第77話 幼女、待ち伏せされる
「おんや。見られてるね」
ベラドンナ傭兵団がミハイルの町を出て人里を避けながら進み続けて五日が過ぎた頃、目的地であるヘールの街近くの森の中でベラがそう口にした。
「あん、マジでか?」
鉄機兵用輸送車の上で鉄機兵の整備をしていたボルドが慌てて周囲を見回すが、道があるとはいえここは森の中で、夜ほどではないが木々に覆われた薄暗い世界が広がっている。だから例え誰かが隠れて自分たちを見ていようとボルドにそれが見分けられるはずもなかった。
「本当にいるのか……俺にはサッパリ分かんねえんだが」
「ご主人様の言葉は正しいだろうな」
首を傾げるボルドにヴォルフが口を挟んだ。
「ご主人様が見たのはマドル鳥だろう?」
ヴォルフの問いにベラが「そうだよ」と返す。
「森に入ってこちらの姿が見えなくなった途端に不自然な動きをしながら飛んできてた間抜けがいたからね。ありゃあ魔獣使いの操ってるヤツじゃあないかい?」
ベラが己の推測を口にするとヴォルフが頷いた。
その言葉を聞いてボルドが頭上を見回すが、今は鳥一匹飛んではいなかった。
「間抜け。とっくに姿を消してるよ」
「なんだよ。畜生」
ベラの言葉にボルドが悪態づく。それを見てベラは舌打ちをしながら拘束呪文を唱えてボルドに悲鳴をあげさせた。
「はぁ……態度がなってないね。ご主人様には敬意を持って接しろっていつも言っているだろう?」
「グッ…畜生。いや、わーったよ。分かりましたー」
その言葉に再度悲鳴をあげることになったボルドが気絶したのを見て、話の区切りを付いたと感じたヴォルフが口を挟んだ。
「見る限り未熟な者のようだった。熟練の者であれば、あのようなまるで操られているような動きは見せないのだがな」
その言葉にベラは少し考えながら、口を開く。
「ジェドの偵察か、或いは盗賊団か……どちらかがあると思うかい?」
「ハグレならば盗賊団の可能性もあるが、おそらくは一族で雇われたジェドの手の者だろ。或いは俺の客という可能性もあるが」
そのヴォルフにベラが首を傾げた。
「あんたの?」
「正確にはこのロックギーガーだがな」
そういってヴォルフが腐り竜を見た。腐り竜『ロックギーガー』。内部にヴォルフに従属しているブラッドスライムを寄生させることで蘇生したドラゴンと思わしき巨獣である。
「我が赤牙族には報告を入れてあるが、ほかの氏族たちがこれの存在を知れば奪いにくる可能性はある」
「獣人ってのはドラゴンがそんなに好きなのかい?」
よく分からないという顔のベラの問いにヴォルフが力強く頷いた。
「巨獣使いにとってはドラゴンとは神にも等しい存在だ。我らがあるのは竜種の恩恵によるものなのだからな」
ドラゴンを得るために己すらも売り飛ばしたヴォルフの言葉にベラが眉をひそめる。
「そんな大層なもんかね。このデカ物が?」
ベラの言葉にヴォルフが再度頷く。
この腐り竜は戦力としてみればかなりのものだが、神に等しいとなると実際に倒したベラにとっては大げさな物言いにしか聞こえない。もっともヴォルフにしても巨獣使いの秘匿としてその意味を告げる気はないようだった。
(ダンマリかい。まあいいけどね)
ヴォルフが正式に結んだ奴隷契約には巨獣使いの秘術などについて答えられぬと記載されている。ヴォルフ自身はすでにベラのものであっても、その技術に関しては別であるのだ。
「そんでヴォルフ、今のヤツを追えるかい?」
ベラの問いにヴォルフは少しだけ考えてから口を開いた。
「ふむ。先ほどの未熟さでは憑依してもそう距離は飛ばせないだろうし、降りた位置もある程度は分かっている。であればゼファーを向かわせればすぐにでも見つけられるかもしれないが……その先にいるであろう相手が問題だ。斥候ということは本隊もいる可能性があるわけだし、相手が追撃を予想してた場合、ゼファーを無駄に死なせることになる」
「まあ、そうだねえ」
ヴォルフが憑依操作していようとローアダンウルフ一匹で戦いに勝つことも逃げることも難しい。対鉄機兵兵装は、元々は巨獣や魔獣を捕縛するためのもの。ベラドンナ傭兵団を倒すことを前提にしている対鉄機兵戦用の部隊であれば、魔獣一匹程度はものの数ではないはずであった。
「ここでゼファーを使い潰す意味もないか。けど、あれの近くに本隊がいた場合、あたしたちを狙うとすればどこだろうねパラ?」
「は、はい。少々お待ちを」
近くで控えていたパラが慌てて鉄機兵用輸送車の上に作っている簡易天幕の中に入り、周辺地図を探してくる。
