第06話 幼女、奴隷を買う
ボルド・ガイアン。
その男はかつてはローウェン帝国側についていたドワーフ族の出身の男だった。男の歳は現在70を越えるが、人族より寿命の長いドワーフ族にとってはまだ初老に入ったばかりといったところだろう。
ドワーフ族というのは背は低く、若いときから髭をボウボウに生やすために年齢以上に年老いてみられるのだが、それが40を超えると白髪も増え、以降は実際の肉体年齢以上に老人に見られる傾向にもある種族であった。
故にその風体は完全に老人そのものではあるが、肉体的な衰えは人族に比べれば緩やかで、ボルドもまだ全盛期からそれほど筋力も落ちてはおらず、未だ現役と言って良かった。
そして、この戦奴都市コロセスでいずれ誰かに買われるであろう、そのボルドという男は今、いつもの通りに奴隷閲覧台、通称お立ち台に立たされている。
そこにはボルド以外にもドワーフやエルフなどの精霊族が並ばされていた。基本的に彼らは精霊機乗りとして戦場に送られる。時折、商人などが荷物運びに買うこともあるが、どちらにせよ彼らは体が資本であり、健康状態も含めてこうして全裸で並ばされるのである。だが、今回はいつもとは違っていた。
(しかし、なんの冗談だ。こりゃあ)
そうボルドは心の中でそうぼやく。彼は、この異様な状況に戸惑いを見せていた。
ボルドたちの目の前には奴隷商のマルフォイがいた。彼は現時点における自分たちの主である。その横には時折顔は見たことのある商人らしき男と複数の護衛。そこまでは良いのだが、マルフォイに並んで、5か6歳程度のブロンド髪で褐色肌の幼女がひとり何故か立っていた。
さらにその裏には同じく奴隷として扱われているのであろう、歳も13から15程度の少女たちがあられもない姿で並ばされていた。
その姿には日頃、豚部屋に押し込められてマスをかくのにも苦労している若い連中がたいそう興奮していた。さすがにここでイタすような者はいないようだったが、血走った目で少女たちを見ながら股間のモノを勃たせてしまうのも止むを得まい。そもそもそれが目的なのだろう。対して、恐らくは生娘であろうその少女たちが情欲に濁った瞳に怯えるのもまた仕方のないことだろうとボルドは思う。
実のところ、彼女らはよほどタチの悪い相手に買われない限りは比較的裕福に暮らしてゆける類の奴隷である。顔と年齢はともに財産だ。調度品として買ったものを傷つけるバカはそれほど多くはなく、或いは飼い主の妻か愛人に収まることも珍しくはない。同じ奴隷と言えどタコ部屋に押し込まれているボルドたちとは天と地ほどの差がある商品なのだ。
そしてボルドの見る限り、この状況を作り上げているのは目の前の年端もいかぬ幼女のようであった。
「今回、こちらのベラ様がお前たちのいずれかを買いたいとおっしゃっておられる。お前たちの精霊機も後で一人ずつ出してもらうが、今はここでベラ様に己の価値を見定めてもらうよう各人アピールするのだ」
マルフォイがそう口にするモノの、目の前にいるのは幼い少女である。そして戸惑っているのはマルフォイも同じようだった。
「やっぱりデカイのはドワーフ族だねえ。エルフってのはどうなんだい。あれで標準なのかい?」
「まあ、彼らは顔で売ってますから。あまりがっつきもしませんしね」
ベラの問いにコーザが答える。
「その割にはおっ勃ててるじゃあないさ?」
「そりゃ何ヶ月も穴蔵じゃあ刺せる相手も男しかいませんし。どちらかというと刺される方ですから」
「衆道はいらないよ。あたしが将来的に楽しめないしね」
なんて会話してやがるとボルドは心の中で悪態を付いた。
「そんで、そっちの爺さんは身体がキズだらけで『見栄えは良い』けど肝心のモノがションボリめだね。歳かい?」
その子供の言葉には、思わずボルドも言葉を返した。
「あんなガキばかりじゃあ勃つもんも勃ちゃしねえよ。俺を勃たせたけりゃあ商売女でも連れてきやがれ」
ボルドの言葉にはマルフォイの顔が硬直する。そして怒鳴ろうとしたところを、ベラが手を挙げて制した。
(チッ、なんだこのガキ?)
人を従え慣れているような雰囲気だが、しかし見る限りの魔力は若々しいものであるとボルドは感じた。精霊機を操る精霊族に属する種族は魔力を見る目を持っている。如何に見た目を誤魔化そうと、その魔力の質を隠すことは出来ても誤魔化すことは珍しいのである。
そして少なくともボルドの精霊眼で見る限り、目の前の少女の魔力は年齢通りの少女のものに見えた。総量もそれほど多くはない。魔術師になれても下級がせいぜいだろう。
「爺さんのようだけど、見たところガーメの首は短くも細くもない。不能じゃないなら別にいいさ。ただアタシが楽しむのは当分後になる。問題なのは10年後まで持つかってことだが」
「まあ、ドワーフ族は酒さえ入れば機能自体は持つと思いますよ」
マルフォイのある程度事実に即した言葉にベラは頷くと、持っていたリストにペンを走らせる。
「じゃあマルと」
(マルとじゃねえ!)
