第88話 幼女、妹を試す
「主様は強い。恐ろしく、あの歳で、化け物のようにな」
バルが遠い目で口を開く。
「私はここまで努力した。才能もあったはずだ。だが、違った。私と主様は違ったんだ。分かるかエナ? 一族をも捨ててカタナに生きたはずの私が安堵したのだ。主様が鉄機兵から降りたのを見て心底な」
そのバルの告白にエナは呆れていた。一族を葬った男の悩みがそれである。もっと言うべきことがあるだろうとエナは思った。
だが、聞かされたベラ・ヘイローの強さには半信半疑な面がある。エナはつい先ほどベラと対面している。その姿に最初は何かの冗談かとも思ったが、実際に会話をして、誰かに指示されている風でもない、己の言葉で話している相手なのだとは理解していた。或いは年を取らない呪いでもかかっているのではないかとも。
だが、だからといってあの子供が目の前の男を上回っているとはエナには思えない。だからエナは眉をひそめて尋ねたのだ。
「あの団長さんって、本当に強いのかい? 確かにあの年にから見れば、不気味なくらいに大人びてはいるけどさ」
また、そのことを周囲の人間は戦闘民族であるラーサ族の子供だから、自分たちとは別の種族だからと妙な納得をしている節があった。ラーサ族ならばウォーハンマーも使いこなし、人を屠るのも可能なのだろうと。
(いやいや、冗談じゃないよ。あんな子供がいてたまるかい)
エナは心の中で呟く。確かにラーサ族は並の人族に比べて力は強い。それは事実だ。だがそれだけだ。
確かにエナとバルはベラと同い年の頃から戦闘訓練を受けてはいた。しかし大人たちを指揮して、ウォーハンマーを振るって戦士を殺し、鉄機兵を操って敵を蹂躙できるわけがない。ラーサ族とはそんな化け物を生み出す一族ではないのだ。
だからアレがまともではないのは分かる。しかしエナにはそれでもあの子供が鉄機兵乗りとしてバルよりも、ブラゴを従えていたジェドよりも強いとは思えなかった。
エナもジェドの実力こそはほとんど見たことがなかったが、目の前で転がっている男の力だけは信頼している。
また実際に再会したバルの体つきを見れば、未だに鍛え続けて実力も上がっているだろうことは推測できる。だが、そんな風に疑問視するエナをバルは一笑に付す。
「強いのか? ……か。それはどこまでも馬鹿げて、どこまでもしようのない質問だ。無理もない話だとは理解もしているが」
バルも最初にベラを見たときには「こんな子供が?」と首を傾げた口である。だから笑った。上辺しか見ることのできない妹と、己の至らなさをバルは笑った。
その様子にエナは肩をすくめて首を横に振る。それから処置なしだと判断したエナは溜息をつくと、バルの腕を持ちあげた。
「何をする?」
「言ったでしょう。私はあんたを治療するように言われて来たんだよ。話すのもバカらしくなったから、とっとと自分の目的を果たしてさっさと戻るのさ」
そう言われてはバルもうつむいて何も言わなくなる。それを見てエナは少しだけ悩んだ後、口を開いた。
「ああ、後ね。そのご主人様からの伝言があるのさ」
バルの肩が少しではあるが震えた。その様子にエナが苦虫を噛み潰した顔をしたが、ともあれベラから告げられた伝言は確かに伝えた。それからふたりはしゃべることなく、バルの治療が黙々と続けられていったのであった。
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「終わりましたよご主人様」
バルの治療が終わったエナがガレージの外へと戻ってくると、そこではランタンの灯りに照らされながらベラとボルドが座って話をしていた。そして、エナの姿を確認したベラがヒャハッと笑って口を開く。
「ああ、ご苦労だったね。どうだい? まだイジケ虫は残っていたかい?」
ベラの言葉にエナが肩をすくめる。
「ご主人様の伝言を聞いてからは目に光が戻った感じでしたけどね。私いりましたか、あれ?」
そう口にするエナは正直、誰が伝言しても変わりなかったのではと思っていた。そのエナの反応にベラが笑う。それから目を細めてエナの問いへの回答を返した。
「別にアレについてはどうでもいいのさ。馬鹿だからね。どうせすぐに元に戻る。問題なのはアンタがどうするかだったのさ」
