第83話 幼女、その恋を知らず
ヘールの街の中央にある領主の館。その館内を兵士がひとり走っている。街の外から大急ぎでやってきた兵士はもうすでに疲れ切っているようだったがその足を止めることなく進み続けた。彼の歩みが仲間の命が散る数を変えるのだ。休むことは許されなかった。そして、彼は目的の部屋へとたどり着いた。
「伝令。ブラゴ親衛隊長より領主ジェド様への伝令を預かって参りましたッ」
扉の前で大声で叫ぶ兵士に「入れ」と中から声がかかる。
そして兵士はガチャンと扉を開き、緊張した面もちで部屋の中へと入る。彼はこれまでこの部屋に訪れたことは一度としてなかった。そうした地位にもいなかった。しかし、その足取りは揺るがない。急がねばならないと。はやる気持ちをどうにか抑えながら、その部屋の中にいる人物の前までたどり着く。
その兵士の悲壮な面構えを見て、椅子に座っている領主ジェド・ラハールが含み笑いで尋ねる。
「どうした。戦いはまだ継続中のようだが、勝利宣言というわけでもないようだな。どちらかといえば……そうだな。お前はまるで敗残者のような目をしている」
「は、いえ。そのようなことは……ジェド様。ブラゴ隊長からの伝令です。応援を求むと」
兵士の言葉にジェドが「ほぉっ」と笑う。その獰猛な肉食獣の笑みに思わず兵士が「ヒッ」と呻いて一歩下がった。それを見てジェドが肩をすくめて笑う。
「分かった。かわいい部下の頼みだ。行ってやるさ」
「は、はい。ありがとうございます」
そしてジェドは兵士を追い払うようにして戻れと伝え、兵が去った後でゆっくりと腰を起こして立ち上がった。それから背後にいる従者の方に振り向いて勝ち誇ったように口を開く。
「な? だから言ったろ。必要になるって」
「必要になられても困るのですがね」
ジェドの言葉に従者が肩をすくめながらそう口にした。この従者はかつてジェドが団長であった頃から副長として常に共にいた男だ。それ故にジェドの気性からしてもう止まらないことも当然理解している。
「しかし、ブラゴめ。相変わらず口だけですか」
「ハッ、そう言うな。素直に俺に助けを呼べた時点で成長はしてたってことだろうよ。まあ、楽しめるんなら良いさ。『ゼインドーラ』は用意してあるんだろ?」
「はい。仰せのままにしております」
従者の言葉を聞き、ジェドが笑いながら「よし」と頷くと部屋を出て、己の愛機があるガレージへ向けて歩き始める。
街の外からは未だ戦いの音が響いている。その音を聞きながらジェドは闘争の気を放ち始め、祭りに遅れまいとその歩みは徐々に速くなっていった。
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『はぁ……はぁ……クソッタレがぁ』
ブラゴが叫ぶ。そこはヘールの街から離れた林の中。奇襲部隊の片翼を置いていたその場所でブラゴたちジェド親衛隊の本隊は恐るべき存在と対峙していた。
「グォォオオオオオオオオオオオンッ!!」
叫び声が周囲の兵たちの恐怖を呼び起こし、その歩みを容易に止める。まるで杭でも打ち付けられたように鉄機兵の足が動かない。
それでも立ち向かった勇気ある鉄機兵たちにしても凪ぎ払われ、焼かれ、潰されていく。
ソレを見ては胆力のない弱兵など動けるはずもなかった。
そう、今や戦況はジェド親衛隊にとって最悪の一言に尽きた。
先ほどまでジッとしていて動きもしなかった十メートルを超す巨大な巨獣が、今や縦横無尽に戦場を駆け回っているのだ。併せて白と黒の鉄機兵や爆破型火精機も巨獣と連携をとりながら、戦場を掻き回していく。
『なんだあの化け物は!?』
ブラゴは再度叫ぶ。ドラゴン。そうドラゴンだとブラゴは考える。
ただの巨獣ではありえない。翼を広げ、わずかにではあるが空を飛び、炎を吐いて周囲を焼き尽くしていく。そうでなくともその巨体から繰り出される爪や尾の攻撃ひとつで鉄機兵たちは容易に吹き飛ばされる。
『無理ですブラゴ様』
『ドラゴンですよ。勝てるわけがない』
部下たちの悲痛な声にブラゴが苛立ちを露わにしながら叫ぶ。
『黙れぇええ。こんなところで俺らがやられるわきゃねえだろ。てめぇらは左右から突撃しろ。俺が仕留めてやる』
そのブラゴの言葉に部下の鉄機兵乗りたちは一瞬ビクッと身体を震わせたが、ブラゴの仕留めるという言葉にかすかな希望を持った。
彼らはブラゴの鉄機兵を知っている。
