キール村へ再度前進
庭に整然と集合しつつあるのは、アンナ王女直属の赤竜騎士団員達だ。元々アンナ王女の親衛隊として発足した部隊であったが、アンナ王女が独自に強化して、いつの間にか彼女の私兵部隊として存在するようになった。
部隊は甲冑、旗、武器を全て彼女のテーマカラーである赤に塗装し、エンブレムもこの世界で一番強い生き物と言われる竜、つまりドラゴンがあしらわれている。歴史マニアが見たら「真田の赤備え」だと思うだろう。
「本当に付いて来るなんて……」
ルーシュは呟いた。彼女とその護衛は王国議会に参加するためだけに王都に来ているので、すでに出発の準備は整っている。
「そう言わない下さい。私はあなたとロニエの事が心配なのですよ」
アンナ王女がニコニコしながら言った。
「さっき思いっきり王宮が退屈だって言ってましたよね?」
「はて? そうでしたか?」
まさに我が儘王女である。
結局出発はこの一刻先になるのであった。
追撃部隊を壊滅させた陸上自衛隊深部偵察隊は無惨な姿になった敵兵の亡骸を一体一体、身元の分かりそうな物を見つけては記録を取った。そして穴を掘ると、丁寧に埋葬していった。
「これより異世界の無名兵士の御霊に敬意を表して弔銃を捧げる!」
犬山団長の澄んだ号令に小笠原達は背筋を伸ばした。
「弔銃用意!」
射手が一斉に銃口を斜め上に向ける。
「撃て!」
十数発の銃声が丘にこだました。
犬山団長は、さらに二度、号令を繰り返した。
丘に轟き渡る銃声を聞きながら、小笠原は、死んでいった敵兵の顔を思い浮かべていた。
「弔銃止め!」
その後部隊は鉄条網を回収し、装備をまとめるとキール村へ向かった。燃料がだいぶ心許ない状況だ。
キール村に到着する頃には日はだいぶ傾いた時間帯だった。
村に入った小笠原達の目に最初に入った光景は、村人が慌てて逃げ出した後の荒れた村の様子だった。
穀物倉庫の一部には火が放たれ、家からは家財を持ち出そうとした痕跡が残っている。
「こいつは……」
「大方、敗残兵が逃げ帰って来たもんだから、自分達も殺されると勘違いして慌てて逃走したんでしょうね」
隊員達は車両から降りると、小銃を構えて村に入って行く。小笠原と井本も郡司に付い行く。
そして昨晩野営した広場にたどり着いた。
「周囲の家を索敵。敗残兵は可能な限り捕縛し、なるべく殺さないように。それと民間人には絶対危害を加えるな」
「了解」
隊員達は四方に展開し、建物を虱潰しに捜索する。
「小笠原こっち見てみようぜ」
「うん」
井本と共に、とりあえず手近にある小さな家に突入した。
「クリア」
小さな家は土間と板間と台所しかなかった。一応、タンスの裏や裏庭のような場所も捜したが、何もなかった。
「あの獣耳の子も逃げたのかな?」
「かもしんねぇな」
家から出て行こうとしたその時、足元で微かな物音がした。
慌てて小銃を構え直して部屋を見回すが、やはり何も無い。しかし、
「おい。カーペットが怪しいぜ」
井本の指摘通り、土間には不自然にカーペットが敷いてあった。
井本が素早く退かすとそこには、木製の板が蓋のようにあった。
小笠原は着剣すると板の前に立った。そして井本がその板を思いっきり持ち上げた。
「ひぃっ……!」
そこにはお爺さんとお婆さんと獣耳少女が居ましたとさ。
「えっと……」
「命ばかりはお助けを! 私は食べても美味しくないです!」
必死の形相で命乞いをする彼女に少し安堵しつつ、
「食べたりなんかしないよ」
「そうそう、鬼じゃあるまいし」
「あ……昨日の……」
手を貸して、賢狼の民の少女こと、ニーナとお爺さんとお爺さんを引っ張り出した。
お爺さんとお婆さんは、「ありがとうねぇ」と感謝の言葉を言っているあたり、状況を理解出来ていないようだ。
「本当に何もしないんですか!?」
「うん。民間人に危害を加えることはハーグ陸戦条約……とりあえず禁止されてるから」
「? えっと……」
「とにかく皆は安心して良いよって話」
すると彼女は笑顔をたたえて、小笠原に抱き付いた。
「皆さんは本当に親切な人です!」
「わわっ! 離れて! 離れて!」
しかし井本は顔をしかめた。
「そう言う割には、俺達のことを軍に知らせて殺そうとしたよな……」
彼女は小笠原から離れると悲しげな顔した。
「私は反対したんです。あの人達は悪い人じゃないって、でも皆は山賊だって、聴いてくれなくて……」
「東に国なんか無いって言ってたね、そういえば……」
「はい。東に国は無いはずなんです! だってこの大陸はカノヴィール王国が全土を支配してますから」
「それでか……」
井本も合点がいったとばかりに、手をうった。
「ありがとう。話してくれて!」
小笠原達は犬山団長に報告すべく、家を出て行こうとした。
「あの……!」
「何?」
「もし、あなた達の国が東に有るなら、国の名前を教えてくれませんか!?」
小笠原と井本は彼女に正面から向かい合うと、
「まあ、東に本当に存在するわけじゃねーけど」
「僕達の国の名前は、日本……って言うんだ」
「ニホン……ありがとうございました」
彼女はおじぎをするとお爺さんとお婆さんのもとへ戻って行った。
2人も家から出た。
結局、村に残っていたのは賢狼の民の少女を含めた数人の子供達と老人、それからルーシュ侯爵領兵団の負傷兵が僅かばかりだった。
彼らは最初こそ自衛隊員を見るや、怯えてしまっていたが、ミーナの説得や負傷兵への献身的な治療の様子を見て、安心したらしい。
また、彼らは自衛隊をただならぬ組織だと気付いた。山賊のような狼藉者と違い、略奪や乱暴をしない。それどころか、騎士団のように規律正しい者達だ。
さらに多くの村人が逃げ出したので、空き家が大量にあるのに、「帰って来たとき困るだろうから」と言って、自分達はテントで寝泊まりをしている
「ニホンの軍隊はお人好しだ」
これが彼らが持った自衛隊への印象なのであった。
感想お待ちしてます。評価入れて下さると嬉しいです!