第93話 幼女、忍び寄られる
目が開かれた。そこはヘールの街にある領主の館の二階の領主用の寝室。
その中でひとり眠っていたベラの瞳が唐突に開かれ、ベッドからバッサリと起き上がった。
「なんだい、一体?」
ベラは己の意識が急速に覚醒していくのを認識しながら、周囲を見回す。気付けばまるで襲撃を受けたかのような緊張感が己の身体を支配している。脳内物質が分泌され、自らの肉体が戦闘に適した状況へと移行していっている。
寝ぼけているわけではないとベラは己の状態を確認し、窓の外を見た。
「暗い……まだ、夜かい。まったく子供は寝るのも仕事だってのにさ」
ベラが苛立ちを隠さず、そう吐き捨てる。
周囲は静寂に包まれていた。だがそれが不自然なほどに空気を重くしている。何かが押し殺して動いているような感触をベラは肌で感じていた。
(忍び込まれたか? 外は……妙だね)
ベラは外の状況を見て、眠る前の状況との違いを考える。それにわずかな血の臭いも混じった空気があるのも感じている。
何かが起きている。現在進行形で動いている。それは確信に近い。
「ムハルドかルーインか。ジェドのところの残党の可能性は……ないだろうね」
ジェド・ラハールの造り上げた組織はあくまで傭兵団の延長線上のもの。今の状況を引き起こすとは考え辛いとベラは思いながら、迅速に行動を起こした。
鎧を着る時間はないため、巨獣から作り出した白いコートだけを羽織って、投げナイフを帯剣したベルトを腰に付けてから、ベッドの横に置いてあったウォーハンマーを手にとり、そのままズカズカと歩いてドアを開ける。
「ご主人様?」
驚いた声を上げたのは外に控えていた奴隷のエナであった。突然すでに戦闘態勢のベラが部屋から出てきたのを見て彼女は目を丸くしている。
昼に襲撃があったようにベラはジェドの残党に命を狙われている。雇いの兵を外に配置はさせているが、併せて奴隷にも夜通しの警備を担当させていた。そしてこの時間の当番はエナであったわけである。
「この時間はアンタが見張りだったかい。ご苦労だね」
「いえ。それが役割ですし」
ひたすら愛玩道具として弄ばれ続けた以前に比べれば、今の自分の状況は天国にも等しい。とはいえ、ベラがそんな労いの言葉をかけるために部屋から出てきたわけではないのはエナにも分かっている。
「如何しましたか?」
エナの問いにベラは逆に問い返した。
「アンタ、ここで見張っていて何か変わったことはなかったかい?」
「ええ。特には?」
戸惑いながらの答えるエナの反応にベラは少しだけ考え込んで、そのまま次の質問をする。
「他の連中は今どこにいる?」
「パラとマギノは個室です。奴隷は全員同じ部屋にいるはずです」
エナを含めた奴隷たちとは違い、パラとマギノはベラに雇われている立場の者たちである。パラはベラの従者ではあるがその身の自由は約束されているし、当然のように個室も与えられていた。
「ボルドたちはバルとヴォルフがいるから問題ないね。パラとマギノは微妙か」
ベラの険しい表情にエナが何事かと首を傾げる。
「なんです?」
「外の見張りがやられてる」
その返答にエナが再度目を丸くした。さきほどベラが窓の外を見たとき、自分に見える位置で配置していた兵たちの姿がなくなっていた。かといってその場に死骸が転がっているわけでもない。サボタージュをされているのでなければ、殺されてその周辺に隠されたのだろうとベラは判断していた。それからベラはエナを見て口を開いた。
「アンタはあたしと一緒に来な。ひとりだと死んじまうからね」
「死ぬって……」
護るべき対象からの言葉にエナが憮然とした顔をするが、ベラとしてはそのようなことを気にしている余裕はなかった。敵の正体が分からない。脅威度が把握できない。
(目的はなんだい? あたしかい? それとも?)
