第78話 幼女、無双する
ガラガラと『アイアンディーナ』が纏っていた黒い装甲のようなものが落ちて大地に転がっていく。また普段はジャダンの火精機に装着されている増槽も併せてその場で脱着されたようだった。
『チッ、逸れたかい』
同時に『アイアンディーナ』は増槽から、空に流れる魔力の川へと自然魔力供給の接続を切り替える。
『死んでないが……まあ、良いか』
ベラは竜腕の制御の甘さに若干の苛立ちを感じつつも、己の投げつけたウォーハンマーが敵の大将らしき人物にダメージを与えたようなのは確認できたのだから、その結果には満足していた。それからベラは続けて周囲を見回した。
(は、無闇に飛び出してこない程度には頭があるのかい。それともビビってるのかね?)
そんなことを思いながらベラはグリップとフットペダルを踏みしめ自らの機体の動きを確かめる。レスポンスに違和感はない。増槽から魔力の川への供給源切り替えも成功しているようである。
また、ベラが先ほどまで『アイアンディーナ』に身に着けさせていたものは静音拘束具と呼ばれるギミックウェポンであった。
可動部位を覆って駆動音を抑え、その上で増槽の残存魔力のみを使用することで魔力の川からの魔力供給もベラは絶っていた。そうした敵からの探知を限りなく抑えた上でヴォルフが憑依操作したローアダンウルフを誘導係に森内部を迂回して、ベラは『アイアンディーナ』を敵の背後へと回り込ませることに成功させていたのであった。
『ヒャッヒャ、そんじゃあやるよ。そっちも頃合い見て参加しな。遅いと全部喰っちまうからね』
『了解しました。バルの鼻息も荒いので早々に合流できると思いますよ』
ベラは広域通信型風精機に乗っているパラへと連絡すると、続けて腰の回転歯剣を取り外し左手に持って起動させる。
『さぁて、喰いきれるかねえ』
ベラはそう呟く。敵の鉄機兵の数は三十を超え、さらには生身の兵士なども無数にいる。対鉄機兵兵装を持つ者も多くいるようだった。
対してベラはたった一機。それだけの鉄機兵の部隊にわずか一機での特攻など普通であればただの無謀と嘲られる行為だ。或いは自殺行為に等しい愚行と言っても良い。しかしベラは笑いながらグリップを握る。その顔には恐れなど微塵もなかった。
『さあ、やるよ』
そしてベラの『アイアンディーナ』が走り出した。鉄機兵たちが盾を前に出し構えるがベラの標的は彼らではない。
(邪魔臭いのからやらせてもらうさ)
ベラは腰の錨投擲機から鎖付き錨を取り外すと、それを竜腕に握らせて対鉄機兵兵装を使用しようとする生身の兵たちへと投げ込んだ。唐突な攻撃に兵たちは一撃で即死し、或いは悲鳴をあげて倒れた。
『あらよっと』
ベラはそのまま、竜腕の怪力で鎖を真横に振るい、飛ばした錨で兵たちをさらに吹き飛ばしていく。
『舐めるなよ!』
それに敵の鉄機兵の一機が前に出て盾で受け止めるが、
『まずはお前からかい!』
ベラは鎖を手放すと、右手も添えて回転歯剣を振り上げ、盾で受け止めた鉄機兵に対して一気に振り下ろした。
『盾がっ!?』
叫ぶ鉄機兵乗りの言葉が途中で途切れ、掲げた盾とともに頭部から胸部ハッチまでもを回転歯剣によって切り裂かれていく。
『馬鹿な。鉄機兵の装甲がああも容易く』
『あれは盾では防げんぞ。避けろッ』
『所詮は一機だ。後ろから回り囲んで動きを封じろ』
周囲の鉄機兵から次々と声があがる。その対応はベラもここまでに相手にしたチンピラたちよりは遙かに統制のとれたもので、ベラは思わず笑みを浮かべた。
『ひゃっ、良いなあアンタらぁああッ!』
喰い応えがある方が当然ベラにとっては喜ばしい。もっともそれでもベラにしてみれば良い遊び相手でしかない。ベラは背後から迫る鉄機兵を竜尾で払って動きを崩しながら、回転歯剣でその右腕を切り裂き、宙を舞った右腕の持つ斧を竜腕で掴むとそのまま胸部ハッチへと叩きつけた。
『そうりゃっと』
続けてベラは右の竜腕に回転歯剣を持ち替える。かつての右腕とは違い、この竜腕は左腕と同様にギミックウェポンを起動するに十分な魔力供給が可能であった。つまりそれは『アイアンディーナ』のもうひとつの武器が回転歯剣と同時に使えるようになったことも示している。
『ウォオッ!』
『おいおい、モテモテじゃあないか』
さらに迫ってくる鉄機兵に対し、ベラは滑り込むように動いて懐に飛び込むとその左の掌を敵の胸部へと近づける。
『こいつはあたしからのご褒美だよ』
『グッボォッ!?』