そのギミック、ギミックウェポンにオリハルコン製のカタナを知っている。確かにあれならばドラゴンの首すらも斬り落とせるだろうと。
そしてブラゴの言葉に従って兵たちは動きだし、左右から同時に攻撃を仕掛けていく。もっともドラゴンはそんな鉄機兵たちの動きも予測済みだったのか、その場で翼を広げて一気に飛び上がった。
『あの巨体でどうやって飛んでいるんだ!?』
『チックショウ』
「グルォォオオオオオオオッ」
そのままドラゴンは目の前の一機の鉄機兵に乗って押し潰すと、周囲に喉袋にため込んだ炎のブレスを吐き出した。
『ォォオオオオオオオッ!』
それを見ながらブラゴは叫び声をあげて愛機『イゾー』を走らせる。
(あれは永遠に吐き続けられるもんじゃねえ)
ブラゴは先ほどからドラゴンを観察していた。あの炎を出し続けられる時間はそう長くはないことを把握していた。
『ここだっ』
「グォンッ!」
ドラゴンが鉄機兵『イゾー』が駆けてくるのに気付き、炎を吐き出す口を『イゾー』に向ける。ソレと同時に『イゾー』の足から巨大な車輪が出てきて、回転してその機械の身体を一気に加速させた。
そして勢いに乗った『イゾー』は飛び上がり、ドラゴンの炎を突き抜けたのだ。
『こんの化け物がぁあ!!』
炎のブレスを抜けた後、ブラゴは『イゾー』を操作し腰の鞘に刺さったカタナの柄を強く握る。
その鞘の名を『抜刀加速鞘』という。
自然魔力がため込まれた鞘は放電し、ブラゴは雷を宿したカタナの刃を一気に解き放つ。それは雷の力によって加速し抜刀速度を異常なまでに高めた、まさしく必殺の一撃だった。
「グォンッ!?」
そして、次の瞬間にはドラゴンの首が宙を舞っていた。『イゾー』は見事ドラゴンの首を落としたのだ。
『はっ、ハァアア、ザマア見ろ化け物』
周囲から喝采があがる。それからブラゴは大きく振り上げたカタナの勢いをギミック腕『怪力乱神』によって抑え、そのまま大地へと着地した。
『ははは、どうだ。こんの化け物がっ……あ!?』
その直後である。たった今倒したはずのドラゴンの尻尾が勢いよく鉄機兵『イゾー』へと振るわれ、そのまま直撃して『イゾー』は弾き飛ばされた。
『隊長ッ!?』
『首を跳ねてるのに何で?』
その光景は、その場にいた者たちのとっては悪夢そのものであっただろう。自分たちの隊長が首をはねたはずのドラゴンが目の前で今も動いている。ただでさえ凶悪な化け物が首をはねても殺せないと分かったのだ。今や彼らの心に宿った想いは絶望そのものだった。
『チッ、なんなんだ。畜生が』
そして弾き飛ばされ大地に転げていた『イゾー』の中では、水晶眼を通してブラゴもその様子を見ていた。
飛ばされて転げ回ったことで、今のブラゴは全身を強く打ち付けていた。さらにはブレスを通り過ぎる際に入ってきた炎の熱によって、顔を含めた肌のさらされた箇所は皮膚がベロベロとなり、そのほかの場所もどうなっているかが分からない。グリップなどの金属部分はどうやら肌とくっついてしまったようだった。
さらにはだ。ブラゴの正面にはあの黒い騎士型鉄機兵がやってきていた。それは鉄機兵『ムサシ』である。
その鉄機兵を見てブラゴの心が熱くなる。全身の血が焼けるにざわめき、身体の痛みすらも今のブラゴからは消え去ったかのようだった。
『バルかッ!』
『騒がしいなブラゴ』
そこにいたのは彼にとっての宿敵だった。
バル・マスカー。ブラゴという男の人生の常に目の前に横たわっていた巨大な岩。それはブラゴがまるでおぼこい乙女の如く恋い焦がれていた相手だ。
そしてブラゴは気付く。代用品では感じられなかった胸の高鳴りにブラゴは気付いてしまった。
ブラゴがここまで焦がれたのは脆弱な肉でできたミルアの門ではなかったのだと。女如きが己のガーメの首を受け止められるわけがなかったのだ。そう、彼が突きつけたかったのは常にひとりだった。
『ヴァアアアアアルゥゥゥウウウッ!』
そしてブラゴはフットペダルを強く踏み込んで駆け出した。目の前の黒い鉄機兵を貫こうと獣欲に染まった瞳でブラゴは笑みを浮かべたのだった。
次回更新は10月19日(日)19:00予定。
※俺出演予定のなろうラジオ公開開始時になんとなく更新します。\ステマ/\ステマ/
次回予告:『第84話 幼女、橋を渡る(仮)』
ちょっと何を言っているか分からないですね。
次回ブラゴお兄ちゃんはボコボコにされて負けます。




