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ロリババアロボ ー 6歳からの楽しい傭兵生活 ー  作者: 紫炎
第一部 六歳児の初めての傭兵団

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第76話 幼女、お昼寝をする

「なんですって?」


 ラハール領の中央にあるヘールの街。その中心の館にいる領主ジェド・ラハールの前で彼の部下ブラゴは大きな声をあげて、自らの主に問い返していた。

 今朝方に届けられた報告の内容をジェドがわざわざブラゴを呼び寄せて伝えたのだ。その案の定の反応にジェドは愉快そうに頷きながら口を開いた。


「たく、二度も言わせるなよ。ブラゴ、てめえのダチが来ているみたいだって話だ」

「その……バルがですか……」


 バル・マスカー。ブラゴにとって因縁深い名が主であるジェドの口から発せられたのだ。声をあげるのには十分な理由だった。


「ああ、以前に俺に挑んできたバカ野郎だ」

「あのバル・マスカーが戻ってきたと?」


 その言葉に、ブラゴの後ろに控えていた裸同然の布地を纏った女性が震えた。それに気付いたブラゴが苛立ちを顔に浮かべたが、かといって主の前で罵倒するような醜態を晒さぬ自制心は持っていた。そしてブラゴは女を無視してジェドの方へと視線を戻して口を開いた。


「あの腰抜けが……性懲りもなくまたやってくるとは。やはり、あの時殺しておくべきだったのでは?」


 ブラゴはそう言った後の主の纏う空気の変化にハッとしたような顔をする。ブラゴの今の言葉はジェドにとっては禁句であった。怯えるブラゴに、ジェドが目を細めて「なあ、ブラゴ」と口を開く。


「あ、いや……その」

「あのバルとか言う男と闘おうとしたとき、俺がやり合う前に馬鹿どもが邪魔ぁしてくれたことがあったよな」

「は……」


 ブラゴの顔が恐怖で歪む。ジェドの言葉の重圧、鋭い視線には明確な殺意が宿っていた。


「食事の邪魔をしてくれたこと……俺はまだ根に持ってるんだぜ?」

「は……い」


 うなだれて頭を下げるブラゴを見て、ジェドが「ハッ」と吐き出すように笑った。


「あんときゃ、テメエに邪魔されたからな。ま、テメェもかわいい舎弟だ。半殺し程度で済ませて一応の頼みは聞いてやった。あのバルとかいうのから手に入れた『ムサシ』とか言ったか。アレはテメエにくれてやったよな」


 ブラゴは小さく頷く。その後、ブラゴは一族の宝である『ムサシ』を敢えて売り払った。それから己の機体『イゾー』に『ムサシ』に装備されていたギミックウェポンである『抜刀加速鞘クイックスラッシャー』とギミックアームである『怪力乱神マシラオ』を取り付けたのだ。

 かつてマスカーの一族に捨てられた自分が、その一族の宝を奪い、捨て去り、そして一族を滅ぼし、女を奪い、マスカーという存在すべてを己のものへと変えた。ブラゴの執着がマスカーという一族を滅ぼしたと言っても過言ではなかった。


「だがお前の頼みはそこまでだ。あれは俺のものだ。あの時、逃がしてやるときに気概があるならまた来いって伝えておいたわけだがそれが今ってことなんだろうよ?」

「…………」


 うつむきながら恐怖に耐えるブラゴの様子に、ジェドが笑みを浮かべる。


「だがな。俺は別にお前がアレをっちまっても良いと思ってる」

「は?」


 続けての主の言葉に、呆けたようにブラゴが顔をあげる。そこには肉食獣の笑みを浮かべたジェドがいた。


「それで俺に届かないのであれば、そこまでの男であったということだろう? 構わんぞ。我が領域に攻めてきたのだ。お前は俺の親衛隊長として堂々とバル・マスカーを仕留めてみせろよ。お前にとってもそれが一番満足のいく形での決着となるのだろう」

「ハッ、はい!」


 ジェドの言葉に、ブラゴの顔が恐怖から歓喜へと変わる。口元がつり上がるほどの笑みを浮かべて主へと謝意を込めて頭を下げた。

 そしてブラゴは背後の褐色肌の女を見る。エナ・マスカー。それはバル・マスカーの妹にして、かつて恋いこがれた女だった。力で手に入れ、もはや自分の所有物となった愛玩道具。それにどれだけ己の跡を付けてきても満足できなかった自分がいることをブラゴは自覚していた。


(そりゃあ、やっぱりお前が生きているからだよなバル)