ガシュンッと何かが動いた音がして、同時にわずかな悲鳴が戦場に響き渡る。『アイアンディーナ』の左腕から射出された赤い鉄芯が鉄機兵の胸部ハッチを破壊し、そのまま乗り手を抉って背中まで突き抜けた。
『アイアンディーナ』はここまで幾多の鉄機兵を屠り続けたことで多くの魂力を吸収し続けてきた。そのために今や並の鉄機兵よりも高い出力を発揮できるようにまでなっていた。故にこうして回転歯剣を扱いながら仕込み杭打機の使用まで可能となっていたのだ。
『なんだ、あいつは?』
『化け物か。畜生、取り囲め。どれだけ腕があろうとも数で圧せば』
『殺せぇえ!』
『アイアンディーナ』が出現してからまだ一分にも届かぬ時間の間に指揮官と副官を潰され、兵たちを十数人殺され、鉄機兵が三機破壊されたのだ。
その事態にはその場の誰もが戦慄したが、しかし彼らの心は折れてはいない。未だ数の上では自分たちの方が優勢であるのだと怒りたぎらせ、ベラと対峙していた。鍛え上げられた兵である彼らの戦意は失われてはいなかった。
もっともその戦意とやらも唐突に空から飛来した巨大な物体を前に消滅することにはなるのだが。
「グォォオオオオオンンッッ」
ズシンと重い音がその場で響き渡る。それは腐り竜が落ちてきた振動によるものであった。
腐り竜『ロックギーガー』。ヴォルフの操るそのドラゴンはここまでにいくつもの竜心石を喰らい続けたことで当初は再現できなかった飛行についてもわずかながら可能となっていた。
そして、10メートルを超える巨大な化け物が戦場に突如として落ちてきたことで兵たちは恐慌状態に陥った。巨体に潰された生身の兵たちは即死で、周辺にいる者たちももはや統制などなくなっていた。恐怖に駆られ叫び声をあげて逃げ出そうとしていた。
もっとも腐り竜は容赦などしない。のど袋にため込んだ炎を一気に吐き出して、逃げる兵たちへと浴びせ、その場を阿鼻叫喚の地獄と変えていく。
『ヒャヒャヒャヒャヒャ、いいねえ。盛り上がってるねえヴォルフ。アンタもようやく分かってきたじゃあないか!』
そこに老婆とも幼女ともつかない笑い声が木霊する。しかし兵たちにとってはそんなことよりも目の前の存在への畏れでどうにかなりそうだった。
『ドラゴンだと!?』
その噂はルーイン王国内でもわずかに流れていた。どこぞの戦争でドラゴンを見たと。かの上級貴族はドラゴンに喰われたと。
『馬鹿な。あんなおとぎ話の化け物がなんでここにいるんだ!?』
翼を広げ、空を飛び、炎を吐く10メートルを超える巨体の化け物。そうした『ドラゴン』と呼ばれる存在を彼らは物語の中でしか知らない。噂の中だけでしか知らない。
『あんなものに勝てるわけがないだろ』
しかし、現実はそこにあった。この大陸では遙か昔に死滅したはずの巨獣の王がその場に存在していた。
『おやおや、こっちにもお洒落したレディーがいるってのに失礼だね』
口々にあがる悲鳴と怒声と罵声を前にベラは己に注目が集まってないことに膨れツラとなる。だから浮き足だった鉄機兵たちへと己の存在を示すべく、ベラは再び斬り掛かっていった。
右の竜腕によって片手でも振り回せるようになった回転歯剣。それにより自在に扱えるようになった左腕の仕込み杭打機。さらには背後からの敵を寄せ付けない強固な竜尾。ベラの組んだ戦闘スタイルがこの戦場でまるで花開いていくようにできあがっていく。
そして、ドラゴンの力を持つ鉄機兵と、伝説の存在であるドラゴンが戦場を蹂躙していく。指揮官もなく、戦意もなく、恐慌に支配された兵たちの心は崩れ落ちていく。戦場が混沌に沈んでいく。
こうなると対鉄機兵兵装もその意味をほとんどなさない。味方の鉄機兵との連携なくば、同士討ちを恐れて近付くことすら困難なのだ。だがもはや対鉄機兵兵装部隊と連携をとれるような冷静な乗り手は彼らの中にはいなかった。
また、さらにその場に二振りのカタナを持つ黒い鉄機兵と、クレイモアを持つ白い鉄機兵が足を踏み入れることで戦場はさらなる混沌の極みへと達していく。
それはもはや宴だった。ベラという幼女に捧ぐジェド・ラハールからの贄たち。それらをすべて平らげるべく、ベラは奇声のような笑い声を発しながら戦場を駆けていった。
次回更新は9月29日(日)0:00予定。
次回予告:『第79話 幼女、満足する(仮)』
お出迎え大成功。ベラちゃんも満足そうです。
小さな女の子の笑顔は何にも勝るご褒美ですよね。
みなさん、天にも昇る気持ちみたいですよ。




