第07話 幼女、贈り物をする
「いつつつ……」
「ほら、何時までも老人ぶってないで行くよ。時間は限られてるんだよ」
「ガキが気にすることかい」
「あたしが気にしてんのはあんたの寿命だよ」
ボルドの仏頂面を後目にベラは街の中を進んでいく。
(まあ、魔除けの効果はあるようだね)
ベラは、一人で歩いていたときよりも値踏みの視線が少ないと感じていた。それは当然背後に歩いているドワーフの老人の効果だろう。檻より解放してすぐではあるので、未だボロ切れを纏っただけの姿だが、小さいながらもドワーフ特有の筋肉質な肉体に、その傷だらけの姿が周囲の目を引いているようだった。
傷の多くは鞭の跡であったが、それでもそのドワーフが何かしらの問題を抱えているであろうことは一目瞭然なので、安易に絡もうと考える者も少ないようである。
「しかし、今日はやけに騒がしいみたいだね」
「そうなのか? おりゃぁ、ここ最近はずっと檻の中だったんで外のことは分からねえな」
ここ数ヶ月のボルドの世界は穴蔵と偶に出される中庭くらいであった。こうして街中を歩くのも何ヶ月ぶりかというところだ。
「ああ、そうかい。ま、いいさ。騒がしい原因にも心当たりがあるしね」
ベラの意味ありげな言葉にボルドは首を傾げるが、だがベラはそんなことは気にせずにボルドの上から下までをジロジロと見る。
「なんだよ?」
「いや、身綺麗にはしてるみたいだね」
「売りに出されたんだから、その前にそりゃあな」
ボルドがそう答える。ベラは薄汚れたままならば、まずは身体を洗わせようと思っていた。しかし、その必要はなさそうなので予定を繰り上げてそのまま武具店へと向かうことにしたのであった。
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「いらっしゃいませベラ様」
「あいよ。また来たよ」
店員の声にベラはそう返す。いきなりこの店に連れてこられたボルドは、武具店としても質の良さげな内装に「ほー」と回りを眺めていたが、ベラに手振りで前に出るように指示され、その通りに店員の前に出た。
「なんだよ?」
「あーこいつが昨日言ってた奴隷だ。一応伝えておいたとおりのガタイだと思うけど、すぐに用意は出来るかい?」
そのボルドの言葉には応えずにベラは店員にそう尋ねた。
「はい。問題はないでしょう。すぐに取り掛かりますか?」
「頼むよ。ボルド、そっちの兄ちゃん等といっしょにおめかししてきな」
「あー、聞く耳持たずかよ。へいへい、了解」
「『ギムル』!」
「ギャアアアッ」
拘束のスペルに再び苦痛の叫びをあげる。
「シャキッとおし。反抗期のガキじゃあないんだ」
「ちくっ…し…ああ、もう、分かりましたよご主人様」
そう怒鳴ってボルドはシャンと立ち、他の店員に連れられて奥へと歩いていった。
「すまないねえ。どうも」
「いえ。年を取ってから奴隷になると、そういうのが難しいらしいですからね」
店員がそう苦笑する。人間、年を取るにつれて性格というものは矯正しがたくなってくる。その意味を理解してベラも頷く。
「確かに、年ぃ食うと躾ってのは難しくなるからねえ。まったく厄介な買い物をしたもんだよ」
そう言って「ヒャッヒャ」と笑うベラには店員は「ははは」と乾いた笑いで返した。とても子供とする会話ではなかった。
「そんで、昨日の話。裏ぁ、取れたんだろうね?」
そんな店員の様子を見ながら、ベラは話題を変える。
「ええ、まあ。どうも、負けてるらしいですね。ウチの国」
ベラの問いに店員が声を潜めて言葉を返した。
「前線じゃあてんやわんやだって話です。パロマ王国の本隊のひとつがなだれ込んできたんじゃあ仕方ないですが」
それはベラが参加しようと考えていたモロ地方の領土戦争の情勢の話だった。昨日にここの店に来たときに、ベラはその不穏な話を聞いていたのだ。ボルドを買おうと決心したのも、時間が経てば値が動くと判断してのことだった。しかし、パロマ王国の動きはあまり詳しくはないベラにしてみても不審なものである。
「そんな余裕はないって聞いてたけどね」
