第95話 幼女、寝起きに不機嫌な顔をする
※遅れてすんません。寝落ちしてました。
「はー、デケエ穴だな、おい」
ボルドが思わずため息をついた。そのボルドが見ている先にあるのは、領主の館の破壊された二階部屋であった。それはパラが使っていた部屋で、昨夜の襲撃で砲撃を受けて崩壊していた。
そして今は日の昇った昼頃。死人たちの襲撃からすでに半日程度が経過し、ボルドは事後処理に追われていた。被害状況の確認と後始末が彼には待っていたのである。
「死体の片づけ終わりましたよボルドさん」
そのボルドの耳に女性の声が響く。ボルドがその声の方に視線を向けるとそこにいたのはバル・マスカーの妹であるエナであった。
共にいるのは獣人のヴォルフとローアダンウルフのゼファーだ。彼らは領主の館の中庭で死んだ警備兵を積み、焼く作業に入っていた。また、すでに街中に警戒網が敷かれ、街全体が慌ただしく動いている。
「応。ワリィな。火の方は大丈夫なのか?」
「問題ない。ジャダンとデュナンが見ている」
ぼそりと口にしたヴォルフの横でエナが頷いた。
昨夜の騒動後、街の警護隊に襲撃者の捜索を当たらせたが、ベラドンナ傭兵団の面々は警戒したまま待機となっていた。それから明け方になって館周辺の探索を行い、警備をしていた兵たちすべてが殺されているのをボルドたちは発見したのである。
結局助かったのはベラドンナ傭兵団の面々と館の中で眠っていた女中、それにパラが呼んでいた娼婦だけであった。
「そうかい。しっかし、この街も運がねえな。ここしばらくでどんだけ人を焼いたのか分かりゃしねえ」
ボルドが苦笑いをする。少なくともボルドたちがここに来るまでは平和ではあったはずの街が今ではこの有様だ。恨み言を言いたい顔をされるのは日常茶飯事で、不満はベラが撒き散らした恐怖とベラ本人が早々に街を手放すと宣言していることで抑えられているのが現状であった。
(ま、ご主人様がこのまま居座るよりゃ手放しちまった方が俺らのためにも、街の連中のためにもなるんだろうよ)
領地を買い取ろうという貴族が出て、それでこの街がまた元に戻るかと言えばそういうわけではないだろうが、少なくともベラが領主を務めるよりは平和ではいられるだろうとボルドは考えていた。
「あん。エナ、どうしたよ?」
少し思案にくれていたボルドが、目の前で破壊された館を物憂げに見ているエナに声をかける。対してエナは視線をボルドに向けずに呟いた。
「いえ、昨晩は何もできなかったな……と」
昨晩の襲撃。ボルドは戦いの場にはおらず、奴隷用に割り当てられた部屋で眠っていたし、起こされた後も部屋の中で待機をしていたのでエナが何をしていたのか、詳しいことは知らない。
ボルドが朝になってから聞いた話では、死人たちが領主の館に潜入しまず最初に警備の兵たちが皆殺しにされたとのことであった。その後ベラたちが死人を始末したが、さらに敷地外から砲撃があり、それはパラとマギノが精霊機を召喚して壁にして防ぎ、襲撃はそのまま終わりを迎えたとのことであった。
そして砲撃を仕掛けた人物については未だに消息が分かっていない。真夜中の襲撃であったためにその姿も確認できず、ベラドンナ傭兵団は追撃することもままならなかったのだ。そしてエナは敵を仕留めるどころか、パラを護ることもできず、砲撃の衝撃で倒れていたのだということだった。
「気にするな。お前さんはブランクも長い。これからいくらでも活躍はできるさ」
「そうでしょうか?」
疑念漂う顔をしているエナの問いにボルドが頷く。
「あのご主人様も人を見る目は確かさ。お前さんを入れたのはバルの妹だからってだけじゃあないと思うぜ」
その言葉にエナの口がへの字に歪む。それをボルドが笑いながら話を続けた。
「ま、それにだ。普通の奴隷よりもメシはもらえるし、与えられる装備も充実してる。そもそもだ。それを手放そうって選択できるような立場でもねえんだぜ、俺たちは」
そのボルドの言葉はエナにも分かる。特にボルドは金を積めばいずれは解放されるチャンスもあるエナとは違い、戦争奴隷として永続的に使役されることを定められた奴隷であった。
その彼からすれば今の環境はかつての頃に比べれば天国に近いのだという話であった。
もっともそれはベラが例外的に奴隷を手厚く扱っているというわけではなく、この傭兵団にいるような奴隷クラスでは当然と言えば当然の待遇ではあった。
ひとりひとりの技量を金額に換算すれば恐ろしく高い額になるのは間違いなく、それらを最適な状態のまま維持する管理をベラは怠ってはいないというだけのこと。
そんななかで、エナは果たして自分はベラドンナ傭兵団の一員としていられるのかという疑問があった。