その言葉にはエナが口元をひきつらせた。
「というと……もしかして私がアレを殺してれば、私も殺されてました?」
その言葉にベラがヒャヒャヒャと笑った。冷や汗を垂らすエナに、ベラは首を横に振る。
「いんや。アンタはまあ使えそうだからね。残してはおいたさ。罰も兄貴の半分程度で抑えてもやっただろうね。まあ、あたしは優しいご主人様で通ってるからね。怒りにまかせてアンタを殺したりゃーしないさ」
その言葉にはエナも、ついでにボルドも顔をしかめたが、だが問題はそこではなかった。
「バルを殺してれば、あたしは戦力不足を補うためにあっちを使ってたってことさ」
あっち……との言葉にエナはなるほどと頷いた。
「じゃあ一応、選択はミスってなかったわけだ」
エナの言葉にベラがさらに笑った。それからひとしきり笑った後に顔を上げてエナに尋ねる。
「で、本音のところはどうなんだい?」
「どうもこうもないですよ。アレはどうしようもない。父の教えが不味かったんでしょうね。ここで殺しても後悔ひとつせずに逝きそうなんだから、殺し甲斐もない」
「良い教育をしてくれてあたしゃぁ感謝なんだけどね」
そう言いながら立ち上がったベラにボルドが声をかける。
「ん、行くのかよ?」
「まあね。今の話はそのまま進めておくれ。とりあえずはまずはマギノと相談しながらだね。エナのは後回しでも良いが、できるだけ早くしておきな。戦力は多い方がいいんだから」
ベラの言葉にボルドが「うへぇ、あの爺さんとかよ」と唸った。マギノはジェドお抱えの鉄機兵専門の調整師だった老人だ。目の前に立っているエナと共に、今回ベラが雇い入れた人物だった。
「何の話です?」
そのやり取りに自分の名前が出てきたことから気になったエナが尋ねるが、対してのベラの言葉は簡潔なものだった。
「あんたの鉄機兵さ」
「私の?」
その言葉にエナが思わず首を傾げた。己が鉄機兵を得るなど、まったくの寝耳に水の話だった。もっともエナがここまでに知ったことと言えばブラゴからベラに己の所有権が移譲されたことと、最初の仕事が兄であるバルの治療だったということだけであった。
「奴隷契約も後で書き直させるが、鉄機兵を使わせる分、契約期間も延びることになるけど構わないよね?」
「ええ。この団の中で、生身でいるよりは生きる確率は上がりそうですしね」
エナははっきりとそう返す。何よりも己の鉄機兵が手に入るなど、エナにとっては奴隷になる以前からの夢に近い話ではあった。
エナはバルと共に鍛えられたのだから当然その戦闘技術も高いものがあるが、それでもエナは女だった。用意できる鉄機兵の数が限られている以上は、マスカー一族内で女は鉄機兵乗りになることは許されない。エナもマスカー一族で活躍した者などへの褒美として嫁に出される予定であった。
そんな幼き頃より夢見たものへ乗れる機会を得たことに、エナはこの今がどこか空虚な夢のように感じられていた。だが、ベラはそんなエナの感慨など気にせずに話を続ける。
「竜心石はマギノにすでに渡してあるし、アンタのはブラゴの機体をベースに組み上げる予定だ。『怪力乱神』と『抜刀加速鞘』はバルの『ムサシ』に回すが、他はアンタに使わせてやるさ。ま、あの男の臭いがついてるのは諦めておくれ」
「あれが私の……」
ブラゴの……という部分には確かに思うところはある。だが、それ以上にアレとの寝物語に聞かされた通りであれば、その性能は折り紙付きのはずであり、まったく悪い話ではなかった。
「さてと、そんじゃあ言いつけを護ったお嬢ちゃんにはご褒美をくれてやろうかね。はぁ、あたしも甘いね。まったく……」
そして続く言葉にエナの表情が明らかに変わった。
ベラの言うご褒美の意味はすでに知らされている。だからエナは、心の奥底からわき上がる衝動によってつま先から頭の天辺までを震わされたかのような錯覚を覚えた後、舌なめずりをして獰猛な笑みを浮かべたのだった。
次回更新は11月06日(木)00:00予定。
次回予告:『第89話 幼女、穴を開けろと言う(仮)』
おやおや、ブラゴお兄ちゃん出ませんでしたよ。
ベラちゃんったらドジっ娘なんだから。次ですね。失敗失敗。




