第08話 幼女、盗賊狩りをする
ボルド・ガイアンがベラ・ヘイローという少女の奴隷となってから4日が過ぎた。
ボルドはその間、ベラと会話をする機会が多くあったが、ベラの武勇伝といえば村を襲っていた盗賊団を皆殺しにしたこと、そしてビグロベアの群れをしとめた二件のみで、それより前は村に住んでいたただの子供だったとのことである。
そのことをボルドは当然信じてはいないが、ベラ・ヘイロー本人の言葉によれば、ベラはライラの村と呼ばれる村に住んでいたそうだ。
昔から頭の回転は良かったらしい。まるで過去に経験したことをなぞり直したかのように覚えが早く、小さい頃から神童と呼ばれていたとは本人の弁だ。
現在の性格がそう呼ばれたことによる驕りから来たものなのか、最初からそうだったのかは定かではないが、そんなベラにも今より少し前に転機が訪れた。
それはベラが生まれてから7年目のことだった。その年は不作で、ベラの家族は子供を売りに出さなければ冬を越せないほどに切迫した状況だったそうだ。
ベラの親とてベラを手放したかったわけではない。ベラという少女の将来性を考えれば尚更だ。だが、このまま一緒にいれば共に朽ちてしまう。貧困にあえぐ農民の、それも西から来たラーサ族の移民の選択肢など娘と母親のどちらかを売るかの二択しかなかったのである。
また、ベラの器量の良さならば奴隷からでも這い上がれるだろうという考えも両親にはあったのだろう。ベラが奴隷商に連れて行かれる際、そのようなことを何度も口にしていたそうだ。無論、それは親が子を売るという事態から逃避するための考えではあったのだろうが、事実としてそれは正しかった。
経緯はどうあれ、ベラは鉄機兵と奴隷を手に入れ、いまやいっぱしの傭兵として行動しているのだ。彼女は6歳という幼子ながら、ただひとりで生きていくすべを手に入れていた。聞けば聞くほどに末恐ろしい子供である。
その話が『事実』であればだが。
当然騙りであるとボルドは考えている。信じられる内容ではないからだ。もっともボルドにはその話が事実とした場合にひとつ疑問があった。
(引っかかるのは、このガキを連れてった奴隷商がどうなったかだがな)
目の前を歩くベラを見ながらボルドは心の中でそう嘯いた。実のところ、ヴァガーテ商会でのベラが口にした死んでいた奴隷商の件はボルドも聞いている。であれば、答えはそう多くはないだろう……と。
(ま、俺の知ったこっちゃないが)
証拠も何もない話だ。魔獣や盗賊の跋扈する街の外で起きた事は、基本的には証拠もなければどうすることも出来ない。それに、ヴァガーテ商会にそれを訴えたところで自分の待遇が良くなるようなこともあるまいとボルドは考える。
「それで、お仕事のお相手はここいらのどこにいるもんなんだろうな?」
「それを案内してくれるのを探してるんじゃないか」
ボルドの言葉にベラがそう答える。現在、ベラたちは街道を歩いていた。ベラの鉄機兵は離れた森の中に今は隠してある。ボルドの地精機は召喚機なので、呼び出さなければ存在しない。
そしてボルドは現在、戦奴都市コロセスで買った鎧の上に厚い布切れを巻いていて隠し、中がほとんど空のデカいリュックを背負って歩いている。ベラ自身は自分の格好をマントで隠す程度ではあるが、背負っているウォーハンマーも柄の部分以外は見えないようにしていた。
その姿はかなり怪しく見えたが、見ようによっては老商人と孫の連れにも見えなくもなかった。そして何より重い荷物を抱えた老人に子供が一人。如何にも美味しい餌として彼らの目に映るのだろう。
「ほうら、おいでなすったよ」
「へいへい」
ベラの得意げな顔にボルドは内心では冷や汗をかきながらそう返す。
ベラたちの目の前には3人ほどの男たちが立っていた。そして背後の木々の木陰からも2人が飛び出してきて、退路を奪われた。武装した彼らの俗称を盗賊という。それが今回のベラの獲物だった。
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アバレス・マスガイという男がいる。
モロ地方での領土戦争でルーイン王国の兵に隊を潰され、這々の体で潰走したパロマ王国騎士団の鉄機兵乗りの一人だ。彼の団の隊長は中流ではあるが貴族の一人息子であった。そのまま国に戻れば、隊長を見捨てたとして親の貴族に処分されるのは明白であり、アバレスが生き残るには逃亡するしかなかった。少なくともアバレスはそう考えていた。
