どこかの民家であることは間違いない。身体を見渡すと青白い服(患者衣)に着替えさせられている。身に付けていたはずの鎧や剣は外されている。
部屋の戸が突然開いて、慌てて身構える。
「目を覚まされたのですね!? なかなか起きないので心配してたんですよ!」
入ってきたのは賢狼の民の少女だった。
「お前は確か……村の……」
「はい! ニーナとお呼びください!」
「ニーナ、兵士達はどうなった? 私がここに居るということは退却して来たのだろう?」
ニーナは困った顔をした。
「兵士の皆さんは戦いの後、すぐに退却して行きました。多くの村の皆も一緒に……、それとロニエ様がこの村に運び込まれたのは、そのずっと後の夕刻のことです。今この村にいる領兵団の方はロニエ様と数人の負傷兵のみです」
ロニエは気が遠くなりそうになった。てっきり整然と退却し、村に収容されたものだと思っていたからだ。しかし実際は自分や負傷兵は置き去りにされたと悟ったからだ。
「そうか、教えてくれて感謝する。ところで私の武具はどこにあるんだ?」
「武具はお返しすることは出来ません。今はニホンのジエイタイが保管してますから」
ロニエは怪訝な顔をした。
「ニホン? ジエイタイ? それって確か……」
「あなた方が戦って惨敗した相手です。この村は彼らの支配下に入っているんです」
そう言ってニーナは窓の外を指差した。
「なんだ……これは……!?」
そこには以前見た光景とだいぶ違っている。もともと在った建物の一部は取り壊され、新しい建物が、建てられている。その周りには土色と濃緑色の塗装がされた鉄塊やその周りで屯する斑緑の服を着た者達が沢山いるのだ。
鉄塊は轟々と音をたてて貧弱な道を往来し、斑緑の連中もまた、せかせかと動き回っている。
「あの人達は東に在る国から来た兵士達なんです」
「まてっ! 東に国なんか存在するわけがないんだ!」
「そういった事も含めて、彼らに聞いてみてはどうでしょう? 私も正直、分からない事だらけなので、すぐに!」
目をキラキラさせながら、そうのたまうニーナにロニエは些か呆れた表情した。
「流石、知りたがりの賢狼の民だな……」
陸上自衛隊 キール村前進拠点本部
この3日あまりの間に、キール村の様相は大きく変わった。
犬山団長率いる第三戦闘団はさらに二個中隊が村の防衛戦力として到着。それから松本一佐の第一戦闘団の施設科部隊、UH-1Jが4機とAH-1Sコブラが3機が到着済み、野戦特科部隊と機甲科中隊も、今日の午後には到着予定である。
建物も一部を取り壊し、仮設の隊舎とヘリポートが建設された。
前進拠点本部舎内部では、犬山団長と松本一佐の代理である広瀬二佐が話し合いの最中である。
「今後は、この国の最高権力との接点を持つことが出来れば、というところです」
「ええ、その通りよ。でも相手は王侯貴族、一筋縄でいく相手でもないかもしれないわ」
「現在、外務省に担当官を派遣するように要請しているところです。それまでの間は、政府が決めた外交指針に基づいて行動するようにとのことです。それから……松本一佐はさっさと派遣隊本部へ戻ってくるように言ってますが……」
「前者のことは抜かりないわ、でも後者のことはお断りします」
「だと、思いました。派遣隊長はそれで良いと……」
すると部屋の戸をノックして隊員が入ってきた。
「武装勢力の指揮官が目を覚ましました。犬山団長に面会を申し込んでいます」
「分かりました。すぐ通して」
隊員が出て行き、少ししてロニエとニーナが入って来た。
「ご機嫌いかがでしょうか? ロニエ騎士補殿、あなたのことはニーナさんから伺っていますよ。さあ、椅子にどうぞ」
ロニエとニーナが椅子に座ると早速ロニエが切り出した。
「そうか。ならば話は早いな」
ロニエは一旦区切って、単刀直入に聞いた。
「お前たちは何者だ?」
単純かつ明快、そして核心を突く質問である。
「ここからだいぶ離れた場所に神殿のような建物があります。そこから来ました」
そう言って広瀬二佐は一枚の写真を机に乗せる。
「これは……この国や各国で多くの信者を持つ、ジェンナーロ教の神殿か……」
「その神殿の中に私たちが住んでいる世界とこの世界を繋ぐ、トンネルのような物があるのです」
ロニエとニーナは少し考えた後、
「それは恐らく転移魔法通路かもしれないな」
「魔法の類ですか? だとすれば人為的に作られた物なんですか?」
広瀬二佐の質問にはニーナが答える。
「転移魔法通路は自然に発生する場合もあるんです。この世界には魔法石がそこらへんにゴロゴロ転がってたりしますし、魔力が自然界にありふれてますから、突然発生することも多々あるんですよ」
「なるほど……不思議な世界ですなぁ……」
そう言うと、ロニエは鼻で笑い飛ばした。
「あんた達の方がずっと不思議な奴らだよ。だいたいなんでこっちに入り込んで来たんだ?」
すると犬山団長はもう一枚写真を取り出した。
「これは私たちの国の軍事施設に入り、兵士に怪我をさせた、この世界から来たであろう化け物の絵です」
「この辺りによくいる魔物だな」
「魔物ね……、コイツが再び私たちの世界に入り込まないようにする為に来たわけよ。でもあなた達みたいな人がいることを確認したわけ」
「すごい巡り合わせですね……」
「私達の国は、あなた達と交流を持ちたいと思っているわ。私達はその足場作りに来たの」
この日、初めて自衛隊は、異世界との交流の足場を見つけ出したのだった。
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