第85話 幼女、激戦する
ジェド・ラハールという男にとってのもっとも大きな後悔。それは七年前のローウェン帝国とドーバー連盟による鷲獅子大戦に参加できなかったことであった。
むろん鷲獅子大戦時にもそれ以外の戦争がなかったというわけではなく、ジェドは当時西のヴォルディアナ地方を超えた先の国の戦争に参加していた。そしてそれらが片付いたときにはもう大戦は終わりを迎えていた。
強者と強者がつぶし合い、やがては深刻な人材不足を引き起こすこととなるような地獄のような戦争であったとジェドは聞いている。それはクィーン・ベラドンナという強烈な炎に戦士たちの心が焼き尽くされた結果であったという。
ジェドはベラドンナと会いたかった。剣を交わすか、或いは肩を並べるか。そのどちらでもジェドは良かった。ただ同じ戦場を共有したかった。だが、時はすでに遅い。乗り遅れた者としてジェドはくすぶり続けた。
ついには己の領地をも手に入れ、ただのチンピラから栄光を掴んだ存在となったジェドではあったが、やはり物足りなかった。この地で強者を招き、大戦帰りの者と相対したこともあった。血を流しあう時だけがジェドにとっては安らぎとなっていた。
そしてジェドがもっとも目を付けていたのは大戦帰りの猛者ガルド・モーディアス。その男と出会ったジェドの心の炎は大きく燃え上がった。
この男と戦いたい。そう願った。それはムハルド王国と通じ、いずれはルーインを攻めようかと考えるほどにジェドの心を支配していた。
『しかしな。この状況はどうだ?』
己の愛機『ゼインドーラ』の中でジェドは笑みを浮かべ続けていた。
『畜生。化け物がッ!?』
『尻尾って何だ? あれは本当に鉄機兵なのか?』
『退け。態勢を立て直して、ウォガッ!』
『駄目だ。モードが殺された。何なんだ、アイツは』
通信から己の部下たちの悲鳴が聞こえてくるたびにジェドの口元がつり上がる。
元よりジェドは領主という観点で見た場合に決して無能な男ではなかった。元の領主一族を始末し己の配下や武装集団を引き入れたということはあったが、略奪行為なども一定以上は許しはしなかった。恐怖で縛り付けはしているものの、領民にとって見れば今までの暮らしとさほど変わったというほどのこともなかった。
そんなジェドは己の兵を『ルーインとの来たるべき戦い』に備えて鍛え上げることには余念がなかったし、決して軽い存在ではなかった。だが、今はジェドは次々と殺されていく部下たちの有様に笑っていた。殺されていく部下が惜しくないわけではない。しかし、それ以上にジェドの心にある炎が彼の全身を包み込むように更なる熱を欲していた。
『この化け物がァアアアアッ!!』
ついには長年、そばに使えていた副長の声が響き渡る。もう目の前までそれは来ていたのだ。
『あっひゃひゃひゃひゃひゃッ!』
『うぉぉおおおっ!?』
そうしてジェドを護る最後の砦が崩されようとしている。その様子を見ながらジェドは己の鉄機兵の右腕を構え、そして矢を連続で放った。
『ッと!?』
右足が切り裂かれかかった副長の鉄機兵の手前を巨大な矢が通り過ぎ、そのまま建物へと突き刺さる。見れば副長に襲いかかっていた赤い鉄機兵はすでに後ろへと下がっていた。
『ジェド様ッ!』
『下がってろ。お前じゃあ手に余る』
副長の言葉にジェドはそう答えて、己の鉄機兵を前へと出した。そこは領主の館の目の前、街の中心となっている大広場である。
『アンタは……そのたいそうな鉄機兵からして、ジェド・ラハールかい?』
まだ幼い印象の声が赤い鉄機兵から響き渡る。鉄機兵名は『アイアンディーナ』とジェドは部下から聞いていた。
『そうだ。俺がジェド・ラハールだ。そっちはベラドンナ団長ベラ・ヘイローだな?』
『ああ、そうだよ。あたしがベラ・ヘイローさ』
ジェドの問いに対して、赤い鉄機兵『アイアンディーナ』から響く声が肯定する。
『己の奴隷の荷物を取り返すついでにこのラハール領も欲したそうだな。そっちの転がってるのが激昂してたぜ』