 かつての宿敵を思いブラゴが笑う。それ故にその様子を、まるで獣に与える餌のごとく見ていたジェドの視線にブラゴが気付くことはなかった。




  **********




 ベラドンナ傭兵団がミハイルの町を出てから三日が過ぎた。その間に何かあったかと言えば、特に何もなく、彼らの旅は順調に続いていた。

 そして、腐り竜ドラゴンゾンビが牽いている鉄機兵用輸送車キャリアのもっとも前に座っているヴォルフにパラが話しかけている。


「ラハール領もそんなに広い場所ではありませんからね。このルートなら、もうふたつほど町を過ぎてそれからラハールの街につきますね」

「そうか」


 地図を見ながらのパラの言葉にヴォルフが頷く。その視線はどこか遠くを見ているようで、この猫型獣人の頭上ではやけに大きな鳥が旋回しながら飛んでいた。


「貸してくれ」


 その瞳はまだ遠いところを見ているままであったが、あらぬ方に視線を向けながらヴォルフは後ろにいるパラに手を差し出した。その間に飛んでいた鳥は腐り竜ドラゴンゾンビの頭の上に降り立ち、その鳥からわずかな魔力光が漏れると、それはヴォルフの内側へとやってきてそのまま吸い込まれていくと、その視点も定まっていくようだった。

 その様子を感心した顔で見ながらパラがヴォルフに地図を渡す。ヴォルフはそれを受け取りながら、反対側の手で腰に下げていた肉を鳥に向かって投げる。


「クェエエエエッ」


 それを鳥がクチバシで咥えてその場で食べ始めた。その鳥はマドル鳥と呼ばれる魔獣に属する鳥で、魔獣使いテイマーの間では飼われることの多い鳥である。

 ヴォルフによればミハイルの町で合流に遅れた理由は、このマドル鳥を捕らえるために時間を費やしていたからだとのことであった。

 ヴォルフは、パラの地図を開くと、先ほど鳥の目で確認した地形との照合を行いながら腐り竜ドラゴンゾンビの進行方向を確認していく。

 その様子を見ていたバルが口を開く。


「見事なものだな」

「まったくだぜ。たくよー。テイマーの一族が軍に取り入れられりゃあ、随分と戦争も変わりそうじゃねえか」


 ボルドはそうは言いながらも、それが困難なことであることも理解している。

 基本的に魔獣使いテイマー巨獣使いビグステイマーは獣人の僅かな一族のみの技で、その多くは軍などに雇われる形で戦争へ関わっている。元より獣人はこの地域では好かれておらず、場合によっては迫害の対象ともなりやすいし彼ら自身も閉鎖的で国に所属するということを望まなかった。

 そうした事情もあり、戦時においても彼らの運用は微妙なものとなっているようだった。そうした一族の中でもベラの奴隷として巨獣使いビグステイマーの力を行使し続けているヴォルフは例外的な存在とも言えるが、こちらもベラに仕えているというよりは個人か一族の方針かは分からないがドラゴンへの執着によるものである。


「つかよ。おめえ、いいのかよ? なんか、相手は同胞なんだろ?」

「問題はないさ。ブラゴなど言われるまで忘れていたし、妹にしても今さらの話だ」


 バルが目を細めながらそう口にする。淀みない口調には迷いというものが感じられなかった。『ムサシ』の継承者候補と言ってもブラゴとバルの実力には大きな開きがあったし、単純に次点の人間がそれしかいなかっただけのことではあるのだ。女であるから候補にこそならなかったが、バルの妹であるエナの方が実力としては上であるくらいだった。


「思えば……あのときは分からなかったが、戦っていた中にいたのかもしれんな」


 バルが一人呟く。かつてジェドに挑み破れたとき、彼はジェドの前に十機の鉄機兵マキーニの待ち伏せを食らい、返り討ちにしていた。

 そのときの損傷がなければジェドに勝てたかは、正直に言って今のバルにも分からない。しかし、それが彼の敗退のもっとも分かりやすい原因であったのは間違いなかった。

 そしてバルは、今は鉄機兵用輸送車キャリアの上で昼寝に入っているベラを見た。日々ベラと接していれば分かるが、ラーサ族の強靱な肉体を持っていたとしてもベラはやはり年相応の肉体であるようである。バルたちに比べて睡眠時間を多くとる必要があるようで、それはベラにとっての弱点とも言えるものだった。


(『抜刀加速鞘クイックスラッシャー』と『怪力乱神マシラオ』を持っているのはブラゴの方か……)


 そして改めて思う。奪われたギミックの持ち主がブラゴというのはバルにとっては大きな誤算であった。鉄機兵マキーニを再び得て、力を付け、己のすべてを奪ったあのジェドに挑むつもりだった。今はそのための雌伏のつもりであったが、こうして期せずしてジェドとの対決に駆り出されたものの、彼にあてがわれる予定の獲物はとんだ小物のようであった。


「ままならないな」


 ひとりそう呟いて、道の先を見る。今はまだ何もないが、早馬を使っていればもうベラの伝言はジェドへと届いているはずである。であれば、もうじき彼らの警戒網も張られてベラドンナ傭兵団の位置も知れることになるはずであろうと。


 ジェドへ興味を持ち完全に殺り合う気である自らの主を出し抜き、己が宿願と求めた相手と闘うにはどうしたらよいのか。バルにとってはそれが問題であった。


次回更新は9月22日(月)0:00予定。


次回予告:『第77話 幼女、包囲される(仮)』


ベラちゃんのお昼寝中の穏やかなひとときのお話でした。

さーて、そろそろベラちゃんが来ることを知ったお兄さんが色々と準備をしてくれるはずです。素敵なお出迎えになると良いですね。

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