第71話 幼女、狙われる
「間違いありません。店主に確かめましたが三階に二部屋とってます。配置は奥にあの子供が、手前の部屋には従者がふたり泊まっているとのことです」
宿屋の外の建物の陰で待機していたモーガンは戻ってきた部下の言葉に舌なめずりをして笑う。たった三人。護衛はいようとひとりは子供だ。まるで手応えのないことになりそうだと考えていた。
「へへへ。そりゃあ、楽勝だな」
モーガンの言葉に周囲にいる男たちも声にこそ出さないものの口元をつり上がらせてゲビた笑いを見せていた。
時間はすでに真夜中。モーガンは昼頃にやってきた爵位を持つ子供を歓迎するためにメンバーに声をかけ、こうしてサプライズパーティを開くために集めたのだ。代金は持っている貴族様の持つ財産すべてである。
その額を考えれば、モーガンたちも気合いが入らないわけがなかった。
「それで従者の方に精霊族はいるのか?」
「へい。けど精霊族はエルフだけです。もう片方はあのガキと同じラーサ族のカタナ使いのようでした」
すでにモーガンが襲う貴族の仲間たちの情報も知れている。昼に正門で貴族たちの方から報告しているのだからそれも当然のこと。
それは爵位持ちの子供に従者と奴隷たちで構成された傭兵団であるようだった。その中でも戦闘力のありそうな者はラーサ族のカタナ使いと騎士らしき男のふたり。とはいえ鉄機兵と精霊機を使うのがメインの集団のようで、生身での戦闘力についてはモーガンもそれほどのものとは考えていなかったのだが、ラーサ族だけは別である。
カタナという半月刀を細く変形したようなラーサ族独自の武器を持つ男。モーガンらのボスであるジェドもラーサ族であり、ラーサ族の戦闘能力の高さも知っているモーガンは少しばかり眉をひそめた。
「そりゃ少しやっかいかも知れねえな。まあ、取り囲んで殺っちまいな。どうせ建物んなかだ」
いざとなれば爆弾でも投げ込めばよいとモーガンは考えていた。
「それとガキの方もラーサ族だ。窓から飛び出るぐらいはするかも知れねえから部屋の下には何人か配置しておけよ」
「わかりやした」
叩けば鳴る鐘のようにすぐさま返ってきた部下の言葉にモーガンが笑いながら頷き、宿屋へと視線を向ける。
「今頃は外の連中もあのガキの団を取り囲んでいる頃だろう。とっとと片付けてお宝を拝ませてもらおうぜ」
モーガンの言葉に全員が頷いた。そして彼らは一斉に動き出したのだ。ベラドンナ傭兵団への襲撃。それがどれほど困難かも知らずに、彼らはその一歩を踏み出した。
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「ふぁ……」
町の中でもっとも高級だと勧められた宿『ヴィジランテ』の三階の奥にある部屋。そこではベラ・ヘイローがひとりでくつろいでいた。夕食後に仮眠を少しとり、つい先ほど起きたベラは少しだけ気だるかった。
「あー、眠い。大きくなりゃあもう少し我慢できるのかねえ」
憮然とした顔でベラがそう呟く。
さしものベラも六歳という年齢の壁には勝てず、夜は仲間に比べるとすぐに寝付いてしまう。子供として睡眠時間を多くとらざるを得ない傾向にあるのはそれなりのハンデとも言えたが、ここから起きるだろうことを考えればベラも己の眠気を払っておかなければならなかった。
なお現在ベラの護衛にはバルとパラがついている。もうひとつとった部屋にふたりはいて、交代で部屋の外で見張りについているはずである。
また、他のメンバーについては鉄機兵や腐り竜が町の中に入れないためにいつも通り外で野宿となっていた。
(今頃はヴォルフも戻っている頃か)
ベラは考える。
奴隷のひとりである獣人のヴォルフは相棒の狼ゼファーとともに狩りに出ていた。ヴォルフはローアダンウルフや腐り竜の餌についてはできる限り自分で餌を狩って用意していた。
なお、食事量だけで言えば腐り竜はその体躯の割には少食で、ローアダンウルフの二倍程度といったところである。自然魔力の供給があるためにそこまでの食事を必要としないのは巨獣共通のものであるが、他の巨獣と違い魔力の川が薄く自然魔力の少ない平野で活動できるのは『竜の心臓』と呼ばれる魔力発生器官を持っているためである。
また腐り竜は竜心石を喰らうことで、『竜の心臓』の魔力発生量をあげていることもここまでの経過で判明していた。
(戻ってないと少し心配だねえ)
その腐り竜は主不在でも簡単な指示は聞くようにと命じられているために、荷を牽く程度ならばヴォルフが狩りに出掛けていても問題はないようだった。
また、そのヴォルフにしてもすでに夜になったのだから団へと戻ってはいるはずである。戻る時間は狩りの収穫量次第ではあるだろうが。
「しかし、物騒な世の中だねえ」