下がりつつある副長の鉄機兵の姿を見ながらジェドが笑う。
『悪いかい?』
『いいや。シンプルで悪かねえ。貴族になって俺が一番感心したのは決闘法だ。力さえあれば何でも手に入るってのは非常に俺好みでいい』
『そいつは気が合うね。あたしもさ』
そう言い合って、笑い合いながらジェドとベラの鉄機兵が近付いていく。
その途中にジェドは右腕に繋げられていたギミックウェポンのクロスボウを外した。珍しい対鉄機兵用の遠距離兵器だが、接近戦ではデッドウェイトにしかならないものだ。
それから『ゼインドーラ』は大盾を前にしてハルバードを構える。対してベラの機体『アイアンディーナ』は左手には回転歯剣を、右手にはウォーハンマーを持っていた。
ハルバードもウォーハンマーも片手で扱うようなものでもないが、『ゼインドーラ』はその全身を身体強化用のギミックで固めており、『アイアンディーナ』も竜腕の膂力と竜尾という第三の足によってその身を支えることに成功していた。
そして『ゼインドーラ』は自然と走り出した。同時に『アイアンディーナ』も駆け出し始めた。
『ヒャッヒャッヒャヒャヒャヒャ』
『うぉぉおおおおおお』
両者の武器が大きく弧を描く。
初手はハルバードとウォーハンマーの激突。そして飛び散る火花を前に、ジェドの心は熱く燃え上がったが、その思考自体は冷静そのものではあった。
(力はわずかにこちらの負けか)
『アイアンディーナ』の腕の方が力が強い。そのことに驚きつつもジェドは続けて大盾を前に出した。左からの回転歯剣の攻撃が迫ってきていたのだ。
『ムッ!?』
『ハハハ、効かねえよ』
大盾に接触した途端に弾かれたことにベラが眉をひそめる。それが感覚的に理解できてジェドが笑う。
ベラの持っている回転歯剣はそもそもがモーディアス家の宝剣であり、そのことをジェドは知っていた。いつか相対して殺そうと思っていた相手の武器だ。知らぬはずがなかった。
それに対抗するためにジェドが用意したのがこの超振動の大盾である。回転歯剣を防ぐために用意してみたのだが、実際にそれは成った。そして少しばかり虚を突かれたような『アイアンディーナ』に短く柄を持ち直したハルバードが振るわれる。
『なるほどねえ』
それを防いだのは右の竜腕に付いている爪だった。ハルバードの刃が爪と激突するも、竜腕の膂力を生かして『アイアンディーナ』は受け流しながら『ゼインドーラ』の懐に飛び込もうとして、
『チッ!?』
それを『ゼインドーラ』の大盾によって塞がれる。ベラの直感がぶつかることを危険と感じ、一瞬の動きで『ゼインドーラ』と大盾を避けて横に飛び下がり、態勢を立て直させた。
『チッ、やるじゃないか』
『楽しいなぁ、ベラ団長さんよ』
そうは言いながらもジェドの額を冷や汗が垂れ落ちる。超振動している盾へと接触させられれば、鉄機兵内部のクロノボックスにも衝撃を与え一時的な動作不良を引き起こすことも可能なはずだった。それを知ってか知らずか、相手は過剰とも思える動きで避けきった。
(クソッ、楽しいじゃあねえか)
なおさらにジェドがその目を輝かす。そのまま両者はわずかばかり下がって構え直した。続いてはどう切り出すか、両者が牽制し合いながら円を描くように歩き続けながら、牽制の言葉を掛け合う。
『やっぱりお前はいい。お前こそが俺の求めていた相手だ』
『ヒャッヒャッヒャ、こんな殺し合いの中で珍しいプロポーズもあったもんだ』
その声にジェドがニタリと笑う。それからフットペダルを力強く踏み込み、一気に走り出した。求めていた好敵手と出会い、その血をたぎらせハルバードを振り上げたのだった。
次回更新は10月27日(月)00:00予定。
次回予告:『第86話 幼女、笑い転げる(仮)』
ベラちゃんはジェドお兄ちゃんと楽しそうに遊んでいます。
バルお兄ちゃんは横でお預けですね。涙を拭いて、ちゃんとお行儀良く座って見ていましょう。




