第96話 幼女、お姫様と会う
※遅れてすんません。寝落ちしてました。
「はぁ、思ったより早く会えたもんだねコーザ」
目を細めて口にしたベラの言葉にコーザがなんとも言えない顔で笑い返した。
そしてコーザの前でベラと向かい合って座っているのは、ルーイン王国第三王女エーデルと、ジョン・モーディアスの弟にしてガルド・モーディアスの息子であるヴァーラ・モーディアスであった。またコーザと並んでヴァーラの護衛騎士も立っていた。対してベラの後ろにいるのはパラとバルである。
先ほどのボルドからの連絡を受けて、ベラは領主の間へとコーザたちを通していた。そして互いの紹介も終わり、彼らは席に着いていた。
「それで、今日ここにお越しになられたご用はなんでしょうかね?」
ギシリと椅子に深く座り込み訪問の理由を尋ねたベラに対し、ヴァーラとエーデルは不可解という顔をしていた。目の前に座っている妙に豪奢な格好の幼女の存在が彼らには理解できなかったのである。もっともそれもいつものことではあるので、コーザもパラもバルも口にはしない。当然ベラも何食わぬ顔で話を進めている。
またヴァーラはコーザに視線を送り、それから周囲を見回した後、誰からも何も言い出さないことに頭を抱えた後でベラをにらみつけてから口を開いた。
「今日来たのはこの地を我らに渡してもらうためだ」
「あん?」
威圧的なヴァーラの言葉にベラの目が細まった。
「貴様もルーイン王国の貴族としているのであれば国のために貢献するのは当然の義務だろう。今回我々はその機会を設けさせてやるためにきたというわけだ」
ヴァーラの居丈高な発言にはあからさまにベラの機嫌が悪くなったことを、その背から漂う気配からパラとバルは悟る。一方で王女のエーデルは王家の人間として教育を受けているためか、この状況にも表情を変えることはなかったが事態を飲み込めてもいないようだった。
そしてベラはヴァーラの後ろで子鹿のように震えているコーザに視線を向けて口を開いた。
「コーザァ」
「は、はい」
ベラは目の前のヴァーラを見ずにコーザに尋ねたのだ。明らかに無視された形となったヴァーラは顔を歪め、その護衛騎士からも怒気が放たれた。しかし彼らは動けなかった。次の瞬間に真向かいにいるバルから発せられた殺気に当てられて固まってしまったのだ。
そしてコーザに関して言えば彼の役目はこの時点ですでに終了していた。彼に求められていたのはベラの元への案内のみ。そこから先はヴァーラの役割だ。もっともそれはベラにとっては関係のない話だ。
「どういうことなんだい? 場合によっては……分かっているんだろう?」
その言葉にコーザが頷く。それに金縛りの解けた護衛騎士が声を荒げて叫んだ。
「何を言っているのだ。場合によってはだと? この街の外には」
「鉄機兵が三十機ほど。それ以外の兵員は三百というところでしょうか」
護衛騎士の言葉の途中でベラの後ろにいたパラが口を挟む。街の住人たちの反応が鈍いが、ヴォルフがすでに憑依したマドル鳥を飛ばして街外の様子を伺い報告を終えていた。
「ジェド前領主の鉄機兵の総数は百を超えていましたが、この場にいるのは我々だけ。その事実を踏まえて話の仕方を考えていただきたいものです」
パラの口から発せられる言葉に護衛騎士が少しだけ呻く。そしてヴァーラに視線を送る。
「ハッタリだ。いちいち相手にするな」
ヴァーラの言葉に、ベラが「ハッ」と笑った。その反応にヴァーラと護衛騎士の双方が不快そうな顔をしたが、続けて何かを言うことはなかった。
(しかし、こいつら何をしたいんだろうね?)