昨晩の戦いでも役立たずであった自分がこのままやっていけるのか……場合によっては再び性奴として売られてしまうのではないかという恐怖がそこにはあった。保証が欲しかった。
そして自嘲しているエナにボルドは肩をすくめながら言葉を返す。
「まあ、今はまだ気にすんじゃねえよ。お前さんに求められてるのは多分、もっと別のモンさ」
「別……?」
エナの問いにボルドが笑って頷く。
「ああ、お前さんの鉄機兵の調整がそろそろ終わる。別に戦場では生身でやり合えってんじゃねえのだ。鉄機兵乗りとして成果を上げてくれりゃあいいのさ」
その言葉を聞いて一瞬顔を明るくしてから、また戸惑った表情に戻ったエナにボルドが「やれやれ」と呟いて苦笑していると、館の入り口前に誰かがやってきたのが見えた。
それはボルドもよく知る人物であったのだ。
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「というわけでして、東地区の納屋から男三人と子供一人の遺体が発見されました。乗り捨てられた馬車もありまして、家主の……死んだ男のひとりの婦人ですが、その馬車は家主の所有していたものではないというのも確認がとれています」
ボルドが外でエナたちと話しているのと同時間、寝起きのベラが領主の間でパラより報告を受けていた。
ベラは騒動の始末をパラや奴隷たちに任せてバルを護衛にしながら先ほどまで眠っていたのである。
「はぁー、クソッタレだね」
そして起きたベラもおおよその予想はしていたことではあるが、事態はまったく好転してはいなかった。襲撃の首謀者と見られる者はすでに逃げ去り、死人と警備の兵の遺体と破壊された館だけが結果であった。当然不機嫌にもなるというものである。
「まあ、不満もたまって、こんだけ穴だらけの街だからね。街を守ってた連中も大概をぶっ殺しちまったから、そりゃあ侵入もされるだろうさ。けど、それにしても随分とレスポンスが早かったとは思うんだけどね」
「早い?」
まるで襲ってきた相手が誰だかを知っているかのようなベラの言葉にパラが首を傾げた。そのパラの疑問にはバルが口を開いて答える。
「昨晩の暗殺者はムハルドの手の者だ。モヘロムスという、モヘーロ草を元にした魔薬で死兵を作る術が使われていた」
「なんですって?」
思わずパラが声を上げた。それはここまで聞かされてはいない話であった。ベラも先ほど起きた後にバルに尋ねて知った内容である。
「ムハルド王国が依頼したという確証はないが、恨みを抱いたとしてもジェドの配下程度が雇える者たちではない」
「ご丁寧に死体を残したところを見るとただの脅しだろうね」
「脅し?」
パラの問いにベラが面白くなさそうに舌打ちして、話を続ける。
「本気じゃあなかったってんだろ。いつでも殺せるって言う意思表示さ。まあ、あんたの部屋を撃ったってことはだ。あんたひとりぐらいは殺る気だったのかもしれないけどね」
ベラの言葉にパラの顔がこわばる。
「本来は死人に爆弾を仕込んで襲う。本気であったとは思えない」
バルが続けてそう口にした。
「余計なことはしゃべるなってことかねえ。パラ、ジェドとムハルド王国の共謀の証拠はとってあるんだろうね」
「は、はい。ベラ様の宝石などと一緒に厳重にしまってあります」
そう言われてベラは目を細めながら続けて口を開く。
「それがあたしらの生命線になるかもしれないからね。無くしたり奪われたり燃やされたりしないようにしないとね」
その言葉にパラもコクコクと頷いたが、その直後に入り口の扉の外から声が響いてきた。
『あ-、ご主人様。話している途中で悪いんだが、今いいか?』
それはボルドの声だった。それからベラは「入っていいよ」と言うと、ボルドが扉を開けて領主の間へと入ってきた。それから部屋の中にいる三人の視線を受けながら、ボルドはベラの目の前まで進むと口を開いた。
「その……だな。客が来たみたいなんだけどよ。こっちに通しても問題ねえかな?」
「客?」
意外な言葉にベラが思わず問い返した。この館に人が来ることは少ないというわけではないがアポイントメントもなしに街の住人が来ることは滅多にないし、そもそも客と呼べるような相手でもいない。しかしボルドはベラの問いに頷き、相手の名をこの場で口にした。
「ベンマーク商会のコーザ様とルーイン王国の第三王女エーデル様、それにヴァーラ・モーディアス様がきていらっしゃるぜ。なんでだかは知らねえがな」
次回更新は12月8日(月)00:00予定。
次回予告:『第96話 幼女、お姫様と会う(仮)』
時間が少し進みました。こういうのをクリキントンとか……確かそんな呼び方をするそうですよ。
そしてコーザお兄ちゃんがお姫様を連れて尋ねてきてくれたみたい。もしかするとお友達としてご紹介でもしてくれるのでしょうか?




