第86話 幼女、叱る
ハルバードが振り下ろされる。それをベラは笑いながらライトシールドで受け流す。
『チッ、邪魔だねえ』
しかし震える大盾に阻まれてうかつに近付けず、そのまま『アイアンディーナ』を一歩下がらせた。
『いやらしい野郎だ。こっちが抱きついてやろうってのに拒むたぁ、あんた女にモテないタイプだね』
ジェドが「ハッ」と笑う。
『知らないな。生憎と気に入った女は昔から力尽くで抱くと決めている』
『ああ、そういうヤツも嫌いじゃあないが』
ベラが回転歯剣を地面に突き刺して、左手を前に出しながら、再度飛び込んだ。
『あいにくとあたしゃあ、貫く方が好きでね』
ガシュンッと音がしたかと思えば、金切り声のような音が響いた。次の瞬間には『アイアンディーナ』の左腕と『ゼインドーラ』の大盾が同時に吹き飛んだ。それは仕込み杭打機が超振動の大盾と激突し反発し合った結果だった。
『チッ、強引にされるのは俺はぁ嫌いなんだがな』
『ヒャッヒャ、誰だって犯されて殺されるよりゃいつだって犯って殺る方でいたいもんだ』
次の瞬間にはベラの『アイアンディーナ』とジェドの『ゼインドーラ』の間に火花が散った。
『けどレイプ魔にゃあ昔から同じ目に遭わせてやるのが一番だって話さ』
ベラの竜腕の片手で震われるウォーハンマーと、ジェドの両手で構えるハルバードが激突したのだ。
『チッ、馬鹿力が』
毒づくジェドにベラがヒャッヒャと笑う。右腕のみであるにも関わらず、打ち合った感触は互角。それは単純に腕力だけではない。『アイアンディーナ』はベラが思考操作のみで巧みに動かしている竜尾が第三の足として背を支えている。力が互角でも重量で劣る『アイアンディーナ』が今の攻撃を受けて倒れないのはそうした理由だった。
『もらったよっ』
続けてベラはとっさにその竜尾に意識を集中し、腰に設置してある小剣をその尾で絡みとるとジェドの機体へと投げつけた。
『チィッ』
それをジェドが弾くも次の一撃は避けられない。ウォーハンマーを手放した『アイアンディーナ』が接近して、右腕の付け根に竜の爪を突き立てたのだ。
『ガァアアアアアッ』
対してジェドもとっさに敢えてフットペダルを踏み込んで『アイアンディーナ』へと体当たりをする。機体と機体が激突しこすれあって火花が散る。
『ヒャッヒャ、やるじゃあないかジェド・ラハールッ!』
『ベラ・ヘイロォオォオ!』
叫びあうふたりだが、ベラはとっさに両足と竜尾を使って、そのままジェドの機体を掠め転げて離脱する。
『逃がさねえッ』
勢いに乗せたジェドがそれを追う。今の『アイアンディーナ』の左腕はなく、ウォーハンマーも手放した今となってはベラの武器はクローのみだ。しかし『アイアンディーナ』の転げた先には先ほど突き刺したモノがあった。
『オォォオオオオオオオッ!』
『ヒィヤッハァアアアアッ!』
そして次の瞬間にはハルバードの刃先が飛んだ。
『チッ、回転歯剣か!?』
『ヒャッハ』
もはや回転歯剣を塞ぐ手段はない。ただの金属の棒となったハルバードにジェドは歯噛みしながら、続く二刃を前に下がる。そして回転歯剣の刃が掠めて銀色の胸部ハッチを吹き飛ばす。
『ウゥオオオオ!』
叫び声があがる。振り切った回転歯剣を越え、『ゼインドーラ』が金属の棒をその場の『アイアンディーナ』へと一気に振り下ろす。
『ハッ、その身体でよく動く』
とっさに竜尾が振り払ったことで、棒は『アイアンディーナ』へは届かなかった。だがベラは相手の行動を賞賛する。
『アイアンディーナ』の水晶眼を通してベラには見えていた。破壊された胸部ハッチの中で左腕と胴の一部を斬り裂かれてなお猛り、闘志を失っていなかった。自分の血で真っ赤に染まった顔で直接『アイアンディーナ』を睨みつけながらジェドは笑っていた。
『楽しいな。ああ、楽しいぞベラ・ヘイロー。これだ。これこそが闘いだ』