「そういえば、待ち伏せってのは久々か。地の利を生かされると厄介だ。出鼻を潰せるもんなら潰しておきたいが……」
そう言いながらベラは進んでいる道の先を睨んだ。それからベラは何かを思い出してニタリと笑った。
「ああ、あのコーザから買ったのがあったねえ」
「コーザから? 今使ってないのと言うとあの妙な拘束具ぐらいしかないようだが?」
ヴォルフの問いにベラはニタリと笑いながら未だに気絶しているボルドの頭に蹴りを入れる。それから目覚めたボルドに作業に入るようにとベラは指示を飛ばす。さらにはバルやジャダン、デュナンなども集めて今後の動きについてのミーティングを始めたのであった。
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「ふむ、遅い」
ラハール領軍東部軍団長のドルディア・カシモフが渓谷の入り口に立ち、正面に見えるモラジオの森を眺めていた。
「もうじきでしょう。魔力の川の魔力変動も観測できました。待ちかまえているのはバレたようですな」
「間抜けな犬コロめ。気付かれたようではないか」
副官の言葉に、ドルディアは怒りの顔で後ろに控えている獣人の方に視線を向けた。それには獣人も頭を下げ続けて怒りが過ぎるのを待つしかない。
戻ってきた獣人の報告によりジェド・ラハールより指示された討伐対象であるベラドンナ傭兵団の発見は確認できたのだが、待ち伏せていた渓谷に来る前に連中が鉄機兵を起動させたようなのだ。
鉄機兵の起動は魔力の川より魔力供給が起きるかどうかで判別ができる。ある程度の場所が判明している必要があるが、それさえ分かれば空から流れる魔力量で敵の動きも感知はできる。戦場の中ではほとんど見なくなった魔術師だが、こうした観測などの面ではまだ現役ではあった。
「とはいえだ。鉄機兵を起動したということは戦う気があるということ。このまま接近してくれば、対鉄機兵兵装の餌食となってくれるだろうよ」
彼の背後にあるのは三十四機の鉄機兵に兵士約二百名。ベラドンナ傭兵団の移動を慎重に見定め、その戦力比も把握し、迅速に動いた……という点でこのドルディア・カシモフという男は非常に優秀な男であった。
親衛隊長であるブラゴへの対抗意識こそあるものの、武人としての彼に油断などはないはずだった。普通であればだが。
「て、敵襲ゥゥウッ! 鉄機兵が来たぞぉぉおっ!!」
唐突な叫びながらの報告が隊に響き渡る。それにはドルディアも副官も、その場で頭を下げていた獣人も思わず顔をあげて目を見開いた。
そして、奇襲を仕掛けてきた鉄機兵は森の道の入り口……からではなく、全く別の方向からやってきていた。
『ヒャッヒャッヒャッヒャ』
その場で、やけに若く聞こえるが老婆のような笑い声が木霊した。何が起きたのかがドルディアには分からない。ただ、彼らは唐突にわき腹に刃を突き立てられた形となっていた。
現れたのは一機の鉄機兵だ。まるで拘束具のような黒い装甲を見につけた赤い機体だった。左右の形の異なる腕を持ち、何故か腰から尾のようなものをぶら下げ、その手にはウォーハンマーを握っている。
報告にあったベラドンナ傭兵団団長の機体『アイアンディーナ』。それがたった一機で攻め込んできたのだ。
「何故気付かなかった!?」
ドルディアが叫ぶ。機動音も魔力供給観測もなかったはずだった。しかし、現実に敵は目の前にいた。
「分かりません。だが敵はたった一機です。あれならば……あ!?」
「なッ!?」
ドルディアの視界が暗くなる。それは何かの影だった。それはわずか一瞬だった。次の瞬間にはドルディアの左腕が消えていた。代わりにその場には巨大なウォーハンマーがあって地面に突き刺さっていた。
「…………ッァアアアアア!!!?」
声にならない叫びがドルディアの口から飛び出し、その場で失った左腕の傷跡を押さえつけながら倒れた。『アイアンディーナ』が投げつけたものが、生身であった彼の副官を、さらにはドルディアの左腕を奪ったのだ。
そして、腰に下げた回転歯剣を取り出した『アイアンディーナ』が動き出した。数の上では自殺としか思えない戦力差だが、その動きには迷いはなかった。
次回更新は9月25日(木)0:00予定。
次回予告:『第78話 幼女、無双する(仮)』
お出迎えがいっぱいでベラちゃんもお兄さんたちの歓迎に大喜び。
次回はそんなお兄さん方にベラちゃんが頭を撫で撫でしてくれるようですよ。
世間一般的にはこういうのをナデポって言うそうです。お勉強になりますね。




