第69話 幼女、狙いを定める
コーザの言葉にベラが笑い、バルの顔つきが変わった。パラの表情には目立った変化はなかったが、それでも若干の緊張を纏ったようにコーザには見えていた。
そしてコーザが部下から別の書類を受け取るとそれを見て口を開いた。
「それでは以前にもお話ししたことと重なるかもしれませんがよろしいですかね」
「勿体付けられるのは嫌いだよ。さっさと進めておくれ」
その応答にコーザは頷いて、さらに書類の内容をかいつまんで説明を始めた。
「領主ジェド・ラハール。それが現在のラハール領を支配している男の名です。ジェドはベラ様同様に戦功をあげて男爵位を手に入れた人物でしたが、現在はラハール家の長女の入り婿となり、領主の座を得ました。もっともラハール家の血筋で生き残っている者は、今はもうおりませんが」
コーザの言葉にベラが眉をひそめる。
「ふん。殺されたのかい?」
「でしょうね。表向きは当然事故で処理されております。一応の詳細も報告にはあがっていますが読みますか?」
「そっちはいらないが、一応書類だけはもらっておくかね。それじゃあ話を続けておくれ」
ベラの言葉に、コーザの視線が再度書類へと向けられた。
「分かりました。領主一族が一斉に死に、その死因も怪しげなものでした。となれば当然、領主の椅子を狙う遠縁の者たちも動きましてね」
「でも、それは上手く行かなかったんだろう?」
「ええ、ルーイン王国も何かしら手を打とうとはしたようですが、ムハルド王国から牽制されましてね」
「ムハルド王国。西方の……確か、ラーサ族の国だったかい?」
ベラは己の記憶にある国の情報を口にする。
「そうですね。ラーサ族を中心とした砂漠の民が集まってできた国です。ベラ様やバル・マスカーには馴染みがある国なのではないですか?」
コーザの言葉にベラが「あたしはルーインにある普通の農村の出身だからねえ」とぼやき、バルを見た。ベラは知らずともバルならば知っているのでは……という期待があった。
「アンタのところはどうだったんだい?」
「我が一族はムハルドには属してはいなかった。西部であるヴォルディアナの地の南はムハルド王国の領土だが、北は一族ごとに地域を管理していたからな。元々あの周辺はヴォルディアナの北と南で分かれていて南のムハルド地方で生まれたのがムハルド王国というわけだ」
バルは己の知っている限りのことをそのまま告げる。
「なるほどねえ。けどねえ。他国からの干渉ってのはどうなんだい? ルーインとしてそれはありなのかい?」
ベラの問いにコーザが首を横に振って苦笑する。
「普通であればありえませんよ。しかしムハルドは西の民族でまとめ上げられた戦いを好む国ですからね。領主の一族を犠牲にしてでももめことを起こしたくはなかったのでしょう」
「そりゃ、良い様にやられちまってるね」
コーザは「ですねえ」と頷く。まったくその通りだとはコーザも思っている。もっとも、ソレを口にしたところでコーザにできることなど何もない。現時点においてベンマーク商会にラハール領への販路は消滅しているのだから、関わり自体が持てなかった。
「それとですね。ベラ様のお望みのギミックとギミックウェポンはそのジェドの鉄機兵が装備しているわけではないようです」
そのコーザの言葉には、ベラの後ろで控えているバルが反応した。それを横目にベラはコーザに続きを話すように促す。
「じゃあ、どいつが持ってるんだい?」
「現在ジェドの配下にブラゴ・ジュールという男を飼っています」
「ブラゴ……ブラゴ・ジュールだと?」
その名前にバルの目が見開かれ、コーザの口にした男の名を反芻した。その反応にベラが眉をひそめながら尋ねる。
「知り合いかい?」
「ああ、以前に……部族にいた者だが追放されたのだ。我が父に」
「そりゃ、なんで?」
同じ部族ということは、その者もラーサ族であるということである。しかし、それが追放されたというのであればベラにしてみても興味は湧く。
「私の妹に暴行を働こうとして……返り討ちにあったのだ。それがなければ『ムサシ』は私とその男の決闘にて所有権が決まるはずだった」
その話にベラが「へぇ」と少し関心深そうに呟いた。また、今のバルの話を聞いて、コーザは何かを言おうとしたようだが、押しとどめたようだった。
「そんじゃあ続きを言ってもらえるかい。といっても話の流れからもう大体分かるけどね。それが持ってるわけだ」
ベラの言葉に、それでも歯に何か挟まったような顔のコーザが頷いた。
「その通りです。ギミックウェポン『抜刀加速鞘』とギミック腕『怪力乱神』の所有はジェド卿の所有物ですが、装備しているのはブラゴの鉄機兵『イゾー』とのことです」
「なるほどねえ」