その言葉には充足感が満ちていた。対してベラはつまらなさそうに『フンッ』とため息をついた。気付いてしまったのだ。これ以上はもう目の前の男は保たないのだと。お楽しみはもうじき終わると。
そして数歩下がり、回転歯剣を腰部の接続部に戻すと、ベラはウォーハンマーを蹴り上げて右手で握って、ブンと振るった。
『ふん、やっぱりあたしにはこっちの方がしっくりくるね』
その言葉を聞いてジェドが笑う。血を吐きながら楽しそうに、嬉しそうに笑った。
『ははははは、ありがたい』
『多少は楽しめた。駄賃は払うさ』
その言葉にジェドがさらに笑みを浮かべながら、言葉を放つ。
『ならば精々高い駄賃だったと思わせてやろうか』
ジェドが声をあげると同時に『アイアンディーナ』が走り出す。だが『ゼインドーラ』は動かない。いや、もうそれ以上は動けないのだ。乗り手が血を流しすぎている。だから斬られた鋼鉄の棒を握り、ただ一点に集中せんと構え……
次の瞬間には『ゼインドーラ』の頭部にウォーハンマーが沈んだ。頭部が崩れ、操者の座を破壊し、乗り手も声も出せずに潰された。そして……
『なるほど。やる男だった。本当に』
そう口にするベラの肩がわずかばかり抉れ、血を吹き出していた。ジェドは己の命を捨て、相打ち狙いで鉄の棒を『アイアンディーナ』の胸部ハッチへと貫かせていたのだ。対してベラもジェドが当然突くだろうとは予測していた。だからそれを見越して機体を逸らしたつもりだったが、ものの見事にその動きも修正され操者の座まで貫かれていた。だがベラには一歩届かなかった。勝者はベラであったのだ。
そして掠めた傷口をベラは嬉しそうに眺めて笑う。生まれて初めて存分に楽しめた闘いだった。だからベラは受けた傷の痛みすらも素直に喜ばしく思えていたのだ。だが、そこに割り込む男がいた。
『主様ッ』
その声の主はバルだ。さきほどから闘いを見ていたバルが『ムサシ』の足を進めて『アイアンディーナ』の前までやってきた。その奴隷の不躾な声にベラは余韻を潰されたと感じて顔をしかめる。
『なんだいバル?』
『私……私と……』
ベラの前に立つバルの鉄機兵『ムサシ』がガタガタとその身を震わせている。そしてあろうことか、刃をベラに向けて叫んだ。
『私と戦えベラ・ヘイローッ』
その声が周囲に響き渡る。それは後からやってきたベラドンナ傭兵団の全員にも届いていた。そんなことをバルがなぜ口にしたのか、それはバル本人にも言葉として形にするのは難しい。
そしてベラの言葉が告げられる。それはあまりにも褪めた、冷たい声だった。
『いやだね』
『何故だ?』
バルが必死な顔でそう問い返す。理由など分かり切っているにも関わらずバルは足掻く。だがベラは冷徹に己が下僕へと告げる。
『何故って? そりゃあ簡単だろう。奴隷の分際がご主人様に逆らうってことがそもそも論外だ。躾を忘れた犬ほど腹の立つものはないね』
バルがギリギリと歯を食いしばる。血走った目で目の前の『アイアンディーナ』を睨みつける。そのバルにベラの言葉の刃は続いていく。
『それにだ。あたしは今たらふく飯が食えて満足している。その後に糞のような粗食を出されて、はいいただきますだなんて死んでも口には出来ないさ』
そしてベラは立ち上がり、胸部ハッチを開いて外に出た。
「何よりだバル」
『……』
バルは応えられない。今自分がどう思ったのか。
「腰が引けてるぞ。ビビりすぎだ」
ベラ・ヘイローが鉄機兵から降りた。それを自分は安堵した。殺されなくて済むと、そう考えた。
そうして目の前で笑う幼女の姿に男は打ちのめされ、鉄機兵の腕からカタナを落として、その場で崩れ落ちたのだった。
次回更新は10月30日(木)00:00予定。
次回予告:『第87話 幼女、対処をする(仮)』
野良犬だってあげたご飯の恩は忘れません。
バルお兄ちゃんは駄目なお兄ちゃんですね。
どうやら躾が必要なようです。