ベラが笑ってそう言いながら窓の外を見た。すでに太陽も落ちた真夜中だが、ざわめく気配が宿の周囲にあるのがベラには感じられた。何者かが取り囲んでいる。宿屋の入り口に、裏口、それにベラの部屋の下にも四人ほどいるようだった。隠す気がないのか、悟られないと考えているのかは不明だが、恐らくは後者だろうとベラは考える。
(こっちよりも外の方が心配だけどね)
町の外のベラドンナ傭兵団の野営地。主戦力であるベラやバルが欠いていても早々にやられるとは思えなかったが不安はある。こちらだけを押さえておこうと動いているのであれば問題はないが、ヴォルフが戻っていないと少々辛いかも知れないとは思っていた。
もっとも、ここに来るまでに立ち寄った町で何度となく襲われても対応はできていたのだから、そこまでの心配もしていない。
(ま、稼がせてもらってるんだから文句もないけどね)
ここまでの町でも相手が勝手にやってきては鉄機兵の残骸と竜心石と魂力をベラたちに提供してくれるのだからベラにしても文句があるはずもなかった。
ボルドやパラなどは愚痴をこぼすが、バルやジャダン辺りはその点では喜んでいるようで、ヴォルフも竜心石を喰らって力を付けている腐り竜を見ては非常に嬉しそうにしていた。
「うん?」
と、そこまでのことを考えていたベラは外からドアが叩かれたのに気付き、視線を閉じられたままのドアへと向ける。
「主様。来たみたいだ」
ドアの外から響いてきた声はバルであった。通路で護衛をしていたバルもこの宿屋に迫る気配に気付いたようである。その言葉にはベラは「わかってるさー」と返した。
周囲の気配が空気中に混じる自然魔力を通じてベラの感覚を刺激しているのだ。それが『歴戦の猛者』たちなどのみが持つ感覚であることをベラは知識としては知らない。
ともあれ、相手がやってきたのであればやることはひとつだけ。『被害者』であるベラたちは己の『自衛』のために戦うだけだ。
「そんじゃあ、あたしは外のを片付けて野営地に向かうから、あんたらは中に入ってきたのを頼むよ。後、リーダーらしきのがいたら確保しといておくれ」
ベラはバルへと簡単な指示をすると、立てかけてあったウォーハンマーを手に取った。コーザに取り寄せさせたオリハルコン製の特別なものだが、その特別とは先から雷が出る……などというものではなく単純にどこまでも頑丈であるというだけであった。
「了解した。主様も気を付けて」
ドアの外からの言葉にベラがヒャッヒャと笑う。
「まー、真夜中に子供の一人歩きは危ないからねえ。そんじゃっ、頼んだよ」
そう返してベラは一気に走り出した。そして、そのまま窓を突き破って外へと飛び出していったのだ。
「ひゃっはーーー!!」
ガラス片とともに宙を舞ったベラは一瞬の浮遊感の後、落下した先に男がいるのを確認すると一気にウォーハンマーを振り下ろした。
「ブッギョアッ!?」
男が奇妙な叫び声をあげながら崩れ落ちる。頭部にこそ命中しなかったが、三階の高さから落ちてきたハンマーを左肩から一気に叩きつけられたのだ。男の身体は大きく歪められ、人の形を変えて完全に潰された。
「なんだ?」「上から、何が? え?」
潰された男の血と肉片が宙を舞う中、突然の事態に周囲の男たちが驚きの顔をする。
(鈍いねえ)
男を潰したことで落下の衝撃を和らげて着地したベラがその隙を見逃すことはない。すぐさま目の前の男の喉元へと懐のダガーを投げつけて突き刺すと、そのまま血塗れのウォーハンマーを振りかぶってもう一方の男の頭部に横殴りに叩きつけ頭蓋を破壊して脳漿をまき散らさせた。
「おいおい、嘘だろ!?」
残された最後の男がその様子に愕然としている。恐らくは戦闘メンバーから外されここに寄越されたのであろう。見るからに荒事に慣れない感じの若い男であったが、次の瞬間にはウォーハンマーのピック部分が男の喉へと突き刺さっていた。
「ブッ、ウァ」
声にならない叫びをあげながら崩れ落ちる男を見下ろしながら、ベラは無造作にウォーハンマーのピックを抜いた。そして、仰向けに転がった男がベラを見て何かを口にする。
「ん? ああ、苦しいのかい」
もう声をあげられないが唇の動きから男の言葉が『助けて』であると悟ったベラの問いに男は涙を浮かべて頷くと、ベラはまったく躊躇なくその頭部をウォーハンマーで叩きつけて破壊した。
「んー、これでいいんだろう?」
ベラはそう口にした。闘いに対する覚悟もなさそうな若い男だ。せめて苦しまずに逝かせてやるのも情けだろうと考えた結果がこれである。
「は、あたしも甘いねえ」
生き餌として利用することも考慮せずに死なせた自分を笑いながら、ベラはウォーハンマーを担いで町の外の野営地へと走り出したのであった。
次回更新は9月4日(木)0:00予定。
次回予告:『第72話 幼女、取り逃がす(仮)』
優しい。ベラちゃん優しい。