そこまでお膳立てが整っているのであれば、バルが破れて先代の鉄機兵『ムサシ』が奪われた件は怨恨から来ているものとも言えそうだった。もっとも、そこまではバルも予想が付いていたのか顔には出さなかったが、続くコーザの言葉にはさすがにその顔に驚きが現れた。
「それとですが、その……バル・マスカーの妹のエナ・マスカーがその男の奴隷となっています」
ベラの背後から呻き声が聞こえるが、それを無視して質問をする。
「そりゃあ、なんの奴隷だい?」
「言うまでもないでしょうが、その……性奴です」
後ろにいるバルを気にしながらもコーザはそう答えた。ベラは「なるほどねえ」と言いながらバルを見た。
「だとさバル」
さしものバルにしても聞かされた事実に戸惑いはあるようだったが、大きく息を吐くと再び顔から表情を消した。
「……私はカタナに生きるために一族を捨てた。妹であろうと関係はない」
ムスッとした顔から返ってきた声にベラが笑う。痩せ我慢か否かなど表情からベラにはすぐに分かる。バルの顔からは隠し切れていない焦燥感がにじみ出ていた。
「まあ、あたしにゃどうでも良い話だけどね。それよりもだ。せっかく取りに行くんだ。意固地なアンタはそのギミックとギミックウェポンを手に入れたらちゃんと使ってくれるんだろうねバル?」
「果たし合いをさせて欲しい」
間髪入れずのバルの言葉に横にいるパラがギョッとした顔をする。奴隷の身分で主に直接的な要求、それはすぐにでも拘束呪文が飛んでもおかしくはない態度ではある。
しかしベラはヒャッヒャと笑うだけで、バルの要求には「いいだろうよ」と返した。
「ただしお膳立てはしてやらないよ。倒したきゃ倒せ。殺したきゃ殺せ。自分の力でね」
「承知した」
ベラの返事にバルが深く頭を下げる。それを見ながらベラがもうひとつのことも尋ねる。
「そんでぇ、妹の方はどうする?」
「主様のお好きなように。奴隷の扱いは奴隷が決めて良いものでもないし、斬れと命令があれば斬りましょう」
今度はバルも動じずに答える。それには若干ベラは考え込んだが「そうかい。分かったよ」と笑って、再びコーザへと視線を移した。
「それでこれからあたしらはそこに乗り込む予定だけどね。これにルーインの介入はないんだね?」
「ありませんね。それどころか、領土を決闘法で奪い取ることすら期待されている始末です。同じラーサ族なら頭がすげ変わっても問題ないだろうという話でしたし」
「そんな簡単なものかね」
ベラは嘆息する。なお、コーザの言葉通りに一代限りでという制限ではあるが男爵位を持つベラは王族や上級貴族以外への決闘法を行使する権利を持っている。
これは決闘法を仕掛けると脅せば、金や女を公然と奪うことも可能になる権利で、略奪行為の合法化をも許す悪質とも言えるものでもある。当然のことながら、やり過ぎればその地方を支配している貴族に目を付けられることとなるだろうが、平民相手への有効性は高い。
「しかし、決闘法かい。貴族様がでけえツラするわけだね」
そのくせ、決闘法は基本的に暴力によって白黒を付ける手段であるために負ける可能性もある傭兵とは貴族はできるだけ接触しないようにもなっていた。見栄を張りながらも別の力ある者には目をそらす。そんな卑屈とも哀れとも言えるのが今の大部分の貴族の姿である。
「それとですね。お分かりでしょうがジェド・ラハールは鉄機兵乗りです。それも、このルーインの中でも有数の鉄機兵乗りでもあります」
「へぇ、強いのかい?」
ここまででもっとも弾んだ声をベラは出した。
それはまるで年相応の幼子の声であった。それ故に、その言葉こそがベラの生の感情の声だろうとコーザは思ったが、実際にここに至るまでに単騎でベラと渡り合えた存在は未だいない。ベラは敵を求めていた。
「はい。我が国最強と謳われているガルド・モーディアスと双璧を為すとまで言われているほどですから、その強さは本物でしょう」
「……へぇ。ガルドとねえ」
その言葉にはベラの瞳に暴力的な光が宿る。それが事実なら、ジェド・ラハールはかつての大戦帰りの猛者と同レベルの実力と言うことになる。
『それは、楽しみだねえ』
一瞬かすれた声が漏れた……と、この部屋にいるベラを除いた全員が感じた。
もっとも続くのはヒャッヒャッヒャと笑う幼女の声のみ。その中でコーザはひとり、顔をひきつらせていた。
コーザには見ていたのだ。一瞬だけだがベラの瞳の中に、恐ろしく凶暴そうな老婆の姿が映ったのを。
それの意味するところは分からない。しかし、ベラがベラである所以をコーザは確かに感じ取った気がしていた。
次回更新は8月28日(木)0:00予定。
次回予告:『第70話 幼女、出発する(仮)』
ベラちゃんにもついに意中の男性が現れたようです。
もう、おませさんなんだから。
そんなわけで、旅の目的もはっきりしたところで
いよいよ旅行に出発です。




