第82話 幼女、突き進む
『馬鹿な』
ヘールの街の前。愛機『イゾー』の中にいたブラゴの口からそんな言葉が漏れた。
敵の戦力はある程度把握しているつもりだった。街の左右に待機させて隠していた兵たちが仮にベラドンナ傭兵団に襲われたとしても、それを保たせるだけの戦力は用意しているはずだった。
しかし、今のありさまは完全なブラゴの想定外である。いや、バルたちが攻めているらしい左側の戦闘においてはある程度予想通りでもある。その様子ならば、多少の被害はあろうとこのまま本体と合流させて囲い込めば倒せるだろうとブラゴは考えていた。バルたちがまだ有利ではあるようだが、こちらの本隊が合流し攻めきれれば勝てる……と、ブラゴの受けた報告からはそうした状況であるようだった。
しかし、反対側の『たった一機』で攻めてくる鉄機兵については完全な想定外だ。
『赤い鉄機兵はベラドンナ傭兵団の団長のもの。あれはお飾りじゃあなかったのか?』
赤い鉄機兵。ベラドンナ傭兵団団長ベラ・ヘイローの乗る『アイアンディーナ』。それが単独で攻め入り、たった一機でバルたちよりも戦果をあげている。
とても信じられるものではない。そもそもバルという卓越した戦士と巨獣の、ふたつの力によってベラドンナ傭兵団は支えられているのだとブラゴは考えていた。
ベラ・ヘイローが子供だと聞いていたのがそもそものブラゴの失敗だったのかもしれない。先入観が戦力を見誤らせた。
ともあれ現実には赤い一機の鉄機兵は隠していた片翼の兵たちを全滅させて、こうして本隊にも向かってきている。
『いかがしますか?』
ブラゴはすでに見える距離にいる赤い鉄機兵を睨みながら、己の副官の言葉に思案する。
(あれに勝てるとすれば……やむを得ないか)
『ムーダ。三十を預ける。あれを足止めしつつジェド様にご足労願うように使いを出せ』
『ジェド様に……? 三十あれば足りるとは思いますが?』
ムーダと言われた部下の疑問の言葉にブラゴは歯ぎしりしながら罵声する。
『黙って従え。テメエらが倒せるならそれでいい。だがアレはもうガキとは思うな。大戦帰りの化け物と同じと考えろ。でないと死ぬぞ』
『は、はい。了解しました』
ブラゴの言葉の勢いに怯えながら副官は返事をして動き出した。それにブラゴは舌打ちしながら、続いての言葉を投げた。
『そんで俺は残りを率いてあっちを殺る。領主様自ら出張ってもらうんだ。俺は俺で仕事はしねえとな』
そう言ってブラゴの鉄機兵の視線の先にはバルたちが戦っているであろう戦場があった。
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『ああ、ぶっ殺したよ。鉄機兵は全部で十七と戦士が百ってところかねえ』
ヒャッヒャと笑いながらベラは操者の座の中で通信機へ声をかける。
『分かりました。こちらも今は戦闘中です。敵の動きは……』
ベラの耳に、ヴォルフの声が小さく聞こえた。マドル鳥に憑依しその眼で確認しているようである。先ほどまではローアダンウルフでベラを誘導していたのだから、ヴォルフはよく働いていると言わざるを得ない。
『どうやら本隊を分けて、こちらに向かってきているようです』
『そんじゃあ、ある程度近付いたら腐り竜で突撃してやりな。こっちは街の前に陣取ってる方に突っ込む』
ベラの言葉に通信先のパラが息を飲んだ。
『正気ですか?』
『バルに伝えな。急いで来ないととっとと喰っちまうよってね。そんじゃあ通信切るよ』
ブツンと通信機から音が消えた。そしてベラは改めて目の前の敵の姿を注視する。
ヘールの街の前に陣取っているブラゴ率いるジェド親衛隊。その数は合わせて七十はあるだろうか。ベラが潰した隊と、現在バルたちが対峙している数とを合わせれば保有鉄機兵数は百を超えているのだろう。
(しかし、存外に手こずっているようじゃあないか)
先ほどの通信のことを思い出しながらベラは思う。目の前の隊が分かれてバルたちの方にも向かっている様だが、現時点でもバルたちの戦闘は優勢ではあるものの若干の膠着状態のようだ。
もっともそれも無理のない話ではある。鉄機兵の駆動音すら出さずに完全な奇襲で挑んだベラとは違い、鉄機兵用輸送車こそ置いてはいるものの鉄機兵と精霊機の混成での進撃である。敵に動きがバレないはずがなく、正しく正面からのぶつかり合いで戦闘に入ったのだ。