故に、アバレスは団の仲間と共に国境を越え、ルーイン王国内で盗賊に身をやつすことになったのである。そして、落ち延びた者や、元よりその稼業の者なども手下にし、アバレスはわずか1年で賞金首になるほどに大きな盗賊団を率いることになっていた。
そしてアバレスの読み通り、戦場に近いここでは村しか襲わない盗賊に手を割ける余裕はなかったようであり、今まではアバレスたちは上手くいっていた。
そのアバレスたちは現在は古イシュタリア文明の遺産である砦のひとつを根城として、日々を過ごしていた。
「もうしばらくしたら、今度はパロマに戻るかね」
埃っぽいベッドの上でアバレスがそう呟いた。
そのアバレスの隣にはまだ少女と呼んでいい年頃の娘が眠っていた。ユナンという名の、半年前に襲った村にいた娘だ。
頭が弱いようで、誰にでも従ってきたのだろう、アバレスたちに抱かれても泣きもせずに、喜んで熱心に腰を振り続けるようなおかしな娘だった。恐らく村でも同じような扱いだったのだろうが、だが、今も泣きながら部下どもの慰み者になっている連中に比べればユナンは上手く生きていると言って良かった。本人が認識しているかは定かではないが、彼女は今、盗賊団のボスの女という立場になっていた。そして、恐らくは少女は人生で一番の幸福の時を生きていた。
殴られもせず、蔑みの目で見られず、食事も与えられる。少女にとって、ここは天国に等しい場所だった。目の前のアバレスは物語の王子様のようにユナンには映っていた。
「パロ……マ?」
「なんだ。起きてたのかよ」
そしてアバレスは少女が起きたのを見て、笑ってその頬を撫でた。
「そうだよ、俺の故郷さ」
そう言った後、アバレスは顔をゆがめる。
「しかし、そうだな。故郷……で盗賊ってのはな。いっそオーボにまで行って傭兵にでもなっちまおうかな」
すでに賞金首にまでなったアバレスではあるが、それはあくまでルーイン王国とその同盟国の傭兵組合内でのモノに過ぎない。鉄機兵乗りである自分ならば食い扶持ぐらいいくらでも稼げるし、まだやり直せる。いくらでも。
「そんときゃあ、お前もいっしょにくるか?」
「いき……ます」
ユナンの言葉にアバレスがほほえむ。村を襲うのも、無抵抗な連中を殺すのも、嫌がる女を犯すのもアバレスという男には苦痛だった。興奮したときはともかく、事が終われば罪悪感でいっぱいになる。今では慣れたとはいえ、心のどこかにしこりは残っている。
元は騎士団の中でもエリートの鉄機兵部隊にいた、真っ当な道を生きてきた男だ。やり直したいという気持ちは常にあった。
(こんな底辺な生き方なんぞ、俺の生きる道じゃあねえよな)
ユアンの頭を撫でながらアバレスはそう考える。
(俺にゃあ、もっと平和な……)
「頭ぁ、大変です」
一時の妄想に身を委ねた頭が、突然開けられた扉の音と部下の声に、すぐさま思考を切り替えられる。
「なんだ。こんな時間にッ!?」
外は日が出始めた頃合いであろう。
「襲撃です。鉄機兵と大盾持ちの土精機らしき機体が暴れています」
「なんだって。何体だ? 騎士団か?」
「2体で……その、騎士団ではないようですが」
(まあ、精霊機を使うならそうか)
騎士団は精霊族を入れない。種族の問題もあるが精霊族は鉄機兵に乗れないという問題もあった。従って精霊機乗りがいるなら確かに騎士団ではないだろう。
「にしても二体か。舐められたものだな」
アバレスの盗賊団にはアバレスを含めて鉄機兵乗りが5人。火精機乗りのドラゴニュートも一人いる。
一度、かち合った騎士団を追い払った実績もある。だが、手下からの報告はそんなアバレスの余裕を吹き飛ばすモノだった。
「すでにバクルの火精機とロン兄貴の鉄機兵が潰されてます。マックの兄さんたちは頭の出撃を待ってます」
ただ者ではないらしいと、その言葉でアバレスは悟る。
「ちっ、分かった。すぐに俺も出る。鎖を用意して準備しとけ。早くっ」
「はい。お早くお願いしやす」
手下が部屋を出ていくのを見ながらアバレスは簡単な上着だけ着てベッドから飛び降りる。
「そんじゃ、行ってくる」
「は……い」
そしてアバレスは、不安げな表情の少女の頭を撫でてから、その部屋を後にした。そして閉じた扉、その先に見たこともない老婆の姿がユナンには見えた気がした。
次回更新は1月21日(火)。
次回予告:『第09話 幼女、暴れる』
お掃除開始。