現在のパロマの情勢では、これ以上の兵力投入は他の周辺国を抑えられなくなる恐れがある。領土戦争もそうした兵力のやりくりのなかで行われており、ここに来てさらに戦力が増えるとはルーイン王国にとっては予想外の事態であったのである。
「ですね。後ろ盾が出来たんじゃないかって噂が出てますが」
「ま、噂だろう?」
「そりゃ昨日、今日のことですから」
今の時点で正確な情報など分かるわけがないのだ。
「戦況がどう動くかで私らの商売が大きく変わりますから。今は戦々恐々と言ったところですよ」
肩をすくめる店員にベラが「大変だねえ」と笑う。
そしてそれからもいくつか雑談を交わしていると、奥からようやくボルドが出てきたのである。だがボルドは戸惑っているようだ。それは身に纏っているモノの価値を理解しているためだろう。
「なんだい。鳩が豆鉄砲を食らったような顔じゃあないか」
ベラがそう言って笑う。今ボルドが着せられたのは鋼鉄製のフルプレートメイルだった。それも中古のようだが一級品。得物も巨大な鋼鉄の斧で、こちらはまだ新しいものだ。
「おい、こんな高価なの。いいのか?」
思わずボルドが気後れするぐらいの代物だがベラはポンッと銭袋からほぼ全財産である400万ゴルディンを支払った。並の戦奴隷なら2〜3人は買える値段である。
「サイズは悪くないようだね」
「あ、ああ」
ベラの言葉にボルドが頷く。中のインナーも合わせて調整し終わっており、着心地は申し分ない。
「ここはベンマーク商会の店のひとつでね。まあ、良い出来のが並んでるってぇわけだ」
そのベラの言葉に、店員が笑顔で頷いた。実は昨日にベラも一度尋ねて装備を買い揃えていた。ヤルケの街のチンピラのものは引き取ってもらい、小人族の装備を身動きの取りやすいようにカスタムした防具と、新品のウォーハンマーを購入していたのである。
「お前、いくらビグログマで儲けたからってこんなポンポンと」
「『ギムル』」
「あんぎゃあああああ!!」
学習能力のない老人にベラは容赦なく躾を行う。
「お前じゃないだろ。成長しない男だね。奴隷の立場を忘れるんじゃないよ。バカが」
「ぐ、くくく。ご主人様、俺にこんな良いもん与えて良いの……ですか?」
ボルドは地精機の乗り手である。直接戦うわけでもないのだから、そこまで生身での武装が必要というわけではない。ここまでの重武装が必要とは思えなかったのだ。
「アンタには高い金払ってあるからね。死なれたら困るんだよ」
戸惑うボルドにベラはそう口にする。
「基本、あたしは自分の身は自分で守れる。あんたに求めてるのは魔除けだからね」
「魔除けだぁ?」
「あたしだけで外歩いてると、つまらん連中に絡まれることも多いんだよ」
ボルドの疑問にベラはそう答えた。
「ああ、そういうことか」
そしてボルドも得心いったという顔をする。
自分がやるかと聞かれればやらないと返すが、目の前の少女は確かに売れば金になるであろう容姿を持っていた。ラーサ族の出であろう褐色肌を見れば将来的には男が好む女の身体になるだろうとも想像が付く。
(だが中身は最悪だがな)
あれはガキではない。少なくともボルドの知っている子供というものとは違う。
「そんじゃ、そろそろ行くかい」
「は? どこ行くんだよ?」
「いちいち口答えの多い奴隷だね、『ギム……」
「ああ、待て。いや、待ってください」
「ご主人様を忘れんじゃないよ」
「ご、ご主人様」
「ヒャッヒャ、それでいいんだよ。奴隷は奴隷らしく慎み深く、謙虚にしておくんだよ」
そう言いながらベラは店員に軽く挨拶をし、丁寧に送り出されて外に出た。
「そんでどこに行く……んでしょうかご主人様」
ひとり先を歩くベラに痺れを切らしたボルドが再度質問をする。それに対しベラは今度は罰も与えずにこう返した。
「どこって、決まってるだろう。お仕事だよ」
ここまででベラの財産もほぼスッカラカンである。その補充をしなければならなかった。
「あんたに有り金はたいちまったしね。オマンマを食べるために汗水垂らして働かなきゃいけないじゃあないのさ」
次回更新は1月19日(日)。
次回予告:『第08話 幼女、盗賊狩りをする』
人間は生きていくためには、時には動物を殺さなければなりません。