如何にバルが鉄機兵乗りとして卓越していようが、デュナンがそれなりの実力者であろうが、ジャダンが随伴兵たちを爆破し蹴散らそうが限度はある。
もっともそこに腐り竜が加われば形勢は大きく変わる。そうなれば例え本隊が合流しようが抗しきれるだろうとベラは考えていた。
『まあ、どのみちあたしのやることは潰すことだけどね』
ベラはそう呟く。どれだけ卓越した戦士であろうとひとりでやれることなど限られている。もっともベラの『やれること』は普通に考えられていることよりも大きなものではあったが。
『そんじゃあ、やろうかいディーナ』
そう言ってベラは、先ほど倒した敵の一機から鹵獲していた円形盾を掴んで振りかぶった。
『ヒャッハー、やっちまいな』
ベラはグリップを大きく振るって右の竜腕で持っているその盾を投げつけた。
通常の鉄機兵を大きく超える膂力を持つ腕が投げつけた盾が大地に接触し回転しながら対鉄機兵兵装を構えていた対鉄機兵兵装部隊へと突撃する。
「うぁ、なんだ」「やばい、避けろっ」「なんなんだ畜生」
叫び声があがった。強大な円形の物体が兵の集団を横切り、血を舞わせながら通過していく。絶叫と共に赤い血で染められた道ができあがる。
また投げつけた『アイアンディーナ』の方はといえば、かなりのパワーで投げつけたにも拘わらず、竜尾で支えられていたために特に態勢を崩すこともなく再び走り出した。
『右からはまだ来るかい。まあ良い。潰した連中を横切らせてもらうかね』
ベラはフットペダルを踏み込んで、左側へと向かうようにルートを変更していく。ベラとて対鉄機兵兵装の一斉攻撃を喰らえば、無事ではすまない。
『鎖』で動きを封じ、『糸』を絡ませて関節部を鈍らせ、それに『色水』と呼ばれる液体を入れた球を投げつけて水晶眼を塗りつぶすことでその視界を封じる。
それらは地味な攻撃ではあるが継続的な効果を及ぼすため鉄機兵にとっては厄介なものだ。鉄機兵同士の戦闘では、対鉄機兵兵装の有無はまさしく明暗を分けるといっても過言ではない。
それ故にベラは鉄機兵以上に生身の兵たちを潰すことをまずは重点にと動いていた。
『ちっ、これ以上仲間をやらせるな。陣形を組んで、ヤツを囲め』
『敵は一体だぞ。何をしてやがるんだ』
『馬鹿ヤロウ、あれを足止めしろって指示だぞ』
次々と怒号があがるが、鉄機兵がこちらにやってきてくれるならばシメたものである。背負ったウォーハンマーを取り外して握りしめながら、ベラは迫る敵鉄機兵たちへと向かっていく。
『まずぁ、一機!』
『ブギョァッ』
ガコンッと鈍い音がした。勢いをつけて先攻してきた鉄機兵の頭部にウォーハンマーが叩きつけられ、カエルの断末魔のような悲鳴があがる。
『こんのぉ』
『遅いんだよ』
そこに槍で突こうとする鉄機兵が飛び込んできて、それをベラは竜尾で弾くと接近して竜腕の爪で胸部ハッチを貫いた。そのまま足で蹴りつけて倒した鉄機兵を引き離し、それ以外の周囲を観察しながらベラはフットペダルを踏み込んで、次の獲物へと視線を向ける。その途中でベラはあることに気が付いた。
『ヒャヒャヒャ、この数を殺ってようやくお漏らしかい。あんたも成長したもんだ』
殺し合いの最中であるのにも拘わらずベラは笑いながらそう口にする。『アイアンディーナ』の操者の座内が輝きだしていたのだ。それは吸収しきれなくなった魂力が漏れ始めた輝きだった。
モルド鉱山街攻略戦においての魂力漏れは十を超えた段階で出ていたが今回は二十近い数でようやくである。それは『アイアンディーナ』の魂力吸収量が増していることを示していた。
そして、その現象を知っている鉄機兵乗りたちは一歩後ずさる。戦場でより多くの鉄機兵を殺した鉄機兵だけが発する魂力発光現象『魂喰らい』。
戦場でも滅多に見ることのない姿に彼らは恐怖し、それから勢いをなくした彼らは当初の指示通りの足止めを目的として動き出したのだった。
次回更新は10月16日(木)0:00予定。
次回予告:『第83話 幼女、橋を渡る(仮)』
フリスビーはやっぱり横にしてクルクル回転させながら飛ばすのが楽しい……なーんて、みなさん思っているかもしれません。
でもベラちゃんは縦にして地面を転がしても面白いことを発見したみたいです。なんて賢い子なんでしょうね。子供の成長には驚かされるばかりです。