相手の気配がしないのがベラには気にかかった。戦士とは違う、異質な何かの存在を感じながらベラは険しい顔をしてエナと共に先へ進み始めた。
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「ふむ」
ベラがエナと顔を合わせていた頃、奴隷用にあてがわれた部屋の中ではバルが目を覚まして起き上がっていた。そしてローアダンウルフのゼファーと共に先に目が覚めていたヴォルフと目を合わせた。
「お前も起きていたのか」
「ゼファーが騒ぐのでな」
そう言ってヴォルフがゼファーの頭を撫でるが、ゼファーの表情は険しいまま窓の外を見ている。それは何かがそこから侵入してくるのではと警戒しているようにも見えた。その様子にバルが目を細めながらヴォルフに尋ねる。
「何か起きてるのか?」
「さあ、ゼファーは血の臭いがしたと言っている。ロックギーガーが狙われているのかもしれん」
ロックギーガーとはヴォルフの腐り竜の名称である。ブラゴに切り裂かれた首はすでに繋がっていて、今は館の中庭で眠っているはずだがその腐り竜をヴォルフは気にしているようだった。
「狙われている……か。獣人たちの襲撃があると?」
「その可能性はあると考えている」
バルの問いをヴォルフは肯定する。
実のところ、ジェドに雇われていたという獣人の一族がベラたちの戦いよりも少し前に一斉に街を離れていたという報告があり、ヴォルフはその点をかなり懸念しているようだった。
獣人の、特に巨獣使いや魔獣使いにとってドラゴンという存在は非常に大きなものであるらしいことはバルも聞いてはいる。とはいえそのヴォルフの言葉を真に受けることもなく、バルは己のカタナだけを掴んで立ち上がった。
「ヴォルフ、私は主様のところに向かう。可能性はそちらの方が高いし、エナだけでは不安があるしな」
「俺も行く」
そういうヴォルフにバルは首を横に振る。
「お前はそこで寝てる連中を起こしておいてくれ。あの腐り竜の元に向かっても構わんが、ここを出るときは固まって移動しろ。何か妙だ」
バルがヴォルフにそう指示をすると、そのまま扉を開いて外へと出た。
(やはり静かすぎるな)
現在の領主の館の一階と外は雇い入れた警備兵たちが護衛についているはずだった。しかし、今はその気配をバルは感じられない。
(ひとまずは二階の寝室へと向かうか)
そう思い、通路奥の階段へと走り出したバルの視界にちょうど二階へと上がろうとするフードコートの者たちの姿が入った。それは明らかに警備の兵ではなかったし、雇い入れた女中でもない。
「侵入者ッ!」
クワッと目を見開いてバルが走り出した。それにフードの者たちも気付いた顔をしたが動こうという気配はない。
(ぬっ!?)
バルが一瞬不審に感じた瞬間、バルの真横でバリンと窓ガラスが割れる音がしてそこから別のフードの者が飛び込んできた。
「甘いわ!」
もっともバルもすぐさまソレには気付いた。襲撃者に迷いなく反応し、その刃を振るう。
「つぇえいっ!」
カタナが一閃され血飛沫が舞う。そして窓から侵入してきた者の右腕が斬り飛ばされた。それを見てバルが「チィッ」と舌打ちをする。一撃で仕留める予定が逸らされ、そのままさらに踏み出されたのだ。
その相手に対してバルはとっさに鞘を抜き構えて、相手の左手で握って突いてきたナイフを弾く。
(何か光って……毒か、これは?)
弾いた刃が月明かりに照らされヌラリと輝いた。それを見てバルが察する。目の前の相手の正体を。同時に相手の喉元を真横に切り裂いてからとっさにフードコートの男の身体を掴んで引き寄せると、階段のフードの者たちから放たれた投げナイフがザクザクと突き刺さった。
「こいつら、死人か?」
バルが今自分が盾にした男の顔を見ながらそう呟いた。その瞳からは若干の赤い魔力光が漏れている。それは人間が死人となった場合に見られる現象だった。
人間と違い、死霊などに操られている死体は戦闘などで活性化したときに魔力の光が目などから漏れ出す。
(もっとも、これは死んではいないようだがな)
そうバルは感じながら男の首を完全に斬り飛ばすと、続けて残りのフードの者たちへと走り出した。
すでに他の者たちもフードの中から赤い光をふたつ輝かせている。つまりは戦闘態勢に入っているということでありバルもカタナを強く握り突撃する。
そのバルに対して動き出したのは二体。残りの二体は分かれて二階へと走り出した。
「主様を狙うつもりかッ!?」
標的をベラに絞ったことを悟り、バルがさらに加速する。そして、
「騒がしいね、アンタら?」
上がっていったはずの二体の死人が上から落ちてきて床に激突し、それから幼い子供の声が響いた。
「主様かッ!」
思わずバルが安堵の声を上げるが、ベラは「フンッ」と鼻息荒くして階段を下りてくる。それからウォーハンマーの柄を床に叩きつけて死人たちを睨みつけた。
「人の睡眠を邪魔するたぁね」
ベラの眼光にフードの者たちが一瞬怯えた様子を見せたがすぐさま持ち直し、唸り声を上げた。ソレを見てベラが犬歯をむき出しにして笑って構えた。
「ああ、そうかい。弁明もなしと。そんじゃあとっととおっ死ねックソどもが!」
そして幼女は叫びながら飛びかかっていったのである。
次回更新は11月27日(木)00:00予定。
次回予告:『第94話 幼女、ゾンビと戦う(仮)』
あらあら、ベラちゃんがまるでハリウッド映画のヒロインのようです。
ともあれ夜更かしにはまだ早いお年頃。御用を済ませたらさっさとお布団に戻りましょうね。