ベラがそのヴァーラたちを見ながら考える。
現在屋敷の中にはヴァーラが率いてきた騎士団が三十人入ってきているが、壁一枚先の彼らのそばにはすでにヴォルフの腐り竜が待機となっている。妙な動きをすればすぐさま殺せるし、外の連中もベラドンナ傭兵団で十分に事足りる数でしかない。
もっともそれを理解しているのはベラとその配下に、目の前のコーザだけ。いや、コーザであっても騎士型の鉄機兵が相手では勝敗については分からないと考えているかもしれない。
そもそもが『何故この連中がここに来ているのか』がベラには分からない。コーザがベラの知り合いだから……というのは間違いないにしてもだ。
ベラがこの街を占拠してからそう日は経っていない。ルーイン王国の王都にいるはずの第三王女がベラが領主となったことを知ってここに来たというのはあまりにも早すぎた。
(つまりこいつらは『ジェドがまだ街にいる』ことを前提にここまできたのかもしれないねぇ)
普通に数の差を考えればベラたちがジェドの率いていた軍に勝利することなどあり得ない
(時期的に考えれば私らが街に仕掛けている途中で合流するつもりだったか、或いは私らとの闘いで弱っているジェドを前に何かしらの交渉をするつもりだったのか)
ジェドと縁のないコーザはベラに対しての保険であったのかもしれない。そうベラは考えながらコーザに視線を再度向ける。
そしてそのコーザはといえばヴァーラに視線を送っていた。答えて良いか否かを含めても交渉はヴァーラの領分。ベンマーク商会の幹部であり一応の名誉貴族の称号を受けているコーザではあるが、上級貴族に当たるヴァーラに逆らえばその場で処刑すらもあり得る。迂闊なことは言えなかった。
「さて、まったくお話のできないご客人だね。兄上は優秀な男だったが、同じ血筋とは云え、そこまでを期待するのは酷だったかねぇ」
「兄上は腑抜けだっ」
ベラの言葉にヴァーラが直情的に反応する。ヴァーラ・モーディアスは、かつてジリアード山脈でベラが一時的に仕えていたジョン・モーディアスの弟だ。権力争いの渦中にいるとは聞いたが、やはり相当に意識はしているようだった。
「貴様のような祭り上げられたガキが知った風な口をきくな。デイドンの操り人形が。大方、そちらのパラとか言うエルフが仕込んでいるのであろう」
その言葉に「なるほど」とベラが頷く。目の前のヴァーラはベラをお飾りであると考えているらしかった。その反応は当然といえば当然ではあるが、事実に即していない事実でもある。
「聞けばデイドンはルーインを裏切った逆賊であるという話だ。であれば貴様もその仲間と見なされても仕方あるまい」
「ああ、そうかい」
面倒くさそうに言いながらもベラの視線が鋭くなる。
「なんなら今からその逆賊かどうかを試して見るかいクソガキ」
そのベラの言葉にバルの手が刀へと伸びる。同時に護衛騎士も剣の柄に手をかけようとして、
「お止めなさいヴァーラ」
「エーデル様!?」
その場で止めたのは第三王女であるエーデルの声だった。
「先ほどから聞いていれば無礼な発言の数々。目の前の方はこのラハール領の領主。それをお忘れですかヴァーラ」
「しかし……いえ、申し訳ありませんでした」
そう言って口惜しそうに頭を下げるヴァーラにエーデルが頷き、それからベラを見た。
「申し訳ございませんベラ・ヘイロー。此度の私の護衛を務めるにあたってこの者も相当に気を詰めているのです」
その言葉にベラが首を横に振る。
「いいや、気にしていないさ。子供がかんしゃくを起こして周りを困らせることなんざよくあることだからね」
そう言ってベラがヒャッヒャと笑う。それに反応して顔を落としたヴァーラの肩が少し震えたが、さすがに言い返さず堪える程度の自制心はあるらしかった。
そもそもヴァーラはまだ十四歳。子供と言われても仕方のない歳ではあるのだが、それを口にしているのが六歳のベラなのだからなんともアベコベな会話ではあった。
ともあれバカな子供を無駄にからかうよりもやることはあるとベラはエーデルに尋ねた。
「それじゃあお伺いしようかいお姫様。結局あんたらはあたしらに何を求めているんだい? まさか本当にここを明け渡せってんじゃあないだろうね?」
ベラは男爵位を授けられた貴族で、非公式とは云えこのラハール領の統治をルーイン王国から許可された身である。それを反故にし、逆賊として処分を下すというのであれば遠慮をする必要などそれこそなくなる。敵となるのあれば撃滅し、この地を去るか、意趣返しにムハルドに明け渡してしまえばいいだけのこと。
「その認識自体は間違いとは言えません」
エーデルの言葉にベラが眉をひそめる。しかし、ベラに言葉を返すことなく、続くエーデルの言葉を聞き続けた。
「ベラ様には、このラハール領を我々にお売りになっていただきたくわたくしどもはここに訪れた次第でございます」
次回更新は12月15日(日)00:00予定。
※今週の木曜日はお休みします。
次回予告:『第97話 幼女、お姫様と話す(仮)』
ヴァーラお兄ちゃんはお話のできないおバカさんのようですね。
お姫さまが話のできる人で良かったねベラちゃん。