ボルドはそう叫びたかったが、だが今はマルフォイにもにらまれている。さすがに勢いで口にした先ほどのように叫ぶわけには……とボルドは思い、頭の冷えた今は奴隷の身としてそこまでは控えるよう自重したのであった。
**********
そしてベラは当日中にはすべての奴隷たちの精霊機までを確認していた。
その翌日にさらに精霊機持ちの奴隷商を三件回ったが一件は門前払い、一件は値段の割に質が悪く、最後の一件はベラを奴隷として売ろうと襲ってきたのでその場が血の海となった。どちらの血かまでは言うまでもないが、しかしその処理に一日が費やされたのは手痛い話だった。
そして見聞した結果、結局めぼしいのは最初に見たヴァガーテ商会のションボリ爺さんぐらいであったのだ。
「ボルド・ガイアンね。地精機が使えるのはありがたいけど、他に比べるとやっぱり値段は高いねえ」
ベラが宿屋の借りた部屋の中でボルドの書類に目を通しながらそう口にする。
ベテランに当たるボルドが今日まで売れ残っている理由もそこには書いてあった。どうやら貴族相手に四度売られて、四度返品となって戻ってきたようである。
原因としては護りに長けた盾持ちの地精機であるにも拘わらず、前に出過ぎるわ、地精機の鉄機兵の調整機能でも、貴族の装飾華美の趣味に合わずに口答えを繰り返してきたらしい。問題を起こした原因はすべて相手が貴族であるからだとマルフォイは強調していたが、お立ち台での口答えからも、あの老人の頑固さが問題の一因であることは一目瞭然であった。
(あのキズは貴族によるお仕置きかね。年食ってるから、柔軟に生きるように自分を変えらんないタイプって感じなんだろうねぇ)
併せて、実際に実力はあるのだから値段を高めに設定し続けていたことも裏目に出ていたようである。ソレ故に先月の競りでもボルドは売れ残っていた。ヴァガーテ商会にしてみれば扱いづらい厄介な商品を抱え込んでいるも同然だろう。
そうして、ベラにしては珍しく悩んだ後、その翌日にはドワーフのボルドを買うことに決めた。価格は2100万ゴルディンであったが、コーザの顔もあって1800万まで値切らせてその場での支払いとなったのである。
**********
「本当に俺を買うかよ」
そして引き渡されたボルドにしてみれば悪夢だろう。マルフォイにとっては厄介払いが出来て、ちょうど良いと言えたのだが。
「は、生意気な奴隷だね」
「この、馬鹿者がっ。『ギムル』ッ!」
マルフォイの言葉にボルドが「ぐあぁあああ」と叫びながら首裏をかきむしる。
「ああ、これが奴隷印の効果だね」
「左様です」
マルフォイの唱えたのは奴隷の身に刻まれた、奴隷印と呼ばれる奴隷用拘束術の発動呪文であった。現時点においてはその奴隷印は新調され、マルフォイとベラ以外の呪文は効かないようにはなっている。
「言うことを聞かない奴隷はこうして躾るのです。ボルド、今日からこの方がお前のご主人様だ。これが最後のチャンスだと思って頑張るんだな」
「りょ、了解」
「ほーほーー、『ギムル』っとね」
「ぎゃああああああ!!」
ボルドがベラの唱えた呪文に反応し七転八倒する。それを見てベラが「ヒャッヒャッヒャ」と笑う。
「は、なるほど。なかなか効くようだ。良い仕事だねえマルフォイ」
「はい、ありがとうございます」
ベラの満足そうな笑みにマルフォイが気圧されながらも、そう返す。
(相変わらず、物怖じしない娘だな)
マルフォイは思う。その顔立ち、体つきは年齢相応。魔術による幻術でもない。或いはマルフォイでは見破れないほどに、ベラという少女はただの幼女でしかあり得なかった。
だが、その有り様から金の臭いはするとマルフォイは感じている。
ヤルケの街のミランは厄介者の臭いと感じたのだが、マルフォイはそうではない。確かに厄介者ではあるのだろう。だが、ソレを飲み込めば金になる。そうやって上手く生きてこれたからこそマルフォイという奴隷商人は今ここにいる。
それが成功する者とくすぶる者の差かもしれない。もっとも、ちゃんと飲み込めなければ、骸と果ててしまうだろうが。
そして、ベラはボルド引き渡しの正式な手続きのサインを書類に書くと、ボルドを引き連れて、奴隷商の館を出て行ったのであった。
次回更新は1月14日(火)。
次回予告:『第07話 幼女、贈り物をする』
幼女がお爺さんに贈り物をする心温まるお